勿忘草

文綴りのどぜう

勿忘草



「ほんとに『イタイ』って言ってたんだよ」





僕は少しだけ、周りより賑やかな暮らしをしてる。他の人よりよく喋るとか、声が大きいとか、そうじゃないんだけどね。

...え?じゃあなんで賑やかなのって?言っても信じないよ、多分。



僕には、他の人に聞こえない声が聞こえるんだ。そこらに生えてる植物の声がね。僕達いつも、何も気にしないで地面を歩くし、生えてる植物は踏んじゃうよね。犬とか猫なら、痛いとか具合が悪いとかすぐにわかるけど、植物は鳴かないし動き回ったりもしない。だから「草刈り」とか「伐採」とか、簡単にできるよね。飼えなくなって捨てられた動物の殺処分はあんなに悲しいのにさ。...まぁ、植物は刈ってもすぐ死んじゃうわけじゃないけどね。でも「痛い」みたいだよ。

もちろん僕も最初から聞こえた訳じゃないんだ。

...いつからって?んー、一番最初は多分、去年の見学授業で、牛の食肉加工場に行った時かな。

もちろん直接牛が殺される所は見てないよ。大きなお肉の塊が普段お店で見るくらいの大きさまで加工される所を見たくらいだから。でも、加工場の機械が動く音に混じって、変な声が聞こえて来たんだ。


「...ガウの?」

「...イそう?」


みたいな。はっきり聞こえなくて、職員のおじさんの説明なんてそっちのけで、その声を追ったんだ。そしたら、


「ボクらはちがうの?」

「どうぶつはかわいそう?」

「ボクら、いつもいっぱいしぬよ」

「いたいよ」


って、段々いっぱい聞こえてきたんだ。その時具合が悪くなってきて、僕、倒れちゃったんだよね。 目を覚ましたら知らない小さな部屋で、隣に先生と職員のおじさんが座ってて、僕と目が合ってほっとしてた。心配されたけどもう具合は良くなってて、僕は適当に返事しながらさっき聞こえた声がなんなのか考えてた。結局その時はわからなかったけどね。でもあれが最初だと思う。

...うん。そうだね。あれが最初に聞こえた植物の声だった。


次に聞こえたのは、見学授業から一週間くらい後、学校の休み時間、一人で校庭で遊んでた時なんだ。僕は虫とか生き物が大好きで、スポーツしたり教室で遊ぶより、自然を見るのが好きだった。木にくっついてる虫を遠くから見つけたり、花に来るちょうちょを眺めたり。すごく綺麗だった。その日もいつもみたいに、校庭で虫探ししてたんだ。そしたらね、聞こえてきたんだ。


「かわいそう?ぼくらかわいそう?」


って。僕はその声が聞こえた瞬間、加工場見学で聞いた声と同じだとわかった。びっくりしたけど、思わず


「だれ?」


って聞いた。咄嗟にちょっと大きい声出しちゃったから、少し遠くで遊んでた友達が駆け寄って来たけど、なんでもないよって言った。だって、どこかから変な声がする、なんて言ったら変に思われそうだったし。友達が行った後、また僕は


「だれかいるの?」


って聞いてみた。そしたら一気に色んな声が聞こえてきたんだ。


「きこえる?」

「ボクらいつもころされる」

「キミたちいっぱいころす」

「きられる」

「いたい」

「たすけて」

「ボクたちわるいことしてない」

「どうぶつはかわいそう?」

「ころさないで」





「イタイ、イタイイタイ、イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ」



いっぱい聞こえた。僕そこでまた倒れちゃったみたいで、気付いたら保健室だった。保健の先生に何があったか聞かれて、あんまり言いたくなかったけど声の話をした。そしたら少し変な顔されて、気のせいよ、って。その時僕はなぜか、


あ、やっぱりか。かわいそう。


って思ったんだ。...なにがって?んー、なんか、「この人も聞こえないんだ。きっとみんなもそうなんだ。」って感じ。なんで「かわいそう」なのかはわからないや。

結局その日、声は聞こえたけど、どこから喋ってるのかはわからなかった。


その声が植物のものだってやっと気づいたのは、実はつい最近なんだ。はじめはこっちが意識を向けたり集中しないと聞こえてこなかったんだけど、段々常に声がするようになった。色んな所からたくさん声が聞こえ続けるせいで学校なんて行けなくなって、辞めちゃった。でも家にこもってもやることなかったし、外の庭で遊んでたんだ。

ある日、いつもみたいに声が聞こえてきたから、僕は「どこにいるの?」って聞いてみた。そしたら、


「ウフフ」

「ここだよ」


って。なんとなくそれが足元から聞こえてくるような気がして、僕はそこに生えてた細長い雑草に触ってみたんだ。


「やっと触ってくれた」


って言われた。そこで初めて、「この声は植物の声だったんだ」って。その時はとっても嬉しかった。気になってた事を色々植物たちに聞いてみようとしたけど、お母さんに「一人でなにブツブツ言ってるの?」って言われた途端、声が止んじゃったんだ。だから何も聞けなかった。次の日からまた声がしだして、それから毎日聞こえてたけど、学校と違って先生とか友達の声と植物たちの声が重ならないし、具合悪くはならなくなってた。聞こえる声が大きくなっても気を失ったりしなくなったのはよかった。あとーーー



取材データは上記添付の通りである。

メモと音声を逐一取りながら話を聞いていた時、突然彼は胸に痛みを訴え、椅子から滑り落ちた。急な出来事で咄嗟に収録を止めたため、中途半端な形で取材文は終わっている。ここから先は私の所感である。

激しく悶え、床や椅子やあちこちを蹴りつけながら唸る彼はまるで何かに取り憑かれたようで、我々が救急を呼びその到着までの必死の処置も虚しく、隊員が入ってきた時には既に事切れていた。苦悶する最期と裏腹に、少し恐怖を覚える程穏やかで、冷たい表情で眠っていた。

彼の葬儀は親族も呼ばずに営まれたそうだ。これ以上の取材や詮索を、家族を喪ったばかりの遺族に迫るのは不適切であると思われることと、彼の他に「症状」を持つ者が見つからず、これ以上この謎の病について追跡不能の為、ここで取材は終了とする。予定していた見出し通りの記事は書けそうにない。



報道部クルー 佐伯達臣



提出する記事の原本や書類に捺印した後、私は書斎を出て居間へ降りた。妻は庭で土いじりをしている。もうすぐキンポウゲが咲くらしい。ソファに腰掛け、冷蔵庫から取り出したアイスコーヒーを一口啜った時、外で遊んでいた息子の駿が私の姿を認め、駆け寄ってきた。頬に泥がついている。

「こらこら、ほっぺが汚れているぞ」

「パパくすぐったーい、あはは」

「ふふ、楽しいかい?外は」

「ん!生き物たくさん!綺麗!」

駿は生まれつき少し肺が弱く、思うように運動できないだろうと言われていた。しかし小学校に入る頃には嘘のように快癒し、徒競走で金のメダルを獲得するほどになった。私は大学院で医学を修めた後、勤めた施設やこの国の医療の現状について国民の理解不足を感じ、経験を活かして医療現場の実情の膾炙の一助になりたいと報道に関わるようになったが、その私の医学知識をもってしても、駿の肺にあった木の根のような歪な膿には、あまりの不可解さに悪寒を覚えたものだった。 しかしそれももう過去のこと。今こうして泥や土や自然と戯れる息子が愛おしくて仕方が無いので、駿は私の生きる力そのものになっている。






「パパ、さっき上でお話してた?」

「ん?なんでだい?パパは静かにお仕事してたよ?」

「だって聞こえたよ?『オボエテル?』って」

「『イタイ』って言ってた」

「?そんなこと誰もーー」

はっとした。今しがた書斎で纏めたあの記事。誰にも聞こえない声が聞こえる少年の話。無意識に書斎を見上げた。もしかしたら、駿も。いやまさか。

厭な予感を払うように振り向いて、あどけない眼差しを向ける駿に言った。

「大丈夫だよ。パパは1人で静かにお仕事してたし、他に誰も話なんてしてないさ。きっと聞き違いだよ」

「じゃあパパじゃないのかぁ。ほんとに『イタイ』って言ってたよ。誰か痛いのかなぁ」

「パパはどこも痛いとこないし、母さんだって普通にしてるじゃないか。」


妻が、鉢を埋める為に、傍に生えた雑草に手を伸ばした。




「ほら、また聞こえた」

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