第21話 開戦

「まさに断崖絶壁だな」

盆地に入り、周囲にある山を見ながら、思わずそう呟く。

ニタとの国境にある盆地を囲む山々は山と言うよりも崖に近いかもしれない。

盆地がある事、その盆地の西に我々の進路がある事、そして南にニタへの侵攻路がある事は奇跡と言って良い。

その二つ以外に道はないが、この盆地はそれなりの広さがある。

ここに都市と畑を作れば5万人程度が住めそうな大きさだ。


南の山間部とは軍が移動するには半日かかり、隘路の一本道で奇襲も受けにくく、おまけに増援に向かうにはそれほど時間がかからない。

隘路に入りきらない軍の野営場所として、ここ以外に適当な場所はないだろう。

この戦争のために神が悪戯に用意したのではないか、そう思える程、完璧な位置にある。


「これまた難儀な場所だなぁ…」

リッツの気の抜ける様な声が隣から聞こえる。

「難儀な場所か?私にはかなり良い場所に思えるが。大軍が野営、展開できる広さがある。下手に打って出でくれば大軍で簡単に叩き潰せる」

「そうじゃなくてなぁ…。こんな地形じゃ相手を効率よく叩けない。敵兵が守れなくなるまで防御陣地に正面から突撃するしか無いぜ」

それは確かにそうだ。

迂回路もなければ決戦をする場所もない。

愚直に突撃をしてどちらかが力尽きるまでやるしかない。

「それで良いだろう。こちらは数が多い。確実に防御陣地に突っ込むとは言え、あちらの方が確実に根をあげるのが早い」

「それ、雪が降るより早いかね」

「ならば来年もまた同じ事をすれば良い。いつかは相手が徴兵できなくなる」

「うわ…、えげつない」

リッツは苦虫を噛み潰した様な顔をしているが、これは戦争なのだ。

えげつない手段をとって勝てるなら使うべきだし、その手段を放棄して正々堂々と負ければ笑い者だ。


そんな事を話していると伝令が来た。

準備が整った先陣が進軍の許可を求めている。

本陣でどっしりと構える指揮官もいるが、私はそんなタチではない。

「リッツ、私は前線に出る。本陣は任せたぞ」

「またかよ。そう指揮官が前線にでると指揮系統がメチャクチャになるからやめて欲しいんだけどなぁ…」

「なに、一兵士として戦うだけだ。前線指揮官の指示には従うさ」

「そういう事じゃ無いだけどなぁ…。まあ良いや、どうせ止めても無駄なんだろ。本陣はやる事がなくて楽だしなぁ」

苦笑いをするリッツには悪いがこれが私のやり方だ。

伝令の横を全力で走り、前線部隊へ合流した。


✴︎


最前線の兵に紛れて行軍していると、遠くの方に敵の防衛陣地の様なものが見えて来た。

…妙だな。

空堀を掘っているのだろうが、そこから槍の先端が見えるだけで、普通は軍が居るはずの堀の後方に軍がほとんどいない。

ちらほら小さな部隊があるだけだ。それもかなり堀から離れている。

それどころか、かなり遠くの方に敵の本陣だと思われる軍以外の場所に兵士が少なすぎる。

地上に兵が見えないとなると、いる場所は一つしかない。

「空堀の中に兵を入れたのか?」

そう考えれば納得はできる。

堀の中の兵に、状況が見える上から指示を出すのだろう。

離れているのはこちらに弓で射掛けられない様にする為だろう。

「…なるほど、かなり面倒な種類の陣地だ」

たしか、かつてこの世界に来た異世界人が広めたものだ。

『塹壕』と言っただろうか。

空堀を直線的に掘り、その中に弓兵を配置するモノだった。

しかし、私の知る限り、種類の陣地は他の策と併用してこの時間稼ぎが主な使い方だ。

何せ、穴の中に籠る訳だから攻撃をする手段が無い。

防衛しているだけでは相手を撃滅は出来ないから、自主的に撤退するのを待つのみになる。

そんな防衛は普通行わない。

こちらの侵攻を予期していたのなら、なおのことだ。


他の作戦をこの隘路でどうやって行う?

冬までこれで粘るつもりだろうか。

この兵力差を鑑みるに、不可能とは言い切れないが、かなり厳しいと言わざる得ない。

…敵の意図がほとんど掴めない。

全く敵の意図が読めない戦場はほとんどない。

複数の選択肢が予想され、その中で裏をかかれる事があっても、まるで分からないことはほとんど無いと言って良い。

そして、経験上の話になるが、敵の意図がわからない時ほど致命的な打撃を受ける。

理由は至ってシンプル。

敵の掌の上で踊るしか無いからだ。

敵の計画通りに動かされ、敵の計画通りに壊滅する。

いっそ気持ちの良いくらいの負けっぷりになる事すらある。


そんな事を考えていると、間も無く弓兵同士の弓の打ち合いが始まろうか、と言う距離まで進軍していた。

このまま交戦するのだろうか、と思ったところで前線指揮官が大声を張り上げ、部隊に指示を出す。

「機械科歩兵、前に並べ!歩兵が後に続き、弓兵は最後だ!」

…相変わらず神聖同盟の貴族連中の指揮は、なんともお粗末なものだ。

真正面にいきなり機械科歩兵を出すとはな。

最初に歩兵を打つけて戦闘を行い、陣が乱れた所を機械科歩兵で止めを刺す。

これが基本だろう。

敵の出方がわからない以上、尚更失っても痛くない歩兵を前に出すべきだ。

そもそも、敵との交戦直前に陣形を変えるとは何事であろうか。

敵に遊撃隊の一つや二つがあるだけで混乱に陥るぞ。

…まぁ、まだ、弓兵の射程圏で陣形を変え始めないだけこの貴族はマシか。

遺憾な事に、それくらいの指揮官も我が祖国には数多くいる。

国力がありすぎるのも困りものだな。

お粗末な作戦でも数を頼みに勝利できてしまい、戦い方を改めようとしない。

おまけに、そんな戦い方をするものだから兵も育つ前に死んでしまう。

優秀な指揮官と屈強な兵士を併せ持つ北方連邦がなんとも羨ましいものだ。


…さりとて私はこの戦場の神聖同盟軍総指揮官であり、同盟軍人であり、すなわち兵である。

一般の兵として戦う以上、指揮官の命令は絶対である。

配置転換の結果、前方三列目。

危険すぎないが、戦闘は必ず行う事になる位置、悪くない。

「突撃!!!」

勢いある命令が戦場にこだまする。

開戦だ。

矢が行き交う中、先頭部隊が加速する。

その後列も後を追って走りだす。


さぁ、私たちの番だ。

足にわずかに力を込めて走り出す。

しばらく走れば目で追えないほどの高速になり、私は風を切れるだろう。

無数の矢が降り地面に当たる。

硬い地面と深紅の石がぶつかって凄まじい音が鳴っている。

血肉が爆ぜる音、兵士の悲鳴、深紅の音、そして怒号。

あぁ、素晴らしい!

これこそが私の求めていたモノだ。

勝利の美酒と栄光の前、絶望と悲痛の声が響き渡る。

これこそが私の音楽だ!!


不意に目の前の部隊の速度が落ちた。

隊列も乱れ、完全に戦列の体をなしていない。

「何があった!?」

そんな疑問を叫びつつも、前列の部隊とぶつからない様、こちらも急いて減速する。

足の骨が悲鳴を上げているが、知ったことではない。


誰かに答えられることがなかった、その疑問の答えは間も無く目の前に現れた。

敵の意図もはっきりした。

「なるほど、この陣地ならば冬まで粘る事もできるかもしれないな」

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