閑話37 ドーナン準男爵領とヴェンデリン(その3)

 そして翌朝。

 起床した俺は、イレーネさんの作る朝食を食べ、お弁当を貰い、再び魔法で円形山を魔法で崩し始めた。


「ふう……もう魔法の袋がいっぱいだな」


 外側から円形山を大分魔法で崩し、魔法の袋がいっぱいになったので、『瞬間移動』でバウマイスター辺境伯領内にある、とある工事現場へと飛んだ。


「 ローデリヒ、大量の土砂を持参したぞ」


「お館様ではないですか。まだまだ埋め立てには土砂が足りないので、大変助かります」


 バウマイスター辺境伯領内には埋め立てが必要な場所が多くあり、円形山の土砂を報酬として貰ったのは、それに用いるためであった。

 作業員に土砂を採取させると時間がかかるし、イレーネさんは俺への報酬が支払えないことを気にしていたので、まさに渡りに船な取引だったわけだ。

 俺は、いくつかの魔法の袋に入れた大量の土砂を、ローデリヒが指定する湿地や埋め立てが必要な場所に置いていく。

あとは作業員たちが地面をならし、踏み固めるだけで埋め立ては完了だ。


「まだまだ大量の土砂が手に入るそうで、とても助かります」


「ところでローデリヒ、調査の結果はどうだ?」


 俺がバウマイスター辺境伯領に埋め立てのため戻ってきたのは、ローデリヒからイレーネさんに関する情報を手に入れるためだ。

 今回の陛下からの依頼はどこかおかしい。

 だってそうじゃないか。

 常に忙しい陛下が、いくら当主が急死してその未亡人が代理領主をしているから同情したとはいえ、一準男爵にそこまで梃入れするのかと。

 イレーネさんはもの凄い美人なので、これはもしやと思ってローデリヒに調べさせていたのだ。

 陛下は名君だと思うが、やはり王様だし男性でもある。

 その辺の微妙な裏事情を知らなかったばかりに、いきなり処刑でもされたら堪らない。

 まあ追放くらいなら、アーカート神聖帝国に移住すればいいので問題ないか。


「色々手を尽くして調べてみたのですが、陛下とドーナン準男爵領の未亡人との関係は皆無ですね」


「マジで?」


「継承の儀で陛下が彼女のことを覚えていて、本心から同情してお館様に依頼したようです」


「すげえな、それって」


 イレーネさんは自分に領主としての才能がないと悩んでいたが、全然そんなことはなかったという。

 彼女の類い希なる美しさが、陛下に覚えてもらうというとてつもない効果を発揮したのだから。


「騎士爵、準男爵にも、領地を上手く治めている優秀な方が多数いますが、陛下に顔と名前を覚えてもらうなんて、なかなか難しいです。それを一回の謁見で成し遂げたのですから、イレーネ殿は相当な美しさなのでしょうな」


「実際に見てみるとよくわかるさ」


 イレーネさんは本当に美人だからな。

 これまでよく、再婚の話が出なかったものだ。


「その話は彼女の実家であるルペン騎士爵家側から出ているそうですが、彼女が固辞しているそうです。さらに彼女は、実家であるルペン騎士爵家とは絶縁状態にあるとか。その理由を聞けば誰でも納得するでしょうね」


 ローデリヒによると……しかし、よく調べてくるよな……ルペン騎士爵家はイレーネさんの兄である嫡男ボルクが暇さえあれば浪費で借金を作り、それを跡取りだからという理由で現ルペン卿である父親と母親が補填する状態が続き、ルペン騎士爵家は借金だらけの状態だそうだ。

 そのせいでルペン騎士爵領は重税に苦しみ、中には逃げ出す領民もいるとか。


「過去の発言を訂正するよ。 領主の仕事は手順を覚えればある程度できるようになると言ったけど、それは人によるって」


「昔誰かが言ったそうですが、統治というのは人間最高の道徳だそうですよ。残念ながら、ルペン騎士爵家には道徳を兼ね備えた人間が一人もいないようですな」


「イレーネさんがいるけど?」


「彼女はもう自分はルペン騎士爵家の人間ではなく、自分はドーナン準男爵家の人間だと自称しているそうです。そんなわけで、イレーネさんはもう実家であるルペン騎士爵家には戻れません。どうやら、イレーネ様の兄でルペン騎士爵家の嫡男ボルクは、自分がドーナン準男爵領を統治しようとして、実の妹に拒絶されたそうですから」


「どうしてボルクがドーナン準男爵領の実権を握ろうとしているのか、容易に想像がつくな。 またどこかで作った借金を返すため、ドーナン準男爵領で重税をかけ、 辻褄を合わせようとしているんだろうな」


「他に思いつかないですよね」


 イレーネさんは、駄目な兄貴のせいで苦労しているのか。

 なんかシンパシーを感じるな。


「ルペン騎士爵家の場合、ルペン卿もその妻も跡取りに甘く、そのせいで自分の家が多額の借金を抱えているため、どうにかイレーネ様をルペン騎士爵領から引き剥がしたいようです」


「美しいイレーネさんを大物老貴族の後妻に差し出し、そこから仕送りをさせる。ルペン騎士爵家を統治するボルクは、ドーナン準男爵領に重税を課すわけか……」


 ビックリするぐらい、ルペン騎士爵家のことしか考えていないのか。

 こんな人間が貴族に生まれてきたこと自体が世界の不幸だな。 


「そんな風に、自分たちにだけ都合のいい夢を見ているのでしょう」


 兄だけでなく、両親もクズなのか……。

 俺の実家はまだマシだったんだな。


「もしや陛下は、その情報を掴んでいるのかな?」


「掴んでいるでしょう。拙者でも、王城の知り合いに手を回したら掴めた情報なのですから。陛下がドーナン準男爵領の件を、寄親であるブライヒレーダー辺境伯家に任せなかった理由も想像できます。ルペン騎士爵家もブライヒレーダー辺境伯家の寄子だからでしょう」


「そうか! ブライヒレーダー辺境伯からしたら双方の言い分を聞くし、裁定も双方の痛み分けのようなものにする可能性があるから……」


 今のドーナン準男爵家がこれ以上の負担を強いるようになったら、確実に潰れてしまう。

 だから陛下は、密かに俺に命じて一方的にドーナン準男爵家側に肩入れさせたのか。


「面倒臭い話だなぁ」


 だが今回、陛下が俺に密かに頼んだ理由がよくわかった。


「ブライヒレーダー辺境伯家側に関しては、もう一つ情報を掴んでいます。実はボルクですが、ブライヒレーダー辺境伯の甥と懇意にしており、ボルクは彼にかなりの借金をしているとか。そしてそのブライヒレーダー辺境伯の甥ですが、正直感心できるような人物ではありませんね。貴族というよりもマフィアに見える人物だそうで……」


「甥? ブライヒレーダー辺境伯に甥なんていたのか?」


 確かブライヒレーダー辺境伯は亡くなったお兄さんと二人兄弟で、そのお兄さんにも子供がいなかったと聞いている。


「実はブライヒレーダー辺境伯には、認知されていなかった異母兄がいたんです。ただ母親が娼婦だったそうで、先代のブライヒレーダー辺境伯は彼を認知しなかったそうです」


 ブライヒレーダー辺境伯に実は異母兄がいたなんて、しかしまぁ、ローデリヒはよく調べてくるものだ。

 俺もブライヒレーダー辺境伯とはつき合いが長いけど、まったく気がつかなかった。


「認知どころかまったく援助もしなかったようで、先代ブライヒレーダー辺境伯の異母兄は若くしてマフィアの一員となり、子供が生まれたばかりの頃、敵対組織との抗争で亡くなったそうです。認知していないにしても自分の息子がマフィアになってしまったので、先代ブライヒレーダー辺境伯は彼が亡くなったと知って安堵のため息をついたとか。この先代ブライヒレーダー辺境伯のクソ言動は、ブライヒレーダー辺境伯家中でも知る人は少ないです」


「ローデリヒは、どうやってその情報を調べたんだ?」


「お館様、それは浪人時代の人脈が生きたということで。こういう情報を掴んでおくと、のちのちブライヒレーダー辺境伯家と揉めた際に役立ちますからな」


「ローデリヒ、怖っ!」


「さすがに当代のブライヒレーダー辺境伯様は不憫に思い、異母兄の一人息子である甥ダットーを一族として認めたのですが……」


「ですが?」


「先代が認知しなかった異母兄の子を認知する。一見とてもよい行いに見えますが、そのせいでブライヒレーダー辺境伯様は大きな負担を抱え込むようになったのです。彼の甥ダルトーは父親の遺伝なのでしょうか。ブライヒレーダー辺境伯家の仕事をまったく手伝わず、自分と似たようなガラの悪い連中を集め、普段はブライヒブルクのスラムに拠点を置いて、まるでマフィアのようだとか」


 普段そんなところを拠店にして籠っているから、俺とは顔を合わせなかったのか。


「ブライヒレーダー辺境伯は、その甥を罰しないのかな?」


「あの人は温和な善人ですからね。彼がそうなってしまったのは、自分の父親が異母兄を認知しなかったからだと思っていて、いつか更生するはずだと、彼がなにか不祥事を起こす度に後始末に奔走しているそうです。今のところは、殺人の重大な不祥事は起こしていないそうですが……」


 殺人は犯していないから重大な不祥事は起こしていない、か……。

 なんか、ダットーの人格破綻ぶりが容易に想像できるな。

 それにしても、ブライヒレーダー辺境伯が甥に対して優しいがゆえに、なんの罪もない一般人が被害を受けるという構図か。

 割とよくある話だけど。


「これまでの話を聞くと、これから先なにか嫌なことが起こりそうな予感がビンビンする。最初は事情がわからなくて探り探りだったけど、これはもうもう好きにやっていいってことだな」


「拙者も、これから先起こりそうなことが容易に想像できますからね。お館様の好きになっていいと思いますよ」


 詳細な事情がわかったので、ならば俺は好きにやらせてもらうか。

 しかし、家族というのは面倒な面もあるんだな。

 イレーネさんは、両親と兄。

 ブライヒレーダー辺境伯も、情けをかけてしまったばかりに、チンピラのような甥に悩まされているのだから。


「俺がブライヒレーダー辺境伯の甥を知らなかったのは、家族の恥だから彼が懸命に隠したんだろうな」


「でしょうな。ダットーの存在を知らない貴族はかなり多いそうなので」


 ブライヒレーダー辺境伯が俺にまで隠していたということは、よほどろくでもない甥なんだろう。

 できれば関わり合いになりたくないところだが、俺の嫌な予感は当たる傾向が強い。

 不覚を取らないようにしなければ。






「ボルクさんよぉ! また俺様から借りた借金の返済が滞っているんだが、返済の予定はあるのかよ? もう三年も待ってやってるんだぜ」


「すみません、ダットー様。借金は必ず返しますから」


「『 必ず返します』はもう聞き飽きたんだ。具体的な返済プランを頼むよ」



 まったく、これだから小領主混合領域の田舎貴族は貧乏くさいから嫌なんだ。

 借りた金くらいちゃんと返せよ。

 しかもこいつは、跡を継ぐルペン騎士爵領を田舎だと言って嫌い、半分以上の時間をブライヒブルクで過ごして散財と借金を重ねている。

 自分が贅沢できるのはルペン騎士爵領のおかげなのに、本人はそれを嫌っているなんて、滑稽な話じゃないか。

 だからルペン騎士爵家の寄親であるブライヒレーダー辺境伯家の一員である俺様が、ちゃんとこの無能フォローしてやったぜ。

 お金が必要になれば貸してやり……まあちと利息は高いが、ボルクは信用がないから仕方がない。

 むしろボルクなんかにお金を貸してやった、俺様の懐の深さに感謝してほしいところだ。


「お金なら、ドーナン準男爵領から手に入れます」


「アホか、お前は! どうやって他所の領地からお金を手に入れるんだよ? 適当なことを言うと殺すぞ!」


「ひぃーーー!」


 自分よりも弱い人間には威張り腐っているくせに、怖い俺様にはペコペコして。

 こんな奴にでも務まるのが貴族なんだと考えると、この世の中に貴族なんて必要ないだろう。

 しかしまぁ、借金で首が回らなくなった次は、脳ミソまで空っぽになったのか?


「ドーナン準男爵領は、現在俺の妹が領主代理をしているんです。妹の旦那である先代のドーナン準男爵が急死して、まだ幼い甥が当主なので……」


「その話は聞いたことがあるぞ」


 ブライヒレーダー辺境伯家の家臣たちが話していたが、所詮は辺境の小さな領地のことだ。

 特に騒動が発生したという話もなかったから、忙しい叔父は小さな領地なので面倒を見ずに放置したんだろう。


「(けっ、あの時と同じだな)」


 祖母が娼婦だからという理由で、父を認知しなかった祖父。

 仕送りすらなく、父を生んだので娼婦の仕事ができなくなった祖母は、俺様が小さい頃に医者にもかかれず呆気なく病死した。

 俺様が生まれたばかりなのに、一家の大黒柱である父を失った母も俺様を育てるために必死で働き、過労が祟ってやはり若くに亡くなっている。

 家族を亡くした俺様がブライヒブルクのスラムでゴミ箱を漁っていたら、叔父の迎えが来て俺様はブライヒレーダー辺境伯家の一員になったが、俺様に言わせれば完全に手遅れというものだ。

 今さら貴族の生活にも馴染めず、俺様が父が生業としていたマフィアのようなことをやり始めるまで時間はかからなかった。


「(叔父貴、スラムでゴミ箱を漁っていたガキの俺に手を差し伸べて気分がよかったか? だがな、間に合わなかった善意は、悪意よりも性質が悪いんだぜ)オーケー、わかった。お前がドーナン準男爵領の実権を握り、そこの税収からお前の借金を返すということだな」


「はい」


「いいアイデアじゃないか(クズが!)」


 ドーナン準男爵領の領民たちからしたら堪ったものじゃないが、残念ながらそれはすべてドーナン準男爵領の領民たちが弱いのが悪い。

 弱いことは罪だ。

 父も、母も、祖母も。

 弱かったから、早死にすることになったんだ。

 いくら綺麗事を並べ立てても、人間は獣や魔物と変わらない。

 強い奴が、弱い奴を食らう。

 ただそれだけのことだ。


「しかしながら、お前の妹がドーナン準男爵領の領主代理になったのは、陛下自らが継承の儀で与えたからだ。領主代理になれたってのはそういうことだ。そこを無理やり変更して大丈夫なのか?」


「イレーネが再婚するのであれば、陛下もなにも言いませんよ。そのあとに、俺が新しい領主代理になればいいんですから」


「確かにそれなら大丈夫そうだな」


 なんだかんだいって、この国の埃臭い貴族たちは昔からの伝統を頑なに守り続け、女性が領地を統治することを嫌う。

 ボルクの妹が再婚するので、代わりに兄のボルクがドーナン準男爵領の領主代理になるのであれば、どこからも文句は出ないだろう。

 所詮この国はそんなものだ。


「しかしながら、ボルクの妹が素直に言うこと聞くのか?」


 俺様から見てもボルクは人間のクズで、妹から慕われているとは思えない。

 しかも、ボルクは誰が見ても優秀な人間ではなかった。

 そう簡単に、ドーナン準男爵領の統治権を譲るとは思えないな。


「へへっ、だからダットー様の兵隊を借りたいんです」


「なるほど。強行手段というわけか」


 ボルクの妹を強引に嫁ぎ先に送り込み、ボルクは当主である幼い甥を押さえる。

 確かにそのガキをこちらが人質に取ってしまえば、領民たちはなにもできなくなるな。


「相手は貧しい田舎貴族です。ダットー様の愚連隊なら、すぐに制圧できますよ」


「悪くないな」


 ドーナン準男爵領をボルクが押さえたら、ボルクに言いなりのルペン卿とルペン騎士爵領を押さえたも同然。

 ここを拠点として、俺様の愚連隊を使って周辺の貴族たちに脅しをかけ、上納金を納めさせるか。


「(叔父貴は俺に甘いからな。寄子の田舎貴族が存続さえしていれば文句も言えまい。 金に汚なかったり、俺様が弱みを握っている一族や家臣を利用して、もし叔父貴が俺様を排除しようとしたら、そいつらに妨害させればいい)」


 なんの因果か俺様は貴族になったが、残念ながら貴族は性に合わなかった。

 だが亡くなった父がそうだったように、マフィアの手口で小領主混合領域をナワバリとして、利権と大金を掴んでやろうじゃないか。

 その方が俺に向いているし、所詮貴族なんて俺様の両親と祖母を捨てたクソ野郎どもだ。

 俺様のせいでブライヒレーダー辺境伯家の評判が悪くなり、不利益を被ったところで、俺様は家族の復讐をしているだけなのだから。


「ボルク、ルペン騎士領からも兵隊を出せるんだろうな?」


「親父は俺の言いなりなんで大丈夫です」


「そうか。じゃあ、兵隊を集めるとするか」


 叔父貴、俺様をブライヒレーダー辺境伯家の一員として認めたことが仇になったな。

だが俺は止まらないぜ。

 成功すれば多くを手に入れ、もし失敗しても、父を、祖母を、母を見下したクソなブライヒレーダー辺境伯家の評判が地に落ちるだけのこと。

 どちらを選んでも、俺様は損をしないんだからな。

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