閑話33 高級カキ氷withアキツシマ島組(その5)
「ところでバウマイスター辺境伯様、これだけ大盛況なお店を、本当に明日で締めてしまうのですか?」
その日の夕食の席で、リネンハイムが俺に尋ねてきた。
この二日間、黒字経営ができたお店をやめてしまうのかと。
わかりにくい裏通りの看板すらない店舗で、顧客はお金持ちばかりで、客単価も利益率も高い。
リネンハイムは惜しいと思っているのだろうが、残念ながらお店は明日で終わりにするしかない。
なぜなら……。
「明後日は、四人で王都観光と買い物をして楽しむ予定だから、明日でお店は終わりさ。それとも、リネンハイムがこの店を引き継げる人を探せるのか?」
「いやあ、それはちょっと厳しいですね」
「(さすがというか、鋭いな)」
リネンハイムの人脈なら、パティシエ経験者でお店を開きたいオーナーに心当たりがあるだろうし、氷もスフィンランド山の永久氷でなければ用意できる。
抹茶、餡子、白玉などはミズホ経由で手に入るし、他のトッピングの材料だって、バウマイスター辺境伯領から輸入すればいい。
だが氷を極限まで薄く削れるのは、今のところ俺の魔法だけだった。
それが可能な高性能のカキ氷機をバウルブルクの職人たちが完成させるには、まだ少し時間がかかるからだ。
口の中に入れるとすぐに溶けるように氷を削るというのは、この世界の人間が考えている以上に難しい。
この世界にもカキ氷があるが、それは古いタイプの氷の粒が大きいカキ氷なのだ。
もしくは、よく魔法使いがお祭り屋台で売っているカチ割り氷の類か。
それも構わないじゃないかと思う人も多かろう。
これに、俺たちみたいに多彩なトッピングをすれば、高い値段で売れるだろうと。
だがそれでは、ただ砕いた氷の上にシロップ、ソース、フルーツ、生クリーム、抹茶、餡子などのトッピングをのせただけで、一緒に食べてもあまり美味しくない。
高級カキ氷のように盛り付けを大きくすればするほど、とても食べにくくなってしまう。
食べるのに時間をかけすぎると氷が溶けるから、トッピングした材料が水で薄まって、やはり美味しくなくなってしまう。
魔法使いが、俺と同レベルの氷を削る精度を身に付けるか、高級カキ氷に対応したカキ氷機を完成させることができなければ、高級カキ氷屋の経営は難しい。
俺はそうなってから、バウルブルクとブライヒブルクでお店をオープンさせればいいと思っているし、今回の王都出店はあくまでも期間限定の市場調査でしかない。
だから、このお店は明日までの儚い命なのだ。
そしてリネンハイムだが、俺が考えていることにおおよそ気が付いているようだ。
だから、惜しいとは思いつつも自分ではやらない。
実に強かな男である。
「つまりは、高級カキ氷店を多少調理経験がある人でも出店できるように魔道具を整えないといけないんですね」
「そういうことだな」
高級カキ氷専用のカキ氷機は刃の製造が難しいだけでなく、魔力で動かす必要があるので魔道具を作る技術力が高くないと作れない。
手動のカキ氷機だと、どうしても上手く氷が削れないからだ。
バウマイスター辺境伯領では、魔王様から紹介してもらったゾヌターク共和国出身の技術者たちを雇い入れて指導してもらって技術力の向上に努めていたからこそ、新型のカキ氷機の開発ができるけど、王都の職人だと難しいだろう。
だから、俺は魔法で氷を削らないと商品ができないこのお店は、明日で閉店するしかないのだ。
「残念ですなぁ……。この料理は料理はとても美味しいですね」
「ブリ大根という料理だ」
「私も年を取ったので、こういう料理を特に美味しく感じられるようになりました。お店のことは仕方がありませんが、明日はもっと混雑することが想像できますので、応援の人員を連れてきます。あとは、実は隣の空き物件も私が所有しておりまして、ここは倉庫なのですが、臨時でテーブルや机を置いて店舗にする必要があるでしょう。こちらの方は、私がこの店と同じように夜のうちに改装しておきますよ」
「なんか悪いな」
「いえいえ、こういう高級なお店で、お客さんがゾロゾロ並ぶのはみっともないですからね。それでも、予想以上の人気なのでお客さんには並んでもらう必要がありますけど」
明日しか営業できないお店なのに、リネンハイムがお金と人を出し、隣の空き倉庫までお店に改装すると言うのだから凄い。
しかも彼は、店舗経営にも相当詳しいな。
多分、彼が飲食店を経営していても成功してそうだ。
「その代わり、魔道具のカキ氷機が完成したら売ってください。私も知り合いが多い方でして、独立したい一流店のパティシエなんて方もいますから、上手くこのお店の経営再開ができるかもしれませんので。バウマイスター辺境伯領産の食材を卸せば、バウマイスター辺境伯様も儲かりますよ。それに、バウマイスター辺境伯様はスフィンランド山の永久氷が手に入れられるお方ですからねぇ。あれは数年に一度、世間に流通すれば多いくらいの品ですから。もし入手できればありがたいです」
「そのくらいのことなら別にいいけど」
「ありがとうございます、明日も忙しくなりますよ」
そして三日目。
起床して朝食を済ますと、もう店の前には行列ができていた。
「そんなに、カキ氷が食べたいのか? それも朝から?」
裕福な平民や貴族たちが、お店の前で行列を作っていた。
そして彼らの対応をしている、作務衣っぽい制服を着た男女がいて、どうやらリネンハイムが手配した臨時の従業員たちのようだ。
その手際を見ているととても慣れているように見え、リネンハイムの人脈の広さに改めて驚かされた。
「あの服はアキツシマ風ではありますが、初めて見ますね」
「リネンハイムは、王都の飲食店街の管理もしているし、ミズホ風のお店も多いから、そこから手に入れたのかな?」
作務衣は涼子の言うようにアキツシマ風ではあるが、アキツシマ島にはなかった。
ミズホにはあって、同じような文化形態でも一万年前に別れたせいだろう。
多分あの作務衣風の制服は、アキラが経営しているお店の制服か、それを供給しているキャンディーさんのお店から入手していると思う。
「今日も頑張るか」
三日目はさらにお客さんが増えてしまったせいもあり、それに加えて隣の空き倉庫も急遽内部を急ぎ改装してテーブルと椅子を起き、増えたお客さんに対応していた。
夜中のうちにリネンハイムがやらせたのだけど、大した手際だ。
「マンゴー尽くし、ライチ尽くし、ミルクフルーツミックス、ミルクチョコ。そして、オジサンの味方アキツシマ風抹茶金時カキ氷」
奧さんに連れて来られたというか、付き添いの男性の大半が、アキツシマ風抹茶金時カキ氷を頼むという現実。
現代日本に似ているなと思いつつ、今日は注文取り、配膳、会計をリネンハイムが手配した店員たちに任せ、俺たちはひたすらかき氷を作り続けていた。
俺が魔法で氷を削り、トッピングは涼子たちに任せている。
コーヒー、ミルク、焙じマテ茶、チョコ、フルーツを魔法で凍らせてから削るなんて作業もあるので、俺は氷作りと氷を削る作業に没頭していた。
「雪、それは?」
「アキツシマ島の渋柿から渋を取ったものでソースを作ってみました。これとカットした柿をトッピングした『柿尽くし』というメニューを考案しました」
「柿のカキ氷か。あっ、美味しい」
「他にも、スイカ、梨なども試作しています」
雪はアキツシマ島でも有数の教養人であり、料理の腕前も一流だった。
だからこうやって、即興で新しいメニューを作れたりするわけだ。
「『お任せ』のお客さんも多いから、早速出してみよう」
俺が氷を削り、雪が仕上げをした柿尽くし、梨尽くし、スイカ尽くしが、おまかせよ注文したお客さんに提供される。
「見たことがないフルーツだけど、これはいいな」
「王都の他のお店では出ないものばかりで素晴らしい」
男女を問わず、貴族は珍しいものが好きな人が多いので、次々と試作品が作られる高級カキ氷は大人気だった。
「このお店が期間限定で、明日で閉店なのは残念だ」
「同じものを出すお店が王都にできればいいが」
今日でお店の営業が終わる旨を張り紙で伝えているのだけど、それを残念がる人がとても多かった。
この氷の削り方ができる人がいなくなる。
材料も入手困難なものが多いと説明したら、仕方がないと思ってくれたようだけど。
「しかしまぁ、お店に顔を出さないでよかった」
「お知り合いが多いのですか? あっ、この前の葬儀の時に顔見たことがある方がチラホラと……」
「お館様、ヘルムート王国の貴族の方々は娯楽に飢えていらっしゃるのでしょうか? アキツシマ島よりも圧倒的に娯楽は存在すると思うのですが……」
唯が不思議がるのも無理はない。
だって、お店には……。
「適度な甘さと、冷たさ。そしてマッチャの苦みが甘味とバランスが取れていて実に素晴らしい。アームストロング伯爵もそう思うだろう?」
「これと、スイという砂糖だけのやつは、不思議なことに俺たちが注文しても恥ずかしくないな」
「うめえ!」
全員ガチムチな男性しか座っていない席がいくつもあったのだが、そこにはエドガー軍務卿、アームストロング伯爵他、軍系貴族たちの集団であった。
全員がスイかアキツシマ風抹茶金時カキ氷を注文して、それを楽しげに食べているという光景は、可哀想だけどちょっと不気味だった。
「しかし軍人だからか、このお店の情報を掴むのが早いな」
「神官の方も多いですね」
神官はお酒を飲む人が少ないので、甘いものが好きな人が多い。
早速このお店に、高級カキ氷を食べに来ていた。
「ふう……。いつもいつも、あのバカ共は無理難題ばかり抜かしおって! 欲深い神官など罪人以外の何者でもないわ」
「そうよねぇ……。今日は久々に少し贅沢しましょう。このお店、教会本部に手伝いに来ている貴族令嬢が教えてくれたんだけど、エクムントでも注文できそうなものがあるじゃない」
「アキツシマ風? ミズホとイマイチ区別がつかぬが、このアキツシマ風抹茶金時カキ氷を頼むか……。エミリアは、果物や生クリームがゴチャっとのせてあるものを頼むのであろう?」
「エクムント、あなたには相変わらずデリカシーというものがないわね。奥様に怒られないの?」
「妻は明日、ニーナとこのお店に来ると言っていたが、今日で閉店とは不幸なことだな」
「そんな他人事みたいに言っていると、奥様に怒られるわよ」
ますます顔を出せなくなった。
まさか、ホーエンハイム枢機卿とケンプフェルト総司教が二人でこのお店に来るなんて……。
「お館様、どうかしましたか? あっ、あの方は……」
前に総司教の葬儀に参加した涼子は、ホーエンハイム枢機卿と顔合わせていたので彼のことを覚えていたようだ。
たった一回しか会っていないのに、随分と記憶力がいいな。
ただ単に、俺の記憶力が悪いのか?
「エリーゼには言えないよなぁ……」
共に七十歳を超えた老人、それも教会のお偉いさん同士が、裏通りのお店で高級カキ氷を食べている。
デート、不倫なのかはわからないけど、エリーゼは真面目だからショックを受けてしまうかも。
いや、不倫と決めつけるのは早計か……。
もしかしたら、同じ教会に勤める者同士、親睦を深めるために高級カキ氷を食べているだけかもしれないのだから。
……でも、エリーゼには言わない方がいいよな。
「教会の同僚同士、仕事の愚痴を言い合いながら、甘い物を楽しんでいるだけという見方もできますね。神官が外でお酒を飲むわけにいかないので、高級カキ氷なのかもしれません」
「そうだといいなぁ……」
涼子の分析は正しいと思うけど、もし二人がそういう関係だったら、義孫の俺としてはそんな情報知りたくなかった。
「しかし、どうしてわざわざこの店に?」
「ですがお館様、そっとお客さんを観察してみると、身分が高く、重職に就いていそうな方々がチラホラと見えますね」
唯は、王国の重鎮の顔をほとんど知らないはずだけど、所作や雰囲気でわかってしまうようだ。
確かに、王城でよく見かける人たちがチラホラと……。
「みんな、案外暇なのか?」
他に行くお店は、いくらでもあるだろうにと思ってしまう。
「ここは割と王城に近いですし、ちょっと仕事を抜け出して、ここで新しいデザートを楽しんでいるのだと思います。身分の高い忙しい人ほど、時間の使い方が上手ですから」
「なるほど……」
ちょっと王城や仕事場から抜け出して、このお店で一時間ほどくつろぐ感じか。
身分の高い人は、時間の使い方が上手。
唯は、書店に置いてあるビジネス書の表題みたいなことを言うな。
「店長、注文が入りました」
「了解」
おっと。
俺は、とにかく氷を薄く削り続けなければ。
「練乳を入れて凍らせた氷を、まるで白雪のように削っていく。そしてこれを、果肉が残ったフルーツソースとカットフルーツも添えれば、白雪フルーツカキ氷各種の完成だ。氷を粉雪状に削っても、実に口当たりがいいカキ氷ができる」
「よく考えつきますね」
「直感だね(前から知っていただけだけどね)
唯が俺に感心しているが、前世で有名だった高級カキ氷のお店のメニューを真似しているだけだ。
それでもこの三日間、高級カキ氷店の店主を務めてみて楽しかったのは事実だ。
「いやあ、本当に惜しいですね。ここはそのままにしておきますから、新型のカキ氷機が完成したら教えてくださいよ」
「やっぱり、ここで高級カキ氷のお店をやるんだ」
「ええ、ここは私が持っている物件なんですけど、住居じゃなくて、店舗なのに立地が悪くて、隣の倉庫と共にこのところ誰も借りてくれなくて……。私が自分で経営するわけではありませんけど、独立したい調理人の伝はありますから」
三日目の売り上げは、前二日間の売り上げを大幅に超えた。
そして今夜も、ちゃっかりとリネンハムが涼子たちの作った夕食を一緒に食べていたが、ここを無料で貸してくれたのでそのお礼だと思うことにしよう。
彼はお店の閉店を惜しんでいたが、まさか俺がずっと魔法で氷を削っているわけにいかないからな。
というか、俺と同じかそれ以上の精度で氷を削るのはブランタークさんぐらいだけど、高級カキ氷店を経営なんてするわけがない。
他に稼げて、責任のある仕事がいくらでもあるのだから。
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