閑話30 冒険者村のステーキハウス(その2)

「うーーーん、普通だな」


「先生、本当に普通のレストランですね。材料はよくて、少しお安いので客入りは多いです」


「ベッティの分析は正しいな」




 翌日。

 導師とブランタークさんは所用があるので帰ってしまったが、俺たちはいつも利用している宿屋の従妹が経営しているというレストランに入ってみた。

 魔の森や、村周辺の草原などで手に入る獲物の肉を使ったステーキを出すお店で、客は多いが、 価格を見てみると他のお店よりもかなり安い。

 安いからお客さんは多いが、利益が取れていないので経営は苦しい。

 値上げをすればいいと思うが、もし値上げをした結果お客さんが減ってしまったら大変なことになってしまう。

 経営者はそういう風に考えているはずだ。


「いらっしゃいませ、少々お待ちください」


「おーーーい、注文した料理はまだかよ」


「午後から魔の森に入るんだから急いでくれ」


「申し訳ございません」


 お店はとても忙しく、席が空いても空の食器がなかなか下げられず、待っていたお客さんたちから文句が出た。

 店主の女性とウェイトレスの少女が謝るが、忙しすぎてなかなか手が回らない。

 手に入れたお店は結構広いのに、従業員の数は宿屋の店主の従妹と思われる女性の他に一名しかいないので、完全に人手不足の状態だ。

 だが今は経営が苦しいので、新しい人を入れるのは難しいだろう。

 旦那さんらしき人は、レストランの奥にある調理場でずっと肉を焼いているようだが、やはり一人しかいないから、ステーキの付け合わせのサラダや、スープ、パン、ご飯の準備もあり、彼女たち以上に忙しく働いている。

 こちらも完全に人手不足だと思うが、やはり利益が取れていないので人が増やせない。

 これは、思っていた以上に深刻な状態だな。


「先生、このままだと誰かが倒れてしまいそうですね」


「それなんだよね」


 今でもどうにもなっていない部分はあるが、それでも店は経営できている。

 だが一人でも病気で休んだり、あまりの忙しさにパンクしたウェイトレスの少女がお店を辞めてしまったら。

 今度こそお店が回らなくなってしまうはずだ。


「うーーーん、これは早急にどうにかしないと駄目だな」


 俺たちはレストランを利用せず、お昼の中休みを待つことにした。




「えっ? サーベン兄さんが、このお店のことをバウマイスター辺境伯様に頼んだのですか?」


「利益が出ていないから、心配しているみたいなんだ。このままでは潰れてしまうのではないかと」


「はい……。確かに、これだけのお客さんが入っているのに全然利益が出ないんです……」


 宿屋の店主の予想どおり、レストランの女性店主は採算の問題で悩んでいた。


「この物件を手に入れる時にかなり無理をしてしまいまして……。毎月の返済がかなり厳しいので……」


 この村で飲食店を成功させるためには、店舗を手に入れた方がいい。

 だが、今も建物不足が続くこの村において、移住してきたばかりの彼女とその家族が建物を手に入れられたということは、かなり無茶をしているはずだ。

 ローンの返済もあるので、お店の経営を失敗させるわけにいかない。

 だから最初は、お客さんを集めようと思って値段を下げた。

 そのおかげもあってお店は繁盛しているが、安すぎるので利益が全然取れない。

 だがいきなり値上げをした結果、お客さんが来なくなってしまったらお店のローンが支払えなくなってしまう。

 どうしていいのか常に悩みながら、毎日利益が出ないのに、休みもなく働き続けているのか。

 このお店には、定休日がないらしい。

 お金に余裕がないので、お店が忙しくても新しい人を雇えないし、このままではいつか過労で倒れてしまうはずだ。


「やはり、値上げをしないと駄目だろうな」


「ですが、やっとお客さんがついたんです。もし値上げをしてお客さんが離れてしまったら……」


 女性店主は、お客さんが減ることを過度に警戒しているようだ。

 気持ちはわかるが、今の状態のまま営業を続けていたら、いつか自分も過労で倒れてしまうのに利益はほとんど出ていないので、あとで確実に困窮してしまう。

 体を壊して借金まで抱えて、悲惨なことこの上ないと思うのだ。

 一人だけいるウェイトレスの少女だって、このまま過重労働が続けば辞めてしまうだろう。

 今のうちに手を打たなければ、必ずこのお店は潰れてしまうのだ。


「値上げをしつつ、とりあえず従業員の労働量も減らす方法があるので、明日からその方法で営業していこうと思う。受け入れるかどうかは、ムーランさん自身が考えることだけど」


「……」


 このレストランの経営者はムーランさんなので、料理の値上げや、やり方を変えるには彼女の許可を取らなければならない。

 だから俺たちは、考え込む彼女の返事を待った。


「……そうですよね。このまま今の状態でお店を続けていたら、お客さんが入っているのに潰れてしまうなんてことになってしまうのですから。値上げをして、新しい方法で店を経営します」


 ムーランさんが決断してくれたのはよかったが、そういえば一つだけ気になっていたことがあったんだ。

 それを俺が聞こうとする前に、リサが彼女にそれを問い質した。


「あのぅ、どうしてこのお店はムーランさんが経営者なのですか? 旦那さんは、厨房でお肉を焼いている人ですよね?」


 ムーランさんの旦那さんは、特に気が弱そうに見えたり、体が華奢というわけでもない。

 この世界の常識だと、彼の方がレストランのオーナーのような気がするのだけど……。


「それが、私はサーベン兄さんと同じ村の出なのですが、夫の故郷の村に嫁いだ身でして。夫の故郷では、家主や当主が女性でないといけないそうです」


「珍しいですね」


「はい。私も最初は違和感を覚えたのですが、夫が『村の決まりだからそうしてくれ』と。ですが今はこの村に移住したので、サーベン兄さんみたいに夫がオーナーでもいいような気がするのですが……」


「生まれてからずっとそういうものだと思っていたので、旦那さんはムーランさんをレストランの店主にし続けているのですね」


「はい。夫は一人で厨房の仕事をこなしているから私たち以上に忙しいので、店主の仕事ができるかどうか怪しいところではあるのですが、それよりも、そうしておかないと居心地が悪いそうです」


 この世界にも、女性当主が当たり前なんて村が存在していたのか。

 古代の地球では、割とよくあったという話を聞くけど。


「バウマイスター辺境伯様、ムーランが決断したのなら、僕もそれに従いますから」


「はい……」


 反対されるよりはいいと思うが、素直に奥さんの言うことを百パーセント受け入れてしまう旦那さんもどうかと思ってしまい、正直少し複雑な心境になってしまった。

 だが今は、頑張ってこのレストランを立て直さなければ。





「えっ? 食べ放題にするのですか? そんなことをして、本当に利益が取れるのですか?」


「大丈夫。 ちゃんと利益が取れるやり方にするから」




 心配するムーランさんに、自信満々な表情で答える俺。

 翌日から、魔物と動物のステーキ肉を出すレストランで新しいメニューを始めることにした。

 オープン前の店内に新しくテーブルを置き、そこに大皿に入れた大量のサラダ、パン、炊いたご飯、魔物の骨から出汁を取って作ったスープが入った寸胴などを置いていく。

 一緒に小皿とカップも置いてあり、これはどういうことかといえば、パン、サラダ、スープをセルフで取ってもらう食べ放題にしたのだ。


「値上げをするとはいえ、食べ放題で利益は出るのか? 客が沢山食べてしまったら、かえって赤字なのでは?」


「ちゃんと利益は出るさ」


 テレーゼが、サイドメニューの食べ放題という俺のアイデアに疑問を抱いたようだ。

 前世で、飲食店の経営についても学んでいた俺には自信があったが、テレーゼの帝王学に『食べ放題がどうして儲かるのか? 経営学的な観点で説明してみろ』なんて項目はないはず。

 知らなくて当然だ。


「まず、このレストランのお昼のメニューを値上げします。十五セントにね」


「約二倍とは、かなりの上げ幅じゃの。まあ食べ放題じゃから、割高には感じられぬか。妾は、それ以上に原価が上がってしまったような気がするのじゃが」


 これまでは、ウサギ、鹿、猪などのスキーキに、サラダ、魔物の骨で出汁を取ったスープ、パンかご飯で八セントだった。

 さすがにサイドメニューのおかわりはできなかったが、周辺のお店に比べるとかなり安く、だからお客さんが沢山入っているのが現実だった。

 だが、確かにお客さんは多かったけど、当然利益なんてほとんど取れない。

 魔の森の魔物肉ステーキもメニューにあったが、こちらは滅多に注文する人はいなかった。

 三十~五十セントするので、お昼の八セントのランチステーキを注文する冒険者たちが頼むわけがない。

 客層が合わないのだ。

 さすがに夜のメニューはもう少し値段を上げていたが、それでも十セント。

 やはり、ほとんど利益が取れない価格設定になっていた。

 こちらも、客数は多かったけど。


「そしてメニューに入っている以上、一定数の魔物肉を在庫として置かないといけない。そして肉が悪くなる前に売れなければ廃棄となり、赤字が出てしまう」


「はい。これまでは、売れ残った魔物の肉は賄いにしていました。捨てるのは勿体ないので……」


 売れない魔物肉の在庫は最低限にしているはずだが、それでも廃棄が出てしまうのは辛いと思う。

 この村には魔物肉の料理を出すお店が複数あるが、そちらは店内も高級な作りになっており、いいお酒も出るので、魔の森で稼いだ冒険者たちが祝杯をあげることも珍しくなかった。

 このお店は客単価が低いばかりに、夜の営業でお金を持っている冒険者を呼べないのも、なかなか利益が出ない原因となっていると俺は分析している。


「魔物の肉を出さないわけじゃないけど、少なくともお昼は、この十五セントの食べ放題ステーキのみにしてしまおう」


 この村で安く手に入る、ウサギ、鹿、猪肉のステーキを焼いて出し、サイドメニューであるサラダ、スープ、ご飯、パンは自分で食べる分をセルフサービスで取っていく。

 日本によくある、ファミレス形態のステーキ店の手法だ。


「サイドメニューの横にお皿を置いておき、お客さんが必要な分を自分で取る。食べきれるのなら、おかわり自由で」


「客に沢山食べられたら、赤字になると思うがの」


「肉がおかわり自由じゃないんだ。サイドメニューのみだからそこまでコストも高くないし、なによりテレーゼが思っているほど食べられないものさ」


 なにしろ、昼食の食べ放題なのだから。


「昼食をとってから魔の森に入る冒険者たちが、お腹がパンパンになるまで食べるわけがない。そもそも人は、昼食でそんなに沢山食べられないから。豪勢な食事をとるのは、主に夕食って相場が決まってるだろう? なにより、この方法を用いると人手が少なくて済む。焼けたステーキだけを渡し、サイドメニューとお皿がなくなりかけたら補充するだけでいいから」


 一人前ずつパンやご飯を用意し、スープをカップに注ぎ、サラダをお皿に盛って、各テーブルの客さんに出しつつ、食べ終わったお客さんの会計、食器を下げ、テーブルも拭かないといけない。

 これまで、ムーランさんとウェイトレスの少女の二人で回していたので大変だっただろう。

 サイドメニュー食べ放題は、人的負担を改善するためのものでもあった。


「でもさぁ、食べ放題にしたら、持ち帰ろうとする奴が……対策済みなのね」


 エルは、お店の入り口やサイドメニューの置き場に掲げられた看板に気がついた。


「『残すと罰金(五セント)なので、食べきれる量を持っていきましょう』、『どうせ足りなくてもおかわりできますから、一度に沢山お皿にのせないで』、『サイドメニューのお持ち帰りは禁止です。違反者は罰金(十セント)で、今後はお店への出入りを禁止します』かぁ。考えてるのな」


 店内やお店の入り口に掲げて、ルールが守れるお客さんだけにサービスを提供する。

 ここは冒険者たちが集う村なので、ちょっとガラの悪い客も多い。

 村にはバウマイスター辺境伯家警備隊の兵士たちが詰めてはいるが、すべてのトラブルに迅速に対応できるわけではないので、そういうお客さんを入れない方が飲食店としてはプラスになるはずだ。

 なにより、そうでなくても人手が足りないのに、クレーマーへの対処で余計な労力を使うわけにいかないのだから。

 ぶっちゃけ、食べ放題とはいえ十五セントに値上げしたのも、質の悪い客を排除するためでもあった。


「サイドメニューのおかわり自由とはいえ、大半の人が一回か多くて二回おかわりするのが限界だと思う。一人前ずつ配膳する人件費と、食べ放題にして仕入れが増えた食材費を比べたら、絶対に後者の方が安くつくはずだ。利益率はかえって上がるよ」


「確かに、サイドメニューばかり食べるのは辛い。飽きるから」


 とは言いつつ、ヴィルマは恐ろしい量を食べてしまうと思うが、逆に彼女のように大量に食べる人は滅多に存在しない。

 毎日通われたら対策を考えなければいけないが、たまに来店するぐらいなら、そこまで利益率を圧迫しないはずだ。

 普段の利益で、そういうイレギュラーは相殺できるはず。


「食材費よりも、人件費の方が高くつく。そういうことか」


「そういうこと」


 テレーゼは理解してくれたようだな。

 節約しているのは、食材費ではなく、人件費や手間なのだから。

 急に人を増やせないのなら、とにかく従業員の作業量を減らして負担を少なくしないと。

 特に、経営者である店主夫婦はともかく、ウェイトレスの少女が辛くて逃げ出してしまうかもしれない。

 そしてこのレストランは、彼女が一人抜けただけでお店のオペレーションが崩壊してしまう危険があった。

 この冒険者村には他にも沢山仕事があり、同じような報酬の仕事なら、楽な方を選ぶ権利が彼女にはある。

 彼女に辞められ転職されても、ムーランさんは文句を言えない。

 ならば経営者として、従業員が普通に働けるよう労働環境を整えなければならないのだ。


「ヴェル、優しいわね」


「イーナ、俺は不必要な重労働が嫌いなんだ(ブラック労働は駄目!)」


 これも、前世の影響だろう。

 過酷な労働はよくないと思う。

 だって続かないもの。


「もしかしてヴェルってば、あの子に興味があるとか?」


「えっ?」


 ルイーゼの指摘により、みんなの視線がこのレストランで唯一雇われたウェイトレスの少女へと向かった。

 このお店の看板娘……にしては、毎日忙しく働いていて、それどころではなさそうだけど……は、目を白黒させていた。


「わっ、私ですか? 申し訳ございません。私には婚約者がいますから! どうかご勘弁を!」


「ルイーゼ……。ああ、そういうのはないから安心してくれ」


 別に俺は、ウェイトレスの子に興味なんてない。

 確かに可愛い子だけど、俺が世間で目にした可愛い子を全員奥さんにしていたら、それこそ際限がなくなってしまうではないか。

 それに今の俺は、冷徹にお店を立て直そうとするコンサルタントでしかなく、たとえ顧客の従業員でも数字としか見ていない。

 ウェイトレスの少女を奥さんにしようなんて気は微塵もないのだから。


「とにかく、試しにやってみましょう」


「そうですよね。ブリジットちゃん、バウマイスター辺境伯様の指示どおりやってみましょう」


「はい。あのぅ……私は、バウマイスター辺境伯様のご不興を買ってしまったのでしょうか?」


「……安心してくれ、そういうのは一切ないので。さあ、お店を始めてくれ」


「……わかりました」


「……」


 どうもイマイチ信用されていないようだが、これも奥さんの数が多い弊害か……。

 とにかく今は、リニューアルさせたお昼の営業に集中するとしよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る