閑話30 冒険者村のステーキハウス(その1)
「エル、もっと肉を焼くんだ」
「オーケー、しかしまぁ。導師がいると、焼けたそばから肉がなくなっていくな」
「いくらでも食べられるのである!」
「導師、まだ生焼けだぞ」
「生焼けの方が、栄養があるのである!」
「伯父様、お腹を壊しますよ」
今日は冒険者として活動し、同行者も多かったので、夕食はバーベキューとなった。
今回は久しぶりの外泊となり、狩猟後の夕食は魔の森近くにある冒険者村の宿の庭で肉を焼いている。
肉や野菜を串に刺すのが面倒なので、バーベキューとはいえ実質焼き肉パーティのようなものだけど。
網の上にタレに漬けた肉をのせると、肉とタレが焼け、香ばしくて美味しそうな匂いが周囲に漂う。
肉から落ちた脂が網から赤く燃えた炭の上に落ちると、『ジュワ』っと煙があがって肉が燻され、さらに美味しくなるという寸法だ。
「実に美味なのである!」
導師は、肉とお酒を交互に飲み食いする作業のみを繰り返していた。
野菜を食べた方がいいというエリーゼの忠告は、残念ながら彼の耳には届かない。
いい加減いい年なので食生活には留意した方がいいと思うのだが、今の導師は健康そのものだ。
聞く耳持たないとは、まさにこのことか。
「野菜だって美味しいのにね。ボクは野菜も好きだよ」
「ヴェルの作ったタレは、野菜によく合って美味しいわよね」
ルイーゼとイーナは、焼けた野菜を美味しそうに食べている。
それは他の女性陣も同じで、女子が健康にいい野菜を好む傾向が強いのは、世界が違っても同じようだ。
「新しいタレは美味しいな」
定期的に改良を加えてアップデートを繰り返しているので、醤油ダレも、味噌ダレも、塩ダレも素晴らしい美味しさだ。
だが、ここが頂ではないのは確かなので、今後も地道に改良を加えていかないと。
タレの美味しさに、ゴール、完成などないのだから。
「美味しそうですね、バウマイスター辺境伯様」
とそこに、宿の主人が新しい網や皿などを持ってきてくれた。
俺たちが冒険者として泊まる時には必ずここを使うので、勝手もわかっているし、秘密保持にも気を使ってくれるので重宝している。
「いつもすまないな」
「いえ、おかげさまで、こちらも商売繁盛ですから」
この宿では、俺たちのように庭でバーベキューをする宿泊客が増えた。
宿が庭に竈を設置し、網、炭、食器、食材などを有料で準備するようになってから、利用者が増えてえらく繁盛するようになったのだ。
「しかし、不思議な話よな。この宿を利用するのは冒険者ばかり。肉や野菜を焼くくらい自前でできよう」
冒険者は野営をするので、バーベキューくらい簡単にできるはず。
それなのに、宿にお金を払って庭でバーベキューをする理由がテレーゼには理解できないようだ。
彼女は帝王学を受けた優秀な人物であったが、さすがに商売についてはそこまで詳しくないからだろう。
「テレーゼ、ここでやるバーベキューと、魔物を狩っている最中の自炊は別物なんだぞ」
「それはわかっておるが……」
冒険者が野宿をしながら行う自炊は、自分たちでやらないと食事をとることができない。
半ば義務でやっており、もし魔物の領域にお弁当売りがやって来たり、コンビニがあったら、それを利用する人は多いはずだ。
もっとも採算が取れないので、魔物の領域にお弁当を売りに来る人は……ゼロではないけど、ほぼいない。
なぜなら儲からないから。
日帰りできる魔物の領域なら、近くの町の住民が冒険者目当てにお弁当を売るケースもあるか。
魔法の袋があれば常に温かい食事を好きな時に食べられるが、魔法の袋を持っている冒険者は少ない。
この点でも、魔法使いは重宝される。
何日も人里離れた魔物の領域で、過酷な狩りと採集に明け暮れる冒険者にとって、温かくて美味しい食事ほどありがたいものはない。
最高の福利厚生であり、だから冒険者パーティは魔法の袋を持つ魔法使いを仲間に入れようする。
魔力がなくても使える汎用の魔法の袋なんて、恐ろしいほど高額なうえに、数が少なく、入手が非常に難しいのだから。
「ぶっちゃけ、冒険者にとっては、火を起こして、料理に使える水を確保し、煮炊きするだけで大きな手間がかかる。食後の後片付けも面倒だ。焼く場所も、火種も、網も、炭も、食器や食材、調味料も、水もすべて用意してくれるんだ。狩りをしている時のバーベキューとは全然違うさ」
やらないと食事がとれない自炊、バーベキューと、仕事を終えて宿に戻り、そこでワイワイやりながら食べるバーベキューは全然違う。
「ここでのバーベキューはレジャーなのさ。確かにお金はかかるけど、有料だから肉の種類も豊富で、料金によっては色々な野菜や魚介類も用意してくれる。冒険者が自分で食材を揃えると手間だし、集められない食材も多い」
「確かに、ヴェンデリンの言うとおりじゃ」
「なにより、後片付けをする必要がない!」
「それは大きいですね!」
エリーゼが大きく食いついた。
普段よく料理をする彼女だからわかる、後片付けの大変さ。
確かにこの宿でバーベキューを頼むとお金がかかるが、大変な後片付けを宿がしてくれる。
客は、時間をお金で購入するわけだ。
実際、この宿屋のバーベキューサービスは大人気だった。
「この宿屋に泊まってバーベキューする冒険者たちというのは、何日も魔の森で頑張ってヘトヘトになっている者たちが多いはずだ。成果もあがってお金もあり、祝賀会的なバーベキューパーティーなら、財布の紐も緩むというものさ」
逆に、これから魔の森に挑む冒険者パーティの前祝い的な利用もされるケースが多かった。
彼らは翌日魔の森に向かうというのに、面倒な後片づけなんてしたくないはずだ。
「実は他の宿の経営者たちから、『そんなサービスは絶対に儲からない』って散々言われましたからね。バウマイスター辺境伯様に強く勧められたのもありますが、サービスを始めてよかったです」
「ヴェンデリン、お主は新しい商売をよく思いつくの。さすがと言うか、だからこそニュルンベルク公爵に勝てたのであろうが」
「さすがにそれは言いすぎだと思うけど」
前世の知識というアドバンテージがあるからやってるだけで、俺自身は極めて保守的な人間なんだけどな。
ニュルンベルク公爵とは違って、ただの凡人だし。
「バウマイスター辺境伯様、同じく最近始めたキャンプ場の方も大変好評でして」
「それはよかった」
「旦那、キャンプ場って? 初めて聞く言葉だな」
冒険者歴が長いカチヤでも、キャンプ場の知識はないか。
この世界で、キャンプというワードを言い始めたのは俺だから当然か。
「簡易宿泊所とでも言うべきか。この宿は、この冒険者村の外れでキャンプ場も経営しているんだ」
魔の森に集まる冒険者が増え、拡大し続ける冒険者村であったが、同時に宿不足という大きな問題も発生していた。
ちゃんとした宿屋を建てるには時間がかかるので、冒険者が宿屋に泊まれず、村の外れで野宿するなんてケースも多く、それに比例してトラブルも増え続けていた。
冒険者志望者にはよくない人も多いので、窃盗などの犯罪も増えていたのだ。
そこで、足りない宿屋の代わりにキャンプ場を宿屋の主人に経営させることにした。
場所のみならず、テントや、野営に必要な道具のレンタル、綺麗な水の販売なども行い、宿屋よりも安く泊まれるので、駆け出しの冒険者たちに人気となっているらしい。
「駆け出しの頃はお金がないからキャンプ場を使って、お金が貯まったら宿屋に泊まるのか。たまには、ベッドの上で寝たいからな」
俺の説明を聞き、カチヤが納得したような表情を浮かべる。
駆け出しの冒険者は野宿を繰り返すが、ずっと野宿だと、肉体的にも精神的にも疲れるものだ。
普段はキャンプ場を使い、お金が稼げたら宿屋に泊まる、なんて冒険者も多かった。
「ヴェル様、色々やってる」
「ちょっと助言しただけさ」
俺がアドバイスしても、それを受け入れない人たちもいる。
でも、最終的な責任は経営者にあるので、それは仕方がなかった。
「バウマイスター辺境伯様、実は折り入って相談がありまして……」
「相談?」
「実は、私の従妹がこの村に移住してきて飲食店を始めたのですが、お客の入りがイマイチなのです」
「飲食店かぁ……」
冒険者の村とはいえ、人口はその辺の町を大きく超える。
当然飲食店の需要は大きく、多くの人間が移住してきてお店を経営し始めた。
宿屋と同じく飲食店にできる建物が不足しているので、テント、屋台での経営も多く、競争が激しいのは知っていたが……。
「従妹は運良く建物を手に入れ、ステーキレストランを開いているのですが……」
「上手くいっていないと?」
「ええ」
「珍しいな」
確かに、この村の飲食店経営は競争が激しいのだが、建物でやっているところはほぼ上手くいっている。
競争が激しいのは新規組のテントと屋台のお店が大半で、ゆっくりと座れる建物の飲食店はそれだけで人気が出るし、価格を高めに設定できるからだ。
その分、建物を手に入れたり維持するので、お金がかかるようにはなっているけど。
「客数は多いのですが、儲けが出ないそうでして……」
「なるほど」
客の入りは多いが、利益は出ていない。
価格の再設定や、経費の見直しが必要なパターンだけど、下手に変えると客が飛ぶと考えて経営者が決断できない。
結果、利益率が改善せずに苦しい状況に陥る。
飲食店では割とよく聞く話ではあるな。
「おおっ! よくおわかりで! 私も値上げをアドバイスしたのですが、もしそれでお客さんがいなくなったら困ると、なかなか決断できないようでして……。近隣に似たような料理を出すお店が多いのもありまして……」
値上げをするとお客さんが増えるかもしれないので、それを決断することができない。
気持ちはわかるが、利益が取れていないのなら値上げをしないと、なんのためにお店をやっているのかわからなくなってしまう。
とはいえ、それで潰れてしまったら終わりなので、なかなかに難しい話ではあった。
「どんなお店なのか、実際に見てみないとなんとも言えないな。明日は完全休養日だから、そのお店に行ってみるよ」
「ありがとうございます」
宿屋の主とそんなやり取りがあり、俺たちは明日、冷やかしがてらそのお店に行ってみることにしたのであった。
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