第三十話 子供か!
「どうも、ご挨拶が遅れまして。なにしろ猿酒は手間がかかりますので……。アーシャの母で、ミスマと申します」
「初めまして、バウマイスター辺境伯です」
今日もアーシャさんに魔法を教えるため、世界樹に足を運んだのだが、そこで彼女の母親、ザンス子爵の正妻であるミスマさんを紹介された。
正妻と言っても、他に奥さんはいないけど。
彼女は三十半ばくらいだと思うが、アーシャさんによく似ている。
やはり肌が白くて美人で、アーシャさんも年を取ったらミスマさんみたいになる可能性が高かった。
彼女は猿酒造りに精通しており、これまで世界樹の上の方で泊まり込んでいたらしい。
別居はしているが、ザンス子爵を陰ながら支えているように見えた。
この世界の貴族の常識には合っていない人なんだが、俺は前世のおかげであまり彼女がおかしいとは思わない。
技術があって、貴族になった夫をちゃんと支えているのだからいいんじゃないかな?
どうせ他の貴族たちは世界樹にしばらく来れないだろうし、人の家の事情にあれこれ言うのは……王都の暇な貴族たちならそういう連中も一定数いるのか……。
無視すればいいのだろうけど。
「いつも娘がお世話になっております」
「いえ、なかなか優秀な弟子なので楽しんでいますよ」
これは嘘偽りでなく、本当にアーシャさんを教えるのが楽しかったのだ。
魔法使いとして有名になると、今度は俺に魔法を教えてほしいという、弟子希望者が定期的に現れる。
大半はバウルブルクの冒険者予備校の特別講義で済ませられるのだけど、たまにあるのだ。
貴族の子弟で魔力があり、ホーエンハイム枢機卿、エドガー侯爵、その他大物貴族の紹介状を持って、俺のところにやってくる微妙な連中が……。
彼らは貴族で魔法が使えるため、大半は調子に乗っている。
ほぼ全員が初級で、俺からしたら『調子に乗り過ぎなんじゃないのかな?』と思うのだけど、親が甘やかすからそうなってしまうのだ。
これも貴族の柵だと、仕方なしに短時間ながら特別講習を行うわけだが、彼らはやる気の方にも重大な欠点があった。
魔力が少ないながらも、努力して魔法の質を高める的なことには向いていないというか、最初からやる気がないのだ。
結果、その時間でなにか成果が出ることもなく、彼らは俺の教え方が悪いと文句を言う。
しかもそれに親まで加わってくるケースが少なくなかった。
前世、俺に教師の経験はなかったが、これがモンスターペアレンツなのかと思ったものだ。
あとでホーエンハイム枢機卿たちに彼らについて嫌味を言うのだが、向こうは慣れたものだった。
『婿殿が気にする必要はない。連中は、どうせ他の魔法使いたちからも同じ風に思われているのだから。恩は売ったのだから、それでいいのだ』と。
最近そんな魔法使いの相手が多かったので、アーシャさんを教えるのは楽しかったのだ。
「これからも末永くアーシャをお願いします」
「勿論ですよ」
彼女はいい魔法使いになる。
すでになっているので、さすがにこれまでのように頻繁には教えられないけど、これからも定期的に面倒は見ていくつもりだ。
「バウマイスター辺境伯様、もうそろそろ行きましょう」
「そうだったな」
もうすぐ、アームストロング伯爵と約束した時間だ。
このところ、人間の南下を雲霞のような陸小竜で阻止していた魔物たちであったが、さすがにそろそろ息切れしてきたようだ。
境界線近くに集まる陸小竜の数が減っており、今日は少し南下して偵察をしてほしいと頼まれていたのだ。
「お父様、お母様、いってきます」
アーシャさんのお母さんとの顔合わせを終えた俺たちは、そのまま『飛翔』でアームストロング伯爵が指揮する王国軍の駐屯地へと向かう。
するとすでに、全員出撃の準備が終わっていた。
今日も、陸小竜を狩る作戦が始まるというわけだ。
「あれ? 導師がいませんね」
「クリムトなら、今寝込んでいるぞ」
「冗談ですよね?」
導師が寝込む?
あの導師が?
これまでに風邪を引いたとか、具合が悪くなったとかなんて一度も聞いたことがないのに……。
「どんなに健康でも、たまにはそういうこともあるのではないのでしょうか?」
「アーシャさん、普通はみんなそう思うんだけど、導師は特別なんだ」
「俺も、あいつが寝込むところを見るなんて初めてだな。俺も病気になんてなったことないがな」
「「……」」
バカは風邪を引かない……実は導師はバカではないが……。
見た目どおり驚異的なまでに体が頑丈なので、これまで一度も病気になったり、具合が悪くなったりしたことがないのが自慢だったのだ。
二日酔いをカウントから除外するのは、同じくこれまで一度も病気になったり、具合が悪くなったりしたことがないアームストロング伯爵も同じか。
そういえば、エリーゼのお母さんであるニーナ様も同じ体質らしい。
アームストロング伯爵家の遺伝子って、実は最強かもしれないな。
「どうして寝込んでいるのですか?」
「それがよ。昨日な……」
アームストロング伯爵によると、昨晩、注文していた猿酒が大量に手に入り、みんなで大宴会になったそうだ。
「陸小竜も余っていたから、豪快に丸焼きにすることにしてな。でもよぉ、丸焼きって難しいんだな」
「大きいですからね……」
実は、丸焼きにする前に念入りな下処理も必要だし、いかに表面を焦がさないよう中心まで火を通すかという問題もある。
もしかして、生焼けの陸小竜の肉のせいでお腹を壊した?
でも、その程度のことであの導師がお腹を壊すのか?
「実は昨晩……」
『陸小竜の丸焼きを一人で食えるわけがない? 某に限ってそんなことはないのである! 猿酒を一人でひと樽飲めるか? 某ならば余裕である!』
昨晩、酒の席で酔っ払った導師が暴走し、一人で陸小竜の丸焼き一匹と、猿酒ひと樽に挑んで見事撃沈。
お腹を壊し、今日は寝込んでいるそうだ。
「ええと……そのぅ……」
アーシャさんがなにも言えないのも無理はない。
いい年をしたおっさんが、それも責任ある地位に就いている王宮筆頭魔導師が、子供みたいなことをして寝込んでいるのだから。
「ブランターク殿も今日はいなかったよな?」
「忙しいそうで」
ブランタークさんは、本来ブライヒレーダー辺境伯家のお抱え魔法使いなのだ。
いくら参謀扱いでも、ブライヒレーダー辺境伯家の都合を優先することだってあるさ。
「偵察は中止ですね」
「そうだな。最低でもクリムトが回復してからだ。どうせあいつのことだから、明日には回復しているだろう」
「そうでしょうね」
導師が二日間も寝込むなんて物理的にあり得ないので、強行偵察飛行は明日かな。
見かけによらずアームストロング伯爵は冷静で、今日の南方偵察は中止となった。
俺とアーシャさんは、引き続き陸小竜退治をすることになったのだが、たまたま導師が寝込んでいる時にあんなことが起こるなんて……。
俺には、なにか憑いているのかもしれないな。
今度、教会でお祓いでもしてもらおうかな。
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