第二十八話 酒か甘味か

「標的は、あの少し大きな陸小竜だ。あれが群れのボス的な存在なのだと思う」


「確かに、一回り大きいですね」


「あれを中心に、周囲の陸小竜たちを小型の『ウィンドカッター』の散弾で一気に刈り取る。イメージできたかな?」


「はい!」


「では、やってみてくれ」



 それからは、もう話は早かった。

 杖の形状が弓のため、試作品は魔法の矢の種類によっては弓本体の表面が焦げついたり、弦が切れたりするなどの不良があったが、すぐに職人たちが対応してくれたので、今ではその手のトラブルはなくなっていた。

 予備の弓型の杖も何本か手に入れており、結果的にアーシャさんはブランタークさん相当の魔力量があって、さらに聖魔法以外のすべての系統魔法を満遍なく使えるのに、なぜか弓型の杖を用いないと使える魔法の種類と威力が減ってしまう、ちょっと変わった魔法使いに落ち着いていた。


「結構な威力だな。およそ三十匹ってところだな」


 アーシャさんの放った矢型の『ウィンドカッター』は、標的である少し大きな陸小竜の頭部を貫通した瞬間、小さな『ウィンドカッター』に分裂。

 周囲の陸小竜たちの大半を貫き殺してしまった。

 今日は様子見で来ているブランタークさんが、現場で魔法の威力の算定と評価をし、陸小竜の死骸を回収して戻ってきた。


「魔法を矢の形に凝縮し、それを弓型の杖で放つと、多彩な魔法が使えるわけか。辺境伯様、よく気がついたな」


「そこは、師匠の教えですよ。魔法はイメージですから」


 放たれる魔法のイメージだけでなく、魔法の発動方法にもイメージを広げたわけだ。


「魔法自体、無詠唱派とか、呪文派とか、ポージング派とか色々といるじゃないですか。杖の形状を変えるのもアリかなって」


「それで、アーシャの嬢ちゃんが慣れ親しんだ弓の形状にしたのか。辺境伯様も弓型の杖を使ってみたらどうだ?」


「それがまったく威力が変わらないので、使う意味がないんです」


 弓型の杖は俺も試しに使ってみたが、結論から言えば使っても使わなくても同じであった。

 両腕が塞がってしまうので、俺の場合はかえって不利になりかねないのだ。


「どんな方法にしてもだ。上級魔法使いが一人増えたんだ。王国は大喜びじゃないのか?」


「また変なのが湧きそうですけどね」


 アーシャさんの婿になり、次のザンス子爵になる。

 そんな左団扇的な生活を妄想して、アーシャさんを狙うバカ貴族の子弟はまだ存在した。


「でも、あいつら来ないな」


「それが……」


 どうしてもと言うのであれば、まずはここまで来いと言ってみたのだが、なにしろ世界樹周辺は、いまだアームストロング伯爵以下王国軍の精鋭が恐竜モドキたちと死闘を繰り広げている場所だ。

 魔導飛行船の便も王国軍への補給や兵員の補充、交代が最優先であり、さらに王都からノースランド、世界樹までの移動距離と時間を考えると……。


「そんな度胸と気合のある奴がいないことが判明しました」


 あいつらのなにが凄いって。

 『こういう場合、新興貴族であるザンス子爵が娘を連れて王都まで来て、我々にお見合いの場を用意するのが常識である!』と言い放てるところだ。


「すげえんだな」


「陛下が頭を抱えていましたが」


 ザンス子爵だって、猿酒造りの指揮や、世界樹周辺の土地を切り開いて農業を始めたりと懸命に働いているので、そんな暇はなかったのだから。


「あいつら、基本的に暇だからな」


「暇すぎると、ろくなことをしないんですね」


 役職に就けなくても年金は貰えるので、彼らには余計なことをする時間が沢山ある。

 それでいて今の自分たちの境遇に不満があるから、ザンス子爵のような存在が出ると、貴族らしい陰謀を考えつくわけだ。

 『僕のおうちが、力を取り戻す最高の方法』というやつである。

 稚拙すぎて、ちゃんと働いている貴族たちからすれば失笑ものなのだが。


「王国内の開発のみならず、このガトル大陸での開発も進んでいるんだ。今の今まで出番がない貴族って、相当駄目な奴のはずだ」


 そんな貴族の子弟を次のザンス子爵にするわけにいかないのは、俺のみならず陛下や大半の貴族たちの共通認識であった。


「せめて、ここまで辿り着いたら話くらいは聞いてやりますよ」


 ザンス子爵家に婿入りは無理でも、アームストロング伯爵がやる気はあるのだと理解して、仕事は用意してくれるはずだ。

 実際、分裂した元レーガー家の三家だが、ちゃんと婿や家臣たちが王国軍に加わって陸小竜を倒していた。

 家が分裂してから真面目に働くようになるなんて、皮肉な話ではあるけど。


「今の今までここに来ないってことは、どうにもなりませんよ」


「ここまで来る金が惜しいとか、そんな理由じゃないのか?」


「それもわかりますけど……」


 だからって、王都でアーシャさんを待っていても来るわけがない。

 バカたちは放置するしかないのだ。


「それで、ブランタークさんの総評ですが……」


「なかなかいいじゃないか。魔法を矢にたとえて、それをピンポイントで放てるのがいい。たまに魔法の威力はあるが、コントロールが駄目な奴がいるんだよ。そういう奴は、コントロールを直さないで、魔法の効果範囲を広げて対応しやがる。それよりは圧倒的にいい」


 不必要に魔法の威力を上げると、燃費が落ちてしまうからな。

 使える回数も減るし、いいことなんて一つもない。

 その点、アーシャさんは魔法を矢の形にして任意の場所に放てるのがいい。

 弓の名手だけあって、最初から魔法の位置コントロールは達人クラスなのだから。


「今後の課題は、状況に応じて、放つ魔法の系統と性質、威力を瞬時に判断し、いかに素早く魔法を放てるようにするか、だな。矢に番える動作をする過程があるので、どうしても魔法を放つスピードが落ちてしまうが、これは弓使いと同様に、自分は後衛で魔法を駆使するものだと思って、敵との距離を取るようにすることで解決できる」


「魔法使いの中でも、彼女は後衛担当ってことですか」


 魔法使いは元々後衛扱いだが、その中でもさらに後衛ってことか。

 速射を利用した魔法の連発を覚えられれば、もう少し魔法の発射速度を上げられるかも。


「その辺の魔物相手なら、遠くから魔法を放てるから、大した問題はないけどな」


 魔法使いは元々後衛だから、同じといえば同じなのか。


「あとは、魔法の種類を増やし、それを片っ端から放って経験値を積むしかない」


「わかりました。さすがは先生の師匠ですね」


「俺はもう、魔法使いとしては辺境伯様に敵わないのでね。ロートルのありきたりなアドバイスさ」


 アーシャさんは、ブランタークさんの分析と今後に向けたアドバイスに心から感心していた。

 彼も美しいアーシャさんに褒められて、悪い気はしないようだ。


「あとはできる限り陸小竜で魔法を練習していこう」


 今となっては、陸小竜は魔法の的みたいな扱いだな。

 王国軍でも、魔銃の導入や、対陸小竜集団戦術のおかげで、それほど被害を出さずに多くの陸小竜を狩れるようになっていた。

 ただし、相変わらず一向に数が減る気配がない。

 このガトル大陸には、いったいどれほどの陸小竜が棲んでいるのであろうか?


「バウマイスター辺境伯、おっとアーシャ殿もいるか。猿酒を売ってくれ」


「またですか?」


 かなりの数の陸小竜を魔法で倒した俺たちは、その死骸を世界樹の近くにある王国軍本陣へと持って行った。

 さすがにザンス子爵領だけでは消費しきれなくなったので、王国軍についてきている冒険者ギルドに売却するようになっていたのだ。

 なお、陸小竜以下恐竜モドキたちの肉は、バウマイスター辺境伯経由でエリーの会社にも販売されている。

 なんでも、最近エリーたちの手法を真似してジビエ販売を始める魔族が増えており、今度は魔物やガトル大陸の恐竜モドキの肉で差別化を図りたいのだそうだ。

 すぐにそれを思いつくライラさんは、実はかなり優秀な経営者なのだと思う。

 余った肉や素材を換金して世界樹に戻ろうとしたところに、アームストロング伯爵が姿を見せた。

 猿酒の追加を頼まれたのはいいが、確かこの前大量に卸したばかりのはずなんだが……。


「あの程度の量ではそう保たないよ」


「そうなんですか?」


「みんな、よく飲むからな。それによ。猿酒はいい戦意高揚アイテムなんだぜ」


 今のところ際限ないように思える陸小竜狩りを続けるためには、家臣、兵士たちの士気を維持しなければならない。

 そのために猿酒が有効ということらしい。

 噂に聞くと、アームストロング伯爵は見かけによらず優秀な軍人で、上に強く掛け合ってこの地に魔導飛行船を飛ばさせていた。

 一定期間の従軍が終わったら、兵士たちを王都に戻しているそうだ。

 なるべく多くの兵士たちに実戦を経験させるためというのもあるが、そうした方が兵士の犠牲が少ないことを理解しているのだ。

 そんな兵士たちにとって、ここで支給される猿酒は、飲んでよし、他の品に交換してもよし、お土産に持ち帰ってよしの人気商品であった。

 王都で猿酒が流行している大きな理由の一つに、帰還兵士たちが持ち帰ったというのもあるのだ。

 だからであろう。

 つい三日ほど前に大量に卸したはずだが、もうなくなってしまったそうだ。


「アーシャさん、在庫は大丈夫なのかな?」


「大丈夫ですよ」


「それはありがたい」


 アームストロング伯爵はとても嬉しそうだ。

 彼も酒好きなので、猿酒が個人的に欲しかったのであろう。


「明日にでもお届けします」


「すまないな」


 陸小竜の肉と素材の売却を終えた俺たちが世界樹の根元に向かうと、そこには顔見知りの人間が二人と、エルフ族の人たちが十名ほど待ち構えていた。

 実は、事前にある作業を頼んでいたのだ。


「バウマイスター辺境伯、一日で工事した割にはなかなかの出来であろう?」


「お館様、船も用意しておきましたぜ」


「このくらいの小型の魔導飛行船なら、運用も楽そうだな」


 世界樹の上に住むエルフ族たちであったが、これからは地上に降りる機会も増えるはずだ。

 これまでは自分たちでロープを手繰る手動の昇降機を用いていたのだけど、これだと一度に一人か少量の荷物しか運べなかった。

 俺は魔道具のエレベーターの設置を提案したのだが、ベッケンバウアー氏とアルテリオが即座にそれを否定した。

 世界樹の構造上、設置が困難なのと、メンテナンスが面倒だからだ。

 そこで、世界樹の根元とエルフ族が住んでいる世界樹の上とを往復する渡し舟とその船着き場建設することになった。

 ボートに毛が生えた程度の小型魔導飛行船なので、世界樹ほどの巨木なら樹上に船着き場も作りやすいというわけだ。

 実際に、工事は一日で終わってしまったのだから。


「こっちの方が維持も楽なのでな」


「そう言われてみるとそうだなぁ……」


 俺はエレベーターの方がいいのかなと思ったが、維持管理を考えると小型魔導飛行船の方が楽か。

 大型ボートに毛が生えた程度なので、魔力消費量も少ない。

 アーシャさんと、陸小竜から得た魔石で十分なはずだ。


「これなら、一度に複数の人と多くの荷を運べます。最近、お館様がたまに持ち帰る甘くした赤い実ですが、これも王国軍に卸しておりまして」


「みんながみんな、酒好きってわけでもないか」


 アルテリオが仲介して、王国軍に渋を抜いて甘くした赤い実も卸しているらしい。

 甘い物が好きな人たちが、好んで購入しているそうだ。


「これまでは荷を下ろすのが大変だったので、これはありがたい」


 小さな魔導飛行船を上下に動かす渡し船でよかったのか。

 魔道具の昇降機は、ちょっと考え過ぎだったな。


「赤い実は、余っているくらいなので売れるのはありがたいです」


 渋を抜いた赤い実は、いまだ果物の栽培どころではないガトル大陸の、特に世界樹周辺で魔物と戦っている王国軍にとても人気となった。

 その後、猿酒に赤い実をつけた果実酒や、ジャム、干し柿のように干して甘みを凝縮、長期保存が可能になった加工品なども登場し、これらもザンス子爵領の重要な資金源となったのであった。

 商品名が『世界樹の実』だからってのもあるか。

 嘘じゃないしな。

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