第二十四話 面倒くさい

「アーシャさん、これはお土産です。王都で有名なお店のケーキですよ」


「うわぁ、とても綺麗ですね」


「有名なパティシエがデコレーションをしていて、綺麗だと女性に大人気なのです。勿論味も一級品ですよ」


「ありがとうございます、バウマイスター辺境伯様」


「(ヴェル、随分とアーシャさんに優しいね)」


「(だってさぁ……もしルイーゼがアーシャさんの立場だったら?)」


「(……なんか居た堪れないね)」


「(だろう?)」


「(それで、女性が好きなケーキなんだ。花じゃないんだな)」




 今日は、ルイーゼとカチヤを連れて世界樹に来ていた。

 出迎えてくれたアーシャさんにお土産を渡すと、彼女はとても嬉しそうにしている。

 女性は甘い物が好きだし、ザンス子爵領は嗜好品の種類が少なすぎるので、こういうお土産が一番喜ばれた。


「ザンス子爵はいらっしゃいますか?」


「父ですね。屋敷にどうぞ」


 いないわけがないのだけど、俺たちはアーシャさんの案内で子爵邸へと向かった。


「アーシャ、今日の視察を頼む。私は、バウマイスター辺境伯殿と大切な話があるのでな」


「わかりました」


 ザンス子爵の言いつけを守り、アーシャさんは猿酒を製造しているウロの様子を見に行った。

 なにしろ猿酒を湛えたウロの数が多いので、二人や支族と呼ばれていた家臣たちで、定期的な猿酒の状態のチェックは欠かせなかったのだ。

 今となっては猿酒は重要な外貨稼ぎの手段であり、特に古酒を駄目にしてしまうと収支に響くので、なお一層気合を入れて猿酒造りに打ち込むようになっていた。

 だからこそ、バウマイスター辺境伯家にお見合い写真を送ってきたバカ共を、ザンス子爵家に婿入りさせられなかったのだけど。

 あいつらの中の誰かが次のザンス子爵になったら、確実に猿酒の質が落ちてしまい、ザンス子爵家は詰んでしまう。

 彼らの親の大半が駄目貴族なので、先日の試験の件で俺もかなり嫌われたが、彼らに好かれても寄生虫にしかならないので、別に嫌われても構わない。

 こうして敵が増えて、俺も大貴族になってきたというわけだ。


「バウマイスター辺境伯殿、どうです?」


「難しいなぁ……」


 婿入りする気満々な外部の連中はお話にならず、親族や家臣の子弟たちはすでに婚約しているか、アーシャさんをそういう風には見られないと言う。

 こうして、ザンス子爵家の後継者問題は解決の糸口も見えず、俺とザンス子爵はため息をつくわけだ。


「バウマイスター辺境伯殿の家臣の子弟でいい人はいませんか?」


「いなくもないけど無理なんです……」


 ここで貴族の面倒臭さが出てしまうのだ。

 もし陪臣の子供を新興とはいえ、子爵家の跡継ぎにする前提で婿に入れたら。

 しかも、寄親の陪臣の子弟をである。


「俺が無理やり、ザンス子爵家に格下の家臣の、しかも跡継ぎではないオマケの子を跡継ぎとして押しつけたと思われるので……」


 先日のような駄目貴族たちに言われるのはいいが……時にああいう連中の悪口が炎上するケースもなくもないし……王宮にいる貴族たちから、あれこれ痛くもない腹を探られるのは面倒なのだ。


「それでザワつくと、ガトル大陸の開拓に影響が出るわけでして……」


「面倒なんですね」


「はい……」


 まさか、気に入らないからという理由で魔法で吹き飛ばすわけにもいかず、案外魔法も役に立たないわけだ。


「そうですか……実は昨晩、アーシャに聞かれましてね。私の次のザンス子爵家の当主はどうするのだと」


 それは気がついて当然だよな。

 アーシャさんは敏い人なんだから。


「つかぬことを伺いますが、ザンス子爵は現在独身なのですか?」


「いやあ、それがちょっとお恥ずかしいことでして……一年ほど前にですね……」


 この世界樹に来てから、ザンス子爵の奥さんを一度も見ていなかったので、俺はてっきり死別したものだとばかり思っていた。

 ところが現実には喧嘩して別居中という、いかにも現代社会的な……。

 元々世界樹を研究していた人たちの子孫だからか、ザンス子爵も領民たちも一夫一婦制であり、別にそうでなければいけない決まりがあるわけではないが、みんな自然と一夫一婦制なのだそうだ。

 それでザンス家の血筋が絶えたわけではないので、今のところは間違っていないのか。


「族長って、女性でもなれるのですか?」


「ええ、普通になれましたね」


「あちゃぁ……」


 ザンズ子爵家を、ヘルムート王国に臣従させなければいけなかったのは事実だ。

 だが、臣従したばかりにアーシャさんを当主にできないなんて……せめて臣従前に当主になっていれば……例外ということで配慮してもらえたかもしれない。

 惜しい話である。


「アーシャを子爵夫人にするしかないですね」


「それでいいんですけど、領内にお婿さんいますか?」


 外部の婿入り希望者はアレなので、結局領内にアーシャさんのお婿さんがいないとなんにも問題は解決しないのだ。


「あの……バウマイスター辺境伯殿」


「……時間がかかりますよ」


 こうなったら、どうにかまともな貴族の子弟を探すしかない。

 こういうのは苦手なんだが……。

 誰か代わってくれないかな?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る