第二十五話 デートじゃなくて接待よ

「前に来た時にも感じましたが、とても大きな町ですね。昔の本でしか見たことがないので、凄いなって思ってしまいます」


「今日はたまの休日です。大いに楽しみましょう」




 アーシャさんの婿探しは始まったばかりだ。

 つき合いのある大物貴族に水面下で、他の貴族たちに漏れないように事情を説明して、もしいれば候補者を出してもらう。

 というのを続けているのだが、みんな思った以上に慎重なのだ。

 その理由はとても簡単で、もしザンス子爵領で混乱が起きた場合、陛下の不興を買ってしまうからだ。

 なにしろザンス子爵家の領民と家臣は、外の人間と接したことがなかった。

 今は徐々に交流を……俺たちと、たまの休日に世界樹に猿酒を買いに来るアームストロング伯爵指揮下の王国軍将兵くらいなんだよなぁ……。

 ここに、たとえばとある貴族の三男、なんなら次男と、家臣の子弟を付け家老みたいにザンス子爵家に送り込むとする。

 あり得るのは、そのお付きの家臣たちが欲を出し、ザンス子爵家の実権を握ろうと暗躍してしまうことなのだ。

 別に彼らは、ザンス子爵領を乗っ取ろうとする真の悪党ではない。

 せっかくお婿さんのお付きになれたので、お婿さんがザンス子爵領を自ら統治できるようにしたいと願っての行動なので、ただの悪家老よりも性質が悪いのだ。

 忠誠心という善意が、悪を産むとも言う。

 実家が掣肘しても、すでに別家の人間なので言うことを聞かない可能性もあった。

 ところが婿付きの家臣なんて、せいぜい五~六名がいいところだ。

 ザンス子爵家の領民は二千人……勝てるわけがないけど、問題はそこじゃない。

 それが原因でアーシャさんとお婿さんの関係が冷却化したら、子供は生まれないので、婿入りさせた意味がなくなってしまう。

 二人の間に子供がいないので、お婿さんの親族なりを養子にしますなんてことになったら……。

 まともな大貴族なら、せめてあと数代は待つ事案というわけだ。

 こういう長期的な思考をするのが、政権中枢にいる大貴族であった。

 そういうことを考えない貴族はどうかって?

 そいつらはただ無茶をするので余計に勧められない。

 とにかく時間がかかるので、こうしてアーシャさんが焦らないよう、バウルブルクを案内してストレスの軽減に努めているわけだ。

 俺よりも、ザンス子爵家の若者たちの方が適任……無理か……彼らは外の世界のことなんて本の記述以外で知らないのだから。

 だからといって、俺がそういうことにもの凄く慣れているわけではなく……。

 相手は未婚の若い女性だが、観光案内だと思って案内しよう。


「(辺境伯様の仕事にしては……だな)」


 エルはそう言うが、他の男性が案内すると変な噂が立つかもしれないじゃないか。

 その点俺は、ザンス子爵家の寄親なのだ。

 寄子であるザンス子爵家の重要人物を観光案内したところで、猿酒販売の件でバウマイスター辺境伯家も儲かってるからお礼ですよ、というスタンスで案内できるという寸法であった。


「(大変なのな。王国貴族たちの想像力ったら、イーナが好きそうな物語でも書けそうだな)」


「(かもな)」


 敵が多いので隙を作らない、が真相であろうが、平民などからしたら滑稽に見えるのかもしれないな。


「アーシャさんは、どこを見学してみたいとか、どのお店に行ってみたいとか、そんな希望はありますか?」


「私はバウルブルクの地理や情報に詳しくありませんので、バウマイスター辺境伯様にお任せします」


「(きたぁ! プレッシャーだぁーーー!)」


 こういう時、リア充とイケメンはいいよなと思ってしまう。

 必死に調べなくても、女性が喜びそうなところを色々と知っていて、そこにさり気なく案内できるのだから。


「(お任せしますが一番辛い……普通でいいかな?)」


 まずは、バウルブルクで若い女性に人気の洋品店へと向かう。


「いらっしゃいませ。えっ? バウマイスター辺境伯様!」


「今日は、とある貴族のご令嬢が着るものを探していてね。似合うものを勧めてくれないかな?」


「畏まりました」


 洋品店の若い女性店員は俺を見て驚いていたが、アーシャさんの服を見てくれと頼むと、すぐに彼女を試着室へと案内していた。


「ヴェルが選ばないのか?」


「センスないから」


 エルもそうだが、俺の服のセンスなんて一向によくなっていないぞ。

 だから毎日着る服なんて、エリーゼたちがドミニクたちと決めるいるのだから。

 俺はただ着るだけ。

 当然文句なんて言わない。

 どうせ自分で頑張って選んだところで、『今日はセンスがいいですね』なんてことにもならず、それならばみんなの仕事を奪う必要はないのだから。


「エルだって、ハルカに任せきりのくせに……」


「否定はしないな」


 エルの場合、ルイーゼが購入してもいない色の服を褒めた男なので、俺よりも酷いかもしれない。

 冒険者なんて普段の服装に気を使う者は少ないし、今のエルも自分で服を選ぶような立場にないのだから。


「よって、プロである店員さんに任せればいいのだ」


「至極正しい考えだけどな」


 俺とエルがアーシャさんの服を選んでもなぁ……。

 彼女の性格上、『うわぁ、センスねえ……』とは言わないから、余計にプロの店員さんに任せた方がいいのだ。


「お客様はお肌も白くて、なにを着てもよく似合われますね。ご自分の気に入られた色やデザインのお洋服でよろしいと思いますよ」


「なるほど、美人はなにを着ても似合うよな」


 エリーゼたちもそうだからな。

 男は……イケメン以外なにを着ていても、違和感がなければそれでいいのだ。


「バウマイスター辺境伯様。こんな感じになりますけど」


「じゃあ、それらを全部貰おうかな」


「こんなに沢山は……」


「たまにしか来れないんだから、このくらいはいいと思うんだ。女性は色々な服を着た方がいいと、俺は思うんだよね。俺が勝手にやっていることだから遠慮せずに」


「すみません。ありがたくご好意を受けさせてもらいます」


 アーシャさんも、そう頻繁にバウルブルクに来れる機会もないだろうからな。

 俺は、店員さんが勧めた服をすべて大人買いした。

 このくらいの出費なら、別に大した負担でもない。

 猿酒の販売で大いに儲けているからだ。


「ありがとうございました」


 洋品店を出たら、次は女性が好むような小物、アクセサリー、生活用品、書籍、お菓子などなど。

 順番に回って色々と購入していく。

 せっかくバウルブルクに来たのだし、全部大した値段でもないから、このくらいは猿酒のお礼だと思ってくれればいいさ。


「うーーーむ」


「どうした? エル」


「ここは、俺が荷物持ちをさせられるかと……」


「魔法の袋があるからいいじゃん」


 休日に女性の買い物につき合わされ、大量の荷物を持たされて四苦八苦する男性なんて、創作物の世界だけ……。


「でもないのか」


「バウルブルクは景気がいいんだよ。ガトル大陸への補給もあるから」


 距離的に考えたら、バウマイスター辺境伯領から補給するのが一番早いからな。

 ローデリヒのおかげで補給も順調だそうで、羽振りのいい人たちがバウルブルクの町で買い物をしているわけか。

 悲しいかな。

 男性が、女性に大量の購入したものを持たされているケースばかりだが。


「魔法の袋があればってやつか」


「汎用の魔法の袋なんて、そう簡単に買えないだろう」


 誰にでも使えて、容量が多い魔法の袋は高額だからな。

 そう簡単にガイア大陸への補給には使えない。

 他のルートの輸送量が落ちてしまうからだ。

 幸い、魔族の国が古い魔導飛行船を再生して輸出するようになったので、船便なら補給が不足することはなかったのだけど。


「魔法の袋ですか……。聞けば、魔法使いは専用の魔法の袋を持てるとか?」


「ザンス子爵領には伝わっていなかったんだよね?」


「はい」


 魔法使いは、アーシャさん一人だからな。

 先祖は学者のグループだと聞いたので、魔法使いや魔道具とは縁が薄かったのであろう。


「できたら、私専用の魔法の袋が欲しいのです」


「いいよ。アーシャさんならすぐに作れるはず」


 今は、魔道具ギルドの若手が、簡単に魔法の袋を作れるキットを販売していた。

 ただ魔法使いしか使えないし、容量が使用者の最大魔力量に比例してしまう欠点はあったけど。

 汎用は、それなりの容量があると三百万セントくらいするからなぁ……。

 作れる魔道具職人が少ないのと、とにかく作るのに時間がかかるのだ。

 素材に関してはそう魔法使い専用の魔法の袋と違わず、製造に手間と時間と技術がかかるので、非常に高価な品となっていた。


「じゃあ、魔法の袋の材料を買って、俺が教えるから自分で作ってみよう。そうした方が性能が増すんだよ」


「それは初めて知りました。魔法の袋の制作楽しみです」


 俺たちは、魔道具店で魔法の袋の作製キットを購入してから、屋敷へと戻った。

 作業場に一部屋を開放し、俺の指導を受けながらアーシャさんは魔法の袋を組み立てていく。


「あれ? 上手だな」


 教えるとは言っても、アーシャさんは手先もかなり器用なようで、軽く一回説明しただけなのに、すぐに魔法の袋を完成させてしまった。


「へえ、上手だな」


「器用ですね」


 アーシャさんが魔法の袋を作っているとカチヤとリサが入ってきたが、彼女の器用さに感心していた。


「弓が上手だから器用なのかな?」


「そうでしょうか? 弓矢は自分で作りますけど……」


 ザンス子爵領の人たちは。自分で弓矢を作るのか。

 しかも彼女は、領主の娘だ。

 他の人に任せるものだとばかり思っていた。


「我々にとって、弓矢は大切なものなのです。大リスは貴重なお肉なので」


 世界樹の枝を俊敏に駆け回る大リスを狙う弓は、自分の体によく合ったものを自分で作るのが、エルフ族の決まりだそうだ。

 ますます地球の創作物のエルフみたいだけど、人間なんだよね。


「完成しました」


 話をしながらでも、アーシャさんは見事魔法の袋を完成させていた。


「試しに色々と入れてみればいいさ」


「そうですね」


 アーシャさんは作った魔法の袋の性能試験をするべく、俺たちと共にバウルブルクの郊外へと向かった。

 こういう時は狩猟をして、獲物をどこまで詰め込めるか試す方が楽だ。

 魔法使いならではの方法だけど。


「俺も久しぶりに」


 エルは、自分の弓でウサギや鹿などを狙って見事仕留めていく。

 俺も負けじと弓で獲物を狙っていくが……。


「ちょっと腕が落ちたかな?」


 そしてアーシャさんであったが、まさに必殺必中でウサギ、鹿、猪などを射抜いていた。


「ちょっと弓の腕前では勝てないな」


「そうだな」


 俺とエルは、アーシャさんの弓の腕前に感心するばかりであった。


「あたいは、弓が苦手だから」


 そうは言うが、カチヤはナイフを投擲して次々と獲物を仕留めていく。


「アーシャさん、まだ入るかな?」


「大丈夫ですね」


「すげえな」


 今のアーシャさんの魔力量は中の上だ。

 魔法使い専用の魔法の袋を用いればかなりの量が入るはずで、今それが証明された瞬間であった。

 魔法の袋に関しては、あの出来なら不良品のわけがないので、念のために試しているようなものだ。


「ですが……羨ましいですね」


「ええと……。リサ?」


「はい」


 リサが『アイスアロー』で次々と獲物を仕留めるのを見て、アーシャさんは羨ましそうな表情を浮かべていた。


「私は矢に魔法を乗せないと、放出系の魔法を使えないのです」


 アーシャさんは矢に魔法を乗せるのではなく、放出系の魔法が覚えたいみたいだ。

 気持ちはわからないでもない。

 ルイーゼも、それはよく言っているからだ。


「アーシャさんの魔法は独学ですか?」


「はい。実は私は、エルフ族で百年ぶりに出た魔法使いなのです」


 エルフ族では久々に魔法使いが出たがために、アーシャさんは誰からも魔法を教われず、自宅に保管されていた本を参考に、独学で魔法を覚えたそうだ。

 魔法を独学で学ぶと、効率が悪いことが多いんだよなぁ……。

 俺と師匠のように二週間でもいいんだ。

 基礎をちゃんと教わるのと教わらないのとでは、その後の習得度に大きな差が出てしまうのだから。


「魔法、教えましょうか?」


「本当によろしいのですか?」


 アーシャさんの喜びようを見ると、魔法を教わることができるのが一番嬉しいみたいだ。

 彼女は十六歳だと聞いたから、まだ魔力量が伸びる可能性も、放出系の魔法を習得できる可能性もある。

 なにより、今は矢に乗せるしかできないが、アーシャさんは火、水、風、土すべての系統を得意不得意なく使えるという特性を持っていた。


「(教えれば、もっと凄腕になるかも……。あの件に関しては時間がかかるからなぁ……)」


 アーシャさんの婿を探す。

 大貴族特有の面倒なお仕事だが、あまり大々的にやるとまた変な貴族たちが群がってくるだろうし、水面下で探すと時間がかかりそうだ。

 アーシャさん自身もザンス子爵家の後継者問題を気にしているから、魔法を教えて誤魔化してしまおう。

 決して指導に手を抜くわけはないが、懸命に魔法を習っていれば他の問題はとりあえず忘れるという法則であった。


「週に何回か、世界樹に行って教えるから」


「ありがとうございます! 先生」


 先生か……。

 今度は教師というよりも、家庭教師みたいな感じかな。

 魔法の指導はアグネスたち以降、たまにバウルブルクの冒険者予備校で教えているから慣れてきたが、問題はアーシャさんの婿探しだ。


「(まさか、世話焼き婆さんの仕事をするとはなぁ……)」


 魔法の指導はいいけど、婿探しは面倒だ。

 正直なところ、これが俺の嘘偽りのない感想であった。

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