第二十二話 イケメンは使えない(俺の中では)

「猿酒の他にも、外の世界のお酒や食べ物をふんだんに用意した。今日は自由に飲み食いしてくれ」


「「「「「「「「「「ありがとうございます、バウマイスター辺境伯様!」」」」」」」」」」


「(他の貴族の家臣たちみたいに、遠慮しないのはいいのかな? これまでずっと世界樹の中で暮らしてきたからだろうけど)」



 男子だけが参加する酒宴が開催された。

 陸小竜の肉と内臓の串焼き、から揚げ、照り焼き、ツミレ鍋など。

 他にも、外のお酒や珍しい料理をエリーゼたちとハルカに用意してもらい、無礼講ということで酒宴は始まった。

 彼らは若い男性ばかりで、将来のザンス子爵領を支える家臣となる者たちばかりだ。

 エルフ族の特性なのか、細くて、肌が白く、イケメンな者たちが多かったが、かなりの豪弓を引けるので別に力がないわけではない。

 世界樹の上は大地のようなものだが、赤い実の採取や狩猟で木登りはよくするそうで、それに体が順応しているのであろう。

 不思議と導師のようなマッチョや太っている者がいないのだ。

 生活しにくいので、そういう遺伝子を持つ者は淘汰されてしまったのかもしれない。

 加えて、今は世界樹から降りて周辺の森や草原に狩猟や採集に出る者も多くなったそうだ。

 手動エレベーターという、下手な遊園地の絶叫マシンよりも怖い乗り物で世界樹の上と地面を往復しないといけないので、余計に太れないのだと思う。

 ただ、とてもよく動くので燃費は悪いようで、みんな沢山飲み食いしていた。


「バウマイスター辺境伯様、外の世界にはこんなに色々な酒や食べ物があるのですね」


「ああ、もう少しすれば猿酒の儲けで自由に購入できるようになるはずだ」


「金属製の武器や道具みたいにですか?」


「そうなるな」


「働き甲斐が出てきましたよ」


「それはよかった。高品質な猿酒は高値で売れる。品質を維持しながら頑張ってくれよ」


「「「「「「「「「「はいっ!」」」」」」」」」」


 みんな、将来は外の世界の品を色々と買えるのだと知って、嬉しそうに飲み食いしていた。

 ずっと世界樹に籠っていたから、外の産品に飢えているのであろう。

 大分飲み食いして腹が落ち着いてきたところで、ブランタークさんが俺の横腹を肘で突いてきた。

 そろそろ本命に入れということであろう。


「(それはするけど……ブランタークさんも、導師も……)」


 料理とお酒の用意は女性陣、特にミズホの食材や料理の準備はハルカが頑張ってくれた。

 おっさん二人は、ただ好き勝手に飲み食いしているだけである。

 この二人、実はいらなかったのでは?

 ……とにかく本題に入らないと。


「実は、みんなに少し聞きたいことがあってね」


「はい、なんでしょうか?」


「君たちは、将来のザンス子爵家を支える家臣となる者たちだ」


「はいっ! 外の世界とのつき合いも増えますので、我々は頑張りますよ!」


 お酒が入っているのもあるだろうが、みんなやる気があっていいことだと思うことにしよう。


「そのために、一つ重要なことがあるのだ」


「それはなんでしょうか?」


「ザンス族長改めザンス子爵になったので、ザンス子爵家が長く続くことが肝要なんだ。そうでないと後継者不在で、この領地がヘルムート王国に没収されてしまう可能性もあるのだから」


「ええっーーー! 我々の族長がヘルムート王国になってしまうのですか?」


 外の人間にこの領地の実権を奪われてしまうかもしれない。

 俺の言葉で、若い家臣の子弟たちの間に緊張が走った。


「あくまでも、その可能性があるということだ。ザンス子爵家が続けば問題ない」


「そうですか……よかったぁ……」


 エルフ族の若者たちは、安堵のため息をついた。


「で、ザンス子爵家の次の族長、当主は誰なのかな?」


 ここで本題に入ったわけだが、ここで全員の飲み食いする手が一斉に止まった。

 なるほど。

 彼らも、この問題を気にしてはいたのか。


「アーシャ様は?」


「ヘルムート王国では、女性当主というのは表向きいないことになっているんだ」


 俺は、ヘルムート王国の貴族制度について説明した。

 カタリーナや、先日のレーガー家の後継者候補たちの例を出しながら。


「アーシャさんが『子爵夫人』として実質族長になるのはいいのだけど、婿さんがいて、子供が、それも男子が生まれるのがお家継続の前提条件だね」


 『そんな制度は古臭い、女性差別だ!』、『家制度自体がオワコン』なんて言われていた世界の人間であった俺が、この世界の人間にヘルムート王国の貴族制度について説明する。

 我ながら、遠くに来たものである。


「実は、バウマイスター辺境伯家はザンス子爵家の寄親のため、外の貴族たちがアーシャさんの婿候補を出してきた」


「外の貴族様の子弟が、新しい族長になるのですか? アーシャ様と夫婦になって」


「俺は断る予定だけど」


 どいつもこいつも欲深く、ザンス子爵家をお財布くらいにしか思っていないクズばかりなので、俺は全員断るつもりだと彼らに説明した。


「それはよかったです」


「なあ」


「そんな、いきなり外の人間が族長だって言われてもですよ」


「抵抗ありますね」


 やはりみんな、外から新しい族長が来ることに抵抗があるんだな。

 一万年以上も世界樹の中だけで生活していたから当然か。


「ならば、内部の人間を。つまり、君たちの中からアーシャさんの婿を探さなければいけないわけで。誰かそれっぽい人はいないのかな? アーシャさんのお気に入りとか。なんとなくいい雰囲気で相思相愛っぽいみたいな人は?」


 そういう人がいれば、話は早いのだ。

 俺が『オッケー』と言って、陛下に報告すればいいのだから。

 陛下も反対はしないだろう。

 外から入れた婿がザンス子爵領を混乱させても意味はないわけで、ならば族長の親戚を婿にしましたと言えばいい。

 どうせ長年世界樹のみで生活していたので、みんな親戚みたいなものだろう。

 陛下も、俺とザンス子爵が認めれば婿の素性なんて気にしないはず。

 どうせそんな暇ないだろうし。


「というわけで、正直に手をあげてみよう。アーシャさんと子供の頃から仲良しで、本当は結婚したいけど、身分差が……とか考えてしまっている人。勇気を出せ」


 今回は許してあげるぞ。

 幼馴染で、実は密かにアーシャさんと結婚の約束をしていた者。

 一緒に狩猟をしていたらついアーシャさんが足を滑らせたので慌てて受け止めて以来、彼女のことが気になって仕方がないとか。

 一緒に学んでいた時に席が隣り合った。

 ベタなラブコメみたいな理由でもいい。

 とにかく、アーシャさんと結婚したい人は遠慮なく手を挙げてほしい。

 俺は確実に応援するから。

 すぐに結婚を許可してしまうし、俺がその手のネタで嫉妬しないなんて幸運、そうはない……俺はバウマイスター辺境伯になって人間の器が大きくなったのだ。


「……あれ?」


「辺境伯様、誰も手を挙げないじゃないか」


「一人も手を挙げないのである」


 おかしいな?

 アーシャさんは、エルフ族一の美少女といっても過言ではない。

 それなのに、イケメンがこれだけ雁首揃えて、どうして誰一人彼女と結婚したいと名乗り出ないのか?


「美少女とイケメンは自然とくっつくものだろうに!」


「それは、辺境伯様の勝手な思い込みじゃないのか?」


「ブランタークさん、そんなことはないですよ」


 だって、俺は知っているよ。

 前世で、綺麗な女性と、イケメンな男性は、ほぼ全員が彼氏彼女アリだったという事実に。

 『今、つき合っている人はいないんですよ』とか、イケメンや美人が言ったのを信じてはいけないのだ。

 大抵が、次の彼氏、彼女ができるまでのわずかなインターバルでしかないし、そこで『じゃあ、俺が立候補しようかな?』なんて言った奴には見向きもしないことを。

 俺はちゃんと学んでいるぞ。


「今日の席は無礼講なんだ。遠慮しないで言ってくれ。むしろ言ってくれた方がありがたいくらいだ」


 次のザンス子爵の目途が立てば、俺は見合い写真の雪崩とつき合わないで済むのだから。


「あのぅ……いいでしょうか?」


「いいよ」


 やっと一人、手をあげてくれた。

 もう彼でいいな。


「我々は、全員に婚約者がいまして……当然、アーシャ様ではありません」


「そうなのか? 全員が? せめて一人くらいフリーな人は?」


「いません」


「私は、世界樹のかなり上の集落に住んでいまして、そのぅ……同じ集落の子と婚約しています」


「私は、アーシャ様の又従姉の女性と婚約していまして……前にアーシャ様に『おめでとう』とお祝いの言葉を貰ったばかりでして……アーシャ様とは結婚できません」


「うん、そうだね……」


 やっぱり、又従姉との結婚をやめてアーシャさんと結婚しますと宣言する。

 そんなクズ男。

 誰もが嫌だろうからな。


「なるほどな。辺境伯様の言ったとおりだ」


 イケメンばかりのエルフ族は、すぐに結婚相手を見つけてしまう。

 彼らの相手である女性たちも同じなわけで、俺が二つの人生を経て気がついた法則は間違っていなかったわけだ。


「この中で、婚約者がいない者は手を挙げるのである!」


「「「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」


 残念ながら、手を挙げた者は一人もいなかった。


「これはつまり……」


 アーシャさんは、性格も悪くない。

 むしろとても優しくていい人なのに……。

 もしかして、誰かが抜け駆けして婿になるのが嫌なのかも。

 複数人でお菓子を食べていたら、皿の上に残って一個をみんなが遠慮して、誰も食べなかったという。

 たとえは悪いが、アーシャさんはもの凄く美味しい高価なお菓子なんだけどなぁ……。


「正直なところ、アーシャ様は気さくでお優しい方ですが、子供の頃からそういう風に見たことがないです」


「そうですね。私も、アーシャ様をそういう風に見ませんね」


「魔法が使えて、弓の腕前も凄いですからね。尊敬が先にきてしまって、アーシャ様と結婚は……ちょっと勘弁してほしいです」


「……無礼講の酒宴で変なことを聞いてすまないね。デザートあるから、婚約者にでもお土産で持ち帰ったらどうかな?」


「「「「「「「「「「ありがとうございます!」」」」」」」」」」


 こいつら、みんなイケメンでやがる。

 婚約者へのお土産に、バウルブルクの有名製菓店で購入したお菓子を勧めたら、みんな大喜びで持ち帰ったのだから。

 こうして、酒宴は無事に終了した。


「肝心の問題がなんも解決しとらんがな」


「……それを言わないでくださいよ……」


 結局アーシャさんの婿は見つからず、同時に俺たちはある事実に気がついてしまった。

 それはザンス子爵領において、同年代ではアーシャさんだけが婚約者なり配偶者がいないのだという事実に。

 そして彼らもそれを口にしにくく、一見アーシャさんは、族長の娘であり、領内唯一の魔法使いであり、弓の名手で尊敬されているのだけど、彼女を女性として見ている者はゼロだったという、悲しい事実が判明したわけだ。


「アーシャ殿は、あんなに綺麗なのにな」


「王都にいたら、多くの男性が放っておかないのである!」


「ここは、世界樹の上ですからねぇ……」


 ザンス子爵領には特殊な事情があり、そのせいで領内から婿を取るのはほぼ不可能だと判明したわけだ。

 かといって、あの見合い写真の中から選ぶのは……。


「一応、試験してみましょうか?」


「試験であるか? バウマイスター辺境伯」


「ほら、この世界樹で生活するには必要な能力ですよ。それがあるか試験します」


「なるほどな」


 俺たちも、全部の見合い写真を精査したわけではない。

 もしかしたら、一人くらいはまともな人がいるかもしれない。

 駄目な奴らを断る名目も欲しいわけで、翌日から急ぎ王都で『ザンス子爵家婿入り試験』の準備を始めるのであった。

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