第二十一話 魔法は役に立たない
「ザンス子爵家は、バウマイスター辺境伯家の寄子となりました。寄親であるあなたに見合い写真を送ったのは、あなたの要請ならザンス子爵も断れないと踏んでですね」
「なるほど」
「最近、猿酒が王都にも出回るようになりまして、とても高額で転売もされているとか。しかも、ザンス子爵にはアーシャ殿一人しか子供がいないわけでして……。その婿の座を狙うのは当然といいますか……」
「金回りがいいので、実家に支援もさせたい貴族たちが、余った男子を送り出そうとしているのである!」
「実も蓋もない言い方をするとそうなります」
ブライヒレーダー辺境伯のお屋敷に到着し、彼に大量のお見合い写真を見せると、どうしてこうなったのかを説明してくれた。
またも、余った男子がいる懐具合が厳しい貴族家が、羽振りのいいザンス子爵家の情報を聞きつけ、その資産を狙ってきたわけだ。
「相変わらずだけど、直接ザンス子爵家に言う勇気はないんですかね?」
「彼らにその度胸とツテと手段はないですが、結局は同じことですからね」
「同じですか?」
「ええ。ザンス子爵がどのように考えているのかは知りませんが、もし自分たちだけでアーシャさんの婿を決め、そのあとあなたに苦言を呈された場合、これを覆さないといけませんので」
「寄親って、そんなに力があるんですか?」
「ありますよ。その代わり、普段からあれやこれや世話を焼くのですから。お金がなければ貸したり、跡継ぎではない子弟も仕官先の世話をしたり、娘さんの嫁ぎ先の紹介などもしたりします。それなのに、寄子が勝手な真似をしたら、なんのために寄親をしているんだって話になるじゃないですか」
「持ちつ持たれつなところもあるんですね」
「そういうことです。だからバウマイスター辺境伯のところに見合い写真が大量に届くわけです」
「面倒な……」
「私はバウマイスター辺境伯の寄親ではあるのですが、すでに同格の辺境伯同士。私はもう大して力を貸せません。せいぜいアドバイスする程度なのです」
上に立つって大変だよな。
特に俺は、サラリーマン根性が染みついているのだから。
それにしても、なんとかかぁ……。
つまり、アーシャさんの婿を見つけるか、もしかしたら領内の家臣の子弟と婚約しているかもしれないから、それを面倒な貴族たちに説明しないといけないのか。
どちらにしてもザンス子爵に詳しい事情を聞いてみないと、どうするのか方針も立たないわけだ。
「ザンス子爵に聞いてきます」
「それがいいと思いますよ」
俺たちは、またも『瞬間移動』で世界樹へと飛んだ。
「アーシャに婚約者ですか? いませんが、それがなにか?」
「あのですね……」
俺はザンス子爵に、アーシャさんに見合い話が殺到していることを伝え、魔法の袋に入れた大量のお見合い写真を渡した。
「こっ、こんなにですか?」
「ええ、アーシャさんは一人娘ですから余計にです」
俺は、最近王都で猿酒が、特に古酒が高額で取引され、そのせいでザンス子爵に婿を送り込みたい貴族たちが増えたのだと、正直に事情を説明した。
「ぶっちゃけ、ザンス子爵家を実質乗っ取って、婿に入れた子弟を動かして実家に多額の仕送りをさせたり、いらない家臣の子弟をザンス子爵領に送り込んで重臣にしようとしたりと。そんなクズが大半です」
まともな貴族なら、もう少し待つんだよなぁ……。
もしガトル大陸開拓の最前線に近いザンス子爵領でお家騒動のタネなんて作ったら、陛下がガチギレする可能性があるのだから。
「それは困りましたな」
「こうなったのは、ザンス子爵にはアーシャさんしか子供がいないから、というのもあります」
彼はまだ四十歳になるかならないかくらいなので、急ぎ後継者のことを……この世界だと考えていないとおかしいのか。
ヘルムート王国では女性当主は無理なので、アーシャさんに外から婿を取るか、もしくは遠戚や家臣から婿を取るか、彼女自身が子爵夫人になって自分で婿を選ぶか……カタリーナやこの前の三人のようなやり方だ。
早く決めて外部に発表しないと、これからも見合い写真の山が届くことは確実であると、俺はザンス子爵に忠告した。
「改めて聞きますがアーシャさんに、婚約者はいるのですか?」
下手に外部から婿を入れると、成立したばかりのザンス子爵家が混乱するかもしれない。
家臣のイケメン君でいいんじゃないかな?
あとは俺が『オッケー』と言えば、それで解決だ。
陛下がそれに異を唱えることはないだろう。
「で、どうなんですか?」
「いや、そういう話はないですな」
「この際だから、アーシャさんといい感じの家臣の子弟とかいません?」
「うーーーん。いないですねぇ……」
いないのか?
アーシャさんは美少女だから、『実はお慕いしておりました!』的なイケメン男子君たちが、ダース単位でいそうな気がするけど……。
エルフ族って、男子も細身でイケメン君が多いんだよね。
アーシャさんのように弓が上手な人も多くて……線の細いイケメン揃いで、弓が上手で、猿酒で儲かっている。
昔のバウマイスター騎士爵家の遥か上位種だな。
「ちょっとアーシャに聞いてみましょうか?」
ザンス子爵は、見合いの件も含めて話したいことがあると言ってアーシャさんを呼び出した。
「私にお見合いですか?」
「別にしなくてもいいけどね」
「そうなのですか?」
「さすがに、こんな連中の中から勧めたら、良心の呵責に耐えられないし、バウマイスター辺境伯家も損しかないから」
今、急ぎエリーゼも『瞬間移動』で連れてきてお見合い写真を見せたのだけど……。
『お勧めできません』、『ちょっとこの方は……』などと言葉を濁していたが、導師によると、一発逆転を狙う多重債務者みたいな連中ばかりだそうだ。
「それでは、バウマイスター辺境伯様は困りませんか?」
と、俺に対し心配そうに尋ねてくるアーシャさん。
彼女は、とても優しい性格をしていた。
だからこそ余計に、この見合い写真の連中と結婚させるわけにいかないのだ。
俺も大いに損をするし。
「とてもいい人がいたら勧めるけど、少なくともこのお見合い写真の中にはいないから」
見事に、実家が地雷か、本人が地雷か、双方地雷しかいないという……。
まるで地雷原のような見合い写真の山なのだ。
こいつらと結婚しても、日本ならすぐに離婚案件になってしまうであろう。
この世界だと離婚するのが難しいので、余計に勧められないのだ。
「そこで、ザンス子爵がなるべく早く、ザンス子爵家の後継者をどうするのか、世間に公表する必要があるわけで。そこでちょっと聞きにくいんだけど、アーシャさんが『将来この人と結婚できたらいいな』的な領内の男性はいるのかな? ってね」
そういう人がいれば、その人物を婿にして、次代のザンス子爵にするもよし。
身分がどうのとうるさそうなら、アーシャさんを子爵夫人とし、その婿さんとの子供を次のザンス子爵にすればいいのだから。
「色々と複雑なのですね」
「複雑なんだけど、ザンス子爵ももう外の世界と関わらずに生活できなくなってしまったんだ。そこは受け入れてほしい」
それが、明日のザンス子爵領のためなのだから。
「家臣……今は家臣ですね。前は、支族(しぞく)家と呼ばれていて、族長家を支える存在だったのです。遠戚もいますし、みんな仲がいいですけど、親戚や家族みたいで結婚するという意識はありませんね。お互いに」
「そうだよな。みんな、子供の頃から、狩猟、遊び、勉強、鍛錬、猿酒造りと。一緒にやってきた仲だ。向こうも、アーシャと夫婦になるなんて感覚は……ないとはいえ、もしかしたらそういう奴がいるかもしれない。ただ……」
「アーシャさん本人には言いにくいですよね。ザンス子爵にも」
アーシャさんと同年代の家臣の子弟は、彼女と幼馴染、ご学友のような関係みたいだ。
長年世界樹という閉鎖空間で暮らしていたので、外の世界の貴族たちとは主君と家臣の関係がかなり違うわけだ。
ヘルムート王国に臣従したので外側だけ同じにしたけど、中身はかなり違う。
貴族領は一種の独立国なので、反乱したり、統治体制を崩壊させたりしなければ、それで全然問題ないのだけど。
「そこで、バウマイスター辺境伯殿にうちの若い奴らの本音を聞いていただきたいのです」
「俺ですか?」
悲報。
なんなんだよ!
その、前世でも一回だけやったことがある、上司から『若い連中の本音を聞いてみてくれないかな?』的なお仕事は!
そうは言うけど、彼らがいきなりコミュ障とまではいかないが、リア充でもない俺に心を開いて本音を語るとは思えない。
「(しかし、やるしかないのか……)」
どうしてこうも、事あるごとに魔法と全然関係ない仕事が巡ってくるのであろうか?
「辺境伯様、そういう時にはあれが一番」
「そう! ブランターク殿の言うとおりなのである!」
あれが一番って……。
あんたら、それにかこつけてただ酒を飲みたいだけだろうに!
「彼らは、私には本音を話してくれないと思います」
アーシャさんは族長の娘から領主の令嬢になってしまったので、みんなが遠慮してしまうと思ったようだ。
族長と領主……そんなに違うものかな?
「俺も一応、バウマイスター辺境伯だけど」
「彼らは、外の貴族様というものに慣れていません。ですが、もう少ししたらそれもなくなります。チャンスは今です!」
「そうだな。今がチャンスだよな」
「互いに酒を酌み交わし、本音を語り合う! 実に素晴らしいのである!」
だから!
二人は、ただ酒を飲みたいだけだろうに!
とはいえ、他に有効な方策も見いだせず、俺たち男性三人は、ザンス子爵領の若い家臣の子弟たちを集めて飲み会を開催することにしたのであった。
それにしても、辺境伯っていったいなんなんでしょうね?
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