第七話 寒冷の魔法

「思わぬ不覚であった、のである!」


「いやあ、ちょっと考えたら想像できなくもないのでは……」


「ヴェル、しぃーーー!」


「しかし、不思議なことが多いな。あの巨大な口長水竜はこの近辺のボスじゃないってことかね?」




 無事にノースランドへと戻った俺たちは、エリーゼが淹れてくれたお茶を飲みながら、さきほど導師が倒した巨大口長水竜について話をしていた。

 ブランタークさんの言う不思議なこととは、いまだノースランドを窺う陸小竜の数が減っていないことであろう。

 魔物の領域のボスであるはずの巨大口長水竜を倒したのに、なぜか陸小竜たちが逃げ去らなかったのだから。


「つまり、あの大きな口長水竜はボスではないと?」 


「あの巨大な口長水竜がボスでないとすると、これ以上の探索は無謀かもな」


 そう言われると確かに……。

 ビックリ恐竜ショーが常時開催されているこの大陸の探索と入植は、無謀としか思えなかったからだ。

 俺たちが頑張って多少恐竜モドキの魔物を倒したところで、そう簡単にこの大陸に人が定住できるとは思えないのだから。


「あんな巨大な口長水竜よりも、もっと凄いボスがいるのかな?」


「それは、アームストロング伯爵が調べるみたい」


 ちょうど王城に詰めている魔導師たち……導師の部下たち……が援軍としてやって来たため、偵察に出してボスの存在を調べようというわけだ。


「まずは、正確な標的を探すのが大切である!」


「そうですね」


 まあ、それを導師が言うのもどうかと思うけど……。

 さっきも死ぬかもしれなかったのに、もの凄くポジティブというか……。


「兄上からの報告を待つのである!」


 そしてそれから三日後。

 俺たちは、アームストロング伯爵から本陣のテントに呼び出された。


「あの巨大な口長水竜が、何匹もいるのですか?」


「そうだ。あの大河は広く長い。あちこちに、あの巨大口長水竜がいるのを偵察部隊が確認している」


「ということは、巨大な口長水竜が領域のボスではないと?」


「そうも言えないらしい。なにしろ、他に領域のボスらしい魔物はいなかったのだ。このノースランドから南の大河まで。陸地は夥しい数の陸小竜が、空には飛行竜が。大河には口長水竜の天国と化していて、あの大きなネズミなんかは、あいつらの餌みたいなものだな」


「ちょっと生態系が歪ですね」


「魔物の領域だから……あとは学者の領分だ。それで、その学者たちがある仮説を立てた」


「どのような仮説ですか?」


「巨大な口長水竜だが、ボスが一匹ではないのかもしれないな」


「その可能性もありますか……」


 でもなぁ……。

 となると、全長七~八メートルあるプテラノドン……正式名称は飛行竜だ……をひと口で食べてしまう巨大口長水竜を倒し続けなければならない。

 今のところ何匹いるのかもわからず、導師が魔力をすべてをかけても一日一匹しか倒せず、あの大陸を北と南で分断している大河を隈なく探して、一匹残らず巨大口長水竜を倒さなければいけないのだ。

 かなりの手間というか、消耗戦になるだろう。


「なあ、クリムトよ。先日の戦法でないと巨大な口長水竜は倒せないのか?」


「兄上、中途半端な攻撃はかえって危険なのである!」


「それもそうか……」


 下手に中途半端な攻撃を仕掛けた結果、反撃を食らってしまっては意味がない。

 正論なんだけど。

 川底に刺さって抜けなくなり、俺たちに助けられた人が言っても説得力に欠けるというか……。


「つまり、あの方法で導師は巨大口長水竜を倒し続けるんだね」


「気が進まぬが……」


 心底嫌そうな表情でルイーゼの問いに答える導師。

 わざわざ川底に突き刺さりに行きたい人は、まずいないから当然か。


「他の方法はないのか?」


「他ですか……」


 恐竜とワニに似た魔物をどうやって効率よく倒すか……。

 前世で、恐竜とワニを倒した経験がないので……そんな日本人、存在するとは思えないが……。


「(あっそうだ! 恐竜って、巨大隕石落下による地球環境の寒冷化で滅んだっけ。ワニも、寒いところにいるって話は聞かないな。となると……)」


 寒さで動きを封じればいいのか?


「アームストロング伯爵、試したいことが」


「バウマイスター辺境伯、是非試してくれ」


 完全に体育会系のアームストロング伯爵だが、とりあえず試してみろと言ってくれるのはありがたかった。

 未知の大陸の探索と殖民なので、彼のような時に無茶をするタイプの方が上手く行くのか。

 同じようなタイプの導師もいるからなぁ。

 陛下の人選って、実は凄いのかもしれない。


「とりあえず、やってみます」


「頼むぞ、バウマイスター辺境伯」


 アームストロング伯爵の許可も出たので、早速俺は恐竜っぽい魔物たちに対し、新しい作戦で臨むことにしたのであった。




「まずは、陸小竜で試してみよう」 


「わかった! 広域魔法で薙ぎ払うんだね」


「違う。それだと効率が悪いじゃないか」


 ノースランドの入り口から出てすぐ、相変わらず多数の陸小竜たちがこちらを窺うなか、俺は魔法を放つ準備を始めた。

 ルイーゼは強力な広域魔法で薙ぎ払うと思っているようだが、それでは非常に効率が悪い。

 そこで、ある魔法を試すことにしたのであった。


「『寒冷』を食らえ!」


 『寒冷』は、リサが使う『ブリザード』魔法の威力をかなり弱くしたものだ。

 強烈に吹雪いて標的を凍らせるほどの威力はないが、かなり広範囲を真冬並みに寒くさせる。

 相手は恐竜みたいな魔物なので、もしかしたら寒さに弱いかもしれない。

 このガトル大陸はバウマイスター辺境伯領よりもさらに暑いので、寒さには弱いはずだと俺は踏んだ。

 一種の賭けだが、だからアームストロング伯爵に試したいことがあると言ったのだから。


「ここは暑いから、寒さに弱いのか。なくはないのかな?」


「ブランターク殿!」


「うん? こちらを窺っていた陸小竜たちが……」


 俺の予想は当たったようで、視界に見える陸小竜たちが次々と動かなくなっていく。

 やはり暑いところに生息する恐竜に似た魔物なので、寒さにとても弱いようだ。

 変温動物なのであろう。


「撃て!」


 導師がノースランドの石壁の上で魔銃や弓を構える兵士たちに合図を送ると、動きを止めた陸小竜たちに銃弾と矢を浴びせていく。

 これまでだと、常に動いていたせいで当たらなかったこともかなりあったのだが、寒さで動けないばかりにすぐに視界に映った陸小竜は全滅してしまった。


「上手くいきました」


「おおっ! 寒さに弱いとは! これは盲点だったのである!」


 と、えらく感心する導師であったが、残念なことに彼では『寒冷』の魔法は色々と難易度が高いと思う。

 放出系の魔法がえらく苦手だし、さらに威力の加減がとにかく下手だったからだ。

 オーバーキル導師というわけだ。


「まあ、仕方がないのである! 某は、バウマイスター辺境伯を守るのである! 前進である!」


「了解」


 もう少し『寒冷』に慣れ、どの程度の威力で陸小竜が動けなくなるか、そこを見極めたい。

 俺は導師、ルイーゼ、イーナ、エル、ブランタークさんの護衛で前進し、そのあとを兵士たちがついてきた。

 遠方で倒れている陸小竜たちのところまで辿り着くと、さらに奥の陸小竜たちも寒さで動けなくなっていた。


「トドメを刺すのである!」


「ちょっと可哀想だけどね」


「イーナちゃん、お仕事お仕事」


 寒さで動けなくなっていた陸小竜たちは次々とトドメを刺され、さらに後方から死骸を回収する部隊までこちらにやってきた。

 まだ農業どころではないノースランドでは、穀物などは輸送しないと入ってこないので、魔物の肉も貴重な食料というわけだ。


「前進なのである!」


「ヴェル、大丈夫か?」


「まだ大丈夫さ」


 リサみたいに、すべてを凍らせる『ブリザード』の魔法を広範囲に使えば、消費する魔力量は多い。

 だが『寒冷』は決められた範囲の気温を下げるだけなので、『ブリザード』ほど魔力は使わなかった。

 ようは、陸小竜が動けなくなるくらいの気温にすればいいのだ。

 氷点下近くに下げると、もう動けないようだな。

 ボスクラスは知らないが、陸小竜は小型の魔物なので余計に耐寒性がないのであろう。


「俺もやってみるかな」


「ブランタークさんなら、すぐに使えますよ」


 そのあとは、俺とブランタークさんが交互に陸小竜がひしめくエリアに『寒冷』をかけて動けなくし、そのあとエルたちと兵士たちがトドメを刺す。

 そして死骸を、他の輸送部隊がノースランドに運び込むのを繰り返した。

 夕方まで同じ作業を続け、ノースランドには恐ろしい数の陸小竜の死骸が回収された。


「これだけ倒せば、少しは減るんじゃないかな?」


「だといいけど」


「なんだ、ヴェル。えらく悲観的だな」


「未知の大陸に生息する、未知の魔物なのでね。楽観はできないさ」


 俺がそう言ったからか知らないが、翌日の朝。

 今日もみんなでノースランドの石壁の上に立ち、こちらを窺う陸小竜の数を確認したのだが……。


「ヴェル、キリがないみたいね。全然減ったように見えないわよ」


「さすがに無限でないと思うけど、数が多すぎるんだろうなぁ……」


 どこから補充されたのか。

 昨日と変わらず、こちらを窺う陸小竜たちの数にイーナが呆れていた。


「やっぱり、ボスだね」


「ボスだな」


 ルイーゼの言うとおり、この領域のボスを倒さなければキリがないのだという事実が判明した瞬間であった。

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