第六話 残念な導師

「うわぁ、全然減ってないね。陸小竜たちは」


「すげえ数だな」


「倒しても倒してもキリがないのである! ゆえに一刻でも早く、領域のボスを見つけて倒すのである!」


「ボスって、どこにいるんですかね?」




 街の建設は順調に進み、王国軍は街の近くで新兵器である魔銃の試験も兼ねて多くの陸小竜たちを倒していたが、その数はまったく減っていなかった。

 あまりに数が減らないので、分裂しているのではないかという説が出るほどだ。

 さすがに学者たちが、『それはあり得ない』と強く否定していたけど。

 そこでアームストロング伯爵から、魔物の領域のボスを斬首作戦により倒すという作戦を提案された。

 策としては悪くないのだけど、問題なのはそのボスがどこにいるかという点であった。

 ろくに探索もできていないのに、ボスがどこにいるのかわかるわけがないからだ。

 そこで、俺、ルイーゼ、導師で上空からボスを探す偵察に出ていた。

 地上は陸小竜たちの天国となっていたが、空は鳥も飛んでいない状態なので、楽に探索できるはず。

 大量の陸小竜たちがひしめく陸地を見下ろしながら大分奥まで飛んできたが、空には鳥一羽飛んでいなかった。

 この大陸には、鳥がいないのであろうか?


「なんか変だな。この大陸は」


「これまでに、この大陸で見た生物は陸小竜と大きめのネズミのみで、あとは虫と植物だけ。なんか変だね。第一、最初は陸小竜すら姿が見えなかったのに」


「レーガー侯爵たちが勝手な行動をしたからである!」


 先に彼らが襲われ、そのあとベースキャンプや、俺とアッシュ男爵が基礎を作った街、『ノースランド』と命名されたが、ここも常に陸小竜の群れに襲われるようになってしまった。


「レーガー侯爵たちがどこまで踏み入れたのかは知らないけど、それがトリガーだったのかもしれない」


 探索隊が侵入者として陸小竜たちに認識され、あとはいかにこれを海に追い落とすかという状態なのだと思う。

 ただ、街自体の防御力が高く、今では接近すると魔銃の餌食となってしまうから、全面攻勢はなかった。

 

「あくまでも、俺の予想ですけどね」


「バウマイスター辺境伯の考えは間違っていないのである! 現に少し奥まで飛べば、地上には多くの陸小竜の存在である! これはまずいのである!」


「大攻勢に向け、今は攻めずに集結しているようにも見えるからね」


「よって! ボスを探し出して倒すのである!」


「それしかないですね」


 しばらく飛んでいたら、大きな川に到着した。

 そしてその岸辺や水面には……。


「ヴェル、アレも竜なのかな?」


「多分(……ワニにしか見えないな)」


 それも、全長五メートル以上の個体ばかりだ。

 恐竜がいた時代にもワニに似た恐竜は存在したみたいなので、それと同じかもしれない。

 そして意外と広い川を渡るように飛行していくと……。


「飛竜? 鳥?」


「(プテラノドンか!)」


 まさか、前世で子供の頃に図鑑で見たプテラノドンそのものが実在するとは。


「(まるでこのガトル大陸は、某恐竜映画の世界みたいだな……)導師?」


「持ち帰って! 美味いかどうか試すのである!」


「そこは、学者にサンプルを渡すとか言いましょうよ……」


 プテラノドンを発見した導師は、未知の魔物に大いに興奮したようだ。

 そのまま『飛翔』の速度を速めて一気に接近し、魔力を篭めたラリアートでプテラノドンの首を圧し折ってしまった。

 そして、即死したプテラノドンが地面に落下する前に魔法の袋に仕舞ってしまう。


「バウマイスター辺境伯、ルイーゼ嬢。こんなものである!」


「了解、ボクたちもだね」


「うわぁ……追加で沢山きた!」


 導師を見て手強いと思ったのか?

 数十匹のプテラノドンたちが、俺たちに迫ってくる。

 こっちは、空の脅威を排除する迎撃部隊みたいなものか。

 ルイーゼは導師と同じく、プテラノドンの首を圧し折って倒し、俺は『ウィンドカッター』で首を刎ねて倒していった。

 中には回収できず川に落下していく個体もいるが、サンプルは十分なので構わないだろう。

 と思ったら……。


「ヴェル! あれ!」


「デカッ!」


 川に落ちたプテラノドンの死骸を咥える巨大な口が見えた。

 よく見るとそれはワニの口であったが、その大きさが尋常ではない。

 全長七~八メートルはあるプテラノドンの死体を、ひと呑みにしてしまうほどなのだから。


「バウマイスター辺境伯、アレがボスっぽいのである!」


「みたいですね」


「腕が鳴るのである!」


 導師は、巨大ワニとの戦いに臨んでかなりワクワクしているようであった。

 だが、ここは一旦退いた方がいいだろう。

 今日は偵察が目的であり、ここで無理をしてなにかあると困るのは、俺たちだけではないのだから。


「導師のお兄さんに報告も必要だよね」


「それもあったのである! 首を洗って待っているのである!」


「アレが、この近辺の魔物の領域のボスである可能性が高いのかな?」


「他に、あんな大きなのがいてほしくないけどね」


「それはそうだ」


 あのデカいワニが領域のボスでほぼ決まりであろうという結論に至り、俺たちは明日の決戦に備えてノースランドに引き上げたのであった。

 導師は、帰路を塞いだプテラノドンを何匹か殴り倒して溜飲を下げていたようだけど。





「陸小竜と同じく魔石があるので、この鳥竜モドキも魔物ですね。竜に似ているようで似ていない。不思議な生物ですよ」




 ノースランドに戻った俺たちは、その足で学者たちに討伐したプテラノドンの死体を見せた。

 彼らは、飛竜とは違うプテラノドン……あくまでも、俺が地球で知った恐竜のプテラノドンに似ているからそう言っているだけだ……をあちこち調べたり、古い本を見ながらなにかを調べたりしていた。


「陸小竜といい、このガトル大陸は、この種の魔物の楽園なのでしょうね」


 そういえば、他の動物に近い魔物をほとんど見たことがないな。

 もっと南下すれば……とはいえ、大量の陸小竜の群れと、空飛ぶプテラノドンに。

 俺たちの南下を阻む大きな川と、ワニたちと、この領域のボスと思われる巨大ワニもいた。

 これらをなんとかしなければ、俺たちはノースランド周辺しか活動できないというわけだ。


「難しいよなぁ」


「バウマイスター辺境伯! 単純明快なのである! あの大きな『口長水竜』のボスを倒せばいいのである!」


 それはそうなのだけど、普段は水中にいるので準備は万端に整えてやらなければ。

 俺は、こんなところでワニに食われて死にたくないのだから。

 なお、口長水竜とはワニのことであった。

 口が長い竜……見たまんまのネーミングである。


「水の上に出た時に一撃すればいいのである!」


「そんな単純な作戦で大丈夫ですか?」


 もしこちらの攻撃を察知されて水に潜られると、俺たちは不利な戦いを強いられるのでは?

 そんな予感がするのだ。


「それにしてもである! 某のできることといえば、『魔導機動甲冑』でとっとと倒すことのみである! バウマイスター辺境伯の『水中呼吸』の魔法は、水中での戦いに不向きなゆえに」

 

 水中に潜った時に、顔を空気の泡で覆って呼吸を確保する『水中呼吸』は、水中での機動性が極端に落ちてしまう。

 防具はおろか服も濡れて重くなるから、漁ならなんとかなるが、魔物の領域のボスとの戦闘では使いにくい。


「一撃必殺! 水上に頭を出した時に確実に仕留めるしかないんだね」


「仕留め損ねて、水中まで追いかけると、かえって危険だわな」


 いつの間にかブランタークさんも話に加わり、確かに改めて考えると、導師の作戦は間違ってはいないというわけだ。


「水の上に顔を出している時を狙って、一気に畳みかける。失敗しても水中に深追いはしない。そんな感じかな」


「賛成です」


「ボクも賛成!」


「某も賛成である!」


 ブランタークさんの案に全員が賛成し、早速俺たちは、翌日大河に生息する巨大ワニ……巨大口長水竜を討伐しに向かうのであった。




「久々の! 『魔導機動甲冑』装着なのである!」


「「「おおっ!」」」




 翌日。

 俺たちはノースランドから、巨大口長水竜がいる大河へと魔法で飛んで行った。

 またもプテラノドンの群れに阻止されたが、これは事前の打ち合わせ通りルイーゼがすべて叩き落していた。

 水上に頭を出している時に、なるべく強烈な一撃を加える。

 この条件に合致した魔法を持つのが導師なので、現地まで彼の魔力を温存したのだ。

 目標である大河に到着すると、昨日とほぼ同じ場所で巨大な口長水竜が水の上に体を出していた。

 地球のワニのようにあまり動かず、ただ水に浮いているようだ。


「辺境伯様、なんか変な形の竜だな」


 ワニは竜ではないのだけど、この世界の人たちからすれば竜の一種だと思ってしまうのであろう。


「問題は、これを水に潜られる前に倒すことですよ」


「そこは、導師にお任せだな」


「行くのである! 某渾身の一撃なのである!」


 魔導機動甲冑にその身を包んだ導師は、魔力が惜しいので、すぐさま水の上に顔を出している竜に向かって急加速を開始した。

 落下の際の運動エネルギーを膨大な魔力で強化し、魔導機動甲冑の硬度も合わさって、とてつもない攻撃力となるはずだ。


「おおっ! とてつもない一撃になるだろうね」


「あの一撃を食らっては、巨大口長水竜もひとたまりもないだろうな」


 すでに導師の魔力成長は止まっていたが、魔族でも屈指の魔力量を持つアーネストに匹敵するほどなのだ。

 その彼が全力で、しかも高高度からの落下速度も加えた一撃を放つのだから。


「まさに、『メテオインパクト』!」


「ヴェル、もの凄く格好いい技名だね」


「あとで、導師に教えてやったらどうだ?」


 こんな話ができるほど、俺たちはすでに導師の勝利と、巨大口長水竜の死を確信していた。


「ぬぉーーー! 死ぬのである!」


 どうやらあまりに導師の落下速度が速くて、巨大口長水竜は水中に逃げることができなかったようだ。

 そのまま頭部に導師の一撃を食らい……。


「一撃だな」


「ぶち抜いてしまいましたね」


「うへぇ……スプラッターだぁ」


 導師のメテオインパクト……俺の命名……は、巨大口長水竜を一撃で即死させたばかりでなく、頭部を砕いて巨大口長水竜の死体に穴を開けてしまった。

 巨大な水柱と共に、巨大口長水竜の血と肉と脳味噌が飛び散り、あまりの凄惨な光景に、俺は『フリードリヒたちには見せられないなぁ……』と思ったほどだ。

 そして、巨大口長水竜の体を貫通した導師は……。


「……浮かび上がってこないね」


「もう目標は倒したのに、なにをもったいぶっているんですかね?」


「……なあ、ルイーゼの嬢ちゃん、辺境伯様。もしかして導師は、勢い余って川底に突き刺っているんじゃないのか?」


「「ああっ!」」


 なんて酷い結末だ!

 せっかく魔物の領域のボスを一撃で倒したというのに、その身を貫通したばかりか、川底に突き刺さってしまったのだから。

 こんな格好悪い結末はまずないと思う。


「助けにいかないと!」


「そうだな、急ごう。ブランタークさんも!」


「おう! 待ってろ、導師!」


 俺たちは、慌てて導師の救出に向かうも……。


「あっ、ボク『水中呼吸』が使えない!」


「上空で俺たちを援護してくれ!」


 『水中呼吸』ができないルイーゼに無茶はさせられず、俺とちゃんと『水中呼吸』を覚えたブランタークさんで導師の突入地点から川に潜ったのはいいが……。


「(辺境伯様! 他の口長水竜たちが俺たちを喰らおうと、大量に寄ってきたぞ!)」


「(急ぎ導師を……マジで突き刺さっている! 導師!)」


 どうやらやり過ぎたようだ。

 すでに魔力切れで『魔導機動甲冑』も切れた導師は、川底から二本の足だけを出し、自分を喰らおうとする口長水竜たちを、蹴りだけであしらっていた。

 上半身が川底に埋まり、両脚だけで蹴りを繰り出して迫り来る口長水竜たちを追い払っている導師……非常にシュールな光景である。

 とにかく早く助けなければ……。


「(俺たちが水中に入ったら、すべての口長水竜たちが! 予想はしてたけど!)」


「(とっとと、導師を川底から引き抜いて撤退だ!)」


「(了解! 導師!)」


 俺とブランタークさんは、襲いかかる口長水竜たちをあしらいながら川底へと向かい、片脚ずつ持って引っこ抜き、急ぎ水面へと向かう。


「導師、さえないね」


「計算違いだったのである! 巨大な口長水竜の死骸は?」


「導師、諦めな」


「うわぁ……」


 頭部を導師に貫通された巨大口長水竜の死骸には、すでに数十匹の口長水竜たちが群がっていた。

 同類でも、死ねばただの餌のようだ。


「だいたい、導師はもう魔力が空じゃないか」


「そうだったのである!」


「それに気がついてくれよ……」


 ブランタークさんは、導師に呆れていた。

 結局巨大口長水竜の死骸の回収は諦め、俺たちは導師を抱えながら、急ぎノースランドへと撤退したのであった。

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