第二話 なぜか日本へ

「あれ? 俺は石碑に埋まっていたガラス玉の光で気を失って……」




 どれくらい意識を失っていたのかわからなかったが、目を覚ました俺は青い空を見上げていた。

 雲一つない青い空、太陽の光がさんさんと輝き、なのに湿気が多いジメジメとした暑さで……。


「あれ? おかしくないか?」


 この気候はおかしい。

 俺はアーカート神聖帝国にいて、しかも季節は冬だったはず。

 常に暖かい南方のヘルムート王国とは違って、アーカート神聖帝国の冬は厳しかったのに、今の俺はとても暑いと感じていた。

 ということは、俺は今まったく別の場所にいることなる。


「まさか、他の場所に飛ばされた?」


 いきなり怪しく小さく光り始めたあのガラス玉、導師が二万年くらい昔のものだと言っていたが、なにか未知の魔導技術を用いられたものかもしれない。

 たまたま俺の魔力かなにかに反応して、起動してしまったのかもしれないな。

 発光が小さかったら、俺とエリーゼ以外は気がつかなかった。

 そういえば、エリーゼは?

 慌てて起き上がってから彼女を探すと、エリーゼは俺の隣で意識を失っていた。

 特に異常はなく、俺と同じように寝ているだけだと思う。


「エリーゼ」


「うん……」


「エリーゼ」


 無理やり起こすのは可哀想なのだが、まだここが安全な場所だという保証もない。

 もし休むとしても、安全を確保してからでないと駄目だ。


「人気はないか……動物の反応だな。魔物じゃない」


 エリーゼを起こしながら、俺は魔法で周囲の安全を探った。

 ここは、山奥というほど自然豊かな感じではない。

 というかこの場所、前に来たことがあるような……。


「エリーゼ」


「……あなた……」


「大丈夫か? エリーゼ」


「はい。私、あのガラス玉が光ったと思ったら……」


 エリーゼも俺と同じく、怪しくというほど派手じゃないけど、光るガラス玉のせいで意識を失ったと認識しているようだ。


「あなた、ここは?」


「わからない。あの地下遺跡のわけないし、ここはアーカート神聖帝国じゃないかもしれない」


「ちょっと暑いですね」


「そうなんだ」


 エリーゼも、今までいた場所と気候が違うことに気がついた。


「伯父様やみんなは、どこに行ってしまったのでしょうか?」


「気を失った経緯を考えると、俺とエリーゼだけ飛ばされた可能性が高いな」


 原因は、間違いなくあのガラス玉だ。

 埋まっていた石碑には説明すら書いていなかったし、もっと眩く光っていたらエルやイーナたちも気がついたはずなのに……。

 これは、とんだアクシデントに巻き込まれてしまった。


「今はとにかく、ここがどこかを知ることが最優先で、次は安全の確保だな」


 もしここが敵地であった場合、俺とエリーゼは孤立してしまっている。

 急ぎ安全の確保と……。


「あなた、みんなと連絡は?」


「実はこれから試みるところ」


 魔法の袋から携帯魔導通信機を取り出してエルたちとの連絡を試みるが、作動はするが通信できなかった。


「通話中というよりも、最初から通信相手がいないような感じだ」


 このまま通話を試みても魔力の無駄遣いような気もするので、一旦携帯魔導通信機を魔法の袋に仕舞った。

 念のため、少し時間を置いてからもう一度通信を試みればいいであろう。


「あなた、ここはリンガイア大陸から離れた場所なのでしょうか?」


 その可能性も高いか。

 ただ、携帯魔導通信機は、日本の携帯電話と違ってアンテナがないから通話できない類のものじゃない。

 人里離れた魔物の領域の奥地でも、普通に通じる。

 上空に通信衛星でもあるんじゃないかと思うほど高性能なので、ちょっとリンガイア大陸から離れたくらいで通信不能になるとは思えない。

 でも、リンガイア大陸以外で携帯魔導通信機の性能試験をした人がいないから、もしかすると他の大陸や島という可能性も捨て切れないか。


「まずは慎重に、ここがどこかを探る必要があるな」


「そうですね」


「じゃあ、行こうか?」


「はい」


 俺は先に立ち上がり、エリーゼに手を差し出した。

 きっとエリーゼもこの状況に不安を感じているはず。

 ここは男として夫として、俺が彼女を支えるとまでは言わないけど、安心できるように動かないといけない。


「普通に呼吸できて自然もあるから、生き残るのはそう難しくないよ」


 昔の俺なら不安でしょうがなかっただろうけど、十二歳までの未開地でのボッチ生活で、俺は精神も大分鍛えられたようだ。

 宇宙空間に放り出されたわけでもないようだし、なんとかなると思っていた。


「私は不安は感じていませんよ」


「エリーゼは強いな」


「いえ、あなたがいますから」


「俺もそうだ」


 一人よりも二人。

 ここがどこかは知らないけど、きっとなんとかなるさ。


「それに珍しく二人きりです。いつもはみんながいて楽しいですけど、たまには夫婦二人きりもいいものです」


「そう言われるとそうだな」


 貴族の夫婦が、本当の意味で二人きりになるのも珍しいことだ。

 大抵は、誰か傍にいるものなのだから。


「じゃあ、行こうか?」


「はい、行きましょう」


 俺とエリーゼは手を繋ぎながら、ここがどこかを探るために移動を開始するのであった。





「植物の植生は、先日訪問したミズホ伯国と似ていますね。少々の差異は見られますが……」


「少し北方なのか? でも、今の季節でこんなに暑いかな?」




 周囲を魔法で『探知』しながら、俺たちが倒れていた場所の周囲を探索する。

 俺とエリーゼが倒れていた場所は、小さな森の中だが木が生えておらず、代わりに狭い草原になっていた場所であった。

 まずは森を抜けようと色々と探るが、人の気配がまったくない。

 生物の反応は小動物と鳥だけで、魔物らしき反応は一切なかった。


「バウマイスター伯爵領の真夏みたいですね」


「うーーーん、もう少しカラっとしていないかなぁ? ここはもっと湿気が多い気がする」


「確かに、バウマイスター伯爵領に比べると……」


 バウマイスター伯爵領を含むリンガイア大陸南方は、米の栽培に適した亜熱帯の気候で少しジメジメしている。

 ここの暑さもそれに似ているが、もっと湿気が多いような……俺はなにかを思い出しそうであった。

 この場所も、さっきから記憶の奥隅にあるなにかに引っかかるんだよなぁ……。


「どこか、周囲が見渡せる場所はないかな?」


 二人で森の中を歩くと、やはり季節は真夏のようだ。

 暑くて日射病になりそうなので、『冷却』の魔法で体を冷やしながら歩いた。

 この魔法は即席クーラーにような魔法で、暑い時には大変重宝する。

 自分の周囲だけに冷気を漂わせるという細かいコントロールを必要とするので、ちゃんと使える魔法使いは意外と少ないけど。

 同時に冷気の量もしっかりコントロールしないと、効き目が薄かったり、逆に寒くなりすぎたりする。

 ブランタークさんからも、魔法の特訓にはちょうどいい、魔法だと言われていた。


「エリーゼ、寒くないよね?」


「はい、ちょうどいいです」


 高い場所から今の位置を確認するため、緩やかな坂道がある方を昇っていく。

 相変わらず人の気配はなかったが、次第にこの小さな森に人の手が入っていることが確認できた。


「あなた」


「道だな」


 小さいながらも人が歩くための道にぶつかったので、このまま坂道を昇っていくことにする。

 数百メートルほど歩くと、ようやく周囲を見渡せそうな頂上部分に到着した。

 どうやら俺たちが倒れていた森は、この小山の上にあったようだ。


「(この頂上部分、見覚えがあるような……)」


「あなた、なにかありましたか?」


「いや、早く頂上部分に行こうか?」


 まさか、ここに見覚えがあると言ってもエリーゼには意味がわからないであろうし、俺に見覚えがあるってのは、実は前世、日本での思い出であった。

 彼女に話をしても意味がない。

 第一、ここが前の世界平成日本のはずがないじゃないか。


「ここは見通しがいいな」


「はい。あなた! 町が見えますよ! とても大きい町です!」


 珍しくエリーゼが大きな声を出したので、俺もこの小山の頂上部分から見える町とやらを確認した。


「なっ!」


「初めて見るような建物が多いですね。人もたくさん住んでいそうですし。ですが、こんな町は初めて見ます」


 それはそうであろう。

 エリーゼがこの町を知っているはずがないのは俺にもわかる。

 そして、俺も今まで感じていたデジャブの正体にようやく気がついた。

 俺とエリーゼの眼前に広がっていたのは、俺が大学進学のために上京するまで住んでいた、とある地方都市の街並みだったのだから……。

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