第365話 それって、八つ当たりじゃあ……巨大ゴーレム登場!(その2)

「という映像があるけど、いる?」


「いるっす! 超特ダネっす! 我が社の独占スクープにするっす!」




 オットーたちによる暗殺未遂事件から三日後。

 バウマイスター辺境伯邸の中で、とある映像の上映会が行われていた。

 それは、オットーたちが俺を暗殺しようと襲撃し、それに俺たちが応戦している映像であり、撮影者はエリーである。

 ライラさんからエリーゼと一緒に後方に下がるようにと言われ、後方からすぐさま、私物の『魔像撮影機』で撮り始めたそうだ。

 ビデオカメラの魔道具版まであるなんて、魔族は本当に進んでいるよな。

 魔族のテロリストが、バウマイスター辺境伯である俺を暗殺しようとした。

 その背景や黒幕も含めて、エブリディジャーナルの新人記者ルミから見たら、表彰物の特ダネ記事というわけだ。


「欲しいっす! 絶対に記事にするっすから!」


 興奮したルミは、俺にその映像をくれと迫って来た。

 その迫力に、俺は思わず後ずさってしまう。


「でも、撮影者はエリーなんだよ。俺に権利はないんだよなぁ」


 迫ってきたルミを、俺は正論でかわした。


「しかも、余の私物じゃぞ。この魔像撮影機は」


「ううっ……若いのにしっかりしているっすね……」


 別空間まで俺を救出に来ただけでなく、密かにオットーたちの犯行まで撮影していたのだから。

 本当、十三歳とは思えないほどしっかりしているな。


「余としては、別の新聞社に映像を売ってもいいわけだからな。なにしろ、エブリディジャーナルは……」


「民権党贔屓で有名ですからね」


 ライラさんが、冷たい視線でルミを見つめた。


「それって、おかしくないっすか? オットーたちは極めて国粋的な政治結社をやっていた連中っすよ。バウマイスター辺境伯の暗殺を目論んだのは、貿易拡大に反対する国権党の議員なのでは?」


 ルミは、オットーたちの黒幕が国権党の議員だと思っているようだ。

 だが実はそうじゃないと、俺たちは捕えたオットーの仲間たちから情報を得ている。

 オットーがこの世から消滅したことを知ると、目を覚ました奴らはとても大人しくなった。

 今は魔力を抜かれながら、軟禁生活を送っている。

 犯罪者にしてはいい環境にいると思うが、抜き続けている魔力が魔道具のエネルギー源として活用されているので、そのくらいはいいであろう。

 常に魔力を抜かれているせいか、脱走する気も起こらないらしく、今は大人しくしている。

 オットーは党首としては秘密主義者だったようでわからないことも多かったが、彼らは常に『世界征服同盟』の本部にいたので、暗殺を依頼した人物については知っていた。

 そしてそいつが、実は民権党の議員であった事実もだ。


「オズワルド・ジャック。ルミは知っているか?」


「民権党の議員じゃないっすか! でも、奴ならあり得るかもしれないっすね」


「どんな奴なんだ?」


「機に聡い悪人っす」


 政治信条などなく、自分に利益があればなんでもいい。

 議員になる前は詐欺に近い商売をしていたり、アンダーグラウンドな連中と懇意だったが、とにかく知恵は回るので上手く動き、いつの間にか民権党の候補者になって当選してしまった。

 議員になってからは、政治活動よりも議員特権を生かした商売に熱心で、同僚たちからも胡散臭い目で見られているらしい。


「さすがに民権党議員の大半が、彼を胡散臭い目で見ているっすね。議員特権を使って悪事を働いているという噂もあるっすから」


「そいつが、オットーたちに俺の暗殺を依頼したそうだ。その後ろにも誰かいるんだろうけど」


 さすがに、黒幕の存在はオットーしか知らなかった。

 残りの連中は、オットーの指示で動いたにすぎないわけだ。


「そういうわけでして、これがもし報道されれば民権党政権にトドメとなるでしょう。エブリディジャーナルの元記者で民権党議員も多い。あなたでは、記事にする前に上層部に潰されるのでは? 他に新聞社がないわけでもありません」


「議員たちからの圧力で、新聞社の上層部が記事をストップするわけか」


 日本でもあったからな。

 同じ大学で新聞記者になった奴がいたけど、政治家、大物官僚、大企業、金持ちからの圧力で、取材した記事がボツになることがたまにあったそうだ。


「バウマイスター辺境伯、私の知り合いに『ゾヌターク日報』の記者がいますけど、そちらにリークした方がいいのでは? ゾヌターク共和国第二位の新聞社です。あそこは、現政権に批判的ですから」


「それがいいかもな」


 確実に報道された方が、魔族社会に衝撃を与えられる。

 俺は、自分を暗殺しようとした連中を許すつもりはなかった。

 とにかくオズワルドという議員を官憲に逮捕させ、裏の依頼者の正体を見つけなければ。


「そういうわけなので、今回は縁がなかったということで」


 俺は、ルミに対し丁重にお断りを入れた。


「自分を呼んでおいて、それはないっすよぉーーー! 必ず記事にするっすから! 自分、結構脱ぐと凄いっすよ」


 と言って、いきなりツナギのような服装の肩の部分をめくり、扇情的なポーズをするルミ。

 残念ながら、まったく色気は感じなかった。

 結構綺麗な人なんだが、色々と残念臭が漂っている。

 この人は、このまま一生結婚できないかもしれない。

 というか、新聞記者が色気を使って特ダネを提供してもらっていいのか?

 時に手段を選ばずとも思えなくもないが、やはりTPOは弁えないとな。

 あと、エリーの機嫌がわかりやすいほど急降下した。

 ネタの提供者を怒らせてどうするよ?

 新聞記者!


「エリー、どうするんだ?」


「どうしようかな? 余はまだ子供だが初めて知ったぞ。新聞記者の仕事に、取材先の男性を誘惑するというものもあるのか」


「ううっ! それは……」


 エリーから痛いところを突かれ、ルミは顔を引きつらせた。

 子供にとんだ誤解を与えてしまったと思ったようだ。


「バウマイスター辺境伯さん、助けてくださいっす!」


 ルミの誘惑にまったく興味を示さなかった俺に対し、彼女は懇願の表情を浮かべた。


「ルミ、ヴェンデリンには、若くて綺麗な奥さんが沢山いるのだ。今もどうにかして妻、愛人になろうと奮闘している女性も多い。そんな見え透いた誘惑が、ヴェンデリンに通用するわけないであろうが」


「ううっ……自分、そんなに駄目な女っすか?」


「そなたが、モールたちにフラれたと聞いているぞ」


「ううっ……彼らは一生無職で、一人くらい自分のために主夫になってくれると思ってたんすが……」


 ルミ、残念ながらその後輩たちは、もうリリの会社で課長になって、奥さんと子供までいるんだ。

 今は毎日仕事で忙しいが、充実した毎日だってさ。

 

「魔像撮影機の映像と、拘束中の暗殺未遂犯たちの証言を録音したものは渡せる。コピーが取れるからな。それで、いつ新聞に記事を載せられる?」


「バウマイスター辺境伯さんが『瞬間移動』で送ってくれたら、明日の朝刊に間に合わせるっす!」


「ならばよかろう。もし明日の朝刊に載せられなかったら、ライラの知人であるゾヌターク日報の記者にデータを渡すから、結局は同じだな」


「絶対に、明日の一面を飾るっすよ!」


 データを得たルミは、俺に『瞬間移動』送ってもらうと、すぐに会社に掛け合って俺の暗殺未遂事件を記事にした。

 魔像撮影機の映像を写真にして、魔族の跳ねっ返りたちがヘルムート王国の大貴族を、それもゾヌターク共和国を来訪したことがあるバウマイスター辺境伯の暗殺を試み、主犯は死亡、残りのメンバーは拘束、彼らが使用した魔導飛行船も拿捕され、そこからも色々と証拠が出てきた。

 暗殺未遂事件の主犯は、自称政治団体『世界征服同盟』の党首オットー。

 彼にバウマイスター辺境伯の暗殺を依頼したのは、民権党の現役議員オズワルド・ジャックで、彼も何者かから報酬を得てバウマイスター辺境伯の暗殺を請け負っていた。

 事件の詳細を知るためにも、『オズワルド・ジャック議員の殺人事件容疑での逮捕が必要なのでは?』という記事が掲載された。


「今年の社長賞はいただきっす。バウマイスター辺境伯さん、今度焼き鳥でも奢るっすよ」


「いいねえ、焼き鳥」


 ルミも悪い人じゃないからな。

 上手く上層部の圧力をかわして記事を掲載できたのを喜ぶとしよう。

 それに、その日の内に新聞を持ってきてくれたのだから。


「ヴェルが載っているね」


 ルイーゼが、興味深そうに新聞の写真を見ていた。

 リンガイア大陸にも写真はあるが、それを印刷する技術はないからな。


「オットーと戦っているところね。いつも違って真面目でいい男じゃない」


「イーナ、真面目にやらないと死んでいたんだから、当たり前じゃないか」


 新聞を見たイーナが、珍しく褒めてくれたと思えばこれだ。 


「インチキだとか、嘘だとか言っている人はいないのか?」


「極わずかっすね。オズワルドの胡散臭さは有名っすから。これまでは上手く逃げて捕まっていなかったんすけど、交渉中の他国の貴族を暗殺しようとしたんすから。政府はカンカンみたいっすね」


 これまで、人権がどうの、男女平等がどうの、動物愛護がどうのと、リンガイア大陸の人間に上から目線で偉そうに言っていたくせに、その仲間が暗殺を目論んでいたのだから立場がないだろうな。

 彼らはプライドが高そうだし。


「そうでなくても、今の民権党政権は死に体っすからね。政府からの圧力が減った警備隊は、オズワルドの拘束を狙っているようっすね。なにしろ、現役の議員が暗殺の仲介役っすから」


 実際に新聞が記事が出てから、テラハレス諸島群で行われていた交渉は一時中断となっている。

 俺が陛下に報告して、それが三ヵ国の交渉団に知られたからなのだが。

 王国、両国双方の貴族たちに真実かどうかと問われ、交渉団のトップであるレミー団長は、政府に問い合わせると言って逃走してしまったそうだ。


「バウマイスター辺境伯さん、もう情報をリークしたんすか?」


「俺は王国貴族だからな」


 それに、今の政権では交渉が纏まらないだろう。

 私貿易が順調なので、俺たちとしては政権交代後に正式な条約が締結されてもなにも困らないのだから。


「オズワルドの逮捕もあるのか?」


「ただ外国での犯罪なので、オズワルドを罰せるかどうか法律の解釈が難しいようっすよ。本人も黙秘するかもしれないっすから」


 ところが数日後、別件で逮捕されたオズワルドは『仲介はしたが、それは古い魔道具の輸出についてだ。オットーたちは運搬役にしかすぎない。まさか暗殺を目論むとは……』と堂々と言い放ったらしい。

 確かにオズワルドも、リンガイア大陸に中古魔道具を輸出する仕事に参入し、莫大な利益を得ていた。

 当選以降、奴はほとんど議会に出席しなかったそうだ。

 議員になったのは、一期でも務めれば元議員の肩書がついて後に有利になると思っただけ、ということらしい。

 ある意味、清々しいレベルの悪党である。

 

「いやぁーーー、驚きの言い分っすね。でも、誰の仲介をしたかは話しているっすよ。ええと、プラッテ伯爵と魔道具ギルドの会長っす」


「はあ? どうして魔道具ギルドの会長が?」


 プラッテ伯爵は不思議に思わないが、魔族が作る魔道具の輸入阻止で動いていた魔道具ギルドが、俺の暗殺に金を出した?

 なぜなんだ?


「私貿易はしているが、魔道具ギルドが作れない魔導具しか輸入していないのにな」


「そういう態度が逆に、魔道具ギルドのプライドを傷つけたんじゃないの?」


「ルイーゼ、俺はあのジジイたちにそこまで気を使わないといけないのか?」


 思えば、沢山の古代魔法文明の遺産を売ってあげたじゃないか。

 それなのに、今の今まで新しい成果が出たという話を聞いたことがなかった。

 自分たちの無能を棚にあげて酷い連中だな。


「魔導ギルドの方は、多少成果はありましたよね?」


「そうだな。あのとんでも魔法陣の改良を今でも続けているからな。今もベッケンバウアーが色々とやっているよ」


 ブランタークさんが、俺も知り合いである魔導ギルドの技術部長であるベッケンバウアー氏の現状を教えてくれた。

 魔力を使うと、遠方から色々な品を移転させられる魔法陣。

 あれは、魔導ギルドが地下遺跡にある古代魔法文明時代の魔法陣を改良した品であった。

 今も研究は続けており、それなりに成果は出ているとベッケンバウアー氏から聞いているから、むしろ魔導ギルドの方が魔導技術の研究が進んでいるわけだ。


「あの魔法陣か。ボクのブラジャーを『移転』させたエッチな魔法陣だよね」


「そうね。私のパンツもよ。あの魔法陣、研究している人のスケベさが滲み出ているわね」


 パンツとブラを『移転』させられてしまったルイーゼとイーナは、その時のことを思い出し、嫌そうな表情を浮かべた。


「ブラとパンツを魔法陣で召還?」


「そうなんだよ、テレーゼ。セクシーなボクに似合うお気に入りだった黒のブラジャーを、ヴェルが実験で召還してしまうから……」


「ルイーゼ……」


「あっ!」


 ペラペラと事情を話してしまったルイーゼに対し、イーナが呆れたような表情を浮かべる。

 あの実験では、当時フィリップ公爵として領地で視察をしていたテレーゼのパンツも召還してしまい大騒ぎとなってしまったからだ。

 彼女の下着が突然消えてしまった理由が、魔法陣の実験のせいだと喋ってしまったようなものなのだから。


「ほほう、やはりそういうことか。ブランタークも、ヴェンデリンも怪しいと思っておったわ」


「ルイーゼ……」


「ヴェル、ごめん」


 ルイーゼが珍しく、しおらしい態度で俺に謝った。


「ヴェンデリン、ルイーゼを責めてやるな」


「怒っていないのか?」


「今さらじゃし、下着も買えぬほど困窮しているわけでもないからな。妾は器の大きな女のなのじゃ」


「ありがとう、テレーゼ」


 テレーゼは優しいなぁ。

 履いている下着を魔法で召還したことをまったく気にしていないのだから。


「照れるではないか、ヴェンデリン」


 俺はテレーゼに抱きつきながら、魔法の袋から彼女の下着を取り出した。


「やはり持っておったか。しかし、これはフィリップ公爵家の家紋がついているから使えぬの。ヴェンデリン、預けておく」


 今のテレーゼは、フィリップ公爵家の人間ではない。

 だから、家紋の入った下着は使えないわけか……。

 しかし、この下着どうしよう?

 フィリップ公爵家の女性にあげる……そんな高貴な女性に中古品はよくないか。

 俺は下着に興味なんてないし……よし、死蔵決定だな。


「あとでお詫びに、別の下着を買ってあげるから」


「そうか、見に行く時はつき合えよ。ヴェンデリン」


 新しい下着を一緒に見に行くくらいで済むなら安いものだ。


「てっ! ヴェル、話がそれているわよ」


「そうだった」


 イーナから冷静に指摘されたので、また話を元に戻す。


「魔導ギルドの方が、魔導技術の研究が進んでいるのですか?」


「ああ、この三年でな。魔導ギルドは基礎研究と試作品の製造くらいしかいないが、技術力は相当上がっているようだ。試しに話を聞いてみるか?」


「そうですね」


 早速みんなで、魔導ギルドへと向かう。

 俺の『瞬間移動』も、エリーとの器合わせのおかげで一度に移動できる人数が二十名にまで増えている。

 エリーと、俺が倒したオットーの魔力は、人間では考えられないほど多かった。

 そして、そんな彼女と魔力量で並んでしまった俺。

 俺って人間なのに、どうしてこんなに魔力があるのだろう?

 やはり、転生者であることが原因なのか?


「久しぶりだな、バウマイスター辺境伯」


 相変わらず魔道具ギルドとは仲が悪い魔導ギルドであったが、技術部長ベッケンバウアー氏の顔色は明るかった。

 徹夜でもしたのか目に隈が浮かんでいるが、本人はとても気分がいいようだ。

 疲労しすぎて、ランナーズハイになったのかもしれない。


「バウマイスター辺境伯と実験した魔法陣だが、あれから相当研究が進んで、目的に応じて魔法陣を書き換えることにより、様々な効果が発揮できるようになったのだよ。刻む魔法陣のパターンは組み合わせがほぼ無限なので、これからその法則を探るのと、もっと色々な効果が出るように魔法陣を改良している最中だ」


「それはよかったですね……」


 目の下に隈を作りながら、とても嬉しそうに説明を続けるベッケンバウアー氏。

 だったら、これからも研究しないといけないのだから、まずはちゃんと睡眠を取ってほしいと俺は思った。


「ベッケンバウアーさん、ちゃんと寝ないといけませんよ」


「『聖女』と呼ばれているエリーゼ殿からそう言われたら、今夜は寝るとしようかな。これまでは、魔道具ギルドを出し抜くレベルまで研究を進めるのに無茶をしていたのだが、ようやくそれも達成できた。今日からは平常業務でいこう」


 ブランタークさんの言うとおり、魔法陣の改良はかなり進んでいるようだ。

 目に隈のあるベッケンバウアー氏が、自慢げに俺たちを地下の研究室に案内した。


「ヴェル、久しぶりね」


「ボクとイーナちゃんは、下着を取られて文句を言いに来た以来だね」


「そうだな」


 魔導ギルドの研究室では、数十名の魔法使いたちが様々な魔法陣に魔力を流し、それがどのような現象をもたらすかメモを取っていた。

 魔法陣の刻む文字のパターンを、根気よく探っているのであろう。


「実はこの魔法陣、魔道具にも応用できるのだ」


「どうやってですか?」


「この極微量のミスリルを塗布した板に魔法陣を刻むと、最低でも数十年は文字が薄れないで効果を発揮し続ける。これまでの魔道具よりも軽量化が進むな。法則を見つければ魔力の消費量も減らせる。なにより、魔道具を製造する手間が大分減る。将来はもっと高性能にできるし、魔道具を構成する部品も減らせるのさ」


 ベッケンバウアー氏が見せてくれた十センチ四方の板に魔法陣が刻まれたものを見て、俺は半導体みたいだと感じた。

 この魔法陣、もしかするともっと研究が進めば、魔族の魔道具を技術力で超える可能性があるわけだ。

 地球でも、トランジスタやICが発明されて歴史が変わったのだから、これもその類の発明品に化ける可能性が高い。


「ちなみに、バウマイスター辺境伯が中古品を購入したり、地下遺跡から発掘した車両という魔道具。こちらも一台だけだが試作に成功したぞ」


 研究室の奥には、ジープに似た簡素な造りの車両が置いてあった。

 

「へえ、こういう魔道具の方が武人の蛮用に耐えるかも」


「そうですね。ちょっとした移動なら、むしろこの車両の方がいいかもしれませんね」


 エルとハルカは、早速魔導ギルドが試作した車両を試しに少し動かし、使い勝手がいいことを評価していた。

 

「はははっ! ざまあみろ! 魔道具ギルドめ!」


「性格悪い」


「そうだな」


 ヴィルマとカチヤのみならず、発言したベッケンバウアー氏以外の全員が首を縦に振る。


「量産はせぬのか?」


「残念ながらうちは魔導ギルドなので、量産に必要な職人が揃えられないのだよ」


 ベッケンバウアー氏はテレーゼに対し、魔導ギルドはあくまでも魔導技術の基礎研究が目的なので、魔道具は試作品しか作れないのだと説明した。

 魔道具を作るには多くの職人が必要で、それも魔法使いだけじゃない。

 大型で複雑な構造の魔道具ほど、魔法使いじゃない職人が多数必要になるのだから。

 生産設備の問題もあるか。

 この世界だと、工場じゃなくて工房だけど。


「長年、職人たちは魔道具ギルドとの繋がりが強いので、うちが頼んでも断られてしまうのだ。魔道具ギルドに睨まれたくないから、うちの仕事を受けるわけがない」


 ベッケンバウアー氏は、テレーゼに裏の事情を説明した。


「一台しかないのでは、あまり役に立たぬの。それにしても、帝国ではもう少し融通が利くぞ」


 組織なので多少の派閥争いはあるが、帝国の魔道具ギルドは魔導ギルドの下部組織なのでそこまで仲が悪くないらしい。


「でも、魔族が作った魔道具の輸入阻止をしているのは一緒よね」


「明日から食えなくなる危機じゃから、それは仕方がないかの」


 そこは徐々に魔導技術の開発を進めつつ、少しずつ輸入枠を増やす方向で交渉するしかないわけだ。

 もっとも、帝国の魔道具ギルドはこの三年で大分態度を軟化させつつある。

 いまだに頑ななのは、王国の魔道具ギルドの方なのだ。


「そこで、魔導ギルドは陛下にも報告しているのです。こちらが魔法陣を刻んだ板の量産に集中するので、それを使った魔道具の量産を始めてはいかがかと」


「それでどうなったのじゃ?」


「魔道具ギルドが断りました。自分たちで開発すると」


「実際に開発できておらぬのであろう?」


 というか、そういうアイデアすら出ていないはずだ。


「テレーゼさん、そこは魔道具ギルドのプライドの高さと既得権益の大きさを侮ってはいけません」


 リサも魔導ギルドの所属だが、過去に魔道具ギルドの傲慢さを直接経験したことがあるようだ。


「その魔法陣を刻んだ板でしたか。それが重要部品で、それがないと新しい魔道具を作れないとなると、魔道具ギルドは魔導ギルドに頭が上がらなくなります。そんな現実を、今の上層部は容認しないでしょう」


「ジジイばかりだからな」


 ジジイは酷いと思うが、カチヤの言うとおりであった。

 前会長の死後、魔道具ギルドは後継会長を決めるのに散々揉め、挙句にまた八十歳を超えた前副会長を会長を選んでいる。 

 前会長の方針を継承するといえば聞こえがいいが、以前となにも変わらないのに、魔道具ギルドの指導力は落ちてしまった。

 若い会員たちの中には組織の改革を求める声も大きいが、上層部は年寄りばかりなので変化を嫌う。

 別に今のままでも儲かるのだから、無理して新しいことをする必要はないわけだ。

 そんな彼らが一番恐れることは、帝国と魔族の国から魔道具が輸入されることである。

 これまでの、ほぼ独占状態が崩れてしまうのだから。

 昔からミズホ製魔道具の存在は知られていたが、あそこは帝国への販売で手一杯で、王国には極少数しかミズホ製の魔道具は存在しなかった。

 シェアを考えると、そこまで脅威でもない。

 だが、魔族が作った魔道具は別だ。

 向こうは、生産力も十分持っているのだから。


「一つ聞きたいことがあるのですが」


「なにかな? リサ殿」


 リサは高名な魔法使いである。

 当然、ベッケンバウアー氏とも知己の関係にあった。


「板に極少量のミスリルを塗布と言いましたが、板の素材は決まっているのでしょうか?」


「色々と試しておるだが、基本は二種類。ミスリルの板でも大丈夫だが、これはコストの問題で駄目。高級品なら問題はないな。あとは、性能が低めの量産品には焼き物の板が一番いいように思う。ただ、使っている土や焼き方で性能にバラつきがあってな。割れやすいという欠点もあるし、試行錯誤しておるよ」


 土ということは、高純度なケイ素(シリコン)で作るシリコンウェハーのような板の方が、魔法陣を刻みつけやすいのであろう。

 なるほど、この世界の近代化にもシリコンの活用が重要なわけだ。

 割れやすいのは、ケイ素以外の不純物が多いからだと思う。

 自然界にある土を焼いただけでは、そういう結果になって当然だ。


「バウマイスター辺境伯、なにかいいヒントはないかな?」


「そうですね……自然界にある土では、板の形成に必要な物質以外の不純物が多いのでは?」


 試しに研究室にあった焼き物用の土から魔法でケイ素以外の物質を抜いて薄い板を形成し、単純な結晶の塊にしてみた。

 これなら、性能もよくなるはず。


「急ぎ試験させてみるが、少し時間がかかるので待ってほしい。だが、結果が楽しみだな」


 知っているからとはいえ、俺がこの世界でシリコンウェハーを作ってしまうとは……。

 あくまでも類似品だが、これに魔法陣を刻めて、板を取りつけた魔道具の性能が上がれば成功だな。


「もう一つ、これは高級品向けだな。バウマイスター辺境伯が作れる『極限鋼』も安定した金属なので、板の素材に向いている。欠点はコストと、加工にオリハルコン製の工具が必要な点だ」


 俺が定期的に作っている『極限鋼』。

 これが、板の素材に向いているとベッケンバウアー氏は言う。


「つまり、新しい魔道具の重要部品は魔導ギルドとヴェルが握っているわけだ。じゃあ、ヴェルの暗殺を魔道具ギルドが目論んでも当たり前なのかな?」


「技術の進歩を否定するのか? 魔道具だって、もっと高性能なものが安く量産可能になるかもしれないのに?」


 俺は、思わずルイーゼに反論してしまった。


「ヴェンデリンは、重要な部分が抜けておるの。魔道具ギルドの上層部は年寄りじゃ。変化を嫌うし、世の中全体が便利になっても自分の収入が落ちたら嫌であろう。今のまま、魔道具生産を独占できる立場が続けばいいと思っておる」


「ヴェルが魔族の国から私貿易で中古魔道具の輸入を始めた時点で、ヴェルが敵になったようね」

 

 テレーゼとイーナの言っていることが現実か……。

 全体の利益よりも、自分たちの組織の利益……。

 別にそれでも構わないと言えば構わないが、俺を狙った時点で腹が立つ。

 喧嘩を売られた以上、これはやり返さないと駄目だろう。

 貴族が他人に舐められたままだと、次の不埒なことを企む輩を産み出すことになるのだから。


「あとは、プラッテ伯爵か?」


「ベッケンバウアーさん、よくご存じですね」


「バウマイスター辺境伯、魔導ギルドも大きな影響力を持つ。王城の噂も手に入るからな。プラッテ伯爵のバウマイスター辺境伯嫌いは有名さ」


 息子を豚箱にぶち込んだ俺を許せないのは当然か。

 だがあの時は、その方法が一番穏便に事態を解決する手段だったので仕方がない。

 元凶たるあいつも、どうせ反省なんてしていないだろうからな。

 プラッテ伯爵の息子が嫌な奴で、積極的に助けてやろうという気が起こらなかったのもある。

 せめて、普通の人だったら……普通なら、あんな事件を起こさないか……。


「バウマイスター辺境伯が試作した板の性能が良好なら、ワシが陛下に奏上しておこう」


「では、その時にプラッテ伯爵と魔道具ギルドの罪状も報告させます」


 犯罪とはいえ貴族同士の揉め事なので、まずは様子見でローデリヒに奏上させて陛下の反応を見た方がいい。

 ただ、プラッテ伯爵は法衣貴族である。

 領地貴族だと自分の領地に籠って逃げられるケースも多いが、法衣貴族の管轄は王国政府にある。

 しかるべき証拠があれば、陛下もプラッテ伯爵を処罰しないなんてことはないはずだ。

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