三年後

第357話 三年後、バウマイスター辺境伯暗殺計画(その1)

「父上、瞑想が終わりました」


「よく頑張ったな、フリードリヒ。他のみんなも終わったのかな?」


「はい、みんな終わりました」


「そうか。俺がいなくても、瞑想は毎日忘れないように。今日は他のことをしてみようか?」


「はい、父上!」




 魔族との初接触から三年後。

 バウマイスター辺境伯領は、今日も活気に満ち溢れていた。

 いまだ両国間の外交交渉は纏まっていない。

 双方色々とあるので仕方がないのだが、現実はお上の思惑を遥かに超えていた。

 リンガイア大陸中に、魔族の国でゴミ扱いされた古い魔道具が大量に流入し、それらを用いた開発が進んだ結果、ヘルムート王国、アーカート神聖帝国ともに開発ラッシュが続いていたからだ。

 格安とはいえ魔道具だ。

 魔族の国からしても、粗大ゴミとして不法投棄されたり、捨て値で売られていたが不良在庫化していた魔道具が大金になるのだ。

 目端の利く魔族たちが、中古魔道具の販売益で多くの富を得た。

 双方の距離が離れているせいもあって苦労している者が多いとも聞くが、閉塞された魔族の国で成功するため、苦労を厭わない若者たちが多くの利益を得ている。

 いまだ三ヵ国の間では貨幣の交換レートすら決まっていないが、金、白金、宝石、その他金になる魔物の素材、鉱物などとの交換で取引しているので問題なかった。

 この中途半端な状況に文句を言う者たち……一部貴族や魔道具ギルドだ……も多いが、そういう連中に限って、裏では外交交渉に圧力をかけている。

 三ヵ国の政府も、武器や奴隷の密輸入などがなければ黙認というスタンスになっていた。

 そうやって入ってきた魔道具……自分の市場を奪われることに過剰に敏感な魔道具ギルドに配慮し、魔道具ギルドでは作れないものしか輸入できない秘密の取り決めになっていた……は、今や両国中に普及していた。

 いまだリンガイア大陸の魔道具ギルドが作れない車両、重機に似た魔道具が開墾や道路工事、建設で大いに活躍し、魔族の国ではもはやほとんど使われなくなった帆船型の魔導飛行船も多数飛び回るようになり、流通、交通網が強化された。

 バウマイスター辺境伯領でも、魔王様の会社から購入した魔道具のおかげで急速に開発が進んでいる。

 併合した南方の島々や、アキツシマ島の開発は順調であり、領内中をライラさんから購入した中小の魔導飛行船が飛び交っていた。

 王国と帝国も、大型魔導飛行船の数を大幅に増やしている。

 すべて、魔族の国から私貿易で輸入したものだ。

 武器はついていないし、旧式の魔導飛行船では魔族の国の警備隊が保有する新型魔導飛行船に歯が立たない。

 輸送目的のみであるし、元々大半は死蔵されたり、粗大ゴミとして放置されていた船だ。

 目敏い魔族だけが儲かり、一般の多くの魔族たちは大量の粗大ゴミが消えてよかったという認識だと、魔王様が言っていた。

 実際、粗大ゴミの大量不法投棄という社会問題は解決しているからな。

 そんな状況なので、俺たちは魔王様とライラさんから定期的に魔道具を購入し、それを領内の開発に投入して成果を出していた。

 俺たち魔法使いも魔法で開発に協力し、たまに冒険者としても活動している。

 そんな日々の中でまたもエリーゼたちが子供を産み、俺は最初に生まれたフリードリヒたちが三歳になった(もうすぐ三歳の子もいるけど……)ので、魔法を教えるようになっていた。

 フリードリヒ、アンナ、エルザ、カイエン、フローラ、イレーネ、ヒルデ、ラウラの八人だ。

 ただまだ子供なので、本当に基礎的なものだけだ。

 毎日の瞑想するようにと教え、今日はちょっとした遊びを考えている。

 みんなまだ子供なので、楽しく鍛錬してくれればいいのだ。


「みんな、好きなのを選んでくれ」


「うわぁ、魔導飛行船だぁ」


 それは、俺がバウルブルクの玩具職人に依頼した魔導飛行船の玩具であった。

 魔法の鍛錬に参加している八人分をみんなに見せ、好きなものを選ぶように言う。


「私、これ」


「僕はこれ」


「これかなぁ?」


 みんなそれぞれに玩具を選んでから、俺はその使い方を教えた。

 

「これは軽めに作ってある模型なんだ。こうやって『念力』で動かす」


 フリードリヒが選んだ玩具を借り、俺はまるでドローンにように魔法で動かした。

 本物の魔導飛行船のように動かしたり、上空で宙返りさせたり、スピードを早めたり緩めたり、進路上にある木の幹や枝をターンさせたりと。

 要するに、この玩具を魔法で自在に動かすのが訓練というわけだ。

 遊びと魔法の鍛錬を兼ねており、まだ小さい子供たちのやる気を引き出す作戦だ。


「「「「「「「「父上、凄い!」」」」」」」」


「毎日ちゃんと練習すれば、このくらい余裕さ。そのうち、コースを作ってレースをしようか?」


「よーーーし! 優勝するぞ」


「私が優勝する」


「私よ!」


「僕が優勝するんだ!」


 フリードリヒたちは、早速玩具を魔法で飛ばし始めた。

 俺の作戦は大成功だな。


「あれ? 落ちちゃった」


「おかしいなぁ?」


「カイエン、フローラ、意外と難しいだろう?」


 カタリーナの息子カイエンと、カチヤの娘ヒルデはいきなり玩具を落下させてしまった。

 実はこの玩具には特別な仕掛けがあり、揚力を均等に纏わせないとすぐに落下してしまうようにしてあったのだ。

 

「フリードリヒたちは魔力量が多い。でも、それだけでは魔法はちゃんと使えないぞ。今からちゃんと、魔力のコントロールをしっかりと身につけるように」


「そうすれば、父上のようになれる?」


「なれるぞ」


 フリードリヒたちは、現時点で俺が師匠に出会う前くらいの魔力があったから才能はあるはずだ。

 毎日瞑想はさせることにして、今は無理な魔力量の増加よりもコントロールの方を重視しようと思う。

 未熟な子供だと、時に魔法が暴走、暴発してしまう危険があるからだ。

 焦らず、ゆっくりと魔法を覚えていけばいい。


「がんばります、父上」


「浮いた!」


 フリードリヒたちは、楽しそうに玩具の魔導飛行船を浮かせて楽しんでいた。


「よしよし」


「あら? 随分と熱心なのね。お館様、ローデリヒさんが待っているわよ」


 あとは世話役と護衛に任せて次の予定をこなそうとしたら、アマーリエ義姉さんが迎えに来た。

 予定外の呼び出しだな。

 なにかあったのかな?


「アマーリエ義姉さんから、お館様って呼ばれるのは慣れないなぁ……」


「それはしょうがないわね。私はもう奥さんと同じような扱いだから」


 いまだアマーリエ義姉さんは侍女長のような扱いであったが、去年女の子を産んだので、家臣たちは俺の奥さんたちと同じ扱いをするようになった。

 表向きの身分なんて、バウマイスター辺境伯家の家臣たちはあまり気にしない。

 彼女が俺の娘を産んだ、という事実が大切なのだ。

 現在、ロジーナと名付けた娘は元気に成長している。


「それで、ローデリヒはなんと?」


「お話がありますって」


「また説教だぁ……」


 俺は貴族としてちゃんとやっているはずだ。

 確かに、たまにエル、ブランタークさん、導師と勝手に抜け出して魔の森に狩りに行ったり。

 『貴族が面会を希望している? 俺は、フリードリヒたちに魔法を教えるのが忙しいんだ!』と断ったり。

 ローデリヒが厳選した書類へのサインをなかなかしなかったりするけど、それでなにか悪影響があったわけではないというのに……。


「書類はちゃんと見ないと駄目だと思うわ」


「そこには、聞くも涙、語るも涙の事情があるのですよ」


「そうなの?」


「ええ……」


 勿論、ただ面倒だからだけど。

 

「アマーリエ様、お館様の嘘に騙されないでください」


「嘘じゃないよ」


 痺れを切らしたのか?

 俺を呼んでいたローデリヒが姿を現した。


「俺は忙しいから、順番に仕事をこなしているだけなんだ。ローデリヒが明日までにサインが欲しいという書類があったとしますよね?」


「ええ」


「実は、一週間くらい大丈夫です」


「そうなの?」


 お仕事が完璧なローデリヒは、俺が遅れて書類にサインしても問題ないようにしてあるのだ。

 締め切りを早めに設定しているわけだ。

 だから、少しくらい遅れても大丈夫。

 それに、よく書類の中身も見ないで適当にサインする貴族も多いなか、俺はちゃんと全部書類の内容を読んでサインしているのだから。


「さすがに一週間は駄目です! せめて三~四日ですよ!」


 と言っておいて、実はそこにまだ余裕が存在する。

 小説家が締め切りを指定され間に合わなかったが、そこにはまだ第二・第三の締め切りがあるのと同じことだ。


「というわけなので」


「書類を見てサインするくらい、期日内にしてください。お館様には、これからさらに多くのお子たちがお生まれになるのですから。ますますバウマイスター辺境伯家の当主として精進していただかないと!」


「沢山生まれたものね」


 確かに、今のバウマイスター辺境伯家は究極のベビーブームに沸いていた。

 この三年で、エリーゼはマルテという娘を、イーナはラルスという息子を、ルイーゼもオーラフという息子を、ヴィルマはフーベルトという息子を、カタリーナはデニスという息子を、テレーゼはディルクという息子を、カチヤはエーゴンという息子を、リサもニクラスという息子を産んだ。

 新たに嫁にしたアグネスはマリーアという娘と、シンディはヴァネサという娘を、ベッティはヘラという娘を。

 アキツシマ組の涼子は涼介という息子を、雪は文子という娘を、唯は久通という息子を産んでいる。

 今度は沢山息子が生まれたので、ローデリヒはバウマイスター辺境伯家の分家を創設できると大いに喜んだ。

 そして、娘しかいない貴族から跡取り婿にくれと大勢から懇願され、俺は泣いた。

 俺の子は、セリで落とされる子牛じゃないってのに……。


『お館様、もっとお子を!』


 しかも、ローデリヒは俺の気持ちを一切斟酌してくれないのだ。

 エルもそうだが、自分も父親だというのに……。


『エルヴィンや拙者の子たちと、お館様のお子たちは立場が違いますので』


 他にも、エルとハルカの間に娘サオリが、この名前はミズホ風にしたのだという。

 レーアもグンターという息子を、アンナはモーニカという娘を産んでおり、エルも四人の子持ちとなっていた。

 ローデリヒもすでに二人の息子と一人の娘の父親であり、他の家臣たちにも次々と子供が生まれてる。

 あまりに子供が多いため、女性陣はみんな大忙しであった。

 効率よく面倒を見るため、バウマイスター辺境伯家の子供と主だった家臣の子供たちが集められ、その妻たちが分担して面倒を見ている。

 家臣の親族で未婚の娘も、ほぼ強制で子供たちの面倒を見させられた。

 将来嫁入りし、子供を産んだ時に備えての練習……保育士代わりとも言うけど。

 ちゃんと報酬も出しているから、うちはブラックじゃないぞ。

 ただ、魔力があるのはうちの子供たちだけなので、魔法の特訓は別メニューとなっていた。

 基礎的な教育は、個々にやると面倒なのでみんな集めて学校のようにしている。

 多少は競争した方が習得も早いだろう。

 先生役は、教養のある年寄りを王都の貴族の紹介で呼び寄せている。

 とにかく今のバウマイスター辺境伯家は、色々と大騒ぎであった。


「だから、ちゃんとやっているじゃないか。魔王様との私貿易を最初に始めたのは俺だよ」


 魔族との私貿易でも、俺が最初に手を出した。

 魔王様と縁を結べたし、これはいいコネになると思う。

 なにしろ今の魔王様は、大きな会社の会長様だからな。

 うちに色々と売ったり教えたりしたお金を元に、順調に会社を拡大。

 今は、ヘルムート王家、バウマイスター辺境伯家、ブライヒレーダー辺境伯家、ブロワ辺境伯家と取引をおこなう大貿易会社として有名になっていた。

 魔族の中には、『庶民を弾圧した王家の末裔が、再び独裁を目論んでいる。そのために、我らの貴重な資産や技術を売り渡した!』と騒ぐ者たちもいたが、世論はさほど批判的ではない。

 つまるところ、最初に売り渡した中古魔道具の大半は元粗大ゴミ、残りも捨て値で売られていたのに誰も買わなかったような古い品だ。

 魔導飛行船に至っては、処理費用を払うのが嫌だからと勝手に山野に捨てられており、地元の住民たちが迷惑していたようなものもある。

 片づけるにも莫大な費用がかかるので一般人には手が出せず、役所に陳情しても根拠となる法令がなかったり、予算不足だったり、縦割り行政でなかなか対策しないのは、令和日本のお役所と同じだ。

 半ば諦めていたところ、それらが一斉に片付いたので、文句を言う地元の人たちはいなかった。

 今も放置区画に捨てられた魔道具や魔導飛行船を拾い、法律で使用禁止になった魔道具を買い取り、それを修理して販売している。

 輸入は、魔族の国では手に入らない魔物の素材、それらを用いた衣服、装飾品などがメインであった。

 新品の魔道具、食料品などには手を出していない。

 これは、お上の交渉内容に被るからだ。

 ライラさんは、少なくとも現時点でゾヌターク共和国政府に逆らおうと考えるほどバカではない。

 もし再び王族が国を興すにしても、それは大分未来のはず。

 今の魔王様の存命中は不可能だと思っているようで、今は力を蓄えているだけだ。

 それに、魔王様の会社は失業していた若い魔族たちを大量に雇用し、そこで知り合って結婚し、子供が産まれた者も多い。

 この前、モールたちにも子供が生まれたと手紙が来た。

 新聞記者でライラさんと同じくいまだ独身のルミが、魔王様の会社を記事に書いたそうだ。

 『この少子高齢化社会で、珍しく出生率に期待が持てる会社』という内容で、積極的に若者を雇用し、社員同士で結婚して子供を産む者が多いと、好意的な内容の記事になっていた。

 世論の反応もいいようで、一部を除けば評価は悪くなかった。

 それに、古い魔道具と技術をリンガイア大陸の人間に売って儲ける魔族など、今では珍しくなくなっていた。

 いくら政府間の交渉が纏まらなくても、勝手に動く者は人間にも魔族にも多かったというわけだ。

 みんなお上の逆鱗に触れないよう、ギリギリの線を探って新しい商売を色々と考え、独自に儲けている。

 それを権力で止めるのは、実は結構難しかったりする。

 武器や違法な薬物を輸出入されたら困るが、わざわざそんなものを取り扱わなくても儲かるから、滅多にいない。

 いても、魔族の治安組織は優秀なのですぐに捕まってしまうと、ルミが俺たちに教えてくれた。


「今日は、魔王様とライラ殿がいらっしゃっています」


「あれ? 俺は迎えに行っていないけどな」


 人間と魔族の交流において一番の障害は、両国の距離にあった。

 自前で魔導飛行船を用意するか、個人で魔法を用いて過酷な航海をするか。

 魔族は訓練すればすぐに『飛翔』や『高速飛翔』を覚えられたが、『瞬間移動』は幻の魔法扱いらしい。

 魔王様との貿易も、連絡を受けると俺がわざわざ魔法で迎えに行っていたのだから。


「なんでも、新しい船を購入なされたそうで……」


「景気いいんだな」


「ですね」


 待たせるのもなんだと思って執務室へと向かうと、そこには魔王様とライラさんがいた。

 ライラさんはこの三年でまったく変わっていなかったが、魔王様は今年で十三歳。

 前世で何度か会ったことがある、親戚の女子中学生くらいまでには成長していた。

 将来、かなりの美少女になるはずだ。

 ただ、残念ながら胸は……年相応だな。

 ルイーゼよりは大きいはず。


「バウマイスター辺境伯、春休みなので遊びに来たぞ」


「船に乗ってですか?」


「然り、新型の魔導飛行船を会社の経費で購入したのだ。貿易量が増えると、そう毎回バウマイスター辺境伯の魔法に頼ってばかりいられないからな」


「魔族は自分で魔晶石に魔力を篭められますので古い魔導飛行船でもよかったのですが、法律で古い船を使うのには制限があるのです」


「古い船や魔道具の使用が禁止されているのに、私貿易は黙認って……」


「法律に記載がないのですよ。ですから、魔族は自由にこっちで商売していますね」


 魔族の国の法律では、国内で古い魔導飛行船を使用するには特別な許可がいる。

 だが、国外で使う分には違法ではない。

 というか、想定していないので記載がないのだ。

 さらに、国内でも放棄区画や未開発地域は使用禁止の範囲に入っていない。

 古い魔導飛行船は危険なので、市街地で墜落でもしたら大変。

 だから、使用期限がすぎた船は新しい船を購入しなさいという法律なのだが、国外や放置区画で古い船を使って墜落しても法の適用範囲外だし、自己責任という理由らしい。

 そこで、人間との商売を目論む魔族は放棄区画に簡易な港を作り、そこから船を飛ばした。

 これなら、処罰のしようがないというわけだ。


「さらに言うと、うちのように新型船を購入すればまったく問題ない。うちは魔王が経営する会社として注目を浴びているからな。古い船を使うと、批判して足を引っ張る輩がいるかもしれない。そこで新造船を購入したわけだ」


「節税目的でもあります」


 ライラさんは、そっと一言付け加えた。

 魔族の国でも、税金の問題は色々と切実らしい。


「新型って、警備隊で装備しているような船ですか?」


「あれは軍艦だからな。民間人は買えぬぞ」


「あえて形状は変えておりません。素材も木製の部分が多いですね。警備艇の外殻素材は軍事機密ですから、民間人は船に使用できないのです。どうせ買えませんし。あとは、旧式船に比べると燃費とスピードが段違いですね」


「燃費がいいのはいいなぁ……」


 実は古い船でも、古代魔法文明時代の発掘船より燃費はいいのだけど。


「ところで、そちらの国の大企業は、私貿易に手を出さないのですか?」


「今のところは出せないのです。外交交渉の途中なので……」


 これだけ私貿易が活発になると、魔族の国で大きな力を持つ大企業が手を出してきそうな気がするが、ライラさんによるといまだに参加していないそうだ。


「どうしてですか?」


「私貿易にも暗黙のルールがありますから」


 大企業が生産している最新の魔道具は、最新技術の機密保持に問題があって国外に出せない。

 法律でそう決まっているらしい。

 どうせ王国と帝国側も、技術力で太刀打ちできないからという理由で魔道具ギルドが反発し、いまだ輸入交渉が纏まっていないからな。

 では、大企業が中古魔道具の回収、修理、輸出に手を出さないのかというと、元々隙間産業であり、大企業がそういうことをすると色々とクレームが多いそうで、儲かるのに指を咥えて見ている状態だそうだ。


「大きな会社ゆえに、違法とは言えないまでもグレーゾーンには手を出しにくいわけです」


「陛下の会社は? 大分規模が大きくなったと聞いたけど……」


「大きくはなりましたが、大手魔道具メーカー、魔導飛行船造船メーカー、有名な大規模農業法人などに比べたらまだまだです。あとは、今の政権が彼らの動きを掣肘しているのです。早く人間との貿易に参加したいと不満タラタラでしょうけど」


「政府が掣肘している?」


「我々の国で一番の魔道具メーカーのトップが失言したのです。『重要部品のみ国内で作って、あとは人間の国に大工場を作ればコストが削減できるな』と」


「労働組合を敵にまわしたのか?」


「よく労働組合をご存じですね」


 知っているさ。

 前世の会社にもあったよ。

 給料から決して安くない組合費を引かれていたが、投票の要請ばかりされてなんの役にも立ちませんでした……けっ!

 出世したい奴が組合活動に参加して、うるさい連中を押さえて会社の言いなりになってしまったからね。

 みんな、労働組合なんてあっても残業は減りませんよ!


「お館様、労働組合とは?」


「わかりやすく言うと、工房の職人が組織を作って、団体で親方に待遇改善を要求する運動だな」


「団体なのが肝なのですか。使用人もたまにその手の交渉をすることがありますからね」


 封建社会だからといって、決して労働争議がないわけではない。

 あまりに待遇が酷いと使用人全員で貴族に要求を出したり、元から雇用保険や年金などないのだ。

 嫌なら逃げてしまうという選択肢もあった。


「こっちの方が人件費も安い。工場をこっちに移せば儲かるわけだ」


 技術漏えい対策として、重要部品をブラックボックス化し、こちらでは組立だけをやるという手がある。

 重要部品以外で外注できる部品があれば、もっとコストが安くなるであろう。

 その代わり、ゾヌターク共和国内で重要部品を作る従業員以外はリストラだろうな。

 人間と取引を開始したら、経営者ばかり儲かって魔族の国では失業者が増えた。

 なんてことになりかねない。


「当然、労働組合が大反発しています。『新しく商売を始めた者たちは雇用を増やしているのに、儲かっているはずの大企業はこれだ!』という批判です」


 こういう問題は、日本でもあったからなぁ。

 魔族の国も日本に似ているから、こういう問題が発生する可能性が高いわけだ。

 

「それは外交交渉も纏まりませんね。どうせ、こっちも条件を飲めませんけど」


 もしそんな大工場ができたら、両国の魔道具ギルドは没落決定であろう。

 当然反発するので、やはり外交交渉が纏まらないわけだ。


「これで三年もか。よくやるよ」


 王国は交渉が纏まらなくてもそう影響はないが、魔族の国は大変そうだ。


「民権党は役立たず、という批判が大きくなりました」


 民主主義国家で、外交交渉が三年も纏まらないと色々と批判されそうなのは容易に想像できた。


「来年の選挙では、与党からの転落は確実と言われています」


「そうなんだ」


 国権党が政権を奪還したら、交渉は纏まるのであろうか?

 今よりはマシになるのかな?


「そちらの情報は定期的に確認するのを忘れないようにするけど、今はどうにもできないな」


 俺は、すでに交渉団の一員ではなくなっていた。

 今は、自分の領地にだけ責任を負えばいいのだ。


「魔導ポンプ、魔導船、魔導飛行船、車両、重機。全部、放置区画に捨てられていたものですが、修理してちゃんと動くようになりました」


「全部買うよ。そちらは?」


「特に、インコの羽毛がほしいですね。今、インコの羽毛の布団やマクラが流行していまして……」


 羽毛があれば、魔族の国のメーカーに製造を委託することもできる。

 だから、インコの羽毛を売ってほしいとライラさんが頼んできた。


「在庫が結構あるから、そちらの希望に添えると思います」


「沢山討伐しているのですね」


「俺じゃないけど」


 いつか俺を倒すと言っている宋義智と、前は俺の子を産みたいと言っていたDQN三人娘は、他の元兵士や武将であった冒険者たちを率い、大量の魔物を狩っていた。

 特にインコの羽毛がよく売れるので、彼らは島に豪邸を構えて住んでいる。

 さらに、DQN三人娘は今妊娠しているそうだ。

 宋義智は、今何気に成功していた。

 ここまで成功してしまうと、もうあの領民が少ない故郷の島には戻らないような気がする。


「羽毛はいくらでも購入させていただきます。布団とマクラは常時品切れ状態なので困っていたのですよ」


 領地の開発も魔族との交易も順調であり、バウマイスター辺境伯領の開発を促進していた。

 魔王様も、企業のオーナーとして魔族社会で認知されつつある。

 お上同士の交渉がまったく進まなかった三年で、大きく様変わりしたものだ。


「あっ、魔王様だ!」


「久しいな、魔王様」


「ルルとフジコか。冬休み以来だ」


 商談も終わったので、魔王様は屋敷にいるルルと藤子に会いに行った。

 種族差を乗り越え、子供組同士でとても仲良くなっていたのだ。

 魔王様は長期休暇になると、商談とバウマイスター辺境伯領に滞在している魔族社員への激励と視察を兼ね、遊びに来るようになっていた。


『これも、余が真の魔王となるべく他国への視察と遠征も兼ねておる』


 遠征してバウマイスター辺境伯領を占領するわけではないが、魔王様は領地の代わりに販路を増やそうと努力しているので遠征と変わらないという。

 武力を用いない、平和な遠征というわけだ。


「魔王様、お土産は?」


「買ってきたぞ、ルル。見るがいい。高級菓子店『エスポワール』のエクセレントシュークリームだ」


「美味しそう」


「そういうお菓子は魔族の圧勝だな。バウルブルクも王都に匹敵するレベルまで上がってきたけど、それよりも上に感じる。アキツシマ島とは比べ物にならない」


 俺の嫁候補として屋敷に滞在しているルルと藤子は、この三年で相当舌が肥えてしまった。

 魔王様の持参したシュークリームに目を輝かせている。

 こういう高級品の品質では、魔族の方が圧倒的に上であった。

 問題なのは、これを購入できる層が段々と減っていることらしいが。

 それだけ、魔族の社会では格差が広がっているというわけだ。

 リンガイア大陸も、格差という面では相当なものだけど。


「確かに、これは美味しそうだ」


「であろう? バウマイスター辺境伯。高額なので普段は買わないがな。こういう時ならば、これはお得意様に対するお土産。交際費、接待費で落とせてしまうのだ」


「細かいですね」


「我々が、予想よりも大分早く大きくなってしまったからだ。魔王に経費流用なんて不祥事があれば、簡単に世間に足を引っ張られるのでな」


「政治家でもないのにですか?」


 政治家なら賄賂、公金流用とかがあれば問題になるが、魔王様は公人ではないからなぁ……。

 そこまで気にする必要はないと思うのだが……。


「今は公人ではないが、将来は公人という立場になるかもしれない。油断せぬよう、今から気をつけておるのだ」


 年齢的には女子中学生なのに、魔王様は随分としっかりしていた。 

 魔王様が公人になる?

 将来、政治家の道を志すのか?

 それなら気をつける理由がわかるような気がする。


「それも、長い学生期間が終わってからだがな。次の王を産むという大変な仕事もある」


 女子中学生くらいの子が恋愛に憧れず、出産を仕事と割りきるのは凄いな。

 これから好きな人ができたら、普通に恋愛くらいはするのであろうが。


「同級生に気になる男子はいないのですか?」


「みんな子供だからな」


 魔王としての力を取り戻すため、学業の傍ら大人と一緒に会社経営をしている魔王様から見たら、同じ学校の同級生は子供にしか見えないようだ。 

 魔王様は、年上好きになる可能性が高い。


「さあ、持参したお土産を一緒に食べようではないか。沢山買ってあるから、みんな遠慮するなよ」


「わーーーい、美味しそう」


「バウルブルクとアキツシマ島に支店を作ってほしいものだ」


「現状では難しいな、のう、バウマイスター辺境伯」


「そうですね」


 魔王様はみんなにシュークリームを振る舞い、しばらくバウマイスター辺境伯領に滞在することになった。

 ところがちょうどその頃、水面下ではとんでもない陰謀が謀られようとしていたのであった。

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