第358話 三年後、バウマイスター辺境伯暗殺計画(その2)

「だから言ったであろうが! バウマイスター辺境伯こそが元凶なのだと!」


「あの男、しれっと魔族と取引などしおって!」


「ええい! 我々の魔道具の売り上げが一向に増えぬではないか! これも、バウマイスター辺境伯が!」





 みんな、それぞれに不満を口にしているが、その対象はバウマイスター辺境伯が大半であった。

 私がそういう風に誘導しているのだから当然だ。

 長期政権を担った会長の死により、いまだに混乱している魔道具ギルド。

 彼らは、魔族から大量の魔道具を購入したバウマイスター辺境伯を恨んでいた。

 人は、自分にとって都合のいい事実しか見ないし信じない。

 確かにバウマイスター辺境伯は最初に魔道具の輸入を始めたが、今では多少目端の利く貴族や商人ならみんな取引をしている。

 いまだ政府間の貿易交渉が纏まっていないので、自然と私貿易が普及したからだ。

 王国と帝国だって、政府がダミー商会を通じて取引をしている。

 暗黙の了解として、魔道具ギルドが製造しているもの、武器や奴隷の類の取引は禁止されていた。

 地方の貧しい貴族が、不良魔族と手を組んでそういうことに手を出す案件もあったが、その大半が見つかって改易されてしまった。

 王国と帝国は程度の低い貴族を間引きでき、直轄地も増えて万々歳か?

 そんな貧しい飛び地のような領地、王国も統治しているだけで負担なので、じきに褒美名目で誰か別の貴族に下賜するのであろうが。

 おっと話が反れたな。

 魔道具ギルドは会長の葬儀後、散々に揉めて今の会長が就任している。

 元は理事に名を連ねていた人物で、組織管理能力には優れていた。

 だが、自身の派閥はさほど大きくない。

 多数派工作で、他派に色々と妥協した結果の会長就任なので力がないのだ。

 本人は魔道具職人出身だが、腕はさほどでもないし、とっくに職人としては引退している。

 そのため、今、王国中に流れ込んでいる魔族製魔道具への対応すらできていなかった。

 勿論魔道具ギルドでも、魔族製魔道具の購入と分解、解析はおこなわせている。

 だがそんなことは、帝国の魔道具ギルドも、北方の技術大国ミズホの魔道具職人共同組合もおこなっているのだ。

 唯一の違いは、王国の魔道具ギルドはなんの成果も出していないという点であろうか?

 昔から、バウマイスター辺境伯から発掘魔道具を景気よく買い込んで解析を続けているが、大した成果を出せていない。

 私としては、魔道具ギルドの技術部門にはなにか致命的な欠陥があるようにしか思えないのだが、それを連中に言っても仕方があるまい。

 『貧すれば鈍する』とはよく言ったものだ。

 技術進歩の停滞と市場を奪われる危機感から政府間の貿易交渉を妨害し、王国政府を怒らせている。

 王国政府が直接魔道具ギルドを罰しないのは、その資金力と影響力が大きすぎるのと、ただ潰しても後釜の組織がないからだ。

 だから、王太子殿下がダミー商会を使って私貿易をしている。

 陛下でなく、ヴァルド殿下がおこなっているというところが肝というわけだ。

 それに、王国としてもこのまま魔道具の市場を魔族に奪われるのをよしとしていない。

 今は魔族との技術格差が大きく、生産力も大幅に劣っていた。

 それは認め、輸入する魔道具の種類と量を制限しつつ、関税をかけることも視野に入れ、自国の魔道具産業を守りながら技術開発を促進させる。

 これを達成すべく、王国政府は懸命に努力しているのに、肝心の魔道具ギルドは魔族製魔道具の断固輸入阻止という考えを崩していない。

 とっくに、私貿易で大量の魔道具が輸入されているがな。

 その走りとなったバウマイスター辺境伯を、新会長とその取り巻きたちは強く憎んでいる。

 これまでは、彼が苦労して入手した発掘魔道具を喜んで購入していたくせに、恩知らずもいいところだ。

 そのバウマイスター辺境伯が購入する魔道具の種類に制限をかけ、この指針を王国、帝国、他の貴族たちも真似ている。

 だから、魔道具ギルドの売り上げはさほど落ちていない。

 第一、お前らには作れないものばかりじゃないか。

 それなのにバウマイスター辺境伯を憎むとは、やはり八十歳すぎの偏屈ジジイを新会長にしたツケだな。

 会長が死んだ時、次は自分の出番だと思ったのであろうが、とんだ老害というわけだ。

 もっとも、そんな愚か者だから利用できる。

 他の連中も似たり寄ったりだ。

 バウマイスター辺境伯の躍進の恩恵を受けられず、見当違いの恨みを抱いている貴族たち。

 魔族と取引をして騙され、そこからバウマイスター辺境伯憎しとなった者たち。

 なぜそうなるのか理解できないが、彼が魔族と取引して利益を出しているのが憎い、いや、自分が無能だと思われるのが嫌なのだろうな。

 バウマイスター辺境伯は、魔族と取引をする売国奴だと思わずにいられないわけだ。

 見渡すと痛々しい連中ばかりであるが、利用しやすい点はいい。

 それに、どうせ私も同類だ。

 私は、可愛い息子を魔族の国の豚箱にぶち込んでおきながら、王国に評価されるバウマイスター辺境伯が憎い。

 確かに、私の息子はデキがあまりよくない。

 だからといって、可愛い跡取り息子がああいう目に遭わされ、なんとも思わない親などいないはずだ。

 他の乗組員たちを救うため、あえてうちの息子が豚箱に入ったという噂まで広げやがって!

 私の息子だぞ! 

 そんな殊勝な考えをするはずがない!

 そんなことは、実の親である私が一番理解している!

 バウマイスター辺境伯が、周囲からの批判をかわそうと考えた姑息な策でしかないのはお見通しだ。

 今、この私がバウマイスター辺境伯暗殺を目論む。

 リスクばかりでなんの益もないだろう。

 それどころか、歴史あるプラッテ伯爵家が改易される危険が大きい。

 だが、私とて感情のある人間なのだ。

 たとえ家を潰す危険を冒してでも、感情がバウマイスター辺境伯に復讐せよと告げるのだ。

 もっとも、ちゃんと処罰されないように策は講じているがな。

 ここに集まっている愚か者たちに、すべての罪を被せてしまえばいい。

 暗殺の資金は魔道具ギルドと、バウマイスター辺境伯が憎い貴族たちが出す。

 今日の秘密の会合も、私はここにいないことになっている。

 あとは暗殺をおこなう手駒だが、これもバレにくいところに頼む予定だ。

 バウマイスター辺境伯は凄腕の魔法使いだ。

 その辺の魔法使いなら返り討ちであろうし、依頼したことがすぐにバレてしまう。

 帝国の魔法使いたちもなしだ。

 バウマイスター辺境伯は、帝国の皇帝とも仲がいいからな。

 となると、あとはおのずと選択肢が限られてくる。


「ところで、魔族にバウマイスター辺境伯の暗殺を依頼するとして、プラッテ伯爵にツテはあるのですか?」


「ある」


 バウマイスター辺境伯と犬猿の仲と目されている私だが、それでも一応空軍閥の重鎮だ。

 いまだ交渉が続くテラハレス諸島で、魔族と会うくらいの権限はある。

 実際すでに何度か行っているし、知己となった魔族の政治家もいた。

 あの連中……民権党か。

 口先だけで政権を獲ったらしいが、できが悪いのが多い。

 成果がなくて焦っている奴が多く、他にもろくな事を考えていない政治家も多かった。

 政治家になる前は、胡散臭い反政府活動に従事していた者もいるとか。

 ならば、そいつに魔族の暗殺者を仲介してもらえばいいのだ。

 もし事実が露呈しても、相手は魔族で他国の人間だ。 

 王国政府も、強く追及などできまい。


「その交渉は私がおこなう」


「任せたぞ、プラッテ伯爵」


 魔道具ギルドの会長が、凄腕の暗殺者なら大金を提供すると言った。

 そんな金があったら研究費を増やせばいいような気もするが、所詮は他人だ。

 私が金を出さずに済むのは幸運だと思い、急ぎテラハレス諸島へと向かうのであった。





「今日も、外交交渉は纏まりませんでしたね。まあ、どうでもいいのですが……」


 現地で、一人の議員と会合を開いた。

 表向きは意見交換というやつだ。

 三ヵ国の政治家たちは、今ではそれなりに個別会合などを開くことも多くなった。

 だが同時に、民権党とやらの魔族政治家の資質について疑問を感じるようになっている。

 口では素晴らしいこと言うが、実務能力に欠けているというか……新聞という庶民に情報を伝達する紙を書く連中にばかりいい顔をしようとしており、あまり個別会合に意味がないような気がするのだ。

 私の懸念は当たっており、今では新聞の記事のために大物貴族と個別会合を開く政治家が増えた。

 元々交渉団に入っていなかったのに、魔族の国で成果が出せない、次の選挙とやらで当選が難しそうな奴らが、ただ大物貴族と会合しようとやって来るようになった。

 そこを、懇意の新聞記者に取材させて新聞に書かせる。

 自分はとても交渉を頑張っているのだと、魔族の庶民にアピールするために。

 勿論、優秀な政治家もいる。

 だが駄目な政治家の方が多く、完全に埋没してしまっているようだ。

 同行している官僚たちも、上が駄目なので完全にお手上げ状態だ。

 間違いなく、彼らが実務者協議をした方がマシなのはわかるが、それはできないらしい。

 王国で交渉団のトップを務めるユーバシャール外務卿は、新聞の記事で目立つのと、有権者にアピールするための個別交渉の申し込みで、完全に疲れ切っていた。

 帝国の担当責任者も同じようだ。


『彼らは、王国の交渉団のトップである私と交渉したという事実だけが欲しいのだ。来年の選挙とやらに向け、有権者にアピールするのが狙いだからだ』


 三年も進まない交渉のせいで、彼の目の下には濃い隈が目立つようになった。

 元々それほどタフな人物ではない。

 肉体的にはともかく、精神的には限界に近いのであろう。

 そんな中で、もう一種類の政治家を探すのは簡単だ。

 交渉団にも入れてもらえず、長々と国を開けているのに問題にもなっていない政治家。

 運よく一回議員になったが、次は当選できるとは考えていない。

 アピールに必死な議員よりは現実が見えているのであろう。

 議員をやっている間に、次の人生に向けた蓄財やコネ作り、名前を売るのに必死な連中。

 この中から候補を探せばいいのだ。

 少し情報を集めれば、おのずとそういう政治家が見えてくる。

 それにしても民主主義か……。

 魔族の連中は、それを実践している自分たちを優れた存在だと思っているようだが、三年もつき合っていると裏が見えてくる。

 

『政治システムに優劣はなく、ただそれを担う人物の資質で結果が左右されやすい』


 この点に関してだけは、バウマイスター辺境伯の意見に賛成だ。

 あたりをつけた議員と人気のない場所で会合を開くと、随分とやる気のない発言が聞けた。

 どうせこいつが頑張っても、むしろ状況が悪化するだけ。

 ならば、やる気がない方がいいわけか……。


「実は極秘裏に、あなたのお知り合いにお願いしたいことがありまして」


「ほう、お願いですか」


 私は、この議員は支持母体に暴力行為を厭わない市民団体が存在しているのだという情報を入手していた。

 時には、マフィア紛いの犯罪行為にも手を染めていると。

 普通の政治家は、そういう連中とのつき合いは隠れておこなうのだが、堂々とそんな連中の支持で当選していますと言えてしまうのが、民主主義の凄さかもしれない。

 ……今は、仕事の話に集中するか。


「聞けば、色々と行動的な方がいるとか?」


「いますが、彼らと誰を遊ばせるのですか?」


 やる気のなかった議員の表情が変わった。

 遊びとは、彼らが使う隠語だそうだ。

 遊んだ相手が死んでしまう隠語らしいが。

 最初は使命に燃えて反政府活動に身を染めるが、いくら懸命に活動しても未来が見えて来ない。

 そんな中で、マフィア紛いの犯罪行為に手を染める者がいる。

 彼らは政府の監視を逃れながら、己を鍛え続ける。

 魔族は全員が優秀な魔法使いだから、素手でも大きな戦闘力を持つに至り、時に殺人に手を染める者もいた。

 今は大人しい者が多い魔族とはいえ、この手の犯罪行為がゼロというわけでもないからだ。


「それで、誰と遊ばせるのですか?」


「バウマイスター辺境伯だ」


「……よろしいでしょう。遊戯代金は高めですが」


「本当にいいのか?」


 少し躊躇したようにも見えるが、こちらの用件を受け入れたか。

 バウマイスター辺境伯を殺せる魔族のあてがあるのであろう。

 遊戯代金とは、連中の中でのみ通用する、暗殺に必要な費用の隠語というわけだ。


「お支払いは、いかなる方法で?」


「金塊でも宝石でも、好きな方を選んでほしい」


 いまだ、貨幣の交換ルートすら定まっていないからな。

 私貿易でもそうだが、支払いは貴金属か宝石、物々交換で済ませていた。

 こんな報酬を公にできないので、税金も払わず秘匿するのにも向いているか。

 

「よろしいでしょう。早速指示を出しておきます」


 いい儲け話だと、議員は口の端を緩めた。

 こんなクソが政治家とはな。   

 魔族は技術は進んでいても、人を見る目は進歩していないのであろう。

 私も人のことは言えないが。

 

「不思議なことがありますな」


「なにが不思議なのですか?」


「よく遊戯を受け入れたと思いまして……」


 バウマイスター辺境伯は、私貿易というグレーゾーンながらも正式な貿易交渉が纏まるまでの代理案を世間に示した人物だ。

 魔族の国では若者の雇用が増えたと聞くが、その功労者であるバウマイスター辺境伯の暗殺をよく受け入れたものだ。

 依頼した私が言うことではないと思うが。


「我々も、一枚岩ではありませんから」


「それは、今の政府がということですかな?」


「政府もそうですが、民権党が元々寄り合い所帯なのですよ」


 民権党発足の理由は、国権党独裁政治の打破にあった。

 そのため、極右から極左まで参加する寄り合い所帯なのだそうだ。


「比較的左寄りでリベラルと思っている人もいますね。ですが、そんなことはありません。ただ反国権党で纏まった政党なのです」


「それでよく政権を運営できますな」


「できていませんよ。来年には破綻することが確定している政党です」


 だからこの議員は、その地位を生かした最後の荒稼ぎを目論むわけか。

 そんな考えの民権党議員は、こちらの予想以上に多いかもしれないな。


「主流である左派の本音は、バウマイスター辺境伯が嫌いです」


「魔王か?」


「ええ、ろくでもないものを復活させてくれたと」


 復活?

 公人になったわけではない。

 ただ、私貿易で大きな商会を立ち上げて成功しただけのように思えるが。


「今、その魔王への民衆の人気が高まっております。民権党政権の支持率が下がり続けるのと反比例してね」


 魔王の会社は一から立ち上げたに等しいため、多くの若者を雇用した。

 しかも好待遇で。

 社員同士で結婚する者たちも多く、彼らの育児に会社も手を貸しているという。


「民衆は思うじゃないですか。民権党の雇用対策は、この用事が済めば壊される施設の建設と、期間限定で若者を雇用して失業率の数字を一時的に抑えるだけの税金の無駄遣い。もう一方の魔王は、若者たちをちゃんと正規雇用している。不人気な政府は魔王が気に入らない。このままだと、封建制度が復活すると騒いでいるバカがいる。しかも、政府中枢の奴らがです。民衆で本気にする奴はほとんどいませんがね。今さら、どうやって魔王が即位するっていうのです?」


 今思ったのだが、この議員はバカなフリをして実はかなり頭は回る人物のようだ。

 若い頃は革命に奔走し、ようやく夢かなって政権の一員になったが、なにも変わらぬどころか悪化する現状に絶望した。

 もう政治などゴメンで、今は金が最優先というわけか。

 そんな境遇を考えると、こいつもある意味被害者なのか?


「そんなわけでして、その魔王を世に出したバウマイスター辺境伯は憎まれています」


 元はゴミとはいえ、魔道具の流出を技術漏えいだと騒ぐ魔族がいると聞く。

 そんな連中からすれば、魔王とその一味は売国奴で、バウマイスター辺境伯はその協力者というわけか。


「これはオフレコに願いますが、バウマイスター辺境伯の遊戯については、腕のいい者は用意しますが、我々の組織とは真逆の連中に頼むことになるでしょうね」


 つまり、世間では国権党に近いとされている右寄りの組織に頼むわけか。

 そうしておけば、バウマイスター辺境伯の暗殺を国権党の仕業だと民衆に思わせることができる。

 政治家というのは、どの国にもろくな奴がいないな。

 私もその一員だが。


「なるほど、了承した」


 決められた代金を金塊と宝石で支払うと、その議員は暗殺者に渡りをつけるべく本国へと戻っていった。

 これで賽は投げられた。

 あとは、無事にバウマイスター辺境伯に死が与えられることだけを神に祈ろう。

 バウマイスター辺境伯の暗殺にさえ成功してしまえば、あとのことなど知ったことか! 

 私の息子を豚箱にぶち込んだ報いを受けさせてやる!

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