第355話 人間も魔族も、抜け道を探る(後編)

「はぁーーーい、みなさん、お元気?」


「……」


「あれ? ロンちゃんもいるの? ロンちゃん、あまりお洋服に興味ないじゃない。新人冒険者の時あまりにファッションセンスが酷かったから、私が何着か買ってあげたわよね。本当、懐かしいわ」


「あの時は、とてもお世話になったのである……」


「でもぉ。私がいないと、すぐにこんな感じに戻っちゃってね。ロンちゃんも子爵様なんだから、もうちょっとファッションに気を使いましょうよ」


「気をつけるのである……」




 相変わらず、王国、帝国、魔族との外交交渉が纏まる気配がない。

 そのため、水面下で箍が外れたかのように私貿易が始まっていた。

 帝国はペーターが、王国でもヴァルド殿下がダミー商会を使って交易をおこなっている。

 正式な条約締結を待っていたら、双方相手に出し抜かるところだったので仕方がない。

 貴族の中には、所属している国に先駆けて動く者たちもいた。

 その先頭が俺であり、中古魔道具と中古魔導飛行船では大いに得をしたわけだ。

 魔王様とライラさんの会社も相応の謝礼を受け取り、会社の人員と規模を拡大している。

 魔族の国では、表向き有機無農薬作物の栽培と販売、廃品回収業となっていたが。

 ライラさんと同じことを始めた魔族も多く、彼らと貿易を始めた貴族も増えていた。

 出遅れた分、残っている中古魔道具と中古魔導飛行船が少ないため、商売の規模はさほどではない。

 領内に中古魔道具と中古魔導飛行船が出回り、それを用いた開発が加速度的に進むバウマイスター辺境伯家では、魔物の皮や毛皮、リンガイア大陸にしかない植物などを用いた繊維、布、衣服を輸出することになった。

 半分は素材で輸出して、魔族の国のファッションデザイナーや職人に販売する。 

 もう半分は、俺の知り合いの職人……まあ、服に詳しくない俺にはキャンディーさんしかいないが……に頼むことになった。

 今日はたまたま導師もこの場におり、彼は唯一苦手なキャンディーさんがいることを知って冷や汗を流した。


「最初は少量生産で、好評なら人を増やしましょう。私、ツテがあるの」


 キャンディーさんはこう見えて顔も広いので、それもあって衣服の生産を依頼したというわけだ。

 

「ねえ、魔族ってどういうデザインが好きなのかしら?」


「これが、我が国で一番売れているファッション雑誌です」


「そんなものがあるなんて、魔族の国って便利ね」


 キャンディーさんは、興味深そうにファッション雑誌のページをめくる。


「でも、あまり人間と変わらないのね。機能的なお洋服が多いみたいだけど」


 魔族の国のフッションは、現代日本とよく似ていると思う。

 毎年流行色が決まり、季節ごとにも細かな流行がある。

 だが、ファッションに手間をかけない人も意外と多く、カジュアルな服装や、新聞記者であるルミのようにツナギモドキの服を着ている者も多かった。

 あれは仕事をする人の共通した作業着の扱いで、面倒な人は私服にまで流用しているそうだ。

 そういえば、ゾヌタークク共和国の町中で着ている魔族をよく見かけたな。

 勿論ホワイトカラー職の人はスーツ姿であったが、これもお休みの時にはノーネクタイにして使いまわす人も多かった。

 あまり多くの服を持ちたがらないのかな?


「事務の仕事でも薄給の人は多いですからね。私も前は事務職でアルバイトをしていましたが、給料は低かったですよ。ようは、多くの服を買う余裕がないんですね」


 ライラさんは、魔族の国のファッション事情を説明した。


「そのため、大半の人は格安の服を購入します。大手企業が量産している服です。富裕層と、一部ファッションが趣味でお金をかける人向けに高級ブランドがあるわけです」


「だから私たちが品質を落とさず、魔族の国にはない素材で服を作り、高級ブランドよりも少し安く売る。こちらは品質が劣っているわけじゃないし、手縫いのよさもあるわね。これまで最高級品を一着で済ませていた人が、そのお金で二~三着買ってくれるかもしれないから」


「中古ですが、ミシンも安く提供できますよ」


「うーーーん。魔道具ギルドがうるさいから今は遠慮しておくわ」


 実は、リンガイア大陸にもミシンはある。

 性能は低いが、手で縫うよりは圧倒的に早い。

 キャンディーさんも数台所持しており、もっと欲しいと魔道具ギルドに問い合わせたが、生産が間に合わないと断られてしまったそうだ。


「売ってくれないのに、魔族の国から輸入を阻止しようとしているのよ。本当、嫌な連中」


 キャンディーさんは、魔道具ギルドの連中が嫌いなようだ。

 商売の邪魔をされているから当然か……。


「魔族の国から定期的に魔道具が入ってきたら、あいつら全員失業ですから」


「それもそうね」


 値段、性能、故障率。

 他にも、リンガイア大陸の魔道具で魔族の国の魔道具に勝てる部分は少ない。

 今の時点だと、魔道具ギルドの政治力が侮れないだけだ。


「今、あそこはにっちもさっちも行っていないけどね。力のある会長が死んじゃったから」


「前に葬儀に出ましたけど、まだ後継者争いをしているのですか?」


「そうよ。バカみたい」


 次の会長の座を巡って、魔道具ギルド内では激しい後継者争いが起こっていた。

 これで貿易交渉なんてできるはずがないが、彼らもバカじゃないから王国政府が魔族の国から魔道具を輸入しないように政治的な圧力はかけ続けている。

 後継者争いの余波で生産力も落ちており、魔道具ギルドの閉鎖性が王都でも問題になりつつあった。


「うちは粗大ゴミを輸入しているけど」


「王都でも、『魔導四輪』っていう馬がなくても動く車両が軍で採用されたみたい。あれ、魔族の国からの輸入品なのね」


 うちばかりか、他の貴族も、両国政府も、実は魔道具を輸入している。

 だが、言い訳が利くように魔道具ギルドでは作れない品ばかりであった。

 そのため、重機と車両はリンガイア大陸中に徐々に姿を見せ始めていた。

 全部魔族の国では、粗大ゴミか、廃棄する予定だった廃棄品扱いのものばかりであったが。


「バウマイスター辺境伯様は、古代魔法文明時代の発掘品を相当数魔道具ギルドに販売したって聞いたわよ」


「耳がいいですね。キャンディーさんは」


「元冒険者だからね」


 その中に当然、重機や車両も入っている。

 自分たちで作れるよう、研究素材として購入したわけだが、いまだに試作に成功したという話は聞かない。

 多分、まったく見通しが立っていないのであろう。


「だからさ。『魔導具ギルドで生産の目途が立っているのなら見せろ』と言われると困るから、彼らが作れない魔道具の輸入は黙認しているわけだ」


 作れませんだなんて、魔道具ギルドの地位とプライドの高さを考えたら、口が裂けても言えないであろう。

 成果がないのは、帝国の魔道具ギルドも同じ。

 内乱でニュルンベルク公爵が発掘した品を大量に手に入れているはずだが、まだなにも成果はあがっていないはず。

 共に、魔族の国から魔道具を輸入する件に断固反対しているわけだ。


「プライドでご飯は食べられないのにね」


「キャンディーさんの意見に賛同します」


 ライラさん、オカマなキャンディーさんにあまり抵抗がないらしい。

 魔族の国では、特に珍しくもないのか?

 現代地球みたいに、そういう人の権利も認められているのかもしれない。


「嗜好品なら少量ずつ生産した方がいいわね。大量生産しても意味がないし」


「ご理解いただけてよかった」


 ライラさんは、キャンディーさんをいい商売相手だと思ったようだ。

 キャンディーさんって、頭もいいんだよなぁ。

 そうは見えないけど。


「王都のお店は私の知り合いの娘に任せて、バウルブルクに洋裁工房を作りましょう」


 俺とキャンディーさんは半分ずつ資金を出資し、オーダーメイド服の工房を作った。

 他にも、工芸品、芸術品、アクセサリーなど。

 魔族の国で売れそうな品を作れる職人たちも集め、作業場を併設している。

 規模や生産量は少ないが、元々大量生産品と張り合う類のものじゃない。

 この程度で十分であろう。


「魔族の国での販売は、我々の領分ですから。珍しい希少なものなら売れる可能性が高いので、これからも商品を模索していきます」


 今、魔王様とライラ様の会社に小規模貿易という業務も加わった。

 規模を大きくしないのは、どうせ大量に売れないのと、お上に警戒心を抱かせないためだ。


「古い魔道具も集めています。放棄地域には、運ぶのが面倒だと捨てられた魔道具も多いので、これを修理、掃除して売れば……うふふ……」


「よっぽど儲かるのね」


 不気味にほほ笑むライラさんを見ても、キャンディーさんは冷静なままであった。

 相応の修羅場を潜ってきただけのことはあるな。


「陛下を頂点とする会社の規模が大きくなっていき、お金も貯まってきました。将来への展望が持てるのはいいことです」


 若干方法が胡乱だが、俺も利用しているし、極論すれば粗大ゴミを転売しているだけだからな。

 それに今では、ライラさんと同じようなことを考えている魔族は多く、取引を望む人間も多い。

 お上の貿易交渉締結を待っていたら旨味がなくなるので、バウマイスター辺境伯としては素早く動く必要があるのだ。

 ライラさんも、魔王様に人材と財力を揃えるいい機会だと思っているのであろう。


「商品ができあがったら、買い取りに参ります」


「作っておくわね。もっと知り合いに声をかけようかしら?」


 こうしてキャンディーさんは、バウルブルクに魔族向けの服を作る洋裁工房と、その他の品を生産する工房もいくつか併設した設備の責任者となった。

 これから、魔族との関係がどうなっていくのか?

 まだわからない部分も多いが、上が停滞していても下は対策を立てて抜け道を通るものなのだ。




「ロンちゃん、たまには違う服を着なさいよ。ロンちゃんも、もう四十歳を超えたでしょう? こういう落ち着いた服もいいと思うの。きっと奥さんたちも惚れ直すわよ」


「ありがたいのである……」


「あらぁ、いい感じね。これもどうかしら?」


「某は忙しい……」


「滅多にない機会だから、ある程度の数、見繕っておかないと。だから逃げちゃ駄目よ」


「はい……なのである……」


「これもいいわね、試着してね」




 商談終了後、キャンディーさんは同行した導師に大人の男性が着るような落ち着いた服を勧め、強引に試着させていた。

 普段の導師なら絶対に試着になんて応じないのであろうが、彼にとってキャンディーさんは天敵に近い存在なのかもしれない。

 借りてきた猫のように、大人しく試着させられていた。


「ロンちゃんが十八歳の時、こういう洒落た服装でデートに行けば、踊り子のサーシャさんにフラれないで済んだのにね」


「その話は、みなの前では……」


「あとぉ、南町のカフェの看板娘だった子。この前会ったら、もう四人の子供のお母さんだって。月日が経つのは早いわねぇ。ロンちゃん、遠い店なのに毎日通ってね」


「勘弁してほしいのである……」


 導師は、キャンディーさんに色々とネタを知られているようであった。

 今度俺も、なにか教えてもらおうと思う。

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