第354話 人間も魔族も、抜け道を探る(前編)
「バウマイスター辺境伯殿、陞爵おめでとうございます」
「あら、フィリーネ様ととてもお似合いですわね」
「そうですわね。なにしろ、フィリーネ様は南部の雄ブライヒレーダー辺境伯家のご令嬢ですから」
「お二人のお子がバウマイスター辺境伯家を継げば、両家の仲ももっと深まるでしょうに」
「……」
特になにか利益があったわけでもないのだが、辺境伯になったのでバウルブルクの屋敷でお祝いのパーティーが行われた。
多くの貴族たちとその家族、家臣が参加し、めかしこんだ俺とフィリーネに次々とお祝いを述べていく。
俺は忙しいのと、元からやる気もなかったので準備はすべてローデリヒに任せたんだが、金がかかっているのに一部の参加者がろくなことを言わないから、空気がピリピリしている。
ブライヒレーダー辺境伯とどういう関係なのか知らないが、エリーゼも側にいるのに、『フィリーネが正妻だったら、もっと両家の関係も深まるのにね』と煽ってきたのだ。
エリーゼは気にしていない風でニコニコしていたが、ちょっと離れた場所にいるホーエンハイム枢機卿の代理で来た司祭が能面のような顔をしていた。
あれは間違いなく、ホーエンハイム枢機卿に報告が行くだろうな。
「(どうして高い金を払って、貴族同士の当てこすりを見聞きしなきゃならんのだ……)」
俺は、そういうのを好んで見る趣味はないんだが……。
「あと十年もすれば、バウマイスター辺境伯家こそが王国一の大貴族となるでしょうな」
「いえ、我が家は立ち上がったばかり。歴史ある辺境伯家のお歴々に比べれば、まだまだですよ」
今度は、別の貴族が煽ってきた。
俺が若造なので調子に乗せ、ブライヒレーダー辺境伯や他の大貴族たちと仲違いさせようとしているのであろう。
そんなことをしてなんの得になるのかと思わなくもないが、思えば前世で勤めていた商社でも、偉い人たちが足の引っ張り合いをしていたな。
生産性は皆無だったが止めることはできず、人間とはそういう生き物なのだと思うしかない。
大体うちは、辺境伯家にしてはまだ人口などが全然足りないからな。
俺の辺境伯としての地位は、ブライヒレーダー辺境伯たち地方の取りまとめをおこなう三大辺境伯よりも下、という位置づけにされた。
そうしないと、俺がブライヒレーダー辺境伯の寄子なのはおかしいという話になってしまうからだ。
バウマイスター家はどうせ新興貴族なので、辺境伯の中で一番格下にした方が丸く収まるはず。
昔のミズホ公爵のように『上級伯爵』とかそういう爵位を作ればいいと思うのだが、ヘルムート王国にはそういう前例は存在しないようだ。
中央の力が強いということは官僚の力も強いので、いきなり新しい爵位は作れなかったのであろう。
役人という生き物は、前例がないと積極的に動かない人種なのだから。
バウマイスター辺境伯家としても、ブライヒレーダー辺境伯の手助けがないと厳しいので、そういうことになったというわけだ。
「バウマイスター辺境伯殿、貴殿は当代の英雄ですな」
「左様、陛下からの覚えもめでたいそうで。羨ましい限りです」
「実は、我が娘が今度十五歳になりまして……今度、我が家に是非ご招待したく……」
「うちの妹は十四歳なんですが、それは評判の美しさでして……」
ローデリヒが準備したパーティーは盛況だが、どいつもこいつも俺におべんちゃらを使って取り入ろうと必死であった。
アキツシマ島という新領土も得たので、なにか分け前がほしいのであろう。
あと、あなたたちの娘や妹はいりません。
「領地は得ましたけど、バウマイスター辺境伯家はこれからなのです。お歴々のみなさまにご指導、ご鞭撻を賜りたく思います」
「おおっ! お若いのにしっかりしておられる!」
「陛下が気に入にられるわけです」
白々しいというか、社交辞令に徹した会話が続く。
まだ分けられる利益など出ておらず、完全にこちらの持ち出しのみ。
もし蓄えがある俺でなければ、開発予算と経費でとっくに破産していたであろう。
それがわかっているから、王国も俺に広大な領地を押しつけたのだから。
王国はアキツシマ島以南の南方と、いまだ誰も探索をしていない東方への進出に執着している。
魔族の国から帰還したリンガイアは、もうすぐ今度は東方への探索に赴く予定であった。
「フィリーネはよくやっていますね。よかった」
うるさい貴族をかわすためというわけではないが、主賓である俺とフィリーネでパーティー会場中を挨拶してまわる。
出席者が多いので、エリーゼたちも数名ずつに分かれ、それぞれ挨拶に出向いていた。
俺の同行者がエリーゼでないのは、彼女が俺の正妻なのは今さらなので、今日はフィリーネの宣伝というわけだ。
妾腹とはいえ、ブライヒレーダー辺境伯が娘を俺と結婚させる。
両者の関係は深いと、貴族たちにアピールするのが狙いというわけだ。
着飾ったフィリーネは、ブライヒレーダー辺境伯による親の目は余り目なのを差し引いても、卒なく貴族たちへの挨拶をこなしていた。
未成年なのに、随分としっかりしているものだ。
度胸もあり、あの導師がお気に入りなのも理解できる。
ブライヒレーダー辺境伯は、娘の成長ぶりに一人感動していた。
隣で奥さんは呆れていたが。
「旦那様、フィリーネなら大丈夫ですよ」
「大丈夫でしょうが、心配なのは親心なのですよ」
そして、誰よりも心配性であった。
ブライヒレーダー辺境伯からの、心配そうな視線が俺にも突き刺さる。
『ちゃんとフォローしろよ!』と言いたいのであろう。
俺から見たら、フィリーネにフォローの必要なんてないんだが。
「お父様、どうでしたか?」
「バウマイスター辺境伯はともかく、フィリーネは完璧でしたね」
挨拶回りを終えたフィリーネを、ブライヒレーダー辺境伯は褒めちぎった。
そこまで大げさに絶賛するほどかと思うのだが、この人は娘に異常に甘い。
フィリーネの対応は手放しで褒め、俺はどうでもいいと思っているのであろう。
特になにも言われなかった。
別に、ブライヒレーダー辺境伯に褒められたいわけではないからどうでもいいけど。
「バウマイスター辺境伯様、せっかくの機会なのでフィリーネはそちらのお屋敷で成人まで……「駄目ですよ! フィリーネには成人までブライヒブルクに居てもらわないと!」」
そして再び、ブライヒレーダー辺境伯の奥さんがフィリーネをバウルブルクの屋敷に住まわせてはどうかと提案しようとしたが、すぐに察知したブライヒレーダー辺境伯によって阻止されてしまった。
フィリーネが嫁ぐのは仕方がないが、それまでは一秒でも長く娘と一緒に暮らしたいのであろう。
「旦那様、フィリーネは、バウマイスター辺境伯家での生活に一日でも早く慣れた方がよろしいのでは?」
「駄目です! 成人するまでは! まだ手習いも残っています!」
相変わらず強く口調で、ブライヒレーダー辺境伯はフィリーネを手放さないと断言する。
「バウマイスター辺境伯は新領地の経営にも忙しく、余計な手間をかけさせてはいけません。フィリーネが定期的にバウルブルクに遊びに行けばいいのです」
それでも、ブライヒレーダー辺境伯は大貴族であった。
うちに他の貴族がちょっかいをかけないよう、フィリーネが定期的にバウルブルクを訪問する案を提示したのだから。
「ブライヒブルク~バウルブルク間を航行する魔導飛行船の数も増えましたので、いつでも遊びに行けます。バウマイスター辺境伯が、『瞬間移動』で迎えに来てもいいですし」
婚約のみで、フィリーネはまだ未成人である。
ブライヒレーダー辺境伯の提案の方が、こちらとしても楽であった。
そうでなくてもルルと藤子がおり、涼子、雪、唯の件もある。
帝国内乱の時にも思ったが、異民族が住む土地を統治するのは大変なのだ。
下手に反乱になれば、王国から処罰を受けてしまう。
俺の嫁の数が増えるのは決定事項で、ローデリヒも婚姻でアキツシマ島が鎮まるのであればと安堵していた。
そのため、できればフィリーネのお相手はもう少しあとにしてほしかった。
他の貴族?
知らん!
俺にこれ以上娘を押しつけるな!
「実際問題、島の統治はどうなっているのですか?」
「今のところは順調ですかね」
実質ミズホ人なので……アキツシマ島の人間にミズホ人というと怒るのでアキツシマ人と呼ばないといけないが……戦闘民族的な理由で警戒したが、俺が魔法の力を見せたのがよかったらしい。
統一の過程で犠牲もほとんど出ておらず、その犠牲は戦のルールを無視した同朋だったというのも大きい。
島の開発がバウマイスター辺境伯家主導で進み、人口が増えた時に外部への移民も可能になった。
血の気の多い連中は魔物の領域で稼がせており、あとは俺が死ぬまでに統治体制を安定化させるのみというわけだ。
「それはよかったです。なにしろ、肝心の王国と魔族との交渉がイマイチなので」
帝国も加わり、三者には色々な考えを持つ有力者や勢力がある。
すぐに纏まらなくて当然であろう。
「最近、発掘品を開発に使用しているそうですね」
「盗難を防ぐ仕組みを作ったので」
「それは羨ましい限りです」
実はそれだけでは足りなくなり、魔王様の会社からそういう魔道具を格安で購入したからなのだが。
魔族の国では粗大ゴミ扱いの様々な魔道具が大量に流入し、アキツシマ島を筆頭にバウマイスター辺境伯領の開発に使われていた。
違法というか脱法行為なのだが、領地が広がりすぎて俺だけではもうどうにもならなくなってきた。
魔道具で機械化しないと開発が進まず、なら王国の魔道具ギルドが必要なものを販売してくれるのかというと、技術力の不足で車両、農業機械、海水ろ過装置に類する魔道具は存在しなかった。
他の品も生産量は不足しており、それもあって価格が異常に高い。
それでも入手できればいいが、実際には在庫不足で予約待ちの状態であった。
普通なら輸入を検討するレベルだが、もし魔族の国から高性能で価格も手ごろな魔道具が輸入されると、魔道具ギルドの凋落は確実。
彼らは帝国の魔道具ギルドと組んで魔道具輸入の絶対阻止に動き、その途中で魔道具ギルドのトップが死んで余計に混乱している。
もしこの状態で無事に貿易交渉が纏まったら、騙されて不平等条約を結んだのかもしれないと、疑ってしまうくらいなのだから。
「とはいえ、なにか状況が変わったわけでもないのです。王国は全体的に開発が進んでいしますし、帝国も内乱のおかげで中央の力が増し、戦後復興も兼ねて大々的に開発が進んでいます」
だから、余計に交渉が進まないのかもしれない。
魔族が政権交代により、老練な政治家が交渉に出てこないというのもあった。
「焦る必要はありませんね」
「俺もそう思います」
こうして無事にパーティーは終わり、俺は辺境伯となった。
だが、変わったのは爵位と階位だけなのは言うまでもない。
「あれ? 魔王様、今日は学校では?」
「うむ、実は今日は学校の創立記念日でな」
さすがに長かった夏休みは終わったが、今日は学校の創立記念日だそうだ。
俺は、魔族の学校にも創立記念日があるのかと思いつつ、あって当然かと納得もした。
「休みが多いですね」
「学校の期間が長いからな。カリキュラムは非常に緩い。ライラが『ゆとり教育の弊害』と言っておったぞ」
「そうなのですか……」
本当、現代日本みたい……。
アキツシマ島では、多くの重機と、耕運機、車両が忙しく働いていた。
操作をしているのは、魔王様が会長を務める会社の若い社員たちと、彼らから操作を学んだうちの家臣とアキツシマ人である。
やはり機械化の成果は大きく、地下遺跡の魔道具を全投入したバウマイスター辺境伯領本領よりも作業効率はよかった。
「それだけ長い期間教育して、半分が無職だからな」
「うっ!」
「会長、今は働いていますよ!」
「俺たちも結婚するんですから」
会長の言った『無職』という言葉に、重機の使い方をアキツシマ人の若者たちに教えていたモールたちが反応した。
気にしていないように見えて、実は長期間無職だったのをかなり気にしているようだ。
それにしてもこいつら、あっという間に重機の操作を覚えて人に教えるまでになっているのだから、優秀なのは確かなんだよな。
アーネストはああ見えてバカが嫌いなので、そうでなければゼミに入れなかったはず。
「うちの法人では、若い社員を大量に採用しているぞ。しかも正社員だ。ちょっと教育して魔道具のオペレーター、整備員、教育係などで使っている」
使用する魔道具も、すべてライラさんが仕入れた。
旧式のため捨て値で売られていたか、粗大ゴミを修理したものも多い。
普通に使えて安いので、こちらでは大好評であったが。
「色々と疑問が……」
「余で答えられることなら答えよう」
「どうしてこんなに魔道具が余っているのですか?」
「過剰生産をしているからだ」
今動いている魔道具は、すべて旧式とされている。
それでも十分に使えるし、地下遺跡の品よりも性能が低いものもかなりあったが、それでも普通に使う分には問題ない。
ツルハシとモッコで作業するよりも早いのは確実だ。
それに、今のリンガイア大陸では絶対に作れない品物であった。
「魔道具はちゃんと手入れをすれば数百年、物によっては数千年も保つ。これはいいな」
「ええ」
『状態保存』の魔法があるし、コア部品を除けば現代日本の電化製品や工業製品よりも作りが簡単なので、少し教育を受ければメンテナンスと修理ができるからだ。
コア部品が壊れれば駄目だが、それですら魔族の国では、品質管理と生産性の向上で簡単に手に入った。
「なかなか壊れぬ魔道具。次々と作られる新製品。毎年必ず新製品が出るが、では前年の新製品となにが違うのか? 性能が上がっていないとは言わぬが、些細な差じゃ。魔道具を新規で購入する者が減り、政府も企業が倒産すれば失業者が増える。よって、このような古い魔道具は法律で使用禁止となった」
表向きは、耐用年数が終わったから危険なので、という理由で。
実際には、魔道具の買い替えを法律で強制して企業の倒産や失業者の増加を防ごうとしているのだ。
「無理やり魔道具を購入させてでも経済を保たせる。世知辛い話だな」
そのため毎年大量の魔道具が粗大ゴミとなり、これも環境保護の観点から処理に高額の費用がかかるようになった。
「粗大ゴミの違法投棄は社会問題化しておる。余たちが勝手に拾っても、ありがたがられることはあっても嫌がられることはない。我が社では、毎日ボランティアで粗大ゴミの片付けをしているぞ」
一見無料奉仕のゴミ拾いだが、それを修理してこちらに売って儲けているという寸法だ。
「あと、無料の廃品回収も始めたぞ」
これも、ライラさんのアイデアだそうだ。
一般家庭から、法律で耐用年数がすぎた魔道具を格安の処理費用で引き取る。
これも修理して、うちに流しているわけだ。
「ただ、ライラが言っておったが、最近ライバルが増えたそうだ」
「えっ! そうなんですか?」
こういうことをしているのは、俺たちだけじゃないのか。
もう嗅ぎつけた……ごく当たり前の話であったが、俺は驚いてしまった。
多少目端の利く人物で実行力があれば、魔族でこういう商売を始める者たちがいても不思議ではないのだから。
「特に帝国がの。帝国政府がダミーの商会を作り、そこと我が国の廃品業者が取引をしていると噂になっておる」
実利優先なペーターならあり得ることだ。
表では魔道具ギルドと揉めてグダグダしているように見せつつ、裏では中古魔道具を購入して開発に使用する。
なんなら、帝国の貴族たちに貸してもいいわけで。
そうすることで、帝国政府はさらに力を増すという寸法か。
「魔道具ギルドはよく怒らないな」
「それは、バウマイスター辺境伯と同じであろう?」
始めは購入した魔道具をアキツシマ島内でしか使用していなかったが、もう不足気味なので、バウマイスター辺境伯領本領でも誤魔化して使っていた。
そのうち魔道具ギルドも気がつくであろうが、もし文句を言われてもうちは魔族からゴミを買っているだけだと言い逃れをする予定だ。
それと、王国の魔道具ギルドでは作れない品ばかり購入している。
『魔道具ギルドの縄張りは侵していませんよ。というか、じゃああんたらが売ってくれるの? 俺は金はあるんだよ。あれば買うよ』という論法で行く予定であり、ローデリヒも主導的な立場だ。
人手が足りず、バウマイスター辺境伯領本領の開発すら終わっていない状態でアキツシマ島を抱え込んだのだ。
ならば機械化は急務であり、魔道具ギルドが供給してくれない以上、魔族の国から輸入するしか手はなかった。
「王国政府も一番遅かったが動いたらしい。代理で粗大ゴミ集めをしている業者がいるそうだ」
誰も『お前、勝手に魔族と取り引きしているよな?』とは聞かないが、みんな考えることは同じというわけだ。
魔道具ギルドの圧力で表の交渉が上手くいかない以上、裏で魔族の魔道具を手に入れるしかない。
「法の裏を突く行為だけどね」
ハッキリ言って、ヘルムート王国もアーカート神聖帝国も法が非常に緩い。
俺でも簡単に穴を見つけられてしまう。
これまで外国が一つしかなかったため、俺が勝手に帝国政府や貴族と貿易をしたら罰せられるが、想定していなかった魔族と取引をしても違法ではないのだから。
魔道具の取引も、両国で力がある魔道具ギルドの圧力で交易交渉が進んでいないだけなのだ。
つまり、誰かが勝手に魔族から魔道具を購入しても違法ではない。
魔道具ギルドから文句を言われるかもしれないが、両国の法に触れているわけではないのだ。
ただ、俺は魔導具ギルドで購入可能な品はそこから購入していた。
魔族の国でしか生産していない品のみ購入し、魔道具ギルドからの抗議に備えている。
まだバレていないようで、彼らはなにも言ってこないけど。
「我々はバウマイスター辺境伯としか取引しておらぬが、景気はいいな」
「うちも助かっています」
「互いに得をしているのだ。商売の理想だな。ライラがWINWINな関係だと言っていた」
閉塞感がある魔族の国において、あまり表立っては言えないが廃品業者の景気がいい。
国内で集め、修理した古い魔道具を、自ら交渉ルートを開いた国や貴族に売る。
あまりコストがかからず儲かり、代金も通貨レート交渉は暗礁に乗り上げていたが、貴金属や宝石などで取引すれば済む話なのだから。
「表の交渉は知らんが、これからこの裏技で人間と取引する魔族は増えるだろうな」
販売する魔道具を魔法の袋に入れた魔王様やモールたちを、俺が『瞬間移動』で迎えに行くという方法を取っている。
他の業者はその方法が使えないが、魔族は全員が優秀な魔法使いだ。
魔法の袋に商品を入れ、魔力で船を動かしながらリンガイア大陸に向かってもいい。
アーネストでもやれた方法だ。
成り上がりたい魔族ならそのくらいのことはするはずだと、魔王様は言う。
「余たちはバウマイスター辺境伯と知り合えて得だったな。でなければ、モールたちが船旅か、魔法で飛行しなければならなかった」
「えっ? 俺たちがですか?」
「どっちもキツイ……バウマイスター辺境伯がいるじゃないですか!」
「遭難しそうだな」
さすがのモールたちも、遭難覚悟で飛行を続けたり、両国を船で移動するつもりはないようだ。
彼らとの最初の出会いも、手作りの筏で遭難しているところを救出したというものだったから懲りたのであろう。
結婚もするから、二度とそういう無茶はしたくないはず。
「古い魔導飛行船を購入している者たちもいると聞く。個人や零細企業が、リンガイア大陸との交易を目論んでいるのであろう」
政府間の交渉が暗礁に乗り上げたため、人間も魔族も勝手に動く者が増えた。
俺は先に動いていたし、帝国と王国、両国の目敏い貴族たちも動いている。
魔族の中にも、人間との交易で一旗あげようという者たちが、懸命に粗大ゴミを集めているわけだ。
その粗大ゴミを、ちょっと修理して人間に売れば金になる。
閉塞した感もある魔族社会の若者からすれば、絶好の成り上る機会というわけだ。
「船も買えるのですか?」
「木製の船なら安いぞ」
現在魔族の国では、警備隊が使用しているような金属製の魔導飛行船が主流だそうだ。
古い木製の魔導飛行船は維持に手間とコストがかかり、例の魔道具の使用期限制限にも引っかかり、運行もできず野ざらしで放置されている船が多いと魔王様が言う。
「欲しいか? バウマイスター辺境伯」
「あるだけ欲しいです」
「ライラのことだからもう集めていると思うが、念のために伝えておこう」
モールたちと派遣した若い指導員たちの様子を見た魔王様は、『瞬間移動』で農村に戻った。
そして一週間後、バウマイスター辺境伯領本領にある広大な平地に、数百隻にも及ぶ中小型の魔導飛行船が並んでいた。
「もの凄い数ですね……」
「これでもまだ一部です。我が社は、この十倍の数を確保しております」
「ライラは優秀だからな」
「そうなんですか……」
今日はトップセールスなので、ライラさんも顔を見せていた。
「ただ一つ残念なのは、かなりの数の大型船を他の業者に取られてしまったことですね。それでも、ある程度は確保しましたが……」
「大型船は買わないよ。取引先の紹介はできるけど」
「大型船はいかんのか?」
魔王様が、俺に『なぜ?』という表情を浮かべた。
「ええ、大型船は王国政府しか持てないのです。多分、大型船を押さえたのは……」
「両国の政府が作ったダミー商会ですね……」
ローデリヒが、俺の代わりに答えてくれた。
彼が情報を集めた結果、帝国はペーターが、王国も目立たない特性を利用してヴァルド王太子が魔族から特殊な魔道具などを購入しているそうだ。
ダミー商会を作ったのは、いまだ正式な交易交渉が継続中だからなのと、魔道具ギルド対策であると思われる。
もっともすでに公然の秘密と化しており、裏で魔道具ギルドが文句を言っているかもしれない。
会長の死で魔道具ギルドは揉めているから、それどころではないかもしれないけど。
「貴族の大型船所有禁止は、れっきとした王国の法だから破るわけにはいかない。中小型の船は買う。だけど、かなりヤバイ船が多いような……」
多分、粗大ゴミ扱いで野ざらしにされていた船が多いのであろう。
このまま飛ばすと分解しそうな船も半分くらいあった。
「その分格安ですから」
「まあいいや。安いから」
魔族の国の旧式船は、木造でリンガイア大陸の魔導船とデザインもよく似ている。
旧式扱いでゴミにされたのであろうが、船体の修理なら人間の職人でも十分に可能だ。
船の待機場と修理工房を領内にいくつか作り、修理と船員の教育を終えた船から順番に運用していこう。
アキツシマ島を含む南方航路は、海竜の完全駆逐が難しいと判断され、魔導飛行船の数を増やす必要があったからだ。
広大な領内の移動と輸送、ブライヒブルクを始めとする他の貴族領との交通と交易にも使える。
船はいくらあっても困らない。
「大型船を買ってくれる人に連絡してみます」
俺は魔導携帯通信機で、ヴァルド王太子に連絡を取った。
『おおっ! 我が友ヴェンデリンか!』
「なぜ友なのを強調するのだ?」
魔王様、それは言わないであげて。
『それでなにか遊びの誘いか? いつでも、私はスケジュールを変更して対応するぞ!』
「必死だな」
魔王様、それ以上は……。
可哀想すぎて俺も泣けてくるから。
たとえ、王太子殿下には聞こえなくても。
「実は、ちょっと商談が……」
俺は、大型魔導飛行船の在庫があるという話を王太子殿下に振る。
すると、彼は途端に真面目な口調に変化した。
『私が頼んでいる者たちから、かなりの部分を押さえられてしまったと報告を聞いていたが、ペーター殿の他にヴェンデリンも動いていたとはね』
王国からすれば、俺が密かに魔族と取引していることなどとっくに承知であった。
武器やヤバイ薬などを仕入れれば処罰されるが、自国にない魔道具ならばお互い様なのだ。
俺が一番早く動いたのは事実だが、もうとっくに両国政府と他の一部貴族たちも密かに魔族と取引はしていた。
そこを突っ込む意味はない。
「うちで頼んでいた業者が、貴族は大型船を持てないという法を知らなかったのです。そこで、王太子殿下にご紹介をと思いまして」
バウマイスター辺境伯は、禁止されている大型魔導飛行船を所持する意図はありません。
これは、王太子殿下にはっきりと言っておかなければいけない。
『全部買おう。状態は問わない。この件ではペーター殿が先行していてね。私は父に怒られてしまったんだ』
普段は移動と輸送にも使えるとあって、両国は大型の魔導飛行船の所持に執着していた。
昔の地球で、各国が戦艦の数を競っていたのと同じだ。
つい最近までは王国が圧倒的に有利だったのだが、帝国が魔族の国から中古大型魔導船をかなりの数購入し、その差を埋めてしまった。
どうやらペーターの方が多くの大型船を購入しており、先を越された王太子殿下は陛下に怒られたようだな。
さすがは、あの内乱で勝ち残っただけのことはある。
とにかく決断が速い。
それにしても、貿易交渉がグダグダで困っているように見えて、裏ではちゃんと動いているとは……。
陛下も王太子殿下も油断ならない。
「仲介料等は必要ありませんので」
『それはありがたいね』
一番早く魔族と取引を始めた件で責められるのも嫌なので、ここで王太子殿下に恩を売っておこう。
などと考えるようになってしまった俺は、進歩したのか?
それとも、完全にミイラ取りがミイラになってしまったのか?
判断が難しいところだ。
『では、詳しい話はあとで』
「わかりました」
携帯魔導通信機を切ってから、俺はライラさんに大型船はヴァルド殿下と取引してほしいと伝えた。
「販路のご紹介、ありがとうございます」
いえいえ、これで俺に恩を感じてくれたらいいのです。
王太子殿下という、新しい有用な取引先を紹介してくれたと。
「政府間の正式な貿易条約が存在しない以上、これは私貿易、密貿易の類になります。違法ではありませんが、トラブルに関してはお上が保証してくれません。これから参入する人間も魔族も増えるでしょうが、間違いなく騙される者も出てくるでしょう」
もう騙されている人がいるかもしれない。
人間が一方的に騙されるだけでなく、魔族でも騙される者たちが出てくるはずだ。
さらに武器や違法薬物、人身売買などを始めたら、さすがに両国政府も黙っていない。
自由だからこそ、己を律する必要があるのだ。
「その点、バウマイスター辺境伯殿はいいお得意様です。王太子殿下もそうであると信じたいですね」
と言いながら、クールな微笑みを向けるライラさん。
もし魔族の国で王政が続いていたら、彼女は宰相だったかもしれない人だ。
その優秀さは、会社の経営で遺憾なく発揮されている。
ただ、なかなかいい男性と知り合えないのが大きな悩みだそうだ。
最初はモールたちがちょっかいをかけていたそうだが、脈がないと見るとすぐ同じ会社の若い女性魔族に標的を変えてしまった。
それですぐに婚約できるのだから、モールたちはコミュ力が高いのかもしれない。
「ライラ」
「はい、陛下。なにかご懸念でも?」
「中古魔道具の取引だけでは、我々の会社も先細りでは?」
確かにそれはそうだ。
今ある粗大ゴミと古い魔道具がすべてなくなれば、今度は一年ごとに魔族の国で使えなくなる魔道具を集めて売るしかなくなる。
こうも参入業者が増えると、ライラさんでも買い負ける可能性があるのだ。
「そこで、こちらもバウマイスター辺境伯家から購入したいものがあります」
「うちから購入して、魔族の国で金になるものなんてあるの?」
鉱物、食料くらいしか思いつかない。
これを取引するには、正式な貿易条約締結を待った方がいいであろう。
「勿論、ありますよ」
それは、魔物の素材だそうだ。
「ゾヌターク共和国にある魔物の領域は、なにしろ一つの島の中にあるので、生息する魔物の種類が極端に少ないのです。それを狩っても、作れるものが少ないわけです」
たとえば魔族の衣服は、大半が大規模農場と牧場で生産される繊維や毛を加工したものだ。
一部狩猟で得た魔物の素材を原料とした服もあるが、これは高額で生産量も少なかった。
「我々魔族の国は人間の国よりも人件費が高く、わざわざ狩猟をして得た材料で服を作ると高くつきます。高級品なうえに嗜好品なので、購入できる者は少ないのです」
「それは、こちらで獲れる魔物の素材でも同じでは?」
「いえ、魔族の国にいない魔物が非常に多く、これを用いて作られた衣服と装飾品は富裕層向けに一定の需要があるはずです」
「加工技術については?」
「魔族の国は、ある程度の品質の服を大量生産する技術には長けておりますが、プロの職人による裁縫、縫製技術ではそれほど差はないと思いますよ。人件費が割安なので、値段を少し下げ、中間層よりも少し上の人たちに購入してもらう手もあります」
「となると……。あの人か……」
「バウマイスター辺境伯様は、知己が多いのですね」
俺はライラさんと始める新しい事業を任せられそうな人物を思いつき、すぐにその人物と連絡を取ることにした。
まさか服に需要があるとは……。
魔族の庶民って、布の質はともかく、安くて似たようなデザインの服を着ているから、そこは狙い目かもしれないな。
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