第353話 バカとインコ(後編)

 順調に開発が進むアキツシマ島において、夏休み中の魔王様は健やかに遊び、学び、時々仕事の日々を送っていた。

 ライラさんいわく、新時代の帝王学らしい。


「藤子、九九は覚えたか?」


「なんとかな。ろくしち四十三」


「42だぞ、藤子」


「しちは五十六」


「うーーーん、九九はルルの方が覚えも早いな」


 魔王様は、藤子とルルと遊んだり、簡単な計算や漢字などを教えるようになっていた。

 すでに夏休みの宿題も終わり、遊んでばかりいるのもなんなので、二人に勉強を教えていたのだ。

 モールたちは仕入れた中古魔道具の配置、使い方の指導、簡単な修理、農業指導で忙しく、島中を飛び回っていた。

 元々魔力がある魔族には、飛べる資質がある者も多い。

 今は近代的な生活の影響で、わざわざ『飛翔』を習う者は少ないそうだが、ちょっと訓練すれば簡単に飛べるようになる。

 彼らは結婚する予定なので、今のうちに出張手当で稼いでおきたいと、今までの無職ぶりが嘘のように真面目に働いていた。

 アキツシマ島のあちこちを、覚えたばかりの『飛翔』で飛び回っている。

 

「バウマイスター辺境伯か。陞爵とはめでたいではないか」


「大変なだけのような気がしますよ」


「まあ、貴族が大変なのはいつの世も同じだ。余も昔の王であれば忙しかったであろう」


 今の魔王様は小学生なので、夏休みの宿題が終わればそうでもなかった。

 藤子とルルの他にも、領主階級の子供たちと遊んだりしている。

 この島の人間は一万年以上も鎖国をしていたようなものなのに、魔王様を始めとする魔族にあまり抵抗を感じていなかった。

 そういえば俺たちもそうであったが、雪と唯に聞くと、この島の住民はみんな実力がある魔法使いに敬意を払うものらしい。


『特に、お館様たちは井戸を掘りました。敬意を受けて当然です』


 この島の魔法使いたちの魔力量が中級以下となった時点で、地下の黒硬岩の層に阻まれ、自力で井戸を掘れなくなってしまった。

 そこに外部からとはいえ、井戸が掘れる俺たちが現れた。

 魔王様は俺以上の魔力を持っているし、モールたちは中級レベルだが多くの魔道具を持参、使いこなし、その使い方や整備、修理方法を積極的に指導を行っており、住民たちから尊敬されるようになっていた。

 あまり魔族だからとか、そういう風に思っていないらしい。

 この辺の柔軟さは、リンガイア大陸の人間も見習った方がいいと思う。

 魔族の国ではゴミ、ガラクタ扱いの魔道具でも、それ以外の場所ではもの凄く役に立つ。

 ゾヌターク共和国では、毎年のように魔道具の新製品が出ており、古い魔道具など見向きもされないそうだ。

 ゴミとして捨てるにも処理費用が必要で、中には人気のない山などに勝手に古い魔道具を捨ててしまう者もいるらしい。

 なんか……粗大ゴミを山中に捨てる不法投棄者みたいだ。

 世界は違えど、そういうのは一緒なんだな。

 優秀な宰相であるライラさんはこれらの品を安く手に入れ、魔法の袋に入れてこちらに流していた。

 それを使っての開発は順調に進んでおり、島は農地が増え、道も広く整備され、新しい村や町の建設も進んでいる。

 作物の種も、ライラさんが古い品種や園芸用のものを大量に準備してくれた。

 魔族の国では作っても金にならないそうだが、アキツシマ島の従来種よりは圧倒的に収量も味もいい。

 実は、バウマイスター辺境伯でも実験栽培している。

 地下遺跡で見つかった種と合わせて実験農場で栽培をおこなって農家に配る種を生産、他にも品種改良なども進めていた。

 交易船も最低週に二回は来るようになり、戦がなくなって力があり余っている者たちは、導師とブランタークさんに指導されて周辺海域に大量にいる海竜の討伐、ルルがいた島にある魔物の領域で、冒険者稼業に精を出すようになった。

 その成果により彼らは報酬を手に入れ、そのお金を元に商売をしたり農地を開墾したりしている名族が増えている。

 彼らは領主ではなくなったが、バウマイスター辺境伯家の陪臣となり、親族に商売や開墾をさせて、元領主家に相応しい収入を得られるようになった。

 領地が細切れでなくなったので開発も効率よく進み、島は急速に発展している。

 このまま人口が増えれば、将来は周辺にある中小の無人島に移民を行う予定となっていた。

 時が経てば、バウマイスター辺境伯本領への移民もできるであろう。


「ようやくこの地は落ち着きを取り戻しつつあるようだ。バウマイスター辺境伯の功績だな」


「犠牲がほとんど出なかったからでしょう」


 魔王様が俺を褒めてくれたが、上手くいったのは偶然の要素も強いと思う。

 もし統一の過程で多くの犠牲が出ていたら、俺たちはこの島の住民たちから怖れられていたかもしれない。

 そうなると、統治は非常に面倒だったはずだ。


「バウマイスター辺境伯よりも、むしろ身内の三人の方が凶悪だったからな」


 魔王様は、織田信長、武田信玄、上杉謙信のDQN三人衆のことを言っているのだと思う。

 彼女たちは家督争い、ルール無視の本気の戦、領地の争奪戦で、島の住民たちから非難される身となってしまった。

 今はその贖罪として、海竜退治と魔物の領域での狩りに専念している。

 血の気が多いみたいなので、あの三人には常に敵がいた方がいいであろう。


「随分と、バウマイスター辺境伯に執心なようだがな」


 俺が三人よりも強い魔法使いなので、俺との間に子供が産まれれば強力な魔法使いが誕生し、織田、武田、上杉の三家は島でも有力な陪臣になれると野心を燃やしているそうだ。

 顔やスタイルは悪くないが、如何せんあの性格なので、俺は勘弁してほしいと思う。

 それにだ。

 もしあの三人を嫁にしたら、他の領主たちが『じゃあ自分の娘も!』と言い出しかねない。

 涼子、雪、藤子が産んだ子と、有力領主の子弟が縁戚関係となる。

 こうした方がいいと言ったのは、ローデリヒであった。


『お館様の血は貴種。だから最初の婚姻は、少ない方がかえって好都合なのです』


 バウマイスター辺境伯家と婚姻関係を結べた秋津洲家と細川家は、特別というわけだ。

 藤子はどうなのであろうか?

 あとは、唯さんもか。

 これはあとで考えよう。


「あの三人には、義智あたりがちょうどいい」


 最後まで俺に挑戦してきた宋義智も、今のままでは俺に勝てぬと導師に師事し、海竜の討伐など、実戦も兼ねた修行の日々を送っている。

 お互い暑苦しい同士だし、義智とDQN三人娘が結婚すればいいのだ。


「そうなると、産まれてきた子供もバウマイスター辺境伯に挑んでくるかもしれぬな」


 DQNのエリート家系ってわけか。

 子供にとって家族の影響は大だから、血の気が多い子供が育ってしまうかもしれない。

 だが、大丈夫であろう。


「フリードリヒたちが負けるはずないさ」


 まだ赤ん坊のフリードリヒたちだが、きっと俺をも超える魔法使いになってくれるさ。

 もう少し大きくなったら、基礎的な瞑想から教えてないといけないな。

 子供と魔法の修行か……。

 とても楽しみだな。


「子供か。余も、いつか婿を迎えて次代の王を産まねばならぬ。まだ大分先だがな」


 あの現代日本風の魔族社会で、魔王の婿になる人っているのであろうか?

 それだけは疑問に思ってしまう。


「ライラさんが男性だったらいいのにね」


「余もそう思うな」


 あれだけ優秀な人なら、魔王様のいい婿になったと思うのに。


「だが、今その手の話はライラにはしないでくれ」


「どうしてですか?」


「モールたちがなぁ……結婚は悪くないのだが……」


 魔王様の農業法人に就職したモールたちは、最初綺麗で仕事もできるライラさんに惚れてちょっかいをかけていたらしい。


「ライラは優秀なんだが、ちょっと男女の機微に疎くてな。余を支えるため今まで恋人などもいたことがなく、その手の経験も少ないというか……」


 つまり、美しく、仕事ができる喪女なのですね。

 決して口には出さないけど。


「周囲は、ライラがモールたちを冷たくあしらっていると思った。だが、つき合いが長い余から見ると、実は喜んでいたのだ。うん、余にはわかる」


 女性の魔王様は、お子様でも男女の機微に聡いという利点があったのか。

 それがなんの役に立つのかと言われると、非常に困ってしまうのだけど。


「ライラとしては、もっと追ってほしかったのだと思う」


 俺もそうだが、恋愛経験が少ない人がそういう駆け引きをすると、あまりいい結果を得られないケースが多いというか……。


「モールたちは脈ナシとみたら、他の若い女性社員たちを口説き始めてな」


 あいつら、エリーゼたちを素直に可愛いと言って話しかけたり、人間に臆しなかったりと、意外と図太く度胸もあった。

 その辺は、恩師であるアーネストとそっくりであった。

 アーネストも、なんだかんだ言いつつもあの三人を気に入っているようだ。

 モールたちは休みの日に、この島で学術調査をしているアーネストを無償で手伝うようになっていたのだから。


「というわけでだ。ライラにその手の話はしないでくれ」


「わかりました」


 ライラさんは仕事に生きる女性だと思っていたのだが、恋愛にも興味があったのか。

 あれだけの美人が、今まで一度も男性と付き合ったことがないってのは凄いけど。


「ライラは美人なので、男性の方が尻込みする」


「そういうのはあるかもしれないですね」


 とはいえ、前世の会社で美人だった人って大半は彼氏とかいたけどね。

 ライラさんのなにが駄目なのか、恋愛偏差値が低い俺にはわからん。


「そういえば、明々後日にはキャンプに連れて行ってくれるそうだな」


「夏休みの思い出ですよ」


「絵日記には、多少の改ざんが必要だがな」


 魔王様たちの活動は違法でないが脱法に近いので、魔王様の夏休みの絵日記には農業法人のみんなでキャンプに出かけたと、改ざんされる予定であった。

 実際にはアキツシマ島の開発が順調なので、アキツシマ組と魔王様、モールたちを誘ってのキャンプとなる。


「藤子とルルも、楽しみにしておると言っていたぞ」


「俺も楽しみにしていますよ」


 モールたちは、前世の日本人にメンタルが似ていてつき合いやすいからな。

 魔王様は尊いし。


「その前に、ひと仕事ありますけどね」


「あの連中のお供か?」


「あーーー、面倒だなぁ……」


「あんなのでも、臣下は臣下だ。飼い慣らすのも大切な仕事だと思うぞ」


「ですよねぇ……」


 同意見だけど、魔王様も何気に酷いことを言うよな。

 俺は小学生なのにしっかりしている魔王様に諭され、とある場所へ『瞬間移動』で向かうのであった。





「バウマイスター伯爵っ!」


「辺境伯になったぞ」


「ならば辺境伯! このぉーーー! 師匠によりさらに強者となった俺様の力おーーー!」




 約束の時間に約束の場所に到着すると、突然バカが勝負を挑んできた。

 このところ導師に預けていたため大人しかった、宋義智のバカである。

 

「我が竜巻を攻撃力に転換! 必殺『トルネードパンチ!』」


 バカは、腕に小さな竜巻を纏わせながら俺に殴りかかってきた。

 いきなり巨大な竜巻を出して周囲に迷惑をかけない点だけは進歩したようだ。

 それでも、いきなり主君に攻撃を仕掛けるのだから相変わらずとも言える。


「足元が留守だ」


「ふげぇ!」


 時間が惜しいので、俺は魔法で手前に落とし穴を掘った。

 なにも考えずに突進してきた義智はそれに嵌り、これにて彼の敗北が決定する。


「お前はアホか!」


「どこの世界に、お館様にいきなり勝負を挑む家臣がいるのだ!」


「相変わらず困った男だ」


 そして、落とし穴に頭から突っ込んだ義智の非常識さを非難する。

 織田信長、武田信玄、上杉謙信のDQN三人組。

 こいつらは、義智よりはマシ……。


「もしお館様になにかがあったら、私と子作りができなくなるではないか!」


「そんなに勝負したかったら、その辺の海竜とでも盛っていなさい! 私は、お館様といい感じになりますので」


「ガサツなのと、チビの貧相な体で、お館様の食指が動くものか。女の天才であるこの私こそが」


 訂正する。

 この三人は相変わらずだ。

 導師め! 

 今日は忙しいからという理由で、俺にこんなのを押しつけて。

 いっそ、お休みにしてしまえばよかったのに。


「うわぁ……最悪」


「エル、なにを他人事みたいに言ってくれているのかな? 今日はお前も同行するんだぞ」


「畜生! クジ引きで負けなければ!」

 

「クジ引きなんてしたのか?」


 なあ、エル。

 どうして俺は、クジ引きに誘われないで強制参加なんだよ?


「ヴェルがいないと、こいつらうるさいから。逆にいうと、ヴェルがいれば問題なし」


 俺は鎮静剤かなにかか?


「あーーーあ。あたい、普段はそんなにクジ運悪くないんだけどなぁ……」


「たまにはそういうこともある。こういうのは、カタリーナが当たりやすい」


「確かに、あいつ。旦那と同じくらいクジ運ないよな」


 エルと共に同行する予定のカチヤとヴィルマも、あからさまに貧乏クジを引いたという顔をしていた。

 俺も同じ気持ちなのに、俺には同行を避ける選択肢すらなかったのだが。


「しゃあない。あたいたちは初めての場所だ。なにか新しいものでも見つかればいいな」


「美味しい物があると嬉しい」


 今日は、普段導師が引率している一番の問題児宋義智と、DQN三人組がちゃんと魔物を狩れるか確認をしつつ、ルルを保護してから他人任せだったこの島の魔物の領域の確認を行う予定だ。

 メンバーは、俺、エル、カチヤ、ヴィルマ、宋義智、DQN三人組。

 半分が実力はともかく、人間性、協調性の面で役に立たないどころか最悪足を引っ張るものと思われる。

 導師でなければ、この野獣の群れは統率できないと俺は思うのだ。

 現に、ブランタークさんに同行をお願いしたら今日は腹痛になった。

 誰が見ても仮病である。

 そのくらい、この四人は酷いということだ。

 早速義智が俺に勝負を挑み、瞬殺されて砂浜に魔法で掘った落とし穴から某八墓村みたいに足を出しており、DQN三人組は俺に迫る手段を考えていた。

 これは酷いとしかいいようがない。


「ヴェル様、今日は適当にお茶を濁す」


「そうだな」


「無理をして奥に行くと死ぬかも」


 魔物の領域なのに、仲間割れくらい平気でしそうだからな。

 入り口付近で適当に狩らせておくか。


「じゃあ、出発」


「なあ、旦那」


「なにか忘れ物か?」


「あれ、助けないでいいのか?」


「……バウマイスター辺境伯! この永遠のライバル宋義智を助けないと、人生の後半で色々と後悔するぞ!」


 やっぱり、こいつ腹立つ。

 魔物の領域で死んだことにしても、俺は批判されないかもしれない。


「助けて、お館様」


 と思ったら、急に口調が変わった。

 仕方なしに引き上げてやったが、俺たちは魔物の領域に入る前に精神的に疲れてしまうのであった。






「生息する魔物、採集物は本領南端の魔の森とそう差はないかな」


「そうみたい」


「となると、距離の関係でアキツシマ島以外の冒険者が集まらないかもな」




 早速魔物の領域に入って魔物や採集物の確認を行うが、気候が似ているせいか本領南端にある魔の森とそう変わらない。

 魔物は手強いが、それは先行している義智とDQN三人組が次々と倒した。

 さすがは血の気が多い四人である。

 

「さすがに、この状態で同士討ちはないか……」


 カチヤが心配するのもわかるが、よくよく考えてみるとこいつらは野心と欲がある。

 魔物の巣で、無駄な争いをして自爆などしないのであろう。

 ちゃんと四人で連携して獲物を獲っている。

 導師の教育が役に立っているようだ。


「ヴェル様、果物いっぱい」


「ここもか」


 そして果物も、やはり非常に大きかった。

 ヴィルマは喜んで採取し、カチヤは図鑑と見比べている。


「結構魔物が強いから、血の気を抜くのにちょうどいい」


「確かにそうだ」


 アキツシマ島が統一され、治安維持用の警備隊を運用する以外の人員はすべてリストラとなった。

 兵力の九割以上は徴兵された領民だったので、彼らは農作業や開発の手伝い、自ら農地を開拓して大農家を目指す者もいた。

 領主一族やその家臣の親族などは、バウマイスター辺境伯家で陪臣になったり、実家や本家の事業を手伝ったりする者たちが大半だ。

 残りはそういう仕事が性に合わないという連中で、彼らは冒険者となって魔物の領域で狩りと採集をしている。

 ルルがいた島ではアキツシマ島出身者に優先権を与えたが、どうせ他のみんなは本領にある魔の森に集中したので問題にならなかった。

 距離が遠いのに得られる物に差がないのだから、来なくて当然であろう。

 それでも、ルルたちが住んでいた村の跡地に木造ながらも宿場町ができ、多くの冒険者たちが利用している。

 彼らは数ヵ月島で稼ぎ、長期休みでアキツシマ島に戻るという生活を送る予定だ。

 色々とやらかしている四人はどうせ島に戻っても歓迎されないので、里帰りをせず、この島を生活の拠点にし続けるだろう。


「はははっ! やっぱり俺様最高!」


「ここで凄腕冒険者となって、お館様に夜に呼ばれ……いいわね」


「あんたみたいなガサツな女、お館様は死んでも嫌でしょう」


「信玄みたいなチビでは、どうにもならん」


「やれやれ、駄目な女同士醜い言い争いが絶えないな」


「「戦狂いには言われたくない!」」


 連携はちゃんとできていたが、四人が急に仲良くなるはずもない。

 それぞれ好き勝手に言い争っていた。


「ヴェル様、聞こえないフリ」


「ヴェル、それが一番安全だと思うぜ」


「あたいもそう思う」


 俺たちは四人で警戒しつつ、連中はあまり見ないことにし、果物などの採集を行った。

 一つのパーティにすると、全滅する危険があるからな。

 二つに分けた方が安全だろう。

 

「お館様」


「どうかしたか?」


 数時間後、大分成果があがったところで、織田信長が俺に声をかけてきた。

 

「実は、ある地点で数名の冒険者が行方不明になっております」


「焦って奥まで行きすぎたのでは?」


「それはあり得ません。入り口付近でも十分成果は出ますから」


 この魔物の領域も、魔の森並の密度と回復力を誇る。

 それに、リストラされた兵士や武将は強かったが、全員が魔法使いではない。

 無理に奥に向かう者はいなかった。

 血の気は多いが、その辺はちゃんと弁えている者たちが多いのだ。


「その場所に、なにかがあると?」


「そう思います」


「竜かな?」


 そこそこ強い冒険者数名が殺されてしまった。 

 多勢に無勢だったとか、思わぬ奇襲を受けたとか、それ以外だとそこに強い魔物がいたとしか思えない。


「様子だけ見に行くか」


「大丈夫か? ヴェル」


「大丈夫だよ」


 俺たちも初心者ではなくなっているし、『探知』しながら魔物の強さは測れる。

 もし強そうなら、すぐに『瞬間移動』で逃げてしまえばいいのだから。


「俺が大丈夫かって言っているのは、あの連中なんだが……」


 エルは、四人が無茶をしないかと心配していたのだ。


「ふふふっ、ここで最良の進言。お館様の気持ちは、この織田信長に向いたな」


「その程度の進言、誰でもできます」


「うるさいな、チビは」


「言いましたね。ガサツ女のくせに」


「相変わらず不毛な言い争いだ。ここでその新しい魔物とやらを討ち、お館様に献上すれば、私が夜に呼ばれるであろう」


「「それはないな」」


「なんだとぉ!」


 DQN三人組は人目も憚らず、不毛な言い争いを続けていた。

 というか、その俺に好かれるという妄想上のシナリオはなんとかならないのであろうか?


「エル、貰ってやれば」


「いらないし、向こうが断るだろう。あいつらは、お前の血を引く子供を産んで、あの島での地位向上を狙っているんだから」


 DQN三人組は、そういう知恵は回って困ってしまう。

 いっそ、当主命令で義智にでも押しつけてやろうか。


「毒は毒で制する?」


「ヴィルマ、お前、ぶっちゃけたな」


「最悪、あの四人が無茶をして死んだとしても、私たちの責任じゃない」


「お前、本当にたまに凄いことを言うな」


 ヴィルマの毒舌にカチヤは呆れていたが、それが間違っていると思う者は当事者四人以外には存在しなかった。





「うーーーん」


「旦那、どうだ?」


「魔物の反応はちょっと多いけど、そこまで強くないはずだ」


 信長に言われた殉職者多発エリアに向かうが、『探知』で探っても特に強い魔物の反応はなかった。

 他のエリアと、そう魔物の強さに差はないはず。

 強いていえば、少し魔物の数が多いくらいか。


「そろそろ、そのエリアに入るぞ」


「ヴェル様、綺麗」


「はい?」


 ヴィルマが指差した魔物を見ると、それはとても大きなインコであった。

 赤、ピンク、オレンジ、黄色、緑、青、紫など。

 鮮やかな原色の羽を持ち、あちこちの木に停まっている。


「綺麗な鳥だな。でも、襲ってこないのな」


 エルは、沢山いるインコがまったく襲ってこないことに違和感を覚えていた。

 インコは間違いなく魔物だが、人間を見ても襲ってこない。

 あちこちの木に停まって、たまにその辺の果物を食べている。


「餌が豊富だから、闘争本能が薄いのかもしれない」


「無理に他者を襲う必要がないのか」


 エルは警戒を緩めていなかったが、こちらがいくら身構えてもインコは襲ってこなかった。

 インコは前世、ペットショップで見たことがある。

 種類によっては大きく、長生きもするそうだ。

 このエリアにいるインコは、小さくても全高二~三メートル。 

 大きな個体は、全高五メートルほどあるはずだ。

 インコでも魔物なので、異常に大きいのであろう。

 だが、俺たちを見ても一匹も襲ってこない。

 それよりも、果物を食べる方が重要なようだ。


「拍子抜けだな。旦那。この鳥、えらく羽が綺麗だけど美味いのかな?」


「さあ? カチヤ、それよりも羽の価値を気にした方がいいかもな」


 この世界では、インコという生物は今まで存在していなかったようだ。

 少なくとも、俺は今まで見たことがない。

 となると、こいつは新発見なのであろうか?

 ただ、インコが食えるかどうかはわからない。

 魔の森の魔物で美味しく食べられないものはいないから、多分大丈夫だと思うけど。


「一つ懸念があるな」


「こっちが攻撃すると、向こうが襲ってくるかもしれない」


「だよなぁ」


 もしそうなって、しかもこのエリアにいるインコすべてが襲い掛かってきたとしたら?

 冒険者が死んだのは、こいつらに手を出したからだと考えると、そう不自然な話じゃないんだよな。


「ここは手を出さず、大人数で狩った方が安全だよな?」


「それがいいな」


「集団で襲われたら堪らないものな。あたいも、引き揚げに賛成」


「無駄な危険は犯さない」


 エル、カチヤ、ヴィルマが俺の意見に賛成し、では引き揚げようかというその時。

 目を離していたのがいけなかったのだが、空気も読まずにバカ四人がやらかしてくれた。


「はははっ! これまで誰も狩ったことがない魔物か。弱いではないか!」


「これをお館様に献上し、夜の伽を……」


「信長、抜け駆けは許さないわ。私も狩ったわよ」


「お前らの小汚い体など、お館様は望んでおらぬ。ここは女の天才である私が」


 四人は導師によってさらに鍛えられた力を駆使し、それぞれ大きなインコを無傷で仕留めていた。

 いきなりインコを狩るのは危険だから今日はよそうと決めたのに、こいつらは勝手にインコを狩ってしまったのだ。


「グェーーー!」


「「「グググェーーー!」」」


「「「「「「「「「「ググェーーー!」」」」」」」」」」


 俺にはインコ語はわからないが、仲間を殺されたインコたちは食事や休憩をやめ、グエグエ鳴きながら会話らしきものをしている。

 俺には、『仲間を殺したこいつらをどうする?』、『殺すに決まっているだろう』と会話しているようにしか思えなかった。


「お前らなぁ! 勝手に狩っているんじゃねえよ!」


 カチヤはこう見えても、俺たちよりも冒険者としては先輩だ。

 勝手な行動をした四人に激怒した。


「弱い魔物じゃないか。心配するな。お館様よりも弱い女」


 バカな義智は、カチヤの名前すら憶えていなかった。


「カチヤ殿、何事も先手必勝!」


「なるほど、先に獲物を狩られてしまった女の嫉妬なのですね。私がお館様に寵愛を受けるであろうから」


「指示がなかったのでな。自主的に動いただけだ。私は戦でも常にそうだった。なぜなら天才だからだ」


「駄目だこりゃ」


 この四人は、やはり色々と酷い。

 平和なアキツシマ島には、できれば必要ない種類の人間のようだ。

 

「ヴェル、ヤバイぞ」


「みたいだな」


 段々と、インコたちの鳴き声による会話が大きくなってきた。

 さらにインコたちは、徐々に殺気を増していく。

 どうやら、仲間を殺した俺たちを許すつもりはないようだ。


「ヴェル様、もの凄い数」


「急激に増えてきたな」


「鳴き声で仲間を呼んだみたい。他の魔物の姿が一匹もない」


 今ヴィルマに指摘されて気がついたが、このエリアにはインコしかいないようだ。

 南国特有の巨大な木の枝に大量のインコが停まっており、その数はあちこちから次第に増えていく。

 『探知』では、もう数が多すぎて正確な数がわからない。

 いくら一匹では弱くても、あれだけ集まれば圧倒的な脅威となる。


「おや? これは予想外だぁーーー!」


「予想外じゃねえよ!」


 どこか無責任な義智に、エルが本気でキレた。


「お館様、これは危険です」


「臣下たる私は、お館様の慈悲に縋るべく……」


「こういうことは、戦と同じく水物なので」


 これはまずいことをしたと、それに気がついた三人はすぐに俺に助けを求めてきた。

 本当に、こいつらはいい性格をしている。


「魔物の領域の中だ。あくまでも自己責任で!」


 逃げに徹すれば死にはすまいと、俺は四人に罰を与えるべくその場に放置して逃げ出した。

 俺はすぐにエルたちを呼び寄せ、『瞬間移動』で魔物の領域の外にある宿場町の入り口に逃げている。


「あいつら、人に迷惑かけやがって」


「旦那、あいつら死んだかな?」


「そんなタマか! 殺しても死ぬわけがない!」


「ああいうのはしぶとい」


 俺とヴィルマの予想どおり、一時間ほどして四人はインコの羽塗れになって魔物の領域から出てきた。

 留まって戦っていたら死んでいたであろうが、その辺の選択は本能でできるらしい。

 まさに、殺しても死なないのがこの四人というわけだ。


「旦那、インコの死体は?」


「一応あるけどね……」


 一応インコの死体は持って帰ってきたが、この島の宿場町にも支部を出した冒険者ギルド職員の鑑定により、さほど価値がないことが判明した。

 果物ばかり食べているので肉は癖がなくて美味であったが、羽は衣服や装飾品の材料にしかならない。

 一匹でも攻撃するとそのエリアにいる群れが全力で攻撃してくることを考えると、まったく割の合わない獲物として無視されるようになってしまうのであった。






「次こそは、バウマイスター辺境伯を打倒するぞ!」


「新しい魔物を探して、お館様に献上するのだ」


「それは私が先です」


「狩りも戦も同じこと。ならば、この戦の申し子である私が!」


 やらかしてくれた四人は再び導師に預けたが、こいつらはいい性格をしているので反省などしない。

 義智は俺の打倒のため、信長たちはなにか功績を得て俺の寵愛を受けようと、懸命に狩りに勤しむ。

 そして皮肉なことに、この四人は実力派冒険者パーティとして有名になっていくのであった。

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