第346話 統一、陞爵、他いろいろ(その2)
「バウマイスター伯爵、苗木を購入してきたぞ」
「これが品種改良品かぁ」
「少し前までは、この品種が農家で栽培されていたのだ。今も極少量生産されているそうだがな。まあ、我らの国でヤシの木の需要は少ないし、気候の問題もある。わずかに温室で生産されているのみだがな」
魔王様がヤシの木の苗木を持ってきてくれたので、みんなで宋領がある島と島津領内に植えた。
魔法で土地を整備し、魔法で作った肥料を混ぜながら苗を植えていく。
島の住民と、島津領で新たにヤシの木の栽培を始める者たちも作業を手伝い、モールたちは栽培方法を教えていた。
元ネタの大半は、魔族の国の園芸書や、書店で購入可能な農業指南書からである。
「バウマイスター伯爵、成木もあるそうだぞ。ライラがそう言っておったぞ」
「それは欲しいけど、どうして成木が?」
「持ち主が破産したそうだ」
「世知辛いお話ですわね……」
魔王様の口から出た『破産』という言葉に、カタリーナは顔をしかめた。
さらに詳しい事情を聞くと、人口減で悩んでいる地域が観光客を呼ぼうと温室と建て、ヤシの木や他の熱帯産フルーツの栽培を始めた。
そこで獲れるフルーツを、観光客に調理して出す。
地球でも割とありそうな商売だが、過疎地の村おこし、地方創生……日本では結構前から色々とやっているか……。
どう言葉を変えても商売なので、少数の成功者と多数の失敗者たちという構図は同じだ。
資金繰りが悪化して倒産、なまじ地方自治体も金を出していたために税金で借金を補てんしたが経営が改善せず、余計に苦境に陥るという話は珍しくない。
その温室農園と飲食店も、地元自治体が資本金を出して参加していた。
所謂第三セクターというやつだが、魔族の国でどう言うのかは知らない。
結局補助金が戻ってくるどころか、膨らんだ借金を税金で補てんする羽目になり、地元住民たちは大激怒というわけだ。
「税金の無駄使いだと批判されたそうだ。放置されているヤシの木が多少なりとも金になれば損失が減る。今頃ライラが買い叩いているはずだ」
ライラさんは、本当に優秀な人だな。
魔王様をお世話するため複数のアルバイトで家計を維持していた生活とは一変、優秀な女性社長へと華麗に転身を遂げたのだから。
「温室が欲しいなぁ」
「移築が難しかろう」
「それはあるか」
魔族は全員魔法使いなのだが、使える魔法の数が少なかったり、人間には極少数いる希少な魔法を使える者がいなかった。
俺の『瞬間移動』、レンブラント男爵の『移築』、『通信』系の魔法も駄目だ。
ただし、魔導携帯通信機の技術は最新鋭なので、魔王様は頻繁にライラさんと連絡を取っていた。
魔王様の魔導携帯通信機はピンクが主体の女の子仕様で、藤子とルルがとても羨ましそうに見ていた。
携帯電話を使う魔王様……ちょっとシュールではあるか。
「農業は経営が難しい。価格の下ぶれに耐えられる大規模農家か大企業経営農業。あとは小回りが利く小規模農園のみだな。それでも潰れる農家は多い」
ライラさんは、倒産農家の放置された道具や肥料、種子、苗木なども買い取ってこちらに送ってくれるそうだ。
向こうでは債権者ですらゴミ扱いして放置された品なので、少しでも金になればと、かなりの量が集まっているらしい。
ライラさんは農業法人の社長なので、まさかアキツシマ島に輸出されているとは思っていないようだ。
苗木を植える作業をしている領民たちは、支給された農機具の使いやすさに感動していた。
「旦那、ヤシの木ばかり植えているけど、これ役に立つのか?」
「ヤシの木は使い道が多いぞ」
ヤシは色々と種類があるが、この島に植わっていた種類はココヤシに似ていた。
未熟果からココナッツジュースが取れ、これは中央の金持ちがたまに飲んでいるのは前に聞いた。
成熟果の胚乳からココナッツオイルが搾れ、ココナッツとココナッツミルクも取れた。
外皮、殻、幹、葉も使い道がある。
魔族の国から購入した品種改良品は、実が多くなったり、病気になり難くなったり、樹木が高く成長しないようになっているそうだ。
他にも、ナツメヤシ、アサイー、アブラヤシ、オウギヤシに似ている品種もあった。
果物、砂糖、油などが取れ、油は食用油としても、石鹸の材料にもなる。
せっかく温かい気候なので、この地でヤシの木を大量に育て、将来は王国や帝国に輸出してもいいな。
きっと将来、いい特産品になってくれるはずだ。
「種子からも苗を育て、大々的にヤシの木の大農園を作ればいいか」
「それはありがたいことです。銭も手に入りますからな」
旧島津領と旧宋領の領民たちも、換金可能な商品作物に喜んでいる。
この島は長年分裂していた影響で、地方に銭が流れないで困っていた。
鉱物資源に恵まれていない地域が多く、商品取引に物々交換や、地方貨扱いで石貨を用いていた地域もあったほどだ。
石貨は、誰でも作ろうと思えば作れる。
そのせいか価値が不安定で受け取らない人も多く、物々交換だと手間がかかりすぎてしまう。
たとえ外国のものでも、安定した貨幣があり、それが交易で手に入るのなら彼らには大きな利益となるのだから。
「ええいっ! 嘆かわしい!」
一人だけ、もの凄く反発している人がいるが……。
「また君? ボクたち忙しいから、またあとで遊んであげるよ」
「このチビ! 俺様を寂しい人扱いするな!」
宋家の現当主(名ばかり)の義智が、またも文句を言ってきた。
ルイーゼがまたかと適当にあしらうと、それが我慢できない義智は反論し、二人はレベルの低い口喧嘩を始める。
「実際に寂しい状態じゃないか。独立を目指すのはいいけど、支持者は?」
「沢山いるに決まっている! お前たちに表立って反抗すると最悪処刑されるかもしれないからな! 心の中に仕舞って、俺様を密かに応援しているのだ!」
それとなく義智の父である代官に聞いてみたことがあるのだが、宋領の領民の独立性は、昔からヤシの木と実の交易以外では島に籠った生活だったから出たものらしい。
島津家など大物領主の介入は、実入りを減らされることへの不安から。
ところが今は、バウマイスター伯爵が開発と交易の促進を代官を通じて行っているので、誰も義智の反乱に参加していない。
収入が上がるあてができたので、逆らう理由がないのだ。
というか、この義智の行動は反乱なのか?
ルイーゼから可哀想な子扱いされている時点で、すでに駄目だと思うんだが……。
「せっかく木を植えたんだから、魔法で吹き飛ばさないでよね。植えたばかりで、まだ根が張っていないんだから」
「するか! この俺様は超絶天才魔法使いではあるが、スーパー天才格闘家でもあるのだ! バウマイスター伯爵、勝負だ!」
こいつ、魔法では俺に勝てないからって、今度は格闘技で勝負かよ。
魔力を使わないとなると、俺には勝ち目がなさそうだな。
色々と残念な義智だが、こいつ典型的な器用貧乏でなんでもそこそここなしてしまうのだと、父親から聞いていた。
「はいはい。じゃあ、ボクが相手をするから」
「ふっ、女には本気を出せないな」
「そんなことを言って。ボクに負けるのが怖いんでしょう?」
「そんなわけがあぁーーーるかぁーーー!」
ルイーゼの挑発に簡単に乗ってしまった義智が、勢いよくルイーゼに襲いかかった。
並の格闘家なら対抗できないスピードだが、ルイーゼなら余裕で対処可能であった。
「ほいっと」
ルイーゼはまったく魔力を使わず、義智の勢いを受け流しつつ、それを利用して素早く彼を掴み、また海へとぶん投げた。
「のぁーーー!」
ルイーゼの投げ技にまったく対処できなかった義智は、大きな水柱と共に海へと沈んでいく。
「大丈夫か? あいつ」
「あの程度で死にはしないよ」
確かに、義智とはこれまで何度か戦ったが、異常なまでにタフで頑丈だった。
怪我をしにくい体質のようで、次の日にはピンピンとした状態でまた挑んでくるのだ。
「ぷはっ! うぬぬ……」
義智は水面から顔を出し、悔しそうな表情を浮かべていた。
「また暇なら遊んであげるから」
「この俺様が、お子様に負けるなあんてぇーーー!」
「失礼な奴だな。ボクは、バウマイスター伯爵夫人で子供もいるんだぞ」
「嘘つけ!」
「失礼な! えいっ!」
「痛いじゃないか!」
義智にお子様扱いされたルイーゼは怒り、その辺にある石を彼に投げつけた。
それが彼の顔に命中し、一人勝手に怒っている。
義智は、宋家の独立を願うくせに敵の情報には疎かった。
一人で勝手に反抗しているので、こちらを調べる余裕がないのであろう。
ただ、ルイーゼに初めて会う人で、彼女が既婚、子供ありだと思う人は一人もいなかったから、義智の言い分もあながち間違いではないのだ。
「しつこい人ね」
こいつのしつこさは、ある意味伝説だ。
家に戻ると毎日代官である父親に叱られるそうだが……というか、バウマイスター伯爵家に反抗しているのに、その代官に任じられた実家に戻るのが凄い。
普通に食事などもするそうだ。
彼曰く『代官家に食事代を負担させ、バウマイスター伯爵家の財政にダメージを与えているらしい。
なんとも、ものは言いようである。
「物語だと、何度か負かしていると敵が観念してとか、そういうパターンよね」
諸葛孔明が破った孟獲を七度放ち、八度目に心服したお話みたいだ。
この世界にも、似たような話があるのか。
「でもよ、イーナ。アレに心服されて嬉しいか?」
「ないわね」
イーナとカチヤが酷いことを言うが、確かに義智に慕われてもなぁ……。
なんかウザいし。
「畜生! どうして勝てないんだよぉーーー!」
海に浮かびながら一人叫ぶ義智だが、同情する者はいない。
素直に島の代官をやればいいのに、一人だけ無意味にバウマイスター伯爵家に逆らっているからだ。
両親と領民たちですら、意味がわからなくて首を傾げている状態なのだから。
「そんなに俺に勝ちたいのか?」
「当たり前だ! 俺様は超絶天才魔法使いだからな!」
アキツシマ島では中級魔法使いでも天才扱いだから、義智の言うことは間違っていない。
しかしながら、隣に島津四兄弟がいるのだが、彼らとは戦ったことがないのであろうか?
俺はむしろ名前から、この四兄弟の方を警戒していたのだ。
実際に蓋を開けてみたら、彼らは父貴久に従って降り、代官や中央官僚、軍の武官として活躍している。
まさか、宋義智という戦国時代ではマイナーな人物が俺に逆らうとは思わなかった。
「いくら天才でも、修行はしないと勝てないんじゃないかな?」
「バウマイスター伯爵、お前は修行をしたのか?」
「したよ。厳しかったなぁ……」
成人するまで、ルイーゼと共に導師に鍛えられたものだ。
今でも格闘術などはいまいちかもしれないが、それでも帝国内乱で師匠に殺されないで済んだりしたから、あの厳しい修行の日々も決して無駄ではなかったのだと思う。
「ふっ、敵に塩を送るとは、バウマイスター伯爵も甘ぁーーーいな!」
出た、興奮したり調子に乗ると出るいつもの口調が。
どうやら、上手く引っかかってくれたようだ。
「ならば俺もその人物に修行を受け、必ずやバウマイスター伯爵を倒ぉーーーすのだぁーーー!」
「でも、大丈夫かな?」
「どういう意味だ? バウマイスター伯爵」
「いや、厳しい修行だからねぇ……。なあ? ルイーゼ」
「そうだねぇ……。ボクも結構大変だったし」
「なにを心配するかと思えば。この俺様なら、余裕で修行をこなせぇーーーるはずだ!」
「まあ、ご自由に」
「ふんっ! あとで後悔するなよ!」
わざと、修行は厳しいからやめた方がいいよと釘を差して正解だった。
義智は、俺にできた修行が自分にできないはずはないと、余計にやる気になっていたからだ。
ルイーゼに視線を送るとウインクしてきたので、俺の誘導策に気がついたようだ。
「いざ、その人物の下へ! この修行が終わった時こそが、俺様の栄光の時間の始まりなのだぁーーー!」
「まずは、俺が送るよ」
「ふっ、甘いな貴様は」
これから大変だろうから、せめて最初くらいは送ってやるよ。
地獄への時間を短縮してやる意図もあったけど。
「なかなかイキのよさそうな若者である!」
「導師、彼が弟子になりたいそうです」
「大歓迎である!」
導師は、大津の郊外で魔法使いたちを鍛えていた。
その中には兼仲もおり、他の魔法使いたちも魔法を放出するよりも、拳に魔力を纏わせて殴ったり、まあそういう系統の人たちが大半であった。
なお、普通の魔法使いたちは、全員ブランタークさんの方に行っていた。
「おおっ! いかにも強そうじゃないか!」
義智は、導師を見て大喜びであった。
相思相愛で俺も嬉しいさ。
なかなか修行は終わらないと思うけど、せいぜい頑張ってくれ。
「では、強さを見るのである!」
「ふっ、この超絶天才魔法使い宋義智様なら、一ヵ月もあれば余裕だな! バウマイスター伯爵よりも早く修行のコツを掴んで、パワーアップ、スピードアップだ!」
「バウマイスター伯爵、これは思った以上にイキのいい若者である!」
「頑丈なので、好きに鍛えてやってください」
「任せるのである!」
導師が胸を叩いて了承すると、隣にいた兼仲の顔が真っ青になった。
彼も、人類の壁を超えていそうな導師に鍛えられ、三途の川の向こう側を何度か見ているからだ。
「(お館様……)」
「(導師に鍛えられている間は反抗しないからな。俺も忙しいから、あいつの相手をしていられないんだよ)」
「(はあ……)」
兼仲は今度大津に発足した警備隊の幹部なので、義智の事情をよく知っている。
そのため、導師の生贄に出すことを了承した。
自分が相手をするのも面倒だと思ったのであろう。
「(まあ、自分では義智よりも少し強いくらいなので、毎日突っかかられたら面倒ですね。わかりました)」
「じゃあ、義智は頑張れよ」
「ふんっ! 貴様は厳しい修行により、さらに限界を超えた俺様に破れるのだ!」
だといいがな。
その前に、導師に毎日ギタギタに鍛えられるがいい。
義智は中級魔法使いでこれ以上魔力は上がらないから、死ぬほど努力して工夫しないと俺に勝てない仕組みになっているわけだけど。
「では、行くのである!」
「おうさ!」
導師と義智は修行前にお互いの実力を確認するため、まずは実戦形式で戦い始めた。
「あれぇーーー! ドカッ! ベキッ!」
いきなり導師の魔力を篭めた拳に殴られ、地面にめり込んだ奴がいるが、義智の頑丈さは折り紙つきだ。
気にせずに俺は、中断した作業を手伝うために『瞬間移動』で旧宋領がある島へと戻るのであった。
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