第344話 高速アキツシマ島統一(後編)

「あの三人の考えることなど、容易に想像がつきます」


「罰で働かされているのを理解しているのでしょうか?」




 DQN三人組の監視を導師とリサに任せ、俺は大津城へと『瞬間移動』した。

 現在の大津城は完全にバウマイスター伯爵家の拠点となり、アキツシマ島副代官である雪がすべての統治実務を取り仕切っていた。

 雪は魔法は使えないが、俺よりも年齢が一つ下で女性なのにもの凄く有能な文官であった。

 軍勢を任せても上手く指揮を執れ、本人は刀術、槍術、弓術、斧術、薙刀術、馬術、操船の達人でもある。

 これだけ有能ならいくらでも一人立ちできるはずなのに、幼馴染でもあった涼子を盛り立てていたのだから、かなり義理堅い性格もしていた。


『拙者の下に欲しいくらいの逸材です』


 その有能さは、ローデリヒも認めるところであった。

 その雪に、あの三人が考えていた下らない計画を教えると、彼女も呆れた表情を浮かべていた。


「とはいえ、もう少しお館様がこの島に来るのが遅かったら、彼女たちの誰かが島を統一していたかもしれません」


「そうだろうな」


 この島は、領主階級に遺伝はするが段々魔力量が落ちていく魔法使いたちが井戸を掘れなくなり、外部に出ようにも海竜に邪魔され、このままだと衰退する可能性が高かった。

 あの三人は、これまでの戦のルールでは一向に島が統一されずにバラバラだという危機感があったからこそ、あのような行動に出たのだと思う。

 俺がいなければ、あの三人がこの島を血で血を洗う乱世へと誘った可能性が高いわけだ。

 もっともその予想は、俺たちバウマイスター伯爵家の面々がやって来たことにより無意味になっている。


「魔力が余っているとろくなことを考えないので、しばらくは開墾作業に専念させましょう。まったく、これまで領主として男勝りの言動を繰り返していたくせに、急に女性を前面に押し立てても意味がないことくらい理解してほしいものです。お館様は、涼子様と私の夫になられるのですから」


「おっ、おう……」


 思わず、肯定とも否定とも取れない返事をしてしまった。

 島の安定した統治のために、この島全体の代官と副代官である涼子と雪を妻に迎え、その子に継がせるのが重要なのはわかる。

 だが、こうもストレートに言われてしまうと、どこか釈然としない部分もあった。


「今は、南部平定の方が優先ですよ。雪さん」


「勿論、その計画は進めています。唯殿もそれはご存じでは?」


「そうでしたね」


 とここで、あの松永久秀の娘である唯さんも話に入ってくる。

 雪は統治に必要な官僚、代官組織の編成を行った。

 トップは秋津洲高臣の名を継ぐ涼子だが、彼女は基本神官なのでお飾りである。

 実際の統治よりも、この島では廃れつつある神道に似た宗教と神社の復興を進め、彼女はそのトップとして統治の精神的な支えとなる。

 ここで教会の教えを強引に持ち込むと新たな騒動の元なので、ミズホ公爵領と同じ方式にした。

 こういう時に、ホーエンハイム枢機卿とツテがあると話が早くて助かる。

 どうせしばらくはバウマイスター伯爵家の人間以外島には立ち入り禁止なので、押しかけ布教を試みる神官はいないはず。

 そんなわけで涼子は、普段は大津城の近くにある廃れた大社で秋津洲家が代々伝える神事や治癒魔法を用いた治療を行うことになった。

 早速病気や怪我をした人たちが多数押しかけ、同時に大社も大規模改装工事中だ。

 費用は、俺が出しているけど。

 統治の実務は雪が当主を務める細川家が担当、唯さんは松永家の人間として副代官である雪を補佐する役割についている。

 彼女も魔法は使えないが、松永家の一人娘なので高度な教育を受けており、非常に優秀であった。

 他にも、雪の補佐についている中央領域の代官や官僚も多い。

 彼らは、この島を統治する中央官僚という位置づけだ。

 それに加えて、これまでに平定した地域にも責任者がいる。

 北部は伊達家、中央は三好家、西部は十河家、東部は北条家といった具合だ。

 その下に各領地の領主からそこの代官にジョブチェンジした人たちがいて、上手くピラミッド型の統治組織ができあがった。

 俺はよくわからないので、みんな雪に任せているけど。

 中には、七条兼仲のように領主には向いていないし、やりたくもないという理由で、中央官僚や武官に転身した者も多かった。

 兼仲は中央で再編した治安維持用の警備隊の責任者になり、訓練と警邏、たまに街道拡張工事などを手伝っている。

 松永久秀も中央官僚のお偉いさんに華麗に転身し、雪の下で辣腕を振るっていた。

 唯さんも雪が女性なので、側に同じ女性がいた方がいいという理由でついているのだが、この二人仲が悪いのかもしれない。

 二人で仕事をしていると、とても効率よく片付くようではあるのだが……。


「南部が平定できれば、さらに効率のいい開発が進められます。松永久秀殿は優秀なのですから、南部の責任者などはいかがですか? 唯殿も、南部の有力領主から婿を迎えればいい」


「松永家は中央を基盤としてまいりました。急に南部の責任者になっても、地元の人たちが言うことを聞かなくなる懸念があります。それに、松永家の婿については父に考えがあるようです。雪さんが心配する必要はありませんわ」


 やはりこの二人、仲が悪いようだ。

 雪は松永家を南部に移そうと画策し、唯さんはそれを堂々と否定した。

 『松永家のことに口を出すな、小娘!』と顔に書いてあるが、それを見ても涼しい顔をしたままの雪も大したものだ。


「松永家にも外の血を?」


「そうなるかもしれませんが、それは雪さんが心配することではありませんよ。何事も、お館様次第です」

 

 そう言いながら、俺に妖艶な笑みを見せる唯さん。

 彼女は男勝りの仕事をしながらも、あのDQN三人組とは違って身嗜みにも気を使っていた。

 あまり派手ではないセンスのいい打掛を着ており、この島には香水はないが、ほんのりといい香りがする香を炊いていた。

 誰から見ても綺麗なお姉さんであり、俺の一歳上とは思えないほど洗練されている。

 雪も大津城に詰めるようになってから女性らしい格好をするようになったが、ずっと北部にいた影響であろう。

 女性としての身嗜みは、唯さんの方に軍配が上がってしまう。


「お館様は、この島を統べる存在。誰を寵愛しようと自由なはず。血筋によって副代官職の正当性を求めるのは結構ですが、それはお館様への配慮がなっておりません。迫り方も無粋ですね。私には到底真似できませんわ」


「っ!」

 

 唯さんの指摘が図星であったため雪が歯ぎしりをしてしまい、俺は早くこの場から抜け出したくて仕方がなくなるのであった。






「というわけです。女は怖い」


「聞いていた私も怖いわよ。まさに女同士の争いよね。私も女性だから、あまり人のことは言えないけど……」


「明日からどうしよう?」


「知らないフリをするしかないんじゃないの?」




 執務室のギスギスした空気に耐えかねて外に出た俺は、大津城の中庭で槍の稽古をしていたイーナに先ほどの出来事を話した。

 明日から、あのギスギスした空気の中で、俺はどう自分の身を処すればいいのか?

 それを教わりたかったのだけど、残念ながら彼女にも冴えた解決策が思いつかなかったようだ。

 知らんぷりをしろだなんて……。

 俺の心が保つかな?

 

「唯さんも、ヴェルの子供が産みたいわけね。あの久秀っていう人、いかにも企んでそうな感じだものね」


 名前が松永久秀だからなぁ。

 天下人であった三好長慶の腹心で、元は領主階級でもなかったらしい。

 己の実力のみで、三好家重臣の地位と、松永領の領主となった。

 今は領地が持てないので、旧松永領の代官兼雪の補佐で重要な地位にいる。

 彼は優秀なので、仕事を任せると楽なのは確かであった。


「久秀さんの狙いは、雪さんの副代官職だと思う」


「やはりそうか……」


 一人娘の唯さんに俺の子供を産ませて松永家次期当主とし、バウマイスター伯爵家の血で細川家に対抗するつもりなのであろう。

 秋津洲家は飾りなので、抵抗しても意味はない。

 細川家を標的にしているところで、久秀のおっさんが食えない人なのはわかった。

 それでも、別に武力闘争というわけでもない。

 無用な派閥争いで統治の足を引っ張っていないから、特に罰する理由もない。

 三好長慶の下で権謀術策の世界に生きてきた彼だからこそ、むしろ今の体制の方が立身出世が可能だと思っているわけだ。

 少なくとも、細川家と副代官職を奪い合うライバル関係にはなりたい意図が透けて見えた。


「どうしようか?」


「それは私には決められないわ」


「そうだね。ヴェルが決めないと」


 話にルイーゼも加わってきた。

 

「あたいたちには決定権ないものな」


「そう、ヴェル様の妻が百人いても私たちはなにも言えない」


 カチヤとヴィルマも話に加わってくるが、俺が誰を妻にするかしないかは自分で決めてくれと突き放されてしまう。


「そのくらいのこと、ご自分で決めるのが貴族ですわ」


「あなたはバウマイスター伯爵家の初代当主なので、当主の力が特に強いのです。代を経れば家臣団や一族の意向も左右しますが、基本的にはローデリヒさんも、あなたの意向に逆らえません。実力のある当主とはそういうものなのです」


 カタリーナとエリーゼにも止めを刺され、俺は思わず最後の望みテレーゼに縋った。

 リサはまだあのDQN三人組を監視しているので、ここにいなかった。


「なんじゃ? 妾のアドバイスが必要なのか?」


「助けて! テレーゼ!」


 心の中で、後ろに『えもん』とつけた。


「好きにせい……では、他のみなと同じじゃな。妾なりの見解を述べよう。妾なら、涼子、雪、唯を妻にした方がいいと思うがの」


「その心は?」


「ヴェンデリン、為政者とはな。未来に起こるであろう、最悪の想定を常に考えねばならぬのじゃ」


「最悪の想定?」


「秋津洲家はいい。あそこはお飾り、宗教的な権威と合わせてこの島のトップとなる。それを支える存在はぶっちゃけ誰でもいい。理想は能力がある家ならなおよしといった感じか。あとは、その地位を定期的に交替した方がいいの」


 つまり、副代官職の細川家世襲は大きな危険を孕んでいるのか。


「雪はとてつもなく優秀じゃが、その子は? 孫は? ひ孫は? 悪愚な当主が出て、島の統治を不安定にするやもしれぬ」


「そこで松永家ってことか?」 


「そうじゃ。細川家が駄目なら、松永家に交代する。その権限をバウマイスター伯爵家が持てば、アキツシマ島の混乱は防げる。向こうの不満? バウマイスター伯爵家の力は圧倒的じゃ。文句があるのなら、叩き潰すぞという姿勢が大切なのじゃ」


「うわぁ、怖いね」


「ルイーゼよ。統治者とは基本的に怖れられてナンボの存在なのじゃ。上が舐められて下が混乱すれば、一番迷惑を蒙るのは下々の領民たちじゃぞ」


 それは、帝国内乱で嫌というほど実感した。

 今のところは順調だが、島の統治に手を抜いてはいけないわけだな。

 ただ、誰を嫁に貰うのかとかはあとにしてほしい。


「その三人くらいでよかろう。伊達の小娘がなにか言うておるが、あの小娘との婚姻など悪手じゃ」


「当主がヴェンデリンさんの血を継いでいるからと、北部で反抗的な態度を取る可能性がありますわね」


 領主は全員代官にしてしまったが、担当地域は元領地なので影響力が残っている。

 ここで藤子と俺の子が伊達家の当主になると、中央と張り合って島の統治に混乱が出る可能性もあった。


「男女のことなどまだ知らぬ子供の言う戯言じゃ。適当にはいはい言っておけ」


「それはルルもか?」


「あの子はいい。ヴェンデリンの妻になっても、余計な紐もついておらぬ。ついていても、移転した村くらいであろう? 子供をその地域の代官にすれば、連中も素直に従おうて」


 それにしても、ここまでドライに考えられるとはさすがは元公爵様。

 

「むむむっ、その言葉聞き捨てならぬぞ!」


「おお、噂をすれば小娘じゃ」


「俺を小娘扱いするな! ちょっとくらい背と胸が大きいからって威張るなよ。俺もテレーゼ殿くらいの年になれば、張り合えるくらいのナイスバディーになるわ!」


 どうやらテレーゼは、藤子が話を聞いているのがわかって彼女に釘を差したようだ。

 子供相手に大人気ないという意見もあると思うが、藤子は年齢以上に大人びている部分がある。

 理解できるとわかって釘を差したようだ。


「ルルは、ヴェンデリン様のいい奥さんになりますね」


「おう、自由にせい。ルルにはなんの問題もないからな。ヴェンデリンのことは好きか?」


「はい、大好きです」


「そうか、それは相思相愛じゃな」


 テレーゼからの問いに、満面の笑みで答えるルル。

 五歳の幼女の大好きだから、娘がお父さんを大好きと言っているような感覚を覚えてしまう。


「俺とルル。随分と差があるじゃないか! 俺もお館様のことは大好きだぞ!」


「生まれた家が悪かったの。生まれは選べぬから本人に罪はないが、その影響は生涯ついて回る。諦めい!」


「ぐっ! 俺が伊達家の次期当主だから駄目だってのか?」


「そういうことじゃ。お主の身形や心根のせいではない。それだけは言っておこう」


 テレーゼは、五歳児でも理解に及ぶのであれば容赦しなかった。

 逆に言うと、藤子を対等の相手だと認めているわけだ。


「ならばこの伊達藤子、いや、伊達の名を捨てただの藤子となろう!」


「本気か? お主」


「フィリップ公爵の爵位と家を捨てたテレーゼ殿と同じじゃ。実は、昨日父上から母上が身籠ったと連絡が来てな。ちょうどいいから、その子に家督を譲る旨を伝えている。家臣たちも次は男かもしれないとなれば、俺が家督を捨ててもなにも文句は言うまい」


 藤子は、本当に五歳児とは思えない口を利くよな。

 元々藤子の家督継承の話は、伊達家直系の子供が藤子しかいない状態で当代政宗殿が病気になってしまったから出た話だ。

 彼はもう健康であるし、次の子供も産まれる。

 となれば、別に戦乱の世でもないし、無理に藤子に家督を継がせる必要はないというわけだ。


「なるほど。家を捨てても、ヴェンデリンの妻になるわけだな?」


「おうよ。伊達の家よりも、お館様の方が大切だからな」


「そこまでの覚悟なら、まったく問題ないな」


「テレーゼ殿は話がわかるな」


 おい、テレーゼ。

 俺の妻を勝手に増やすな。


「よかったの、ヴェンデリン。若い妻が増えて」


「がぁーーー!」


「お館様、ルルと二人、いい妻になるからな」


 ここで拒否すると藤子でも泣きそうだったので、俺はなにも言えなかった。


「だぁーーー! 私たちはどうなるのですか?」


「そうです! 私たちはもうあと一~二年の話ですよ!」


「先生は、私たちを捨てたりしませんよね?」


「捨てるわけがないだろう。アグネスたちは俺の弟子で……「「「婚約者ですよね?」」」」


 これで八人……。

 ここは、ミズホ人と同じルーツを持つアキツシマ島だ。

 もしかしたら、ここには俺の予想もつかないなにかがあるのかもしれなかった。

 と、勝手に思って現実逃避していただけであったが……。

 ところで、俺の嫁が増えない人生の選択肢ってどこかにありませんかね?




「さて、南部の状況ですが……」


 俺が新たに何人の妻を迎えるのかはあとの問題として……まあ、先送りとも言うが……まるで日本の政治家……俺は元々日本人だからいいのか。

 前世では、そういう政治家をテレビで見ながら批判していたが、その立場になってみると意外と大変だったことがわかる。

 無責任に、一方的に非難して悪かった。

 統治体制の整備と兵力の再編……これは、なるべく専業の兵士を増やし、領民たちが生産作業に専念できるようにしている。

 過度期なので地方の治安維持にパート兵士がいたりするが、これも南部の平定が終われば、徐々に開墾した農地などに割り振って数を減らす方針だ。

 その作業がひと段落したので、いよいよ南部平定作戦を行うことになった。

 作戦会議が大津城の会議室で行われ、雪が南部の状況を説明する。


「南部は、大きく分けて四つの大きな領主がいます。北部の毛利家、家臣に小早川家、吉川家、穂井田家などがいます。中西部の竜造寺家、家臣に鍋島や松浦家、中東部は大友家で、家臣に立花家、高橋家、一万田家、志賀家など。最南端に島津家、伊集院家、新納家、北郷家などが有力な家臣ですね」


「一番強いのは?」


「どこも似たり寄ったりです。ただ、島津家は当主貴久の子四兄弟全員が中級魔法使いだそうで、勢いはあります」


 こちらが攻めると、激しく抵抗する可能性があるのか。


「南部は比較的食料生産に余裕がありますからね。独立独歩というか、領地が接しているところは小競り合いがありますが、基本あまり争わないんですよね」


 日本の戦国時代だと九州は修羅の国であったが、アキツシマ島の南部勢力は現状の変更を嫌う大領主が多かった。

 比較的水と食料に恵まれていることもあって、他の地域よりはむしろ戦は少ないのだそうだ。


「じゃあ、平定は簡単か」


「平定は簡単です。むしろ、あとが面倒ですね……」


 この雪の発言は、現実のものとなった。

 七条兼仲が指揮を執る南部平定部隊が南下を開始すると、毛利家、竜造寺家、大友家、島津家とみんな素直に降ったからだ。

 雪は、もしかすると島津四兄弟が戦いを挑んでくる可能性を考慮したが、実際には素直に降伏している。


「呆気ない全島統一だな」


 物語やゲームとしてはいまいちなのであろうが、実際に統一を目指している身としては最良の結果だ。

 ところが、問題はその後に発生したのだ。


「南部の責任者は、一番歴史の長い大友家だな。我らは一万年以上も昔、この島に上陸し、秋津洲家を支えた仲間の子孫なのだから」


 通り名が宗麟の大友家当主は、自分こそが南部の代官に相応しいと宣言する。


「それはおかしいぞ! 我が毛利家も、歴史の長さは同じだ!」


「なにを言うか。毛利など、秋津洲家の屋敷の前でゴミ掃除をしていた小物の子孫ではないか」


「そんなことはない! 毛利家の祖先は、秋津洲家の仲間だと古文書に書いてある!」


「一万年も前の話だ。大方、適当に嘘でも書いたのであろう」


「他家のことが言えるのか? 第一お前の家は、何度も直系が断絶して養子を受け入れているではないか! 血など繋がっていないくせに、血筋の良さを誇るとはちゃんちゃらおかしい!」


「バカ者! 分家からの養子だぞ! 血は繋がっておるわ!」


 毛利家の当主の通り名は元就であり、二人は自分こそが南部の代官に相応しいと口喧嘩を始めてしまう。


「家柄の古さしか取り得がないというのも困りものだな。ここは、我ら竜造寺家こそが南部代官に相応しいのだ」


「一番相応しくないわ!」


「成り上がり者のくせに!」


「二千年の歴史があるうちが成り上がり? お前らが骨董品なだけじゃないか!」


 この島の家柄自慢は、王国と帝国の歴史ある貴族家がすべて新興、成り上がり貴族に見えてしまうほど凄い。

 数千年の歴史が当たり前なのだから。

 領主一族の本流はほぼ全員魔法使いなので、家が続きやすかったのであろう。


「我ら島津家は八千年の歴史と、四人の息子は全員中級魔法使いだ。家柄と実力を兼ね揃えた島津家こそが南部代官に相応しい!」


 随分と素直に降ったと思ったらこれだ。

 彼らも、基本は勝てない戦などしない。

 領地はなくなっても代官だから地元に影響力は残るわけだし、ならば素直に降ってあとは南部を統括する代官職を狙った方が利口だと考えたわけだ。


「雪の予言が当たった!」


 この四家の実力は伯仲しており、戦がなかったので誰も力を落としてしない。

 四人の中で誰を選んでも反抗は必至で、これでは素直に降った意味がないかもしれない。


「どうしようか?」


「この件は、対応を間違えますと……」


 再び争いは必至だ。

 せめて四人の中の誰かに、指名するに足る根拠があればいいのだが……。


「涼子、彼らの言う家柄って本当なのか?」


「我が家に伝わる古文書にも記載されていますが、なにしろ一万年もの年月です。途中で断絶して分家が本家を継いだり、乗っ取ったりする事例も多く、話半分かと……」


 領主の血筋は、魔法使いならそこまで疑われもしない。

 ただ、血筋の薄い分家の人間が当主になったりしたため、段々と魔力が少なくなったのであろう。

 魔力が遺伝するという、この島の領主階級の特異性の理由はなんなのであろうか?

 遺伝子……それは、王国と帝国貴族も条件にそれほど差はないはず……。

 あとでアーネストにでも研究させるか。

 畑違いだと言われて断られるかもしれないけど。


「それで、いかがなされますか?」


「うーーーん、代官職の取り合いで戦が再開したらバカみたいだしなぁ……王国の制度を参考にするか……」


 王国で大臣職は、五つほどの家で持ち回りだ。

 これを参考に、四つの家で五年ごとに交替でいいような気がする。


「そんな適当な提案を、あの連中が受け入れるか?」


「どれか一家を選ぶと、また戦ですよ」


「逆に、そういう玉虫色の裁定はよくないと思うんだよなぁ……」


 ブランタークさんは俺の提案を心配していたが、この島の住民は日本人に似ている。

 『絶対に我が家が南部の代官になるのだ! そのためには、他の三家を滅ぼしてでも!』とまで考えた者はおらず、俺からの提案を呆気なく受け入れた。


「順番はクジで決める」


「伯爵様の家臣だから好きにすればいいが、クジって……」


「ここで家柄の順とか、家臣や服属領主の支持数の順にすると、また揉めますよ。どうせ二十年に一度は回ってきますし、クジ引きなら、クジだから仕方がないで家臣や支持者たちに言い訳できますから」


「なんか、この島って戦乱なのに、しけった菓子みたいな連中が多いな」


「殺し合うよりはいいのでは?」


「そうなんだけどな」


 結局クジ引きの結果、南部の初代代官は島津家となった。

 あとは、大友家、毛利家、竜造寺家の順である。

 素直に言うことを聞いてくれるのであれば、このくらいの例外は認めても構わないであろう。


「ようやく、アキツシマ島が統一されたな。大変だった」


「そうか? 普通は島でも、三ヵ月とかからずに統一は難しいのでは? 余の夏休みは、まだ一ヵ月近くも残っておるぞ」


 この島に遊びと仕事を兼ねて来ている魔王様は、バウマイスター伯爵家によるアキツシマ島統一の早さに驚いていた。


「いいじゃない。色々と転売して儲かるから」


「ほほほっ、魔族の国ではまだ使えるのに古かったり、デザインが悪いなどの理由で売れない魔道具も多いからな。今、ライラが密かに買い集めておる。まだ使えるのに粗大ゴミで出してしまう者も多いから、無料で回収もしておるぞ」


 そういった魔道具が、この島に次々と到着する予定であった。

 

「この島の開発に魔族の国から格安で購入した魔道具を使い、バウマイスター伯爵領本領では、遺跡で発掘した魔道具を使えばいい。問題は盗難対策だが……」


 金のない初級魔法使いでも、魔法の袋を使えばかなりの量の品が盗める。

 依頼者は、俺と敵対している貴族か、純粋に貴族領というのは一種の独立国だ。

 盗品を抱え込んでも、俺に取り戻す手段はほとんどなかった。


「足の引っ張り合いか。どの国の貴族にもアホは一定数おるな。盗難対策なら、盗難防止のタグを買えばいいではないか」


「タグ?」


「魔族の国なら、どこの店でも使っておるぞ」


 魔族は全員魔法使いなので、魔法の袋で大量に盗難が可能という事情があった。

 そこで、魔法の袋に入れると大きな音が鳴る魔道具が販売されているそうだ。


「高額な商品を売る店なら、みんなつけておるぞ。特殊な鍵でしか外せず、それは店が持っている。無理に外すと割れて、もの凄い音が鳴り続けるのだ」


「それも欲しいなぁ」


 ローデリヒだから魔道具の管理体制はきっちりとやると思うが、犯罪と防犯はイタチゴッコのような関係だ。

 必ず盗難は発生するし、それを防ぐ手段は多い方がいい。


「ライラに連絡して入手させよう。それほど高いものではないし。通販でも買えるものだからな」


 こうしてアキツシマ島は無事統一され、これからこの島の開発を行って領民たちの支持を得るべく努力を開始するのであった。

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