第343話 高速アキツシマ島統一(前編)

「キリキリ働くのである!」


「無謀な戦で荒らした分は、開墾で倍にして返せよ。せっかく魔力があるんだ。生産力の増大に貢献するように」


「「「わかりました!」」」




 この世界にいた織田信長、武田信玄、上杉謙信の通り名を持つ三人の少女たちは、俺たち膨大な魔力を持つ魔法使いの前に膝を屈した。

 天下統一のためだからという理由で犠牲者が出る戦を行った罪により、三名は当主の地位を強制引退させられる。

 クーデターにより当主の地位に就いた者もいたので、彼女たちは出身一族からいなかったことにされたてしまった。

 やらかした内容が大きすぎて、死刑にでもしなければ収まらないところを、勘当、追放で済んだのだから、十分に温情だと思う。 

 織田家は、北条家で匿われていた信長の父織田信秀が一日だけ当主に復帰、信長の弟で信勝という少年がいたので、彼が本来の通り名信秀を継いで当主となった。

 隠居した信秀も、しばらくは信勝の補佐を行う。

 織田家の新しい通り名信長は夢幻と消え、彼女は織田吉子に戻っている。

 武田家も、北条家が匿っていた信虎が旧武田領の代官として一日だけ復帰。

 すぐに信玄の弟信繁が、従来の武田家当主信虎の名を継ぎ、新しい通り名信玄も二度と使われないことが決まった。

 彼女も、ただの武田晴美となる。

 上杉家も同じで、先代為景の名を継いだ竜子の従兄が上杉家の家督を継いだ。

 謙信の通り名はタブーとなり、謙信は上杉竜子に戻った。

 実家を追われた三人は、今、罰として導師監視の下で魔法による開墾を行っている。

 戦で荒れた東部地域の復興と開発を、責任を自らが責任を持って行うことになったのだ。

 逃げようにも、監視役は導師である。

 それに、魔導飛行船がないのに小さな船で逃げても、たかが中級レベルの魔法使いだと確実に海竜の餌であろう。

 特にこの島の周辺海域には、海竜の巣が大量に確認できた。

 彼女たちだと、頑張っても一回に十匹倒せればいいくらいだ。

 その程度だと、仲間を殺されて怒り狂った他の海竜たちの餌食にされてしまう。

 この島が一万年以上も外部と交流がなかったのには、ちゃんとした理由があったのだ。

 彼女たちが魔導飛行船を奪っても運行は不可能だし、他の場所に逃げても生活が成り立つ保証もない。

 三人は、導師監視の下で大人しく土地を開墾するしかないのだ。

 攻撃魔法が得意なようで未熟な点も目立つが、それはブランタークさんなどが指導することになった。

 魔力量はそれなりにあるのだから、頑張って人の役に立つ魔法を覚えてほしいものだ。


「バウマイスター伯爵様、私たちは戦の方が得意なのですが……」


「南部平定の時には是非ご指名を!」


「戦でこそ、私は輝くのです」


「却下。お前らは、多くの東部諸侯たちに恨まれている。戦で荒らした場所を元に戻すのが最優先だ」


 この三人がDQNと言われる所以は、これまでのルールでは一向にこの島を統一できないと思い、本気の戦を仕掛けてしまったことだ。

 織田家は、今川家、水野家、松平家などの領地を奪い、武田家も村上家、諏訪家、木曽家の領地を奪っている。

 上杉家も反抗的な家臣の領地を奪い、神保家、畠山家などの領地を奪った。

 その過程で犠牲者もかなり出ており、この三家は新当主になっても肩身が狭い状態だ。

 代官として復活した元東部の領主たちに深く怨まれているのだから。

 そのせいで、東部全体の代官は領地を奪われた領主とその家族を匿って養っていた北条氏康に、その補佐に負傷から復帰した今川義元が就くこととなった。

 静かにしていれば、織田家、武田家、上杉家にもチャンスはあったのに……。

 匿われていた元領主たちは、代官としては復帰できたので喜んでいる。

 領主ではなくなったので不満がある者もいるかもしれないが、あの三人のDQNを魔法で圧倒した俺に逆らうほど、現実が見えていないわけでもないだろう。

 それに彼らからしたら、俺よりも三人の方が憎い者たちの方が多いのだから。

 処刑しろと言う者たちもいたが、俺がこの三人を生かして開発作業に従事させているのは、バウマイスター伯爵家への不満や怒りが、彼女たちに向かって統治が楽になるからである。

 復興や開発で扱き使っているので利益もあり、こういう考えに至る俺は貴族らしくなったのであろうか。


「それに、こう言っては悪いが大した戦力にならない」


「そうですね。うちは上級魔法使いが多いですから」


 リサから見ても、この三人の実力は普通の中級魔法使いでしかない。

 この島の中では天才扱いだが、リンガイア大陸では上級魔法使いに圧倒され、魔族の国は普通の人だ。

 領主階級なので魔力が遺伝するというこの島独自の特徴があったが、長い年月で徐々に魔力が劣化していき、遺伝しても初級レベルが平均になっていた。

 この三人は中級なので天才扱いなんだが、性格はご覧のあり様なので戦に連れて行くとリスクが増すばかり。

 留守番をさせて、畑を開墾させるのが一番安全であろう。

 ただ、この三人の危機感は理解できた。

 優れた魔法使いが出ないので井戸は枯れる一方であり、だから外の世界を目指したのだろうから。

 その方法は、まったく褒められたものではないけど。

 実際、アキツシマ島の住民たちが異民族であるバウマイスター伯爵家の支配を素直に受け入れたのは、上級魔法使いが複数いたからだ。

 黒硬石の岩盤をぶち抜いて井戸を掘れる魔法使いがここ数百年出現しておらず、彼らは水不足が深刻化するであろう未来に怯えていた。

 そこに新たに井戸を掘れる俺たちがやって来たので、特に悪政を働くわけでもないので、受け入れて当然という流れになったようだ。

 外部との交易も行え、移民も可能かもしれないという利点もあった。


「うぉーーー! 外の魔法使いがここまで凄いとはぁーーー!」


 この三人の他にも、開墾を手伝っている者たちがいた。

 行動はDQNだったが一定の支持者がいた彼女たちについて、主家を出た者たちがいたからだ。

 柴田勝家、武田四天王、小島弥太郎の他に、十数名の初級魔法使いが開墾を手伝っている。

 前田利家、丹羽長秀、滝川一益、武藤喜兵衛、柿崎景家とか、どこかで聞いたような名前の者たちも多かった。


「留守番をさせるにしても、監視は必要だから面倒だな」


「そうですね。監視を緩めて暴れられでもしたら押さえる手間が面倒です」


 今はとにかく、開発で魔力を搾り取って余計なことを考えさせないようにしないと。

 それにしても、導師のみならずリサも監視役として置いているから、井戸を掘る速度が下がって困ってしまった。


「ほら見ろ、信玄。お前が陰湿な手段ばかり用いるから、お館様に信用されないのだ」


「人のことが言えるのですか? 今川義元を奇襲で大怪我させたあなたに」


「私のように正々堂々と戦えば、そのような評価は受けぬのです」


「戦バカの謙信に言われたくない」


「お前は、容赦なく戦うから怖いんだよ」


 怒られるのでちゃんと作業をしながらであったが、この三人は敵対していた割に会話が弾んで仲がよさそうに見えてしまう。

 今は同じ立場だから、余計そういう風に見えるのであろうか?


「織田家の家督を弟の信勝に取られてしまった。あいつと親父なら、今の領地なしで給金を貰って代官をするくらいならちょうどいいか」


「うちの信繁も同じです。彼は父に気に入られていましたからね」


「今の上杉家の家督なら、特に未練もありません。しばらくは魔法の修練をしつつ、次の機会を狙います」


「機会だと? 謙信、また兵でも挙げるのか?」


「信長、今さらそんなことをしてなにになるというのです。私は、勝ち目のない戦は嫌いなのです」


「それは奇遇だな。私も負けるのは嫌いだ。勝つために動く必要がある」


 またよからぬことを考えていないだけマシか。

 この三人は勝利するのが好きだから、無謀な、最後の意地を見せるための反乱などを起こさないという点だけは信用できるな。


「謙信も信長も、なにか策を考えたのですか?」


「簡単なことだ」


「簡単なことです」


「簡単なこと?」


「この島で平定されていない場所は南部だけ。あの三好長慶でも成し遂げられなかったアキツシマ島の統一は、お館様によって成し遂げられる」


「それはわかります。それがなにか? そこに信長も謙信も、欠片も貢献していないではないですか」


 信玄は、『なにを今さらそんなことを……』という表情を浮かべた。


「落ち着け、信玄。ならば、次に我らが目指すものはなにか? ずばり! 私が女だからこそできる天下取りの方法。お館様の寵愛を受け、産まれた子供がこの島全体の代官に任じられれば勝ちなのだ!」


「秋津洲高臣、細川藤孝、伊達藤子などがいますが……」


 信玄は、この三人が俺の妻の座を狙っている情報を掴んでいた。

 この世界の信玄も、情報収集に長けているようだ。

 今は、その諜報組織もどうなっているのか知らないけど……。


「これより抵抗がないわけでもないが、女として色々と磨く必要があるな。エリーゼ様たちが産んだ子供たちは、あくまでもバウマイスター伯爵領本領を継いだり、家臣になる身。私がお館様の子を産んで寵愛されるように女を磨くのだ」


「女の戦というわけです。私は多分、そっちの方も天才なので……努力したことは微塵もありまでんが、そんな予感がします」


「信長と謙信がそういうのであれば、この武田信玄も負けていられませんね。私が本気を出せば……」


 いや、そんなことにやる気を出さなくていいから。

 とにかく畑を開墾しろ。


「つまり、これは女の戦なのだ!」


「受けて立ちましょう」


「信長と信玄には負けませんよ」


 この三人、そういう相談は俺がいないところでやってくれないかな?

 これ以上、厄介な女はいらないんだが……。


「リサ、俺、あいつらは嫌」


 なかなかの美人なのだが、すでに俺のイメージではDQN三人娘でしかない。

 俺は元々、前世では普通で真面目な学生だった。

 この三人はヤンキー系に見えてしまうので、生理的に苦手な部類に入れてしまうのだ。

 俺の子供を産んだ直後に騒動を起こさない保証もないし、このまま距離を置いておきたい。

 

「なにか、うっ憤を晴らさせる場所が必要でしょうか?」


「ルルがいた島にある、魔物の領域にでも押し込もうかな」


 冒険者にしてしまい、毎日魔物を狩らせて余計なことを考えさせないようにしようか?

 パーティメンバーは、三人についてきた、一緒に追放された家臣たちでいいだろう。

 統率が取れそうだからな。


「となると、今が絶好の機会か?」


「そうなのか? 信長」


「わからぬのか? 謙信。今お館様の側には、年増のリサ様しかおらぬではないか」


「なるほど! 他に女はいないな」


「ここでこの信玄がお館様の寵愛を受け、お前らはガサツな女だから無視されるのだな」


「リサ、どうどう」


「あの三人、面白いですね……」


 この三人、そんな会話を俺たちに聞こえるようにしているのが凄い。

 距離が離れているので、俺とリサが監視も兼ねて三人の会話を魔法で盗聴しているだけなのだが、彼女たちに年増扱いされたリサの顔に冷たい笑顔が浮かんだ。


「信玄のような発育不足女に需要などない。ここは、この三人の中で一番胸も大きく、腰も細い私が寵愛されるに決まっておろう」


「信長、胸の大きさなら、私もそう変わらないぞ」


「戦バカの謙信など、お館様が相手にするか。今は女にも癒しが求められるのだから」


「信長のどこに癒しがあるのだ? エリーゼ様ならわかるが……」

 

 謙信の言うとおりだ。

 俺も、この三人に癒し要素などないと思っていた。


「ふん、私に負けているからといって。今ここにいる女子たちの中で一番ならいいのだ。私の魅力を持ってすれば、年増のリサ様など……」


「年増のリサ様に勝ったはいいが、私のことを忘れていないか? 信長よ」


「平たい胸がなにか言っているな」


「ガサツな信長に言われたくないわよ!」


「信長も信玄も笑えるではないか。年増のリサ様に勝っても、ここに戦の天才改め、女の天才上杉謙信がいるだから」


「……」


「リサ、ドウドウ」


 あの三人、聞こえていないと勝手に勘違いして、とんでもない話をしていやがるな。

 俺はもう知らないぞ。


「旦那様、少し失礼します」


「あんまりやりすぎないようにね」


 リサは、少しの間その場から離れた。

 きっと、あの昔のような衣装に着替え、化粧をするためであろう。

 以前の服装、『ガチ切れモード』への切り替えに便利みたいだな。


「うーーーむ、毒には毒を持って制すである!」


 数分後、リサは俺たちと初めて出会った時と同じ服装とメイクで現れた。

 そのあまり衝撃に、信長たちは口をあんぐりとさせながら動けなくなってしまう。


「よくも散々言ってくれたね! お前らも、もう十年もすれば年増なんだよ! 無駄口叩く前にこれは罰なんだ! 真面目に働きやがれ!」


 三人に怒鳴りながら、リサが無造作に『冷気』を近くの巨岩に放つと、カチンコチンに凍ってしまった。

 彼女の『冷気』魔法は、俺が利用する『絶対零度』の概念を参考に、以前よりも大幅に強化されている。

 続けて、リサが完全に凍結した巨岩に『氷弾』をぶつけると、巨岩は粉々に砕け、空中に舞った微細な岩片が日の光でキラキラと輝いていた。


「役立たずなうえに余計なことを考えたら、お前らも木っ端微塵に砕いて、畑の肥料にするぞ! わかったか?」


「「「了解しました!」」」


 リサの変化に驚いた三人は、その日一日中リサに厳しく監視され、ヘトヘトになるまで開墾作業に従事させられてしまう。

 翌日以降は普段の姿に戻ったが、またいつあのメイクと衣装になるのか不安で仕方がない三人は、素直にリサの指示に従うようになるのであった。

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