第298話 フジバヤシ家の副業と、謎じゃないけど美少女店長(その1)

 ハルカのお兄さんで、次のフジバヤシ家当主であるタケオミさんが、バウマイスター伯爵領にやって来た。

 甥であるレオンの顔を見るためと、エルとハルカの出産祝いを渡すためであった。

 それともう一つ。

 フジバヤシ家は副業で、ヘルムート王国にミズホ産の食品を売る仕事を始めた。

 これが思いの他好調で、バウルブルクにも支店を作るため、店舗候補地の下見をしに来たという。

 フジバヤシ家は、ミズホ茶……まあほぼ日本茶だ……海苔、昆布、塩蔵ワカメ、保存の利く海産物の商売で成功を収めた。

 ミズホ茶はマテ茶のほのかな甘みが苦手な富裕層の間で人気となり、抹茶も製菓材料としての注文が増えた。

 ミズホの影響でマテ茶の粉末を製菓材料として使う菓子職人が増えたが、ほのかな甘みが邪魔になって味がハッキリとしないという意見が多く、それがない抹茶は大人気となっている。

 昆布は出汁としての需要が、あとはワカメと同じく髪にいいという効能がいつの間にか広がり、裕福な平民で薄毛に悩んでいる人がよく購入するようになった。

 というか、ミズホ公爵領でも昆布とワカメは髪にいいという迷信があるようだ。

 俺は迷信だと思うのだが、健康にはいいものだからな。

 無理に否定しようとは思わない。

 平民でもどうにか買える値段の品なので、購入した人たちの髪の毛が回復しなくても、この値段なら詐欺とまでは言えないか……と思うはず。

 そもそも元々食材であり、健康にいいからと購入している人の方が多いのだから。


「我が甥レオンは可愛いな。ハルカが母親ならば、刀も上手く使えるようになるだろう。私もたまに刀を教えに来よう」


「兄様、無理をなさらないでくださいね」


「なんの、私の可愛い甥のためさ」


 内乱時の戦功で上士の末席にはなったが、出費が増えて財政は厳しいフジバヤシ家が副業で始めたはずの商売は順調であった。

 そのおかげか、タケオミさんの服装は……変わっていないように見えるけど、服に使っている素材の質が大幅に上がっている。

 どうやら、随分と儲かっているようだ。

 そういえば、レオンへのお祝いも豪華だったな。

 彼が将来使う刀を、カネサダさんに打ってもらったと言っていた。

 オリハルコン刀ほどではないが、名人カネサダの刀となればかなりの高級品だ。

 現在の王国では、その刀身の美しさからミズホ刀をコレクションしている貴族も一定数存在している。

 数あるミズホ刀の中でも、歴代カネサダの作品は美術品としても大人気であった。

 そう簡単に打ってもらえる刀ではないのだ。


「ハルカ、体の具合は大丈夫か?」


「はい、エリーゼ様が出産後に治癒魔法をかけてくれましたので」


「エリーゼ様、妹のためにありがとうございます」


「ハルカさんは、バウマイスター伯爵家になくてはならない方ですから」


「そう言っていただけると感激です」


 ハルカは、フリードリヒたちの護衛も兼ねた乳母という立場にある。

 レオンと一緒に俺の子供たちの面倒を見ながら、足りなければ乳を与える役割も期待されていた。

 バウマイスター伯爵邸の奥に自由に入れる重臣の妻というわけで、それだけ信用されている証拠でもあった。


「ハルカさんにはいつもお世話になっています」


 エリーゼたちも、そう毎日子供の面倒ばかり見ていたら育児ノイローゼになってしまう。

 上手くローテーションを組んで休みを取るためにも、ハルカの助けは必要であった。


「ハルカがバウマイスター伯爵家で受け入れられているようで、兄として安心しました。ですが……」

 

 タケオミさんは、ハルカの服装に目を丸くさせていた。

 なぜなら、エルが例のキャンディーさんに注文した黒のゴスロリ服姿であったからだ。

 エルは随分とお金を使ったようで、高価な素材のゴスロリ服は、貴族やその家臣の妻が屋敷の中で着ても変に思われないクォリティーであった。

 だが、初めてゴスロリ服を見るタケオミさんは、どうして自分の可愛い妹がそんな格好をしているのか、不思議で堪らなかったのだ。


「お義兄さん、これは現在王都で流行している服なんですよ」


「元凶は、お前かぁーーー!」


 タケオミさんは、いまだに可愛い妹を奪い去ったエルに隔意を持っている。

 産まれた甥が可愛いのでその隔意が多少は薄れるかと期待したら、ゴスロリ服がお気に召さなかったようだ。

 以前と同じく、エルに怒りの矛先を向けた。

 ここまでくると、これはもう様式美であろう。


「お義兄さん、これはですね……」


「誰がお義兄さんか!」


「いや、お義兄さんじゃないですか……」


 エル、それはそうなんだが、今のタケオミさんにそれを言っても無駄だと思う。

 彼からすれば、エルは可愛い妹を奪った敵にしか見えないのだから。


「レオンはこんなに可愛いのに……お前はまるで可愛くない!」


「はあ……」


 エルも、いい年をした青年から可愛いと言われても困るだろうから、それは構わないとして、そろそろタケオミさんにも慣れてほしいものだ。

 シスコンという存在が、ここまで業の深い存在だとは思わなかった。


「第一、お前はハルカの他に!」


 タケオミさんは、レーアとアンナの件でも怒っているようだ。

 可愛い妹に不満でもあるのかと。

 というか、本来タケオミさんも最低二人は奥さんを貰わないといけないのに、いまだに独身なんだよなぁ……。

 タケオミさんの父親は、お見合いをさせないのであろうか?


「それは、バウマイスター伯爵家重臣として必要なことだと理解していただかないと……」


「わかってはいるのですが……」


 貴族の常識としては理解できるが、感情ではというわけか。

 やはり、シスコンというのは業が深いと思う。


「兄様……」


「おっと、今日は他に大切な用事があったのです」


 自分の兄の態度を見かねたハルカが注意しようとすると、タケオミさんはすぐに話題を変えた。

 彼は重度のシスコンゆえに、愛する妹に注意をされるのが嫌なのだ。


「バウマイスター伯爵領内への出店許可、ありがとうございます」


 こちらとしても大歓迎だ。

 ミズホ産の食材を手に入れやすくなり、税収も期待できるのだから。

 バウマイスター伯爵領は人口が増加中で、開発特需で金を持っている人が多い。

 珍しいミズホ産の食材の需要もあるはずだ。


「私も時おり顔を出しますが、バウルブルク支店を任せる人物を紹介しておこうと思いまして。アキラ、入って来い」


「はい」


 タケオミさんに呼ばれると、俺たちの前に愛らしい黒髪の少女が姿を見せた。

 髪は短く切り揃えておりまるで少年のようであったが、華奢で小柄で、守ってあげたくなるような感じだ。

 この娘ならいい看板娘になる……いや、待てよ。

 支店の責任者だって言っていたよな。


「タケオミさん、この子が支店の責任者なんですよね?」


「はい。フジバヤシ家の縁戚なのですよ。二代前にアキラの祖父が商人になりましてね」


 当時下士であったフジバヤシ家が一族全員をサムライにするわけにもいかず、下の子供を平民に落としたというわけか。

 そして、その人物は商売を始めた。

 アキラはその人物の孫で、タケオミさんとは又従兄弟同士の関係だという。

 両家は今でも繋がりが残っており、フジバヤシ家の商売を手伝っているというわけだ。


「スキルはあるのですね」


「若いですが、商売なら私たちよりも遥かに優秀ですよ」


 適材適所だとタケオミさんは言うけど、少し不安はあるんだよな。

 バウルブルクの町は人の出入りが多くて活気があるが、その分柄のよくない人も多い。

 防犯上の観点から、支店長が女の子なのはどうかと思う。

 うちの警備隊も頑張って取り締まりはしているけど、如何せん人手不足で、トラブルが起こった現場に駆けつけるのが遅れるケースもあった。

 そう滅多なことはないが、安全面を考えると男性が支店長の方がいいような……。


「大丈夫ですか? バウルブルクには気性の荒い方も多いですわよ」


 俺の代わりにカタリーナが釘を刺した。

 実は彼女、以前にバウルブルクの町で柄の悪い連中に絡まれ、『竜巻』で吹き飛ばしたことがあったのだ。

 あの事件は酷かったな。

 事後処理をしたトリスタンが涙目だったのを思い出す。


『無礼を働いた、あの連中が悪いのですわ』


 カタリーナの言っていることは間違っていなかったが、俺はもう少し周囲に被害が出ない魔法で対処してくれと、苦言を呈する羽目になったほどだ。


「カタリーナ様、アキラはこう見えても強いので大丈夫ですよ。刀の腕前も、古戦術も、免許皆伝の腕前ですから」


「まあ、それは凄いのですね。さすがは、ハルカさんの親戚の方ですわ」


 アキラは商人になってもフジバヤシの一族なので、刀の鍛錬は怠っていないというわけか。

 古戦術とは、戦場で武器を失った時に素手で戦う武術だ。

 魔闘流に似ているが、相手の武器を奪い、それを使いこなすという技が重要視されるのが特徴的だと、前にハルカから聞いていた。


「ミズホ商人には、サムライに負けないほど強い人は多いですよ」


 ミズホ商人は各地に商売に出かけるので、自分の身を守る手段に長けているわけか。


「ですが、やはり見た目でいらぬトラブルを招く可能性があるのでは? もう一人、男性の店員を増やすとか?」


「それは商売が軌道に乗ってからですかね。それに、アキラは本当に強いから大丈夫ですよ」


 いくら強いとはいっても、女性だからなぁ……。

 もしなにかがあると、ミズホ公爵家と問題になってしまうかもしれない。


「もう一人、男性がいた方がいいだろう。女性一人で店を切り盛りするのは危ないと思う」


 強制ではないが、ここは言っておいた方がいい。

 なにか事件があって、警備隊が間に合わない可能性もあるからな。


「あの……バウマイスター伯爵」


「なんです? タケオミさん」


「アキラは男ですけど……」


「「「「「「「「「嘘っ!」」」」」」」」」」


 俺がそれを言う前に、みんなが一斉にそう叫んでしまった。

 なんと、こんなに可愛らしいアキラが男性だというのだから。

 

「えっ? 男性? 嘘だろう?」


「エルさん、アキラは男性ですよ」


 エルも、アキラを女性だと思っていたようだ。

 ハルカは彼の親戚で、昔から男性だと知っているから驚かなくて当然か……。

 エルに対し、アキラは間違いなく男性だと答えた。


「バウマイスター伯爵様、服装が男物ではないですか」


「ミズホ服は、男性用と女性用の差が少ないから困る」


「よく見てください。男物のミズホ服ですから」


 女性でも地味な色のミズホ服を着ている人が多かったから、男性用だとは思わなかった。

 確かにアキラは落ち着いた色のミズホ服姿だけど、もし女性と言われてもまるで違和感がないのが凄いと思う。

 ミズホ服姿のアキラをよく見ていると、段々とドキドキしてきた。

 うん、これはまずいぞ。

 俺はすぐに視線を逸らす。


「僕は男です。タケオミさんのように屈強なミズホ男子になるべく、日々奮闘しているのです」


「えっ? それはどうかと思うけど……」


「エルヴィン、なにか文句でも?」


「いえ、なんでもないですよ。お義兄さん」


「誰がお義兄さんだ!」


「またこれだよ……」


 タケオミさんのようになる?

 もう一人、シスコンが増えるのは勘弁してほしいな。

 エルは、特にそう思っているであろう。

 思ったまま発言してそれをタケオミさんに咎められていたが、俺もエルの考えに全面的に賛成だ。

 そもそもアキラの一人称が僕なので、余計に可愛く見えてしまうんだよなぁ……。


「ヴェル?」


「なんだよ? エル」


 エルも、俺と同じくアキラを見てちょっとドキドキしてしまったようだ。

 多分、神様が間違って男性にしてしまったのだな。

 神をまったく信じていない俺でもそう思えてしまう。


「確かに男性だね。魔力の流れが」


「わかっていただけましたか。ルイーゼ様」


「でも、結構判別が難しいパターンだね。つい老眼になった老人のように目を凝らしてしまうよ」


 ルイーゼには、体に流れる微妙な魔力の動きで、その人物が男性か女性かをほぼ見分ける能力がある。

 ただアキラは判別がとても難しいらしく、老眼になった人のように目を細めてアキラを見つめていた。


「喉仏がない……」


「ヴィルマ様、これでも僕はちゃんと声変わりしていますから」


「そう……」


 アキラは声も高いので、余計に女性に見えてしまう。

 彼はその印象を覆そうと努力を重ねているようだが、いくら刀術などを習って中身を男性っぽくしても、見た目が……やはりどう見ても女性にしか見えない。


「肌が綺麗でいいわねぇ……」


 イーナは、アキラの肌の綺麗さが羨ましくて仕方がないらしい。

 冒険者として活動する女性の最大の悩み、それは常に外で活動しているから髪や肌が荒れてしまうことだ。

 出産もしたので、うちの女性陣は髪や肌の手入れに余念がなかったが、まずそんなことはしていないはずなのに、誰よりも肌が綺麗なアキラが羨ましいようだ。


「そうよね、女性よりも肌が綺麗なんて羨ましいわ」


 アマーリエ義姉さんもお肌の曲がり角な年齢を超えているので、若々しい肌をしたアキラを羨望の眼差しで見つめていた。


「やれやれ、人は手に入れたいものが手に入らずじゃの」


「髪もサラサラで綺麗ですね……」


「本当にな。本人は、それを狙ってそうなったようではないようじゃが……」


 テレーゼとリサも、アキラの肌と髪を羨ましそうに見つめていた。


「僕は、いくら炎天下で刀の訓練をしても肌が焼けないんです。筋肉も全然つかいないし……日に焼けて、筋肉をつけて、男らしくなりたいんですよ」


 いくら女性陣に羨ましがられても、アキラ本人はそれを望んでいない。

 本当はもっと声を大にして言いたいのであろうが、バウマイスター伯爵である俺が側にいるので、失礼になるからと声を押さえているようだ。

 それにしても、声を押さえながら懸命に自分の考えをアピールするアキラに萌えるな。


「まあ、いくら女性っぽいとは言っても、所詮は男性。私の可憐さには勝てませんわ」


 随分と自信満々のようだが、カタリーナとアキラは全然タイプが違った。

 ゴージャス系美人のカタリーナと、守ってあげたくなるような可憐さを持つアキラ……これで男性だっていうのだから、本当に凄いと思う。


「ぶっぶーーーっ、可憐さではカタリーナの負け」


「ヴィルマさんたら、私は幼い頃から亡くなった両親や、領内の者たちから可憐だと言われて育ってきたのですから」


「それは、親の目は欲目なだけ。カタリーナとアキラ、アキラの方が可憐だと思う人」


 いきなりヴィルマが多数決を取り始める。

 すると、カタリーナを除く全員が一斉に手を挙げた。

 俺も自分に嘘はつけないので、アキラの方に手を挙げている。


「ヴェンデリンさん! なぜ妻である私に手を挙げないのですか!」


「えーーーっ! なぜ俺だけに?」


 他全員も、同罪じゃないか。

 カタリーナから責められた俺は、理不尽さを感じてしまった。


「ヴェンデリンさんは、私が可憐ではないと?」


「ええとだ……カタリーナは結婚して母親にもなったんだ。いつまでも可憐ではなく、大人の女性としての美しさを出していかないと。アキラは未婚だよね?」


「はい」


「だが、カタリーナは既婚者だ。大人の女性として、新たな魅力を出していかないと」


「それもそうですわね」


 またも上手く誤魔化せた。

 それにしてもアキラは、本当に可憐で助けたくなってしまう。

 男性だと聞いていても、少し見ているとそれを忘れてしまうような……。

 俺はアホか! 

 アキラは男性じゃないか!


「ヴェル、アキラは十分に強いみたいだし大丈夫だと思うよ。それとも心配かな?」


 ルイーゼは、格闘家としての直感でアキラに実力ありと判断した。

 一人でお店を任せても大丈夫だという考えだ。

 だがな、ルイーゼ。

 いくら俺でも、男性に恋愛感情はないぞ。

 俺は自他共に認めるノーマルだからな。

 でも今、アキラを見たらちょっと自信がなくなって……んなわけあるか!


「最初は小さい規模で様子を見ないといけませんし、アキラは強いから大丈夫ですよ」


「よろしくお願いします」


 以上のような経緯で、バウルブルクにフジバヤシ家が経営するお茶、乾物店がオープンしたのであった。

 お店自体は俺が本能から求めていたものなので、必ず買い物に行こうと思います。






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