第138話 バウマイスター伯爵

「想像どおりであるな!」


「なんなんです? この人の多さは……」


「人の業、変わらぬ行動パターンというやつである!」




 クルトの怨念の残りカスが、ルックナー男爵以下五十名以上を大量殺戮した日から四日後。

 俺たちも相談しないといけないことがあったので、急ぎ王都のルックナー財務卿の屋敷に向かうと、その正門の前には多くの人たちが詰め掛けていた。

 今回の王都行きは、みんなに事件の後処理を任せたので、同伴は導師だけとなっていた。

 あまり多人数でゾロゾロと動くと目立つし、いつもはパウル兄さんたちに任せている護衛役も、導師が引き受けてくれることになった。

 パウル兄さんは新領地の視察や調査で忙しいので、今度来るのは陛下から準男爵位を授爵される時になる予定であった。


「この子は、亡くなったブルーメンタール準男爵の隠し子なのです! 認知をお願いします!」


「ルックナー財務卿! 私こそ、ビューロー卿の後釜に相応しいと思うのですが!」


「ワシは、ライノー卿の叔父でな。相続の権利があると思うのだ。ルックナー会計監査長がいなくなったからには、その兄であるルックナー財務卿が、寄親としての責任を取るべきですぞ!」


「「「「「そうだ、そうだ!」」」」」


「これはいったい、どういうことなのです?」


「十を超える貴族家の中枢が、ほぼ全滅したゆえであろう。そしてその穴を自分やその係累が埋めたい。まれに発生することであるが、一度に十数家ともなると、自称親戚や関係者が多くて大変なのである!」


 自分も含めて、家族、家臣、使用人が全滅したルックナー男爵家には、その遠戚……自称も含む……連中が、『自分こそが、次代ルックナー男爵に相応しい』と多数押しかけ。

 他の家も、最低でも当主と正妻が。

 酷い家になると、跡取り息子に、他の子供や家臣たちも根こそぎ全滅したところもあり、その爵位と役職を狙って、様々な人たちが押しかけているわけか。

 正門の門扉が、押しかけた人たちのせいで倒れないといいな。

 警備している使用人たちも、彼らが屋敷の敷地内に入り込むのを防ぐので精一杯のようだから。


「そもそも、ルックナー財務卿に関係あるんですかね? 元々対立していたんだし」


「派閥の長であった弟が、一家を含めて全滅。ならば、いくら対立していたとはいえ、兄がすべてを取り仕切るのは当然である!」


 加えて、その兄は財務卿で侯爵なのだ。

 死んだルックナー会計監査長本人の屋敷に直接押し掛け、屋敷と財産を警備している警備兵たちに詰め寄るよりは、天の声であるルックナー財務卿のお墨付きの方がよほど役に立つと思っているのであろう。


「となるとやっぱり、財務卿閣下に任せた方が安心ですか」


「であろうな。某に相手をしている時間はないのである!」


 こちらだって、いつ新領地の下賜と開発命令が下るかわからないので、暇ではなかったからだ。

 一秒でも早く、アマーリエ義姉さんや甥たちの処遇について言質を取る必要もあった。

 他の大物貴族たちへの挨拶回りは終わっていたが、ルックナー財務卿は色々と理由があって最後になって……この様子だとそれでよかったかもしれないな。

 なお、ホーエンハイム枢機卿はすぐに了承してくれて、陛下に謁見する際につき合ってくれると約束してくれた。

 エドガー軍務卿からは、『ヴィルマは、俺の養女にしたからな! わかるよな?』と言われ、すぐに首を縦に振ることとなった。

 つまり、絶対に嫁に貰えということであり、やはり護衛役だけでは終わらなかったか。

 個人的にはヴィルマは可愛いので、素直によしとしたいところであったが、そうなると嫁の序列に変化が発生する。

 ヴィルマは元々準男爵家の娘でもある関係で、序列をエリーゼの次にしなければいけないからだ。

 気にしないとは言われているが、ルイーゼやイーナへの配慮も必要であり。

 俺は、見た目が導師と大差ない筋肉軍務卿がただの脳筋ではなかった事実に、心の中で呪詛の言葉を吐いた。

 あとは、残りの閣僚たちにも挨拶に行ったのだが、彼らは特になにも言わなかった。

 多分、未開地を下賜されてから色々と言うのであろう。


「とにかく、ルックナー財務卿に会わないと……」


 今日は屋敷で諸処の対応に追われていると、エドガー軍務卿から教えられたので現地に向かうと、ルックナー侯爵邸の前には、陳情のためか多くの人たちが詰めかけており、俺と導師はそれをかき分けながら正門前にいる使用人たちに話しかける。

 いくら侯爵とはいえ、そんなに多数の兵士は養えない。

 男性の使用人たちも、押し寄せる人たちの相手と警備で大忙しのようだ。


「今度は誰様の親戚でしょうか? それとも、誰様のお子様かなにかで?」


「正当な証拠をお願いします」


 随分と横柄な門番たちだなと思ったが、彼らはここ数日ずっとそんな連中の相手ばかりしていたのであろう。

 俺や導師を見ても、疲労感からかすぐにはその正体に気がつかなかったのだから。


「王宮筆頭魔導師とバウマイスター男爵である! 主人であるルックナー財務卿に用があって来たのである!」


「えっ! アームストロング子爵様とバウマイスター男爵様で! 大変失礼いたしました!」


「急ぎお館様に聞いてまいります!」


 事前に上から、そちらに行くと連絡を受けていたのであろう。 

 門番たちは急に丁寧な対応になってから、俺たちを門の中に入れてくれた。


「バウマイスター男爵様! この子は本当にブルーメンタール準男爵の子なのです! 是非お口添えを!」


「私は、王都のバウマイスター卿とも仲がいいのです! ルックナー財務卿閣下に、マルテンシュタイン騎士爵位には私クリスティアンをよろしくと!」


 俺と導師が有名人で、すんなり屋敷の中に入れる身分であることを知ると、押しかけていた連中は、こちらにまで色々と面倒なことを頼もうとしてくる。

 初めて出会った俺たちに、よくそんな図々しいお願いができるものだ。

 

「いちいち気にしていたら、キリがないのである!」


 貴族が死ぬと、この手の連中は必ず発生するそうだ。

 貴族などを相手にしていた水商売の女性や、元は屋敷に勤めていたメイドなどが、その貴族との間の子だから認知してほしいと親子でやって来たり。

 だが、この世界にはDNA鑑定などがないので、生まれた時に故人が書いた証明などがないとまず認められないそうだ。

 それに、そこまでする人の大半は、最初から普通に子供を認知するという罠も存在した。

 認知したら養育する責任 が発生するため、意地でも認知しない貴族だって一定数存在するのだから。

 他には、ありもしない縁や交友関係を主張して、その役職の後釜を狙うような無役の貴族たちも多い。

 彼らは基本暇なので、こういう事件が発生するとすぐにやって来るわけだ。


「わざわざすまない……」


 屋敷の中に入ると、主であるルックナー財務卿が目の下に隈ができた状態で俺たちを出迎えた。


「あの……大丈夫ですか?」


「いや、屋敷の前は事件の翌日からずっとあの有様だし、死んだ連中の穴埋めの手配でも忙しいしな。他の貴族たちもな」


 貴族籍の管理や、貴族家の相続手続きなどを扱うベッカー内務卿や、その下にいる実務を担当する貴族たちの屋敷の前も似たような有様らしい。

 昨日も、王城内で嫌味に近い苦言を言われてしまったそうだ。


「大変ですね。こちらとしても、頼みたいことがあるのですが大丈夫でしょうか?」


「暗殺未遂を起した長男の、妻と子供たちの扱いについてであろう? そっちはなんとかする。だがその前に一つ問題が……」


 ルックナー財務卿が申し訳なさそうに伝えた内容は、俺を驚愕させるものであった。


「はあ? ローデリヒが次のルックナー男爵に?」


 それも驚きであったが、クルトが暗殺未遂事件を起した直後、ルックナー会計監査長がなに食わぬ顔で、クルトに渡った魔道具の情報提供を行った。

 そして彼の企みが失敗してすぐ、彼がローデリヒを認知し、その縁での利権の分配を要求したことの方が驚きであった。

 しかも、ルックナー財務卿がそれを認めてしまったのだから余計に驚いてしまう。


「どうしてそんな要求を認めるんですか?」


「以前、卿と決闘したヘルター公爵のような大バカ者で現行犯ではないからな。捕縛するに値する証拠がないと厳しいのだ」


 間違いなく共犯なのに、なに食わぬ顔でクルトを売って善意の情報提供者を装う。

 しかも、周囲から白い目で見られてもなんら動揺する事なく、ローデリヒを勝手に認知してその縁から利権を要求する。

 まさか、そこまで厚かましい人物だとは思わなかった。


「それで上手く行ったと思って、派閥の子分たちを呼んでパーティーを開いたようだな」


 その後、わずかな時間で絶頂から滅亡へと至ったというわけか。

 しかもその原因が、バカにし使い捨てにしたクルトであるという部分が笑えなかった。

 まさに、因果応報そのものであろう。


「鼠(ルックナー会計監査長)を追い込んだ猫(ルックナー財務卿)が、鼠に首筋を噛まれて失血死したのである!」


 なんか。

 昔のアニメのような話……アニメだったか?


「そもそも、ローデリヒの認知は本人の許可を取ったんですか?」


「法的に言えば、そんな必要はないのだ」


 貴族家において、当主の権限は絶対である。

 当主が子供を認知するのに、子供からの許可などまったく必要ないのだそうだ。


「せっかく認知してやるのに、それを断ろうとするなんて、その子供は度し難い奴だという話になるからな」


 ルックナー男爵からすれば、ローデリヒを認知だけして縁を繋ぎ、利権を要求できるというわけだ。

 すでに跡取り息子はいるのだから、爵位はともかく財産など一セントも寄越さないつもりだったのであろう。

 ある意味、清々しいまでに最低な奴である。

 イコール、貴族らしいとも言えるそうだが。


「ただ、そのせいで厄介なことになった」


 パーティーは、ルックナー会計監査長の屋敷で行われていた。

 よって、家族は一人残らずクルトの怨念に殺され、全滅したそうだ。


「長男と長女も死んだからな。他に生き残った子もおらず。となると……」


 認知した次男であるローデリヒが、一番有力な後継者候補ということになる。

 だがもしそうなると、未開地開発に大きな支障をきたす可能性があった。


「うちの筆頭家臣にして家宰を奪わないでください」


 未開地開発において俺の代理人になるのだから、当然待遇は筆頭家臣となって世襲も可能にする予定になっていた。

 もしローデリヒがルックナー男爵家を相続したら、その話が完全に吹き飛んでしまうのだから。


「また家宰の人選からのスタートになりますけど、そうなったらルックナー財務卿が他の貴族たちに責められますよ」


 言うまでもなく、未開地開発が遅延してしまった時のみんなの怒りは、すべてルックナー財務卿に向かうこととなる。

 また陛下や全閣僚から、嫌味を言われることになるのだ。

 死んでも兄に嫌がらせをする弟か……。


「それはわかっておる。わかってはおるが……」


 俺が下賜される未開地は、予定ではバウマイスター伯爵領になると聞いた。

 なのでもしローデリヒが法衣男爵家を継ぐと、俺の家臣にはできなくなってしまうのだから。


「なるほど。非難轟々であるな!」


「すでに昨日までに、主だった閣僚たちやホーエンハイム枢機卿。陛下にまで言われておるわ! あのクソ野郎、死んでからも迷惑をかけやがって!」

 

 珍しく激高したルックナー財務卿は、貴族にあるまじき汚い罵詈雑言を吐き続けた。

 疲れているようだな。


「それでどうします?」


「どうもこうも。ルックナー男爵家は取り潰しに決まっておろう。他の取り巻き連中は個々に対応だな。まったく下らない仕事を増やしおって……」


 アマーリエ義姉さんと甥たちの待遇に対する陳情は通ったようだし、詳しい処分は明日陛下の前で発表するということなので、その日は王都にある自分の屋敷に戻り、明日の登城に備えることにした。

 そして翌日。

 王城からの使者と共に登城すると、いつもの謁見の間ではなく、会議などでよく使われる奥の部屋に通された。


「まずは、あの不埒者への処分を発表するのでな。謁見の間はあとで使うのである!」


「では、早速処分内容を……」


 すでに室内にいた陛下に促され、ルックナー財務卿が処分内容を発表する。

 まずルックナー会計監査長であったが、彼は俺への暗殺未遂の共犯として家を取り潰し、財産もすべて没収という処分が下された。

 この決定に文句を言える一族は一人もおらず……皮肉にも、直系の一族で生き残ったのはローデリヒだけ。

 あわよくば爵位と役職継承を狙っていた親戚たちも、この処分の前には沈黙するしかなかった。


「無事に証拠はあがったのですか?」


「ブライヒレーダー辺境伯が、その証拠を捕まえるべく網を張っているようだな」


 自分の弟が手配したので、ルックナー財務卿は生き残った弟の家臣たちから情報を掴んでいたようだ。

 素直に話してくれたのは、どうにかルックナー侯爵家に再就職できないかなと思ってのことだと思う。

 クルトに魔道具を渡したフリーの冒険者とやらは、山脈の山道をブライヒブルク側に向かって移動している最中であり、ブライヒレーダー辺境伯が彼を捕縛しようとしていることに、ルックナー財務卿は気がついたようだ。


「ルックナー男爵家の家臣で、何名か所在が不明な者たちがいる。大方、その冒険者の始末に向かっていると思われるがな。どちらでも確保できれば、証拠もあがるのである!」


 ルックナー会計監査長が生きていれば、もう少し慎重に処分を進めるのであろうが、残念ながらもう彼はこの世の人ではない。

 ならば後顧の憂いを絶つため、さっさと処分してしまおうということらしい。


「他の貴族たちは、役職の取り上げだな」


 十三名の貴族たちは、その職務に精通しているベテランばかりであった。

 当主が急死したからといって、子供にいきなりその職務を任せるわけにいかないので当然とも言える。


「下にいる優秀な者たちを昇進させ、新しい者たちを入れて経験を積ませることにする」


 そうやって入れる未経験者とは、普通は親のコネで入る貴族の跡取り息子である。

 そしてその未経験者たちも、大体親の役職くらいまで昇進できる。

 法衣貴族で役職付きの家は、親子でそのサイクルを繰り返すのだが、思わぬ当主の急死で子供がまだ幼い者が多く、役所に入れるのも困難であった。

 そのため今回は、十二名の役なし貴族たちに門戸を開くことになるはず。

 当然激しい役職と家臣の枠の争奪戦が繰り広げられるであろうが、俺には知ったことではなかった。


「子がいればまだマシだ。爵位は継がせられるからな。問題は……」


 準男爵家一つと騎士爵家三つに子供がいないそうで、現在親戚や知人、友人がその屋敷に押し掛けているそうだ。


「これは貴族法に則るしかないな。ただ……」


「詳しい話は、謁見の間で行うこととしよう」


 処分は会議室で、褒賞は謁見の間で行う。

 ヘルムート王国ではそれが決まりのようで、陛下がルックナー財務卿の発言を止め、これで会議室での話は終わった。

 俺たちも陛下の命令で謁見の間へと向かうと、そこには意外な人物が待ち構えていた。


「ヘルムート兄さん? エーリッヒ兄さん?」


「ヴェルか……クルト兄貴の件は聞いている……」


「まさか、こんな結末になるなんてな……」


 なぜ兄さんたちが呼び出されたのかは不明であったが、やはり最初に話題になるのはクルトの悲惨な最期と、その異常な執念が成した大虐殺劇であろう。

 ただ、実際に怨念の集合体であるアンデッドを浄化した神官たちの目撃によると、そのアンデッドにはクルトの身体的な特徴は一切存在していなかった。

 黒い煙状の、赤い目が爛々と輝く顔がついた直径三メートルほどの球体。

 それが、ゾンビに喰われてほぼ骨と化していたルックナー会計監査長の遺体の前で不気味な高笑いを続けていたらしい。

 そしてその後、まるで抵抗することなく神官たちによって浄化されたそうだ。

 俺の殺害には失敗したが、自分をこんな姿にしたルックナー男爵を殺せて満足したのか?

 俺はクルトではないので、彼の真意はわからなかったのだが。


「ルックナー元会計監査長は、呪われた魔道具を使ってその反作用で死んだというのが公式の見解なようだね」


 エーリッヒ兄さんは、王国側から俺への暗殺未遂事件はクルトの仕業で、後のルックナー男爵の惨殺事件は、自分自身が魔道具の効果をよく確認しないで使ったことによるミスであると伝えられたようだ。

 それでも、クルトが使用した魔道具を裏市場から手に入れて渡したという罪があるので、家は断絶という処罰に違いはなかった。


「さて、三人に来てもらったのには理由がある」


 まず伝えられたのは、ヘルムート兄さんとエーリッヒ兄さんの爵位を準男爵に陞爵するというものであった。


「どうして突然陞爵したのでしょうか?」


「陛下、我々は特に功績など……」


「なにもないことはあるまい。日々、与えられた仕事に邁進しておろう」


「それは、他の貴族たちも全員そうなのですが……」


 エーリッヒ兄さんの疑問に、陛下は笑顔で答えた。

 だが、その表情には『反論しないで受け取れ』というものも浮かんでおり、それに気がついたエーリッヒ兄さんたちは素直に陞爵の褒美を受け取った。


「次は、バウマイスター男爵であるか」


 クルトの死後、

 一週間弱ほど放置されていたのだが、ようやく未開地を下賜されるようだ。


「バウマイスター騎士爵領は、跡継ぎの不祥事により未開地部分の没収を命じる。詳細な没収領域は後で伝えることとして、残りの未開地分のすべてを伯爵に陞爵するヴェンデリン・フォン・ベンノ・バウマイスターに与えるものとする」


「謹んでお受けします」


 俺は陛下から伯爵の爵位と未開地を下賜され、これでようやく実家に関するゴタゴタの大半が解決するのであった。

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