第124話 未開地を開発してみる

「では、そういうことで」


「私にも異存はないですな。ただバウマイスター男爵たちが、この領地の発展に寄与することを願うのみです」


「ご安心を。悪いようににはしませんから」




 魔の森での浄化を終えてから一週間後。

 俺たちはバウマイスター騎士爵家の本屋敷で、再び父との交渉に臨んでいた。

 とはいえ、父は基本的に反対などしない。

 事前にブライヒレーダー辺境伯のお使いとしてやって来たブランタークさんから、交渉の条件などを伝えられていたからだ。

 それに、まだ領主である父からすれば、領地の発展に繋がるうえに領民たちの支持も得られる良案ばかりである。

 クルトの個人的な感情など無視して、それに賛成するのが領主の正しい判断であった。

 その結果、色々と複数の案件が解決したのだが、その隣で蚊帳の外になっているクルトが、一人顔を真っ赤にさせながらプルプルと小型犬のように震えていた。

 なにか文句を言いたいのであろうが、これ以上の暴言はバウマイスター騎士爵家の評判に関わると、父から止められているようだ。

 交渉の間、珍しくなにも言わずに俺を睨み続けていた。


「(まだキレないか。もっと挑発するかな?)」


 まず、ブライヒレーダー辺境伯に預けていた遺品の選別と、獲得した持ち主不在の遺留品や、戦って得た魔物の素材などの鑑定が終了した。

 事前の交渉により、バウマイスター騎士爵家側の取り分は三割となっている。

 クルトは、相当期待していたらしい。

 詳細な内訳の書かれた明細書を渡すと、引っ手繰るように俺から奪い取ってある数字を探していた。

 彼は簡単な計算しかできないので、合計欄を見ていくら貰えるかでしか判断ができないのだ。

 しかし、それでよく誤魔化すななどと言えるものだ。

 自分で詳細な数字を確認できなければ、誤魔化すもクソもないと思うのだが。


「少ないな……」


 そしてその数字を見て落胆している。

 合計二十万セント以上なので、今までのことを考えると十分に大金なのだが、金額に大きな不満があるようだ。


「クラウス、この計算に間違いは?」


「ありません。何度も計算しましたし、間違いがあるわけがありません」


 クラウスが、ほんの少しだけムスっとした表情を浮かべたような気がした。

 それはそうだろう。

 自分は計算もできないくせに、確認作業を行ったクラウスに対し、間違っていないのかと文句を言うのだから。

 王国南部の責任者であるブライヒレーダー辺境伯が、隣の貧乏騎士爵家に渡す金を誤魔化すなど、まずあり得なかった。

 わずかばかりのお金を誤魔化して短期的に些細な利益を得たところで、それで得られる利益よりも、のちに失う評判の方が大きいのだから当然だ。

 ミスもあり得ない。

 ブライヒレーダー辺境伯家には、クラウス並かそれ以上に財務に詳しい家臣が複数在籍しているのだから。


「少なく感じるのは、バウマイスター騎士爵家がブライヒレーダー辺境伯家にしていた借金が全額清算されているからかと」


「借金? うちに借金などあるのか?」


「……ありますよ」


 さすがのクラウスも、クルトに対する侮蔑の表情を隠しきれなかったようだ。

 バウマイスター騎士爵家がこの地で独立する際、王都の本家から借りて返さなかった援助金という名の借金。

 続けてエーリッヒ兄さん、パウル兄さん、ヘルムート兄さんが結婚した際に出さなかったご祝儀という名の借金と。

 ブライヒレーダー辺境伯は、寄親の責任としてすべて立て替えていたのだから、これは清算して当然のものであった。

 それにしても、クルトはこれを借金だと思っていなかったのには驚かされた。


「返すあてができた以上、返して当然かと……」


 さすがのクラウスも、そうとしか言いようがなかったようだ。

 だが、それを聞いたクルトは激怒した。


「いつ返すかなど、我らが決めることだ!」


 とは言っているが、間違いなく返す気など微塵もないのであろう。

 そういうことをしているから、ブライヒレーダー辺境伯にまったく信用されないというのに……。

 本当にバカな男である。


「貴族が借金をするのは普通ですけど、内容が内容なので、その返済は早い方がいいのでは?」


 クルトになにか言っても時間の無駄なので、父に聞いてみた。


「そうだな。これでうちは借金が消えたわけだ」


 父のこの一言で、魔の森での仕事に関わる話は終了した。

 それと、バウマイスター騎士爵家の借金も完全に消滅。

 悪い話ではない。

 クルトの個人的な感情は別として。


「あとは、今後のバウマイスター男爵たちの冒険者としての活動か……」


 領内に拠点を作り、そこから俺の『瞬間移動』を使って魔の森で狩りを行う。

 他にも、定期的なバザーの開催や、領内にはギルド支部が一つもないので、その一部業務を俺たちが引き受けられるようにという話もあった。

 そしてそれらの仕事で得られた報酬から、いかほどを税としてバウマイスター騎士爵家に納めるのか?

 これもすでに、ブライヒレーダー辺境伯も挟んで話は決まっていたのだ。


「我が領内での換金は難しいからな。魔の森で獲得した素材などは、ブライヒブルクの冒険者ギルドで換金後、その額の二割を納めることとする」


 俺たちはまだブライヒブルク支部に所属しているので、換金に関してはそこで行う必要があったのだ。

 本当は、ブライヒブルク支部にも換金額の二割を上納金として納める必要があった。

 だが、合計で四割も取られてしまうと、俺たち冒険者の方から不満が出てしまう。

 そこまで搾取されるのは、俺たちもさすがに嫌だからだ。

 それがわかっているブライヒレーダー辺境伯が、その辺を冒険者ギルドと上手く交渉してくれたのだ。

 結果、ブライヒブルク支部側への上納金はなくなった。

 こうなると冒険者ギルド側の一方的な損失にも見えるが、冒険者たちから買い取った魔物の素材の転売でギルドも十分に利益を得ているので、特に問題にはなっていないようだ。

 それに、今回の件では政治的な意図も絡んでいる。

 先日の冒険者ギルド本部の失態もあって、俺やブライヒレーダー辺境伯に無理に上納金を要求しなかったらしい。

 この話は、あとでブランタークさんから聞いたのだけど。


「とにかく、得た利益の二割を納めることと。詳細な明細の提出を月に一度求める」


「わかりました」


 明細の確認はクラウスの仕事なんだが、彼は仕事の部分では手を抜くような男ではないし、父やクルトのために俺に難癖をつけて利益を掠め取るような真似もしないはず。

 その点では、彼は大いに信用できた。

 なにしろ、内心では父を恨んでいるのだから。


「ヴェンデリン様が、この領地で冒険者として活動を開始する。実に素晴らしいことですな」


 父から明細書のチェックを頼まれたクラウスは、間違いなくわざとであろう。

 オーバーアクションで大喜びしをしていた。

 正式には、冒険者としての活動を隠れ蓑に、後々厄介の種になりそうなクルトの排除が目的なのだが。

 クラウスは、間違いなくそれに気がついているのであろう。

 彼からすれば、俺の決断は万々歳な出来事というわけだ。

 そして、そんなクラウスをクルトが鋭い目付きで睨みつけるが、彼はまるで気がついていないかのように振るまう。


「久々に、計算し甲斐のある明細書なので楽しみにしております」


 各家の麦の収穫量からどのくらいの税を納めるのか? 

 普段はこのくらいしか計算することがないので、久々に会計役らしい仕事ができると喜んでいる風に見える。

 だが実際には、父やクルトの領主としての能力をバカにしているようにしか見えなかった。

 それに気がついたクルトは、さらに顔を真っ赤にさせながらクラウスを睨みつけていたが、父は特に表情に変化がない。

 下手に怒ると、かえってクラウスを利してしまうと思っているからであろう。

 実際クラウスは、クルトに睨みつけられていることにすら、気がつかないフリを続けている。

 賢い彼は、父はともかくクルトの終わりの始まりに気がついたのであろう。


「(クラウスは、やはり油断ならないな……)」


 俺が、クルトを暴発させようと挑発しているのに気がつき、それになにも言わずに手を貸しているのだから。


「あとの細かい件は、また相談して決めるということで」


「そうだな」


 こうして父との交渉は無事に終わっていたのだが、ただ一人クルトだけは蚊帳の外に置かれ、顔を真っ赤にさせながらその場に立ち尽くすのみであった。





「お館様、なかなかの品揃えかと」


「もしかしてローデリヒは、店長経験もあるのか?」


「代理でしたが、知人に頼まれまして。とある雑貨屋の業務を一とおり」


「なるほど」




 とりあえず、クルトを暴発させて排除するまでは、バウマイスター騎士爵領を拠点に生活することを決めたため、俺はこの一週間で様々な人や物を取り寄せていた。

 まず家であったが、人が増えるとあの借家では手狭なので、他の家に移ることにした。

 だが、この領内で一番大きな家は領主の館しかない。

 そこで、ブライヒブルクにある師匠から譲り受けた屋敷を移築することにしたのだ。

 『あのリーグ大山脈を、どうやって超えるのか?』という疑問が出るが、それを解決するのも魔法であった。




『まいど! 移築のレンブラントだす!』


 三日前。

 俺はブライヒブルクにある自分の屋敷の前で、似非関西弁丸出しの、頭部がバーコードなおじさんと待ち合わせをしていた。

 実はこのおじさん。 

 系統は土に属する、特殊な魔法の使い手なのだ。

 その魔法は『移築』といい、建造物や施設を他の場所に移築することが可能であった。

 『瞬間移動』も使えるので、彼は依頼者から仕事を受けると対象物を魔法の袋にまず移す。

 次に『瞬間移動』で目標地点まで移動してから、魔法の袋から取り出した建造物を移築するわけだ。

 言うまでもなく、建物には地面に埋まっている土台部分などもあるから、移築後も建造物が倒れないようにしなければ商売にならない。

 地中の土台まで完璧に移築可能なレンブラント氏は、常に数ヵ月先までスケジュールが埋まっている状態だそうだ。

 顧客は、主に貴族などの金持ち層となっている。

 たとえば、風光明媚な土地に別荘を建てたいのだが、そこまで建設人員を呼ぶのが難しい時。

 適当な空き地で建物を完成させ、それをレンブラント氏に移築してもらう。

 他にも、王国政府の命令で歴史的建造物の移築などを行ったりと。

 この特技のおかげで、彼も俺と同じく法衣男爵の地位にあった。

 本来彼は忙しいのですぐに俺の依頼は受けられないのだが、そこはルックナー財務卿が骨を折ってくれたらしい。

 彼は、約束した時間に屋敷の前に姿を見せた。


『ほな、行きましょか』


 なぜか微妙な関西弁を喋るレンブラント氏であったが、その仕事は早くて正確であった。

 さっと屋敷の周りを一周してからすぐ、今の今まで見えていた俺の屋敷が忽然と姿を消していたのだから。


『消えた……』


『仕舞ったんですわ。ほな、予定地点まで案内を頼みまっせ』


 これまで多くの仕事を受けてきた結果、ほぼ王国全域を『瞬間移動』で移動可能なレンブラント氏でも、バウマイスター騎士爵領には行ったことがないそうだ。

 そのため、俺が『瞬間移動』で彼をバウマイスター騎士爵領へと連れて行った。


『のどかでんなぁ』


『のどかというか、田舎というか』


『のどかと言っておいた方が、無難というか、軋轢も少ないやないですか』


『ええまあ……』


 目的地に到着したレンブラント氏は、田舎の農村そのものなバウマイスター騎士爵領を見ながらニコニコとしていた。

 あちこちで仕事をしているから、社交辞令に隙はないようだ。

 そして、そんな俺とレンブラント氏を護衛役のパウル兄さんたちが出迎えてくれた。


『ここが予定地点です』


 先に父との交渉で、バウマイスター騎士爵家の実効支配範囲と未開地との境目にある、地盤のしっかりとした平地を借りていたのだ。

 賃料は無料で、未開地側ではなにをしてもかまわない。

 その代わり、得た利益の二割は確実に納めること。

 多分父は、俺たちが未開地で狩りでもして、得た獲物が金にでもなれば御の字だと考えているのだと思う。

 

『ここなら、大丈夫でっしゃろ』


『(変な関西弁だなぁ……)』


 なんでも、レンブラント氏は建築家も兼業しているらしい。

 その知識も生かし、魔法の袋から取り出した元は師匠の屋敷は平地に以前と同じ状態で建っていた。

 噂以上の一瞬の早業である。

 

『あとは……』


 続けて、事前に頼んでいた十数軒の家も移築し始める。

 俺について、しばらくバウマイスター騎士爵領で生活する人たちのため、レンブラント氏から持って来てもらったのだ。

 まず師匠の屋敷には、俺たちパーティメンバーとヴィルマとローデリヒとメイドのドミニクが。

 両隣の家には、ローデリヒが選んできた腕の立つ警備兵たちや、新たに雇い入れた使用人たちの住まいに。

 他にも、パウル兄さんたちがしばらく住む家も移築される。


『えっ? 円満退職?』


『先輩、私たちもなんですけど……』


 地方巡検視の仕事を終え、今は休職扱いで俺の護衛をしているパウル兄さんたちであったが、突然ブライヒブルク経由でエドガー軍務卿から貰った手紙に絶句してしまう。

 なぜならその手紙には、パウル兄さんたち五人は俺の護衛任務をまっとうすると同時に、警備隊を退職することになったと書かれていたからだ。


『俺、結構頑張っているのに……なぜ?』


『パウル、続きを読んでみたらどうだ?』


 オットマーさんに促されてパウル兄さんが手紙の続きを読むと、そこにはこう書かれていた。

 

『このまま、バウマイスター男爵の護衛を続行せよ。成功報酬として、準男爵への陞爵としかるべき土地を与えることを約束をする。残りの四人に関しては、別途報酬とパウル殿の陪臣として……』


 他にも、休職中ではあるが、王都の家族には警備隊での給料分の補填に、地方巡検視任務の役職手当と遠隔地手当て。

 加えて、護衛料としてまとまった額を支給する旨が書かれていた。


『領地?』


『多分、未開地のどこかじゃないのか?』


 オットマーさんの予想どおりだろう。

 そして、ヘルマン兄さんが継ぐ予定のバウマイスター騎士爵領と合わせて、俺が開発を援助する。 

 その結果、将来的には未開地を領有する俺を補佐する分家のような存在になるのだと。


『まあ、一人蚊帳の外のクルト兄貴を引き摺り下ろす嫌な仕事だしな。開発の苦労はあるけど、こういう報酬も悪くは……』


『俺、マジでお前と友達でよかったぜ!』


『先輩! 最高です!』 


『親父の鼻をあかせるぜ!』


『奥さんや子供たちが喜びます』


 他の四人は、パウル兄さんが開発する新準男爵領に陪臣として入れると聞き、大喜びでパウル兄さんに抱きついていた。


『こら! 俺には、その気はねえ!』


『知っているさ、同期の親友よ! いや、今日からはお館様だな』


『オットマーに言われると変だな』


『とはいえ、慣れないと問題だろう』


 男四人に抱き付かれて心の底から嫌そうな顔をするパウル兄さんに対し、世襲可能な陪臣の職が内定した四人は喜びに満ち溢れた表情をしていた。


『世襲可能! これがあるから、陪臣って素晴らしい!』 


『これで、クリスタにプロポーズが……』


『今度、家族に手紙を書かないといけませんね』


 四人全員が、貴族の三男以下、一代騎士の子供、先祖は貴族の商家の出なので、貴族になれれば嬉しいが、そこまで夢を見ているドリーマーではない。

 彼らからすると、パウル兄さんの家臣になって世襲可能ならば十分に勝ち組なのだそうだ。


『となれば、バウマイスター男爵様の身の安全は確実に守らないと』


『私の剣の腕が役に立つ時ですね。暴漢は、苦しまずに首を刎ねてやりますよ』


『そうだな。怪しいのは、片っ端から斬り殺そう』


『間違えて、あの長男を斬ったことにしませんか? むしろ、その方が仕事が早く……』


『ストップ! その危険な発言ストップ!』


 俺は、嬉しさのあまりとんでもない事を言い始めたオットマーさんたちを冷静にさせるのに予想以上の時間を使ってしまったのであった。 




「結局お店を出すのですな」


「いちいちバザーを開くのも、それはまた面倒だからな」


「テントの設営、商品の陳列、値札書き。確かに面倒ですな。常設店舗の方が楽ではあります」




 父から未開地を自由に使ってもいいという許可を得たので、それから一週間ほど時間をかけて様々なものを運び込んでいた。

 移築名人であるレンブラント氏に頼んで、王都で売りに出されていた手頃な価格の中古家屋を十数軒、俺の屋敷の周りに移築してもらう。

 中には捨て値同然の古い家もあったが、それは現在ローデリヒが雇って連れて来た大工たちが修理をしている最中である。

 彼らの仕事が終われば、俺が王都まで送り届ける予定であった。


「半分以上が空き家ですが、移民でも募集するのですか?」


「ローデリヒ、移民という言葉は危険だ」


 ここは父の領地で、俺はあくまでも借地人の冒険者でしかないことになっていたからだ。

 なので、移民ではなく俺が雇った新しい使用人という呼び方が正しい。

 たとえ実情が移民だとしてもだ。


「このお店で、様々な品を売るわけですね」


「ローデリヒ店長、頼むよ」


「畏まりました」


 空き家の中には、王都郊外にあった一度倒産した中規模の商店もあった。

 俺がそういう店舗を探していると聞くと、あの胡散臭いリネンハイム氏が格安の物件を探してくれたのだ。

 他の古いが安い家屋なども、すべて彼が見つけてくれていた。

 古いので取り壊す予定だった建物を、ほぼ無料に近い値段で売ってくれるようにと交渉してくれたのだ。

 向こうも、取り壊す予定の古い建物を解体費用をかけずに処分してくれるので、これはお互いに得をする取引であった。

 それに、家の状態もそれほど悪くはない。

 王都では家屋の建て替えが早い傾向にあるので、少し直せば十分に使える物件ばかりだからであったからだ。

 言っては悪いが、むしろバウマイスター騎士爵領内にある家屋の方がボロかったりするのだから。


「この中型商店も、外部の修理だけでいけます」


 それら物件の中の一つである元中規模商店には、すでにローデリヒ指揮の元。

 屋敷のメイドを売り子に、王都で雇用した若い男性店員なども奮闘して多数の商品が陳列されている最中だった。

 面倒なバザーを開くくらいなら、俺が商店を経営した方が面倒がなくていい。

 という結論に至り、父に許可を得て、俺がオーナーでローデリヒが店長の『なんでも屋』が誕生する。

 売り物は、まさになんでもというか、前のバザーで販売したような品揃えばかりであった。

 調味料、生活雑貨、農機具などの金属製品、お菓子、肉類など。

 腐りやすい品もあるが、これは魔法の袋に仕舞っておけば問題ない。

 実は、師匠の遺産の中に汎用の魔法の袋があり、それをローデリヒに預けていた。

 汎用なので貴重な品ではあるのだが、俺からすると収納量が家一軒分くらいで使い勝手が悪く、死蔵していた品であった。


「使い勝手が悪いって……お館様。この魔法の袋は、買うと三百万セントはするのですが……」


「じゃあ、なるべくなくさないようにしてくれ」


「弁償するのは嫌なので、絶対なくしません」


 商品の仕入れは、俺がブライヒブルクの商業ギルドから定期的に行うことになっていた。

 他にも、領民たちからブライヒブルクで売れそうな品を買い取る仕事もある。

 最初は小麦や薬草、キノコくらいしか売るものがないはずだが、次第に領民たちも知恵を絞るようになっていくと思う。

 そして、この商店ができたことにより、ある伝統が中止されようとしていた。


『ならば、わざわざ商隊を派遣する必要もありませんね』


 ブライヒレーダー辺境伯は、長年続けていたバウマイスター騎士爵領への商隊派遣を中止することを宣言した。

 俺に色々と便宜を図ってくれるのも、商隊を派遣するよりも俺に任せた方が、圧倒的に金がかからない事実に気がついたからだ。


『小麦の買い取りもお願いしますね』


 商隊から引き継いだ小麦の買い取りでは、利益を一切出さないことにした。

 相場で買い取って、相場で売る。

 商隊の買い取りも実はそうだったので……商隊の経費をブライヒレーダー辺境伯が負担していたので、小麦自体の売買では利益が一切出なかったのだ……急に変えると問題になると判断してのことであった。

 それに利益なら、他の商品の販売益で稼げるのだから。


「しかしお館様は、えげつないことをなさいますな」


「結果的にえげつなくなっただけだし、その事態を招いた向こうにも責任はあるからさぁ」


「確かに」


 俺が商店を経営し始めたことで、バウマイスター騎士爵領は商隊という外部からの塩の供給手段を失った。

 これからは、俺に頼らないと塩が得られなくなってしまったのだ。

 最初俺は、父がそれに気がつき苦言を呈するかと思ったのだけど、交渉にクルトを混ぜず、無条件でそれを容認してしまった。


『ブライヒレーダー辺境伯家の罪悪感という、非常に曖昧な理由で運営されている危うい商隊だったのだ。それが、バウマイスター男爵殿の商店に変わって、なにほどのことがあろうか』


 しかも商隊よりも品数が多く、値段も抑え気味なのだ。

 父からすれば、税さえ納めてもらえば反対する理由などないのであろう。


『親父! このままだとヴェンデリンに領地を乗っ取られるぞ!』


『乗っ取られる? では聞くが、今までのバウマイスター騎士爵領は、塩という戦略物資をブライヒレーダー辺境伯家に握られていた。だが、今までに一度でもこの領地がブライヒレーダー辺境伯家に乗っ取られたりしたか?』


『それは……』


『文句があるのなら、お前が商隊をなんとかしてみせろ』


 やはり、俺の商店経営に対してクルトが父に文句を言ったらしい。

 だが、以上のようなやり取りの後に父に凹まされてしまったようだ。


「他にも、米作農家の召集ですか……」


「俺は米が食べたいんだ!」


「そうですか……」


 バウマイスター騎士爵領とその南方の未開地は、気候も温暖で雨もちゃんと降る。

 十分に米作も可能なはずで、試しに作らせてみることにしたのだ。


『米作りの名人ですか? ええ、いますよ』


 米作りが盛んなブライヒレーダー辺境伯領から、すでに隠居した老齢の農民を数名雇い、彼らに王都で募集した農家希望の若者たちを指導させていたのだ。

 一から農地を開墾させると時間がかかるので、『土木』で区画割りを均一にした田んぼや用水路などを作り、田んぼの土から石などの余計な物を魔法で取り去る。

 さらに、ブライヒレーダー辺境伯領内で、数百年間も優秀な田んぼとして使われている場所の土を少し貰い、それを参考に開墾したばかりの田んぼの土を『変性』させる。

 何度も微調整を繰り返し、最後には指導役の老人たちから合格が出る田んぼの土が完成した。

 あとは実際に米を作りながら、時間をかけてこの土地と気候に最適な土に改良していくだけである。

 今も、十数名の農業志望者の若者たちが、指導役の老人たちに従って土起しをしたり、用水路や畦道の補強工事をしたり、田植えに備えて俺が事前に購入していたガラス製のハウスを組み立てたり、育苗の準備などをしていた。


「本格的ですな」


「俺が新米を食いたいから、特に力を入れているんだよ。長い目で見れば、この領地の利益にもなるんだから」


 そして一番の目的は、これまでバウマイスター騎士爵家の人間が誰一人として手を出さなかった未開地を俺が魔法で短期間で開発し、クルトにプレッシャーを与えるためであった。


「いくつもの目的を同時に達成してしまう。さすがはお館様。ここも、拙者が責任を持って管理いたしましょう」


「頼むぞ」


 ここはバウマイスター騎士爵領と接しているので、将来的にはヘルマン兄さんへの支援として割譲する予定にしていた。

 バウマイスター男爵家としての利は少ないが、小規模農村、商店、田園地帯の開発管理に税収の計算と。

 そう遠くない先、未開地で俺の代わりに働いてくれるローデリヒへの訓練になるでちょうどよかった。


「税金の計算をミスらないように。怒鳴り込んでくるぞ」


「あの御仁がですか……。確かにこれまでの経験上、あの手の輩は面倒ですからな。ところで奥方様たちは?」


「ああ、エリーゼたちなら……」


 パウル兄さんたちは、俺とローデリヒを囲んで護衛の最中であり。

 エリーゼは、教会でマイスター殿の手伝いに行っている。

 なんでも、昨晩にまた腰を痛めて立ち上がれなくなってしまったそうなのだ。

 この田舎領地で他に神官などいるはずもないので、助司祭であるエリーゼの出番となったわけだが、彼女を一人にするとクルトがバカなことを企みそうなので、ヴィルマが慣れない神官服を着て護衛を勤めていた。




「神様、お腹減った……」


「ヴィルマさん。神様は、そういう直接的な願いは聞いてくれないのですが……」




 多分、俺と同レベルで信仰心が薄そうなヴィルマなので、こんなことを言っていそうな気がする。


「それで、エルヴィンたちとブランターク様は魔の森ですか……」


 冒険者扱いでの滞在なので、狩りに行かなくては本末転倒であった。

 そこで早速、エルたちとブランタークさんは魔の森に探索に出かけていたのだ。


「俺も行きたかったなぁ……」


「お館様はここで仕事がありますし、先行偵察だからとお思いになってください」


 今まで、魔の森はほぼ中央部にある遠征軍侵入ルートの探索しか行われていない。

 この中央部の魔物の分布は、さほど他の地域との差異が見られなかった。

 だが、他のエリアではそれが変わる可能性もあり、これからしばらくはそれを調査することにしたわけだ。

 将来、他の冒険者たちに魔の森を解放するにしても、詳細な情報があった方が成果と殉職率に大きな差が出る。

 実は、狩猟を兼ねた魔の森の情報収集は、冒険者ギルド依頼でもあった。

 朝、調べるポイントまで俺が『瞬間移動』で送り、夕方に迎えに行く。

 しばらくは、そういう日々が続くはずだ。

 なお、冒険者ギルドへの報告は、ベテランで一番信用があるブランタークさんがすることになっていた。

 実は裏ではもう、事態が着々と進んでいたのだ。

 まさに、知らぬはクルトばかりなり。


「まだお出迎えの時間には早いので、始められてはいかがですか?」


「早めにやってしまうとするか」


 バウマイスター騎士爵家がこの未開地の開発を断念した理由。

 それは、未開地には危険な野生動物が多いという点にあった。

 農作物などを作っていると、実は猛獣の猪に、熊、農作物目当てのウサギや鹿などを狙って狼の群れが出現することもあった。

 開発を行いつつ、その人員の安全と確保する。

 あまり余裕のない小規模領主では実行困難なはずだ。


「実は、すでに大分やってあるけど。ローデリヒは開墾や農作業の方を監督していたからまだ知らないか」


「あれ? いつの間に、こんなに高い土塁が、しかも土塁の向こう側には深い堀まで。まさに魔法の脅威」


 金とコネで集めた開発人員や警備兵たちであったが、まだ数が少ない。

 大まかな開墾を終えた田園地帯の防衛には人数が少ないような気もすると、ローデリヒが心配していた。

 その不安を解消するため、俺は開発している土地の端までローデリヒを案内し、彼を安心させることにした。


「もう少しで、全部終わるかな」


「この手の作業は手間がかかるので、お館様が魔法でやってくださると助かります」

 

 それほど人数が多くないのに、開墾や農作業をしながら猛獣除けの堀を掘削し、土塁を作るなんて重機でもなければ不可能だ。

 それが魔法を用いれば、開墾した田園地帯と未開地の間に、幅三メートル、深さ五メートルほどの堀を魔法で掘り、その時に出た土で土塁も作って二重に動物の侵入を防ぐくらい一日で終わらせられるのだから。


「さすがはお館様。ただ、開墾地を増やす際に邪魔になりませんか?」


「いらなくなったら、土塁の土で堀を埋めてしまえばいい。そしてさらに南に堀と土塁を前進させる」


 こうやって、野生動物の侵入を防ぎながら、徐々に人間の領域を増やしていけばいいのだ。


「さすがはお館様。他の貴族ではまずできないことですよ」


 ローデリヒは、大いに安心したようだ。


「でも、他の貴族も魔法使いを金で雇えば可能じゃないのか?」


「これほどのことができる土木魔法が得意は魔法使いは、レンブラント男爵様のお忙しさを見ればわかるとおりです。それに、奪い合いになれば依頼料も跳ね上がりますからね」


 数少ない土木魔法の名手に大金を支払って開墾しても、そう簡単に元が取れないようになっているのか。

 しかも依頼料が高すぎて零細貴族では出せず、開墾する土地が狭いと順番待ちしている間に、人力のみで作業が終わってしまうケースもあるかもしれない。


「とりあえずは今の土地を仕上げて、開墾地を前進させる際には、お館様のご協力をお願いすることになると思います」


「当然そうなるだろうな。あと少し土塁を作ってから、夕方になったらブランタークさんたちを迎えに魔の森に行くか」


「用水路の整備ですが、川の水の使用権の交渉が纏まりましたので、これも明日からお願いします」


「父が許可を出してくれたか」


「かの御仁が再び話し合いを妨害して、名主のクラウス殿が止めたようですが……」


「学習しない奴……」

 

 そして、それからしばらく俺たちはこれからの大まかな開発、管理方針を話し合い。

 それが終わると土塁を完成させ、夕方、魔の森に向かったブランタークさんたちを迎えに行ったのであった。





「バウマイスター男爵様のおかげで、開墾も、用水路の掘削も早く、害獣対策も完璧だな」


「農作業中に害獣が襲ってくるんですか?」


「そりゃあ、それまで動物たちが住んでいた場所を開墾するんだ。ワシは昔、開墾作業中に後ろから巨大な猪に突進され、背骨が折れてが死んだ奴を見ている。未開地の開墾は命がけなのが普通だ」


「俺たちって恵まれているんですね」


「ああ、こんなにいい条件の開墾地はねえ」




 半分引退したようなワシが農作業の指導役として若い未経験者たちの面倒を見ているが、わずかな日数で開墾が終わり、すぐに農作業を教えられるようになるなんて、ただ驚くしかない。

 未開地を開墾するのは大変なだけでなく、場所によっては命がけなのだから。

 住処を奪われた動物たちに襲撃されて殺される農民も、蒔いた種子や若芽を狙って集まってくる鳥たちも、そんなに珍しくはないのだから。

 ワシも、息子たちと孫たちに相続させた田畑を開墾する時には、かなり苦労したものだ。

 今農作業を教えている若い連中と、若い頃のワシは同じような立場でな。

 農地が開墾できないと、自分の田畑を持てなかったから必死だったのを思い出す。

 それに比べたら、ここの若い連中の羨ましいことと言ったら。

 無理に苦労しろとは言わないが、ここはちゃんと農業の極意をしっかりと教えてやらないとな。

 開墾が早く終わったので、ワシと若者たちだけでかなりの広さの農地を維持できるはず。

 できないなんて言わせないさ。


「新米、楽しみだな」


「これはバウマイスター男爵様。農作業は順調ですが、実は肥料が足りないものでして……こればかりは、集めた糞尿や刈った草木を発酵させる必要があるので時間がかかりますし、他の農家もそう簡単に譲ってはくれませんから……」


「自分の田畑の分がなくなるものな」


「ええ、集落で一緒に肥料を作るところも多いのですが、金を積んで売ってもらえるものでもないので……」


 農作業をしていたらバウマイスター男爵様が視察にやって来たので、一つだけ困ったことがあると話した。

 作物の成長に必要な肥料。

 こればかりは作るのに時間がかかるので、収量と作物の質を上げるには手に入れてほしかったのだ。

 さて、バウマイスター男爵様は肥料を用意してくれるだろうか?







「肥料か……それはあった方が実りもいいよな」


「収穫に大きな差が出てしまうので」


 美味しいお米を作るには、肥料が必要となる。

 ただこの世界で化学肥料を購入できるわけがなく、しかも農民は自分の田畑の分の肥料が最優先だ。

 肥料は発酵に時間がかかるし、大金を積んで買える性質のものでもないそうだ。

 他人に肥料を売却した結果、自分の田畑の収量が落ちたら意味ないものな。

 そこで俺は、『ウィンドカッター』を用いて未開地の雑草を大量に刈り取り、他にも、集めた生ゴミや糞尿などと合わせて魔法で発酵させていく。

 しばらく『発酵』をかけ続けると、空き地に積み上げた草木や生ゴミ、糞尿がすべて肥料へと変化した。


「なんと! バウマイスター男爵様は、魔法で肥料まで作れるのですね」


「これは、思った以上に魔力を使うな。ずっと作るのは難しいかな」


「初年度の分がこれだけあれば、また今から肥料を作れば、来年使えるようになりますので。肥料があれば、初回の収穫から大分いいできになると思います。とてもありがたいです」


「それはよかった。新米楽しみにしているよ」


 開墾、用水路掘り、土作り、肥料作りと。

 本来ならば、自分たちが体を酷使して行わなければならない作業をほとんど魔法でやってもらえた。

 こんな好条件な開墾などまずあり得ないので、あとは新人たちを甘やかさないようにビシビシと鍛えるそうだ。


「バウマイスター男爵様は、新規の開墾の時にまた魔法を使っていただければ」


「ところで二期作で行くと聞いたが、大丈夫なのか?」


「いきなりは難しいので、当面は二毛作で行く予定です。小麦なら肥料があれば収量を上げやすいので」


「そうなんだ」


「ええ、小麦は肥料で収量が大きく変わりますからね」


 肥料さえ確保すれば、あとは任せて大丈夫そうだ。

 農業未経験の若者たちが、一日でも早く独り立ちできるよう、指導役の老人たちには頑張ってもらうとしよう。






「そんなわけだから、この開発特区の管理を頼むよ」


「開発特区ですか……なるほどのネーミングですね」


「だろう?」




 父から利益の二割を納めればいいと言われた土地で、稲作や商店の経営などが無事に始まった。

 バウマイスター騎士爵領内にはあるが、そこの主は俺で、父やクルトの影響力が及んでいない。

 なので俺は、勝手に開発特区と呼んでいた。

 最初の家屋、農地、商店などの準備か終了した日の夜。

 俺は、屋敷の書斎で経費の計算をするローデリヒに自分の考えを語った。


「ここが利益を上げれば上げるほど、クルトの声望は落ちていくわけだ」


「刃物で殺さずに、金で殺すですか。エグいですな」


「まさか、魔法で吹き飛ばすわけにもいくまい」


「確かに暴力的なのは、貴族的ではありませんな」


「ローデリヒは、俺を嫌な奴だと思うか?」


 別に思われてもよかったが、試しに聞いてみたくなったのだ。

 俺は貴族を演じられているかと。


「以前の拙者の境遇を考えると、そんなことを考える余裕もありません。あの御仁は、継げる領地があったのに努力を怠った。外部との繋がりという、時代の変化にも対応できなかった。年長者だからという理由で、弟に頭を下げられなかった。貴族とは、時に人が見ていない場所で頭を下げる必要もあるのですから」


「なるほど」


「これから先、お館様が誰かに頭を下げる必要があるかどうかは不明ですが、時にそういう必要があるということです。しかし、こうも初期開発費用が低くなるとは……。魔法とは、とんでもないものですな」


 計算が終わった帳面を見ながら、ローデリヒが驚いていた。


「無駄遣いはできないだろう」


「そうですね、本命はお館様の領地になる未開地なのですから。そこに多額の資金を投入したいから、王国政府も大貴族たちも、裏で暗躍していますので」


「お金の匂いに敏感なのか……」


「地方の零細貴族は、お金のことに口を出さない、出さないことがいいことだと思っている者たちが多いです。ですが、中央の大貴族たちは違いますからね。お金がなければ、大勢を養えない。だから必死なのですよ」


 こうして俺が持つ大金の暴力によって未開地の一部が開発されていくのであるが、なるほどそれは陛下も大貴族たちも暗躍するわけだ。

 それで救われる人たちもいるのだと信じて、貴族らしく動くとするか。

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