第78話 よくいる? 貴族令嬢

 私デイジーは、大貴族の娘として生まれ、生まれ持った美貌と、幼少の頃から努力して習得した知識と教養、そしてその高貴な血に相応しいエレガントさを身につけてきました。

 その集大成として、教会本部に見習い修道女としてお手伝いに行いくことになり、さらに貴族令嬢として磨きをかけていく。

 いつ嫁ぐことになっても問題ないようにしておくことこそが、高貴な家に生まれた、選ばれた貴族令嬢としての義務なのですから。

 きっと私が教会本部にお手伝いに行けば、みなさんは美しく、知的で、エレガントな私に大いなる賞賛を送るはず。

 そして素晴らしい男性が、是非私を妻に欲しいと望むはずですわ。

 もしかしたら、多くの素晴らしい男性たちが私を取り合うような事態になってしまうかも。

 もしそうなったら大変心苦しく……美しすぎるというのは本当に罪ですわね……のはずだったのですけど……。




「きぃーーー! いつもいつも! エリーゼばかりチヤホヤされて! この私を誰だと思っているのよ! 私は、あのバルトハウト伯爵家の娘だというのに!」




 こんなことはあり得ませんわ!

 下々のために、わざわざバルトハウト伯爵家からやって来たこの私が、他の下級貴族の娘たちや、商人の娘たち同じような扱いを受けるだなんて!

 なにが、『どのような出自でも、見習い修道女の扱いに差はない』よ!

 ホーエンハイム枢機卿!

 自分の孫娘ばかり依怙贔屓して!

 これだから、生臭神官たちは!

「あのぅ……エリーゼさんだけが依怙贔屓されていることはないと思いますけど……。そういう批判を受けないように、ホーエンハイム枢機卿はちゃんと配慮していますから」

「なんですの? この私が間違っているとでも?」

 私と同じく見習い修道女をしている下級貴族の小娘が、生意気にもこの私に意見すするなんて!

 いいですわ!

 この小娘の間違いを正して差し上げましょう。

「ではどうして、エリーゼだけが楽なお茶汲み当番をしているのです?」

 それもホーエンハイム枢機卿のみならず、教会のお偉いさんばかりに!

「教会上層部のウケを狙うにしても露骨すぎますわ!」

「最初は私たちも、順番にお茶汲み当番をしていたではないですか。でも特に、デイジーさんはお茶の味には問題があって……。そもそも私たちって、ここに見習いに来るまでお茶なんて淹れたことがないから、美味しいお茶を淹れられるエリーゼさんが指名されるだけで…… 」

「高貴な貴族令嬢が自らお茶なんて淹れませんから、貧乏臭い子爵家令嬢のエリーゼにお似合いですこと」

 伯爵家令嬢である私が、お茶なんて淹れられなくても問題ありませんわ。

 むしろ、そういう仕事を下々に回すのも大切な役割なのですから。

「そう! スラムの炊き出しですわ! どうしていつもエリーゼが指名されて、私は留守番なのですか?」

「それは、デイジーさんがまったく料理ができないからだと思います。炊き出しをしなければいけないので、料理ができない人が参加しても意味がないじゃないですか」

「意味はありますわ!」

 高貴な貴族令嬢である私が、下々に声をかけて元気づけるという、その生まれに相応しい仕事が。

「スラムの人たちには温かい食事が必要なのであって、励ましの言葉をもらっても意味がないような……」

「まあいいですわ」

 自ら食事を作るなど、貧乏臭い子爵家令嬢のエリーゼにはお似合いですこと。

 次の炊き出しでは、我が家の料理人を同行させていいか聞いておきませんと。

「孤児院の子供たちに服を贈る時、どうしてエリーゼが指揮を執っているのです? ここは、伯爵令嬢であるこの私が先頭に立つのが相応しいと思いませんか?」

「それは、デイジーさんがまったく裁縫ができないからで……」

「失礼な! 私はレース刺繍がとても得意ですわ!」

 この前なんて、サロンで他の貴族令嬢たちから大絶賛されたというのに!

 こう見えて私は、手先が器用なのですから。

「孤児院の子供たちには普段着る服が必要なのであって、あの子たちにレース刺繍をプレゼントしても、使い道がその……」

「芸術を理解できないとは、悲しいお話ですわね」

 綺麗なレース刺繍を見れば、心が豊かになれますのに。

 お洋服ならば、お店で買ってきて渡せば問題ないはず。

 やはりエリーゼは、貧乏臭い子爵家令嬢なのですね。

「それにエリーゼは、いつも男性神官たちにチヤホヤされて! 美しさは私の方が圧倒的に上ですのに!」

「それは……その……人によって見方は色々だと思いますけど、エリーゼさんも美人ですし、なにより胸が大きいですから。ご本人は肩が凝って疲れるし、男性の視線が胸に集中するので嫌がっていましたけど」

「きぃーーー! 自慢ですの?」

「ああ……どう説明しても……」

 確かに私は、ちょっと胸が慎ましやかなような気もしますけど、あと数年もすれば、エリーゼなんて余裕で抜き去るはず。

 そうなれば、きっと私も多くの男性たちの視線を集めるようになりますわ。

「まあ見ていればいいですわ、もう少しすれば、きっとエリーゼよりもこのデイジーが、教会で一番チヤホヤされるようになりますから」

「あの……デイジーさんは、なにをしに教会に来られたのですか?」

 そんなことは決まっていますわ!

 バルトハウト伯爵家の令嬢であるこの私の素晴らしさを、世間に広めるために決まっいるではないですか。

「(駄目だぁ……この人、なにもわかってない……)」

「なにか文句でも?」

「いいえ、なんでもないです!」

 下級貴族の小娘は、この私の引き立て役として頑張ればいいのですから。


 それにしてもエリーゼめぇ!




「聞きましたか?」

「なにをです? デイジーさん」

「竜殺しの英雄の噂ですわ」

「王都で知らない人はいないと思いますけど……それがなにか?」

 これだから、下級貴族の小娘は。

 竜を二匹も倒し、パルケニア草原解放の大功労者として男爵に序されたバウマイスター男爵様。

 言うまでもなく、誰が彼の正妻となるか、王都の貴族令嬢たちが色めき立っているところ。

 ですが、その答えは言うまでもありません。

「バルトハウト伯爵家の令嬢である この私デイジーこそが、バウマイスター男爵様の妻に相応しいのです」

「あの……バルトハウト伯爵家って、農務閥だからバウマイスター男爵様とツテすらないのでは? エリーゼさんは治癒魔法使いとして従軍しましたから、戦場でお会いになっているかも」

「そのような縁がなくても、きっとバウマイスター男爵様は私を選ぶはずですわ」

「(……その自信の根拠はどこに?)」

「なにかおっしゃいましたか?」

「いえ。あっでも、バウマイスター男爵様は実家がブライヒレーダー辺境伯家の寄子ですから、そちらの線で奥様が決まるのではないですか。エリーゼさんなら、見初められる可能性も高いですけど……」

「エリーゼがバウマイスター男爵様に見染められて、私は駄目だとおっしゃるのですか?」

「そんなことはないんですけど……あっ!」

「どうかしましたか?」

「あそこ! 噂をすれば!」

 まさか、噂のバウマイスター男爵様がここにいらっしゃるとは!

「ホーエンハイム枢機卿と一緒ですわね……」

「本洗礼にいらっしゃったのでは? バウマイスター男爵様は地方の騎士爵家の出だとか。だとすれば、本洗礼を受けていないはずですから」

「なるほど」

 なら、あのホーエンハイム枢機卿と一緒にいても仕方がないですわね。

 まさか彼も、本洗礼の席で自分の孫娘をバウマイスター男爵様に紹介しないでしょうから。

「となると、バウマイスター男爵様はこの教会で一番美しい私に釘付けになるはず。そして……」

 私に魅かれたバウマイスター男爵様が、父に『娘さんを私にください!』と挨拶に……。

「(その自信の根拠はどこから……)」

「なにかおっしゃいましたか?」

「いいえ、そうなるといいですね」

 本洗礼を終わって、バウマイスター男爵様が大聖堂から出て来たところで私が視界に入るようにし、さり気なくアピールすることにしましょう。

「ホーエンハイム枢機卿、バウマイスター男爵様をお茶にでも誘うようですね」

「無駄なあがきを」

 なぜなら、本聖堂から出てきたバウマイスター男爵様は、この私を見てしまったから。

「きっと今頃、『あの美しく高貴な令嬢は誰か?』と、ホーエンハイム枢機卿に聞いているところですわ」

 そして、私の正体を知ったバウマイスター男爵様は……。

「(もうなにがなんだか……。あっ、でも! お茶って! エリーゼさん!)」

「なにかおっしゃいましたか?」

「いいえ、確かにバウマイスター男爵様はデイジーさんを見ていましたからね」

「そうでしょうとも」


 まさか、こんなにも早く私の旦那様が決まってしまうとは。

 いつでもバウマイスター男爵様様に嫁げるよう、今から準備をしないといけませんわね。

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