バウマイスター男爵

第50話 面倒な貴族の制度

「簡単に言うと、俺は勲章を貰って法衣貴族になったんですよね?」


「まあ、そういうことになるかな」




 陛下との謁見を終えた俺は、再び馬車で王城から貴族たちが住むエリアへと向かっていた。

 他の騎士爵家に婿入りするエーリッヒ兄さんは、現在下級貴族街に引っ越していたからだ。

 その貴族街だが上級と下級に分かれており、それを実際に目の当たりにすると、ここは身分社会なのだと改めて実感させられた。

 いつか下級貴族街から上級貴族街へ引っ越すのだという野心に燃えている貴族たちがいるそうだが、前世で勤めていた会社で部長の椅子を羨ましそうに眺めていた課長と同じようなものかもしれない。

 石畳で舗装された道をゆっくりと進む馬車の中で、俺は色々と疑問に思っていることをアルテリオさんに聞いていた。


「まず、その双竜勲章だがな」


 王国には、様々な種類の勲章が存在している。

 だが久しく戦争がないので、そのほとんどが大物貴族に順番に与える儀礼的なものであったり、軍や役所で組織運営に貢献した者たちに順番に与える、武勲とは程遠いものであったりと。

 前世で、特に貢献した話を聞かないのに、大物政治家や官僚が叙勲されるのと同じようなもののようだ。

 他にも、お金を持っている商人などにも与えられる勲章もあった。

 これは叙勲するという知らせを受けると、その名誉に相応しい国家への貢献をという名目で、孤児院や慈善団体や教会に追加で寄付をしたり、叙勲を祝って多くの招待客をパーティーに呼んで金がかかったりと。

 間違いなく、彼らが貯め込んでいる金を吐き出させる狙いがあるのであろう。

 他にも、貴族以外が貰う下級の勲章が存在し、優秀な職人や、広大な農地の開拓や用水路の掘削などに貢献した豪農。

 そして、名を挙げた冒険者なども叙勲の対象になるらしい。

 アルテリオさんも、冒険者時代と、つい最近商人としてはランクの高い勲章を貰ったそうだ。

 冒険者時代のものは、ブランタークさんも一緒に貰っている竜退治での叙勲であった。


「名誉は名誉なんだけどな。これが金がかかるんだよ」


「そうやって、世間に金をばら撒かせるんですね」


「そういうことだな。まあ、長期的に見れば利益の方が多いと考えて金を出すしかないのだが……」

 

 勲章もただの飾りではなく、叙勲者には利益もあるわけか。

 そして問題の双竜勲章であったが、これは武勲に対して与えられるもので、ここ二百年以上は誰も貰っていない勲章なのだそうだ。


「二百三十七年前、まだ王国がアーカート神聖帝国と戦争をしていた頃だ……」


 睨み合って膠着状態になっていた両軍であったが、それを打破すべく、アーカート神聖帝国軍が一万人ほどの部隊を迂回させてヘルムート王国軍を後方から奇襲しようとしたらしい。


「それに気が付いた王国軍の名将ビアホフ将軍が、すぐに五千人の部隊でこれを逆撃。撃破後に、敵奇襲部隊の行軍ルートを逆進撃して逆にアーカート神聖帝国軍の後方からの奇襲に成功した。歴史書に記載されているがな」


「俺も、その歴史書は見たことがあります」


 ビアホフ将軍の逆奇襲によって混乱したアーカート神聖帝国軍にヘルムート王国軍が襲い掛かり、これによってアーカート神聖帝国は二十万人の軍勢の内、十万人を戦死させ、三万人ほどが捕虜になったという。


 さらに、アーカート神聖帝国軍はその支配領域をかなり後退させた。

 現在のリンガイア大陸中心部を走る、『ギガントの断裂』と呼ばれる大陸を南北に分断する深さ百メートルを超える亀裂を挟んで、両軍が睨み合う展開になったのだ。


 そして皮肉なことに、そのギガントの断裂のおかげで両国は無事に停戦を迎えた。

 ちょうど幅が広くて深い断裂があるので、国境を接する貴族たちがわずかな土地や水利権で争わなくなったからだ。

 むしろ、同国で領地を接する貴族たちの方の争いが大きく感じてしまうほど、両国は小競り合いすらしなくなってしまう。

 巨大なギガントの断裂を超えて他国を攻撃する労力に、成果が伴わなくなってしまったからだ。

 その結果、戦争の意義を失った両国は停戦へとその舵を切った。

 ここ二百年以上も、戦争がない最大の理由である。


「そのビアホフ将軍以来なんだよ。その双竜勲章の叙勲者は」


「ですが、アルテリオさんとブランタークさんも属性竜を討ったと」


「討ったけどな。別に、その竜は王国に害をなしたわけではない。新しい魔物の領域を探索中、たまたま見つけて戦闘になったから討っただけ。だから、別の勲章は貰っているさ」


 『もしその属性竜が、街でも襲っていたのなら貰えたんだがな』と、アルテリオさんは語っていた。


「それと、新しい爵位だけどな」


 俺は未成年だが、例外として俺のような継承権がない貴族の子供を別家の当主として独立させたり、小さな娘しか残っていないような家に、その婚約者として他家の子供を婿として入れる際に爵位を継がせたりと。

 そういうケースは、たまにあるらしい。


「ヴェンデリンの場合は、単純に功績だけで貴族に任じられただけだがな」


 アルテリオさんの話によると、俺は実家のバウマイスター騎士爵家から籍が抜け、この度新しい別のバウマイスター家の当主になったということらしい。

 

「領地は与えられなかったが、年金は出るから法衣扱いだな。準男爵ともなれば、年に金貨三十枚だ。役職には任じられていないから役職給は出ないが、別に王都に滞在する義務はないし、普通にブライヒブルクで予備校に通えばいいのだから、見栄を張る必要も、必要な経費もほとんどない。楽勝で左団扇だな」

 続いて階位の話であったが、これは第一位から第十位まで存在している。

 第一位は陛下だけで、第二位は王妃殿下と王子二人と王女二人、第三位は他の王族や公爵のみで、第四位は侯爵と辺境伯、第五位は伯爵と子爵と男爵だが、男爵には次の第六位の者も存在する。

 そして第六位は準男爵で、第七位に騎士爵と。

 ちなみに、第八位から第十位は継承権が付与されていない。

 功績を挙げて昇進した平民出身者か、男爵以上の成人した子供に一代限りで与えるための階位として存在しているようだ。

 言うまでもないが、功績を挙げて昇位しないと、その子供は平民に転落してしまう結果となる。

 ちなみに、つい先程までの俺はその階位すら持っていなかった。

 ここが制度の穴というか、わざとやっているのかもしれなかったが。

 準男爵以下の貴族の妻や子供たちは貴族籍には入っており、一応貴族であったが階位は与えられていない。

 当然年金なども貰えず、爵位を継承できなければ死んだ時点で貴族ではなくなる。

 さらにその子供は貴族籍にも入れないので、やはり下級貴族は色々と大変なんだなと思う次第だ。


「じゃあ、俺って子供に跡を継がせられる貴族になったと?」


「ヴェンデリンの功績は偉大だが、かと言ってその子にも血筋だけで過大な待遇を与えるわけにはいかない。子供が並なら、準男爵のままで飼い殺しってことだな。随分と羨ましい飼い殺しなわけだが」


 これからも続けて功績を挙げないと、そう簡単には男爵以上にはなれないよ、ということのようだ。


「しかし、お前は偉くなったものだよな」


「ええ」


 俺の父は、騎士爵で第七位だ。

 今度婿入りするエーリッヒ兄さんも、結婚式を挙げたら義父から第七位騎士爵位を継承する。

 つまり、俺の方が偉くなってしまったのだ。


「立場もな。いくらヴェンデリンの父親や兄貴でも、身分は同じ陛下から任じられた貴族なんだ。公式の場で、父親や兄貴面して威張ると大変なことになる」


 そう簡単に罰せられることはないが、貴族同士のネットワークで『貴族の癖に、貴族のルールを理解できないバカ』として村八分の状態になってしまうらしい。


「父上はどうでもいいけど、エーリッヒ兄さんがなぁ……」


 一番話が合う兄だったのに、向こうは俺を階位が上の者として扱わなければいけない。

 少し寂しさを感じる俺であった。


「公式の場で弁えろ、だからな。普段は別に問題はないさ」


 そんな話をしている内に、馬車は無事にエーリッヒ兄さんが住む屋敷へと到着するのであった。

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