第49話 バウマイスター準男爵
「(王都に到着して、いきなりこの国の王様との謁見か……)」
夏休みに、観光も兼ねて王都で行われるエーリッヒ兄さんの結婚式に行こうとしたら、途中で古代竜が現れてそれを退治してしまった。
簡単に言えばこれだけなのに、その後の話は簡単には行かなかった。
王都にある魔導飛行船の港に到着すると、そこには王城から寄越された騎士様たちがいて、哀れ俺はエーリッヒ兄さんとの再会もお預けのまま、王城へと連行されてしまったのだ。
中身が小市民で、外見が子供な俺には酷な話である。
正直なところ、どう対応していいのか迷ってしまうのだ。
俺は一応貴族の子供なのだけど、当然そんな教育を受けられる環境になかった。
うちの実家なんて、王都におわす王族や大貴族たちに比べれば平民みたいなものなのだから。
「本当に若いの。魔法の才能は、年齢に関係ないとはいえ……」
ひとしきり挨拶が済むと、今度は俺が古代竜を倒した時の話を聞いてくる。
俺は、古代竜のブレスから魔道飛行船を守る役割をブランタークさんに任せ、自分は『飛翔』で古代竜に接近し、自分も『魔法障壁』でブレスから身を守りながら、『聖光』で古代竜を成仏させた話をできるだけ詳しく話した。
「『飛翔』、『魔法障壁』、『聖光』。三つの魔法を同時に展開か。なるほど、素晴らしい才能の持ち主のようだな」
「左様ですな、陛下」
陛下の言葉に賛同する老人がいたが、その男性は豪華に飾り付けられた司祭服を着ていた。
きっと教会関係者なのであろう。
しかも王城に出入りできる立場なので、教会本部でもかなりのお偉いさんのはずだ。
「ホーエンハイム枢機卿もそう思うか?」
「はい。しかも、これほどの『聖光』を発動させられる魔法使いは少ない……いや……いませんな」
聖の魔法は、本当に扱える人間が少ない。
魔法の才能がなくても、教会で聖職者として修行する過程で、己の持つ微小な魔力が聖の属性を帯びることはそう珍しくない。
ただそのくらいでは、弱いアンデッドが近寄らなくなる程度。
聖の力を付与された魔道具を使えば浄化も可能だが、やはり本格的な浄化となれば、聖魔法の使い手でなければ難しかった。
それに、高威力の聖魔法を発動させることができる者の大半は、信仰心がない普通の魔法使いだったりする。
信仰心では、才能の壁を突破できないのだ。
別に聖の魔法が使えなくても、真面目で清貧な聖職者は世間の支持を受けるし、逆に欲深くて金と権力に執着する聖職者は、やはり世間から冷ややかな目で見られる。
だから、神官に聖の魔法が使える者が少なくても問題ないが、俺のような聖の魔法を使える子供に、この老人が興味を持って当然ということになる。
「ヴェンデリン殿におかれては、後日に聖教会本部において本洗礼を受けるべきかと」
「本洗礼ですか?」
「ヴェンデリン殿は、まだ若いし南部の生まれ。知らなくても当然ですかな」
ようするに、俺は田舎者ということらしい。
ホーエンハイム枢機卿の説明によると、本洗礼とは、簡単に言えば生まれた時に地元の教会で行う洗礼よりもワンランク高いとされている洗礼であった。
しかもこの洗礼、一度地元の教会で洗礼を受けていても行えるものなのだそうだ。
具体的な効果としては、世間からは敬虔で優れた信徒だと思われるというものだけ。
別に本洗礼を受けたからと言って、アンデッドが触れるだけで塵になる効果とかはない……当たり前だよな。
それと、王族、大貴族、大商人などは、本洗礼を受ける時に高いお布施をするらしい。
箔を付けたい金持ちな信徒たちと、金が欲しい教会側の妥協の産物とも言えなくはなかった。
簡単に言うと、『セレブ向けの洗礼』と言うのが正しいのであろうか?
「(目的は、囲い込みと寄付金?)」
「(寄付金が一番の目的じゃないのさ。簡単に言えば、己の宗派への囲い込みなんだから)」
アルテリオさんが小声で教えてくれたが、ようは宗派間の信徒の取り合いらしい。
有名な人や世間で成功した人など、そういう人間が自分の宗派に所属していればそれは宣伝になる。
なお、ホーエンハイム枢機卿は、この国の国教にもなっている正統派カソリックの枢機卿らしい。
他には、最近信徒を増やしている古い清貧の教義に立ち返ろうという新教派プロテスタント。
さらに過激な原理主義を打ち出している懐古派、その地方の原始宗教と結び付いた数十はあると思われる自然派各派など。
神様は一人のはずなのに、信仰している人たちで色々と揉めるのは、どこの世界でも同じようであった。
本当、宗教とは面倒なものなのだ。
「(一度本洗礼を受ければ、他の宗派もおかしな勧誘はかけてこない。時間が空いたら受けておけ)」
宗派間の仲は悪いが、暗黙の了解で信徒の強奪行為は禁止されているそうだ。
アルテリオさんは、『はい』と言っておけと俺に耳打ちする。
「(わかりました)王都滞在中に伺わせていただきます」
「ヴェンデリン殿も、敬虔な神の子であらせられたか。よかった、よかった」
俺が素直に本洗礼の誘いを受けたので、ホーエンハイム枢機卿は満面の笑みを浮かべていた。
ただ一つ言えるのは、俺が敬虔な神の子ではないという点であろうか?
まさか向こうも、そこまでは期待していないと思うのだが。
「それとな。余からも、そなたに頼みたいことがあっての」
「はい、その願いとはなんでしょうか?」
「今回、そなたが取得した古代竜の骨と魔石を売って欲しいのだよ」
なるほど。
どうしてアルテリオさんがオークションにもならないと言ったのか、その理由が今理解できた。
あまりに高価で貴重なばかりではなく、戦略物資扱いなので絶対に王家が確保しようとすると見抜いていたわけだ。
「実は、あの魔石と骨があれば、場所塞ぎの巨大魔導飛行船が動くのでな」
「巨大な魔導飛行船ですか?」
陛下の話によると、現在稼動している魔導飛行船以外に、船体は遺跡から発掘されていても、適度な大きさの魔晶石がなくて動けない船がもう何隻か存在しているらしい。
「王都の郊外に、古代魔法文明時代に造られた造船所跡の遺跡があっての」
俺たちが乗って来た魔導飛行船の四倍、全長四百メートル超えの超巨大船がドッグ跡で眠っているらしい。
「小さな魔晶石を連結して動かすという案もあったのだがな……」
極端な燃費の低下に、連結部の異常な加熱で、とても危なっかしくて採用できなかったそうだ。
古代魔法文明時代には当たり前のように普及していた、多数の小さな魔石を材料に巨大な魔晶石を作る方法は、今ではとっくに失われてしまっている。
現在も研究は進んでいるが、まだ目に見える成果はあがっていないそうだ。
魔石のままだと使うとなくなってしまうし、魔力への変換効率も悪い。
そもそも魔石よりも大きな魔晶石は作れないから、もし大きな魔石が見つかったら、『そのまま使うな!』となるわけで、だから今こうして骨竜の魔石を売ってくれと陛下から頼まれているわけだ。
大きな魔晶石を手に入れたければ、遺跡に眠っているものを発掘するか、属性竜クラスの強力な魔物から巨大魔石を手に入れて加工するしかない。
そう簡単に手に入るわけがないよな。
「他にも、ドックに入っていた船なのでな。色々と部品や装甲などが外されておるのだ」
複雑な構造だったり、製造にもの凄い技術が必要なわけでもないのだが、とにかく強度が必要で、古代竜の骨は最適な材料なのだそうだ。
「古代竜の骨を加工して、それを足りない部品や装甲として利用すれば、巨大魔道飛行船は安全に稼動するのだ。どうだ? 売ってくれるか?」
「はい、それは勿論。喜んで提供させていただきます」
どう考えても断れる状況じゃないからな。
それに、もしここで断っても誰も買ってはくれないだろうし、それで王国に目をつけられれば実家にも迷惑をかけてしまう。
あの実家は俺に親切だったわけではないが、俺を虐めたり迫害をしたことはなかった。
このまま共に波風立てず、成人後に俺が独立をすれば、双方が幸せになれるのだから。
「そうか、それはよかった。それでは、白金貨千五百枚で骨と魔石を買おう」
「陛下! いくらなんでも出しすぎです!」
陛下の隣にいる重臣と思われる初老の貴族が、骨竜の魔石と素材の買取り金額に異議を唱えた。
どうやら彼は、王国の財務を担当している人物らしい。
「相場であろう? のう、アルテリオよ。定期的に王国に必要なものを卸している政商のそなたなら、余の考えが正しいとわかるであろう?」
反論を受けた陛下は、俺の隣にいるアルテリオさんに魔石と骨の相場を尋ねた。
「はい、あの大きさの魔石が白金貨千二百枚を下回ることはありますまい。骨も同様です。竜の骨……属性竜クラス以上のものなど、まれに遺跡で出る出土品から剥がして再利用しているくらいではありませんか。あれだけの大きさのを丸々一体分など、何千年後に手に入るのか想像もつきません。骨も、白金貨三百枚は妥当だと思います」
「しかし予算の方が……」
「あの巨大船の再稼動に計上している予算は、白金貨二千五百枚だと聞いている。材料費に千五百枚。その他諸経費に幾らかかるのかは知らぬが、まさか白金貨一千枚を超えるはずもない。十分に、予算の範囲内だと思うがの」
まだ食い下がる財務担当者に対し、陛下は予算の枠内に入っているのだからと、決して自分の考えを曲げなかった。
「とは申せ、ここで節約がなれば、他の予算不足で遅れている案件や事業が行えるわけでして……」
「のう、ルックナー財務卿よ。確かに、予算は無限ではない。同じことをするのに銅貨一枚でも節約できれば、それに越したことはないのかもしれぬ」
「では、陛下」
「しかしな。ここで功績を挙げた者に対してその褒美をケチるような真似をすれば、それはこれから王国のために貢献しようとする者たちの士気を殺ぐこととなろう。もし、この者が魔石と骨をオークションにかけたとする。アルテリオ、どうなると思う?」
陛下は、再びアルテリオさんに質問をする。
「はっ、魔石と骨の標準評価額は白金貨千五百枚です。ですが、オークションとなればこれを意地でも手に入れようと考える者も多いはず。私には手が出ませんが、大身の方々なら余裕で白金貨二千五百枚まで競るでしょうね。そして、いかに苦労して手に入れたのかと言いながら、王国に対し高額の手数料を取るでしょう」
通常、商人が依頼された品を競り落とすと、その金額の五%~十%を利益として取る仕組みだ。
なので、手数料がかかった時点でとっくに予算を超えてしまう計算になる。
アルテリオさんは、白金貨千五百枚なら王国側の大儲けであると陛下に説明していた。
「ルックナー財務卿、白金貨千五百枚で材料はすべて手に入れた。稼動にあといくらかかるのか?」
「はい。材料の加工と、機関部への魔晶石の搭載作業。その他部品や装甲の装着作業に、試運転と最終艤装などで白金貨三百枚ほどかと」
さすがは、全長四百メートルの超巨大飛行船。
再稼動にかかる予算を聞いただけで、眩暈がしてくるようだ。
「節約できた白金貨七百枚分は、予算の圧縮に成功したルックナー財務卿が、優先したい項目に重点的に割り振るがよい」
「ははっ!」
この一言で、ルックナー財務卿は二度と反論を口にしなくなってしまう。
巨大魔導飛行船の稼動予算の大幅削減に財務大臣が成功し、その削減した予算の割り振り先の優先権を彼に与える。
陛下の見事な腹芸に、他の廷臣たちも、俺も、アルテリオさんも。
もはやなにも言えなくなってしまった。
「そうそう、素材の売買の件はただの取引でしかない。もう一つ、余はそなたに褒美と名誉も与えなければならぬ」
「褒美と名誉ですか?」
「そうだ。そなたは、稼動に白金貨八百枚をかけた魔導飛行船を古代竜のブレスから守ったのだから。報告を聞くに、ブライヒレーダー辺境伯のところのブランタークも貢献は大だが、そなたがいなければ、いつかは船は落とされていたであろう」
確かに陛下の言うとおりで、ブランタークさんの『魔法障壁』は古代竜のブレスを防げたが、聖魔法を使えない彼では攻撃に転じることができなかった。
魔力が尽きて『魔法障壁』が張れなくなれば、船は古代竜のブレスで破壊されていたであろう。
「その後、この王都を襲撃されれば大損害であった。普通に考えても、そなたはドラゴンスレイヤーなのだから。それに相応しい名誉を与えなければなるまい」
そう陛下がそう言うのと同時に、一人の文官がなにかを載せたお盆を持って後ろから現れる。
「アンデッド化した古代竜を討ち、魔導飛行船を守った功績により、ヴェンデリン・フォン・ベンノ・バウマイスターに双竜勲章を与える」
謁見の場はいきなり叙勲の場と化し、俺は陛下から双子の竜をあしらった金とエメラルドでできた勲章を左胸に着けてもらう。
すると、それと同時に周囲から大きな拍手が沸き起こった。
どうやらかなり名誉な勲章らしい。
前世から表彰などには縁がなかったので、まったく調べたことがなかったのだ。
貰えないと思っていた勲章を調べるのに時間をかけるくらいなら、俺は魔法の特訓をする。
そういう男であったからだ。
「続いて、我、ヘルムート王国国王ヘルムート三十七世は、汝、ヴェンデリン・フォン・ベンノ・バウマイスターに第六位準男爵位を授けることとする。さあ、バウマイスター卿よ」
「???」
「(ヴェンデリン、叙勲の際の宣誓の言葉だ。短いから覚えているだろう?)」
突然のことで硬直していると、横からアルテリオさんが小声で助け舟を出してくれた。
「我が剣は、陛下のため、王国のため、民のために振るわれる」
そういえば、小さい頃に母から聞いたことがあったのを今思い出し、それを慌てて口にした。
まさか、人生でこの言葉を述べる時が来るとは思っていなかったし、同時に俺が剣など振っても大した成果は出ないだろうなどと、つい下らないことも考えてしまう。
「さて、これでバウマイスター準男爵は王国の臣となった。とはいえ、別にそなたを官職などで縛ろうとは思わん。兄の結婚式に参加し、王都の街を堪能し、冒険者の道を自由に歩むがいい」
立て続けに起こる予想外の事態に、俺はただ流されるだけであったが、とにかく俺はまた大金を手に入れ、勲章と爵位を手に入れたらしい。
そしてなぜか、俺の隣でアルテリオさんが苦笑をしているのが、大きく印象に残るのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます