第35話 押し掛けメンバー

「助けてくれてありがとう」


「サンキューね、ヴェル君」


「あのさぁ……。一応俺も助けたんですけど……と言っておく」


「悪いわね。本当は、エルヴィン君も凄いんだけど……」


「魔法って、マジで反則だよなぁ……」




 放課後の午後。

 同級生であるエルと一緒にアルバイトの狩りに出かけた俺であったが、かなりの成果にホクホク顔で街へと戻ろうとしたその時、偶然にも狼の群れに襲われていた同級生のイーナとルイーゼを助けてしまった。

 エルの弓と俺の魔法で狼の群れは全滅したが、わずか十二歳の予備校生が二人で狼の群れを全滅させれば驚かれるのが当然だ。

 狼は毛皮が売れるのでそれを回収したあと、俺たちは四人で夕食がてら話をすることになった。

 これは、いわゆる美少女二人を助けたのでフラグが立った状態なのか?


「先に二人が倒していた狼の毛皮も貰ってしまっていいのかな?」


「さすがに、その権利を主張するほど図々しくないわよ。助けて貰ったお礼として受け取ってちょうだい」


「ボクもイーナちゃんも、先立つ物がないから他に俺に出せるものがなくてね。あっ! なくもないのか!」


「ルイーゼ、ストップ!」


「それに大半の狼を倒したのは、エル君とヴェル君なわけだしね」


 実は俺たちが駆けつけた時、現場にはすでに絶命した八頭の狼の姿があった。

 二人は自力で八頭の狼を倒していたが、そこで体力の限界がきて、仲間を殺された狼たちの攻撃に対し防戦一方の状態であったというわけだ。

 俺とエルは、彼女たちが先に倒していた狼の毛皮八頭分の権利は向こうにあると思っていたのだが、二人は助けてもらったお礼として俺たちにくれるという。

 ふと横を見ると、エルがもの凄く嬉しそうな顔をしていた。

 実入りが増えて嬉しいのであろう。

 彼女たちとしては俺たちに借りを作りたくないようで、ここは素直に貰っておいた方がいいと俺は思ったわけだ。

 その代わり、どうせ狩りの競争でエルに負けたので彼に夕食を奢らなければいけなかったのを思い出し、ついでに二人にも夕食も奢ることにした。

 俺たちは、先に狩った獲物を予備校側から指定された冒険者ギルドが経営する買取所へと置いてから、予備校近くにあるレストランへと移動する。

 以前は、ブライヒブルク近隣に住む農民のふりをして、商人ギルドカードを使ってバザーで獲物を売っていた俺であったが、今は指定された買取所に持っていくだけなので楽になったものだ。

 前の癖で、『解体をしなければ』などと思っていた俺であったが、買取所にはプロの解体者たちがいるので、逆に素人が下手に解体などしないようにと予備校から釘を刺されている。

 下手な奴がやると価値が下がるからということらしいが、これでもバザーで獲物を売っていた頃には、商業ギルドの職員やお客さんから解体が上手いと褒められていたのに、まったく酷い言い様ではある。

 ただ、その解体は魔法によって行われており、さらにこれからは魔法で多くの獲物を狩った方がお互いに幸せになれる。

 職務の分担というわけだな。


「あれ? ……ああっ」

 

 買取所の受け付けで俺は、知り合いの商業ギルドの職員と顔を合わせてしまった。

 受付で呼ばれたフルネームを聞かれてしまい、身分の詐称がバレたので焦ったのだが、向こうは気にしていないようだ。

 あとでエルが話していたが、『農民の子供のフリをして副業に励む貴族の子供なんて、地方だとさして珍しくもないからな。俺もそうだったし』ということらしい。

 さすがに犯罪目的での偽名がバレると大変なことになるが、零細貴族の子供のアルバイト目的の偽名は、身元が確かなので逆に安心されるそうだ。

 さらに言うと、ベテランのギルド職員が見れば、農民の子か貴族の子かなんて大体はわかってしまうらしい。

 その辺は、さすがはプロと言うべきであろう。

 確かに、あの商業ギルドの職員は俺に声さえかけてこなかった。


「七番の札をお持ちの方」


「はい」

 

 結局、猪一頭は毛皮込みで銀貨三枚、ウサギは合計八羽で毛皮込みで銀貨四枚、ホロホロ鳥が三羽で銀貨三枚。

 そして狼であったが、肉は食べられないが毛皮は意外と需要が多いらしく、二十頭分の毛皮で銀貨六枚になった。

 今日の合計は、銀貨十六枚で一人頭八枚。

 日本円にすると八万円くらいであろうか?

 アルバイトとは思えない金額であったが、これはわざわざ遠方の狩り場まで足を運んだおかげであろう。

 街の近くで狩りをしている連中は、いつも半分くらいボウズなのが普通だからだ。

 それでも近場で狩りをする予備校生が多いのは、街から離れた場所で狩りをすると危険が多いから。

 今日の、二人のお嬢様方のような結果になるのだ。


「知ってはいたけど、今日初めて目のあたりにしたわ」


「目のあたり?」


「ええ、バウマイスター騎士爵家の八男は、かなり強力な魔法が使えるって」


「実際、凄い魔法だったね。ボク驚いたよ」


 予備校近くにある学生御用達のレストランに到着した俺たちは、奥のテーブル席に座り、四人分の『本日のお勧めディナー』を注文する。

 一人前銅板一枚と少し高めではあったが、肉が沢山入った濃厚なシチューに、川魚のフライ、新鮮なサラダとコスパは非常によかった。

 パンは白くて柔らかいものが二ついていおり、飲み物はマテ茶、デザートにアッイプルパイと。

 学生向けに相応しい、お値段分以上の価値があるメニューとなっていた。


「高いメニューを奢ってもらって悪いな」


「賭けは、エルの勝ちだからな」


 日本円で千円くらいなので、学生には少し高価な部類に入るのかな。

 外食だと高くつくので、自炊している予備校生も多いと聞くから。

 今日のアルバイトで成果がゼロだった人たちは、余計にそうであろう。


「私たちまで奢ってもらって悪いわね」


「今日は思わぬ不幸で実入りがなかったから助かったよ」


「気にしないでくれ。今日は実入りがよかったから」


 お腹も減っていたのでまずは目の前の暖かい食事を片付けることにし、デザートまで平らげたあと、食後のマテ茶を楽しみながら話をすることにした。


「しかし災難だったな」


「いやぁ……。大き目の猪を狩るのに手間をかけすぎてね」


 エルの慰めに、見た目が幼い水色の髪の美少女ルイーゼがなぜあれほど大量の狼に囲まれる羽目になったのかを説明する。

 俺たちと同じく、街から離れた場所で狩りを開始して運よく大猪を見つけたものの、その後処理に手間取り、血の臭いで狼の群れを呼び寄せてしまったらしい。

 しかも、先に倒していた八頭が一つ目の群れで、あとの十二頭は二つ目の群れであったようだ。

 いくら特待生でも、彼女たちはまだ十二~三歳でしかない。

 狼の群れとのダブルヘッダーは、今の時点では荷が勝ちすぎていたようだ。


「大猪? 死体あったかな?」


「ヴェル、俺も見てないぞ」


 エルもそうだが、俺も大猪の死体を見ていなかった。

 狼たちに食べられた?

 いくらなんでも、時間的におかしいか。


「それがねぇ……二つ目の群れと戦っている間に、数頭の狼たちが持ち去ってしまったの」


「だから今日は実入りゼロなんだ。狼はずる賢いよね」


「それはご愁傷様だな」


 せっかく大猪を仕留めたのに、狼に持ち去られてしまったのだ。

 エルは、二人に慰めの言葉をかけていた。


「実は狩りは初めてだったんだ。ボク、狼があんなにずる賢いなんて知らなかったよ」


 ルイーゼの話によると、普段の二人は道場や街の中で訓練ばかりしており、狩りというものを経験したことがないそうだ。

 そのせいで、スタミナの配分を間違えてしまったらしい。

 

「狩りをしたことがないのか?」


「別に意外ではないぞ、ヴェル」


「そうなのか?」


「ああ。街に住んでいる貴族なんて、陪臣でもそんなものさ」


 俺やエルのように、実家が田舎だと貴族でも狩りを行う。

 農作業が優先なので狩人が少ないのと、冒険者などまず来ないからだ。

 他にも、武芸の鍛錬や、趣味と見なされていた。

 逆に街の貴族や陪臣たちは、狩猟は狩人や冒険者の仕事なのでそれを奪うような真似はしないし、武芸の鍛錬は正式な訓練メニューがあり、狩りの他にいくらでも趣味や娯楽は存在しているというわけだ。


「狼は単独だと、ある程度訓練を受けた人間ならそう苦戦はしないけどね」


 狼の怖さは群れで襲ってくることであり、数頭を倒したり傷を負わせても、いつの間にか自分も怪我をしていて、次第に体力を失って最後には寄ってたかって……というパターンで命を落すケースが多かった。


「元々お前さんたちは、パーティの組み方が間違っている」


 槍のイーナに、魔闘流のルイーゼにと。

 どっちも前衛タイプなので、せめてどっちが一人は弓を準備しておくべきであるとエルは助言した。


「その点うちは、俺は剣も弓も使えるし、ヴェルも弓も魔法も使えるわけで。バランスがいいわけだ」


「バランスは関係ないと思うけど」


「どうしてだ? ヒレンブラント」


「イーナでいいわよ。いい、確かにあなたの剣の腕は優れているし、弓も上手なのはわかる。でも、ヴェンデリンの魔法が凄すぎて全然関係ないのよ。ヴェンデリンなら、その辺の子供と組んでも結果は同じじゃないかしら?」


「そうだね。イーナちゃんの言いたいことはわかる。ヴェル君の魔法って、すでに超一流の冒険者レベルだもの」


 イーナの発言に、ルイーゼも賛同していた。


「でなければ、同時に十頭もの狼を魔法の矢で殺せないわよ。魔力の量もだけど、魔法の精度がすでにベテランクラスなのよ」


 確かにイーナの言うとおり、俺は結構魔法の精度にも自信がある。

 伊達に六年以上もの間、家族にハブられながら一人魔法の特訓を続けたわけではないのだ。

 そう、俺はボッチを糧に魔法の鍛錬にすべてを賭けていたのだ。

 決して、他にすることがなかったからではないぞ。

 それに俺には、短い期間ながらお世話になった師匠という偉大な存在もいた。

 彼の教えにより、俺は効率のいい魔法の鍛錬を行えたのだから。


「ズルいとは言わないけど、エルヴィンは圧倒的にパートナーに恵まれているわね」


「しゃあないだろう。その辺は運だからな」


 普通こんな言い方をすると不遜に聞こえることも多いが、エルには不思議な魅力があってあまり敵を作らない羨ましい性格をしていた。

 それに、エルの言ったことも事実だ。

 偶然とはいえ、たまたま入学式、教室と席が隣同士となり、そのまま友人になったのだから。

 それに、エルは今の時点でも優れた剣の使い手である。

 弓も腕前もすでに一人前と言っても過言ではなく、別に俺に寄生しているわけではないのだから。

 俺は、彼を足手纏いなどとは一度も思ったことがなかった。


「エルヴィンの言うとおりね」


「そうだね。これも運。袖振り合うも多生の縁だよ」


「私とルイーゼが前衛、エルヴィンは状況に応じて前衛の剣と後衛の弓を兼用。そして、ヴェンデリンが弓と魔法で後衛と。バランスのいいパーティーね」


「なんか、勝手にパーティが結成されているけど……」


 女の子という生き物は、可愛さとか弱さとの裏合わせで強かさも兼ね備えている。

 前世で多少は経験した事実なのだが、俺は少し甘く見ていたようだ。

 翌日、俺とエルが予備校の教室に入ると、すぐに担任のギルド職員から声をかけられる。


「バウマイスター、アルニム。ヒレンブラントとオーフェルヴェークから、パーティー申請書はちゃんと受け取ったからな」


「「はい?」」


 確かに、入学式時の説明でパーティーの結成についての説明は受けていた。

 冒険者が生き残れるコツは、己の実力も必要だが、いい仲間を見るけることだ。

 せっかく冒険者予備校に通うのだから、この時期に勉学や訓練を共にした者同士でいいパーティを作っておくべきであると。

 そしてそのために、パーティー申請用紙というものが存在していた。

 これで申請をしておけば、あとで行われるパーティー実習で申請されたメンバーが優先されるし、予備校側としても、アルバイトの狩りなどでもそのメンバーで動いていると知れれば、安心できるということらしい。


「バランスがいいパーティじゃないか。これは期待できるな」


「あいつら……」


「(これって、ラノベとかで言うところのフラグが立ったなのか?)」


 悪い子たちでもなさそうだし、ずっとエルと二人だけで行動するというのも味気ないので、とりあえずは様子見だなと思う俺であった。

 パーティなんて不都合があればすぐに変えても問題ないって、担任の先生も言っているくらいだからな。

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