第24話 大都会だよブライヒブルク
「すげえ! 久しぶりの大都市だ!」
ブライヒレーダー辺境伯の治める南部最大の商業都市ブライヒブルクを見下ろす山の高台で、俺は久しぶりに見る大都市に感激していた。
人口は、二十万人くらいであると聞いている。
前世で暮らしていた日本の都市と比べると大したことはなかったが、一年以上も人口数百人の寒村で暮らしていた影響で、俺にはもの凄い大都市に見えてしまうのだ。
ここまで到達するのに一週間以上もかかったので、余計にそう感じるというものあった。
バウマイスター騎士爵領とブライヒレーダー辺境伯領の間にそびえ立つリーグ大山脈には、数ヵ月に一度商隊が往復するため山道が作られていた。
とはいえ山道は険しく、高度のせいで朝晩は凍るような寒さとなり、地球よりも凶暴な大きな野生動物に襲われることもある。
ワイバーン滅多にないが、ワイバーンや飛竜の襲撃にも警戒しなければならなかった。
そんな山道を往復数ヵ月だ。
『よく、ろくな特産品すらないうちに商売にやって来るよな』などと俺は思ってしまうのだが、これはほぼ利益無しの半分公共サービスであるらしい。
南部最大の貴族にして、ヘルムート王国南部地域の貴族たちを取り纏めるブライヒレーダー辺境伯が、寄子であるバウマイスター騎士爵家やその領民たちのため、赤字を被ってまで定期的に実施しているのだそうだ。
この話は前にエーリッヒ兄さんから聞いたのだが、商隊は以前から必要最低限なものを出していたらしい。
その規模と回数が増えたのは、五年前の無理な出兵でバウマイスター家も相当な人的・金銭的な被害を受けてからだそうだ。
出兵自体は、ブライヒレーダー辺境伯側が求めて来たものであったと聞く。
父の鼻面欲も相当にあったのであろうが、寄子が寄親の頼みをそう簡単には断れない事情もあったようで、この出兵の後には今までは年に二回、それも小規模なものしか来なかった商隊が、年に三回に増えてさらに規模も大きくなった。
これは詫びというか、批判封じという側面もあるようだ。
その辺の事情は、すべてエーリッヒ兄さんが教えてくれたのだけど。
そんな事情もあり、一応は山脈には道が存在している。
拡張もされたそうで……苦労したのはわかるけど、別に舗装されたわけでもないからわかりにくいなぁ……。
俺は魔法で身体機能を強化し、周囲を『探知』しながらその道を進む。
この山脈にはワイバーンと飛竜が生息しているそうだが、山道やその周辺では滅多に出現しないとも聞いている。
念のためなのと、どちらかというと野生動物への警戒が主であった。
このリーグ大山脈は魔物の領域扱いになっているのだけど、比較的魔物が出るエリアとそうでないエリアがわかりやすくなっているそうだ。
だが、かと言って必ずワイバーンが出ないというわけではないし、野生動物の熊や狼などは頻繁に姿を見せるので警戒は必須であった。
俺が『飛翔』を使わず、わざわざ山道を歩いている理由。
それは、山の方に視線を送った家族や領民たちに、魔法で飛んでいる俺の姿が目撃されないようにするためであった。
あとは、少し体を鍛えておこうかなという理由もあったけど。
一日で進める限り進んでから『瞬間移動』で家へと戻り、翌日は昨日までに進んだポイントに『瞬間移動』で戻って移動を開始する。
そんな面倒なことをしたので、余計に時間がかかってしまったのだ。
もっとも、俺には魔法があるから、商隊より圧倒的に速く山を越えることに成功していた。
『身体能力強化』の勝利だけど……。
「あたたっ……」
酷い筋肉痛だ。
まだ体が小さいうちは使用を控えた方がいいな。
「どうした? 坊主」
「お使いで、町に買い物です」
久しぶりの街に感動したのち、俺はブライヒブルクの入り口へと移動する。
近くに、よく冒険者たちが入る魔物の領域『ブライヒブルク大森林』があるので、このブライヒブルクは高さ三メートルほどの防壁によって囲まれていた。
とはいえ、魔物が今までに己の領域から外へと侵攻した例は一回もなく、多分これは対人間用なのであろう。
長らく戦争もないヘルムート王国であったが、完全に平和というわけではない。
貴族同士による、領地や水利権などが原因の小規模な小競り合いなどは、数年に一度は必ず発生するからだ。
領地が接している貴族同士にはこの手の争いが多く、ブライヒレーダー辺境伯家も、近隣に数家仲がよろしくない貴族家が存在すると聞いた。
ちなみにバウマイスター騎士爵家には、そんな利権争いをする貴族などは存在しない。
リーグ大山脈によって、物理的に隔離されているからだ。
「坊主、身分証はあるのか?」
「ないです。商業ギルドで会員証を作ろうかと」
「そうか。入街税の銅貨一枚は払えるのか?」
「大丈夫です」
実は身分証は持っているのだが、さすがに八歳のバウマイスターの八男がブライヒブルクに現れたとなれば、それは大問題になってしまう。
そこで俺は、近隣の農村の子供に化けて街に入り込もうとしていた。
身分証は街で住んでいる住民はほぼ全員が持っているが、農村などでは発行してくれる場所がないので持っている人間は少ない。
発行してもらうには、わざわざブライヒブルクまで出向く必要があったからだ。
ならば、買い物などで街に入りたい田舎者はどうするのか?
答えは、ギルドに加入するというものであった。
本当は冒険者ギルドが一番相応しいのだが、あそこは最低でも十五歳にならないと入れないルールがある。
戸籍などない世界なので少々の年齢の誤魔化しは効くが、さすがに今の俺が十五歳を自称しても無理であろう。
となると、残りは職人ギルドか商人ギルドということになる。
職人や商人の世界では、俺くらいの年齢の子供でも丁稚奉公をしているケースがなくもない。
しかも、師匠や親方の命令でブライヒブルクにお使いに行くケースも多く、比較的簡単に身分証を作れるようになっていた。
「なるほどな。そのウサギを売るのか」
門番の兵士は、俺が腰にウサギの皮を数枚ぶら下げているのを確認する。
これは、山道の途中で得た成果であった。
「はい、なにかを売る際には商業ギルドの会員証が必要だと聞きましたので」
正確には、身分証が必要であったのだ。
街の住民は最初から身分証を持っているし、各種ギルドに所属していれば会員証がその代理を果たす。
品物の売買の際には、防犯のためにこれを提示する義務があった。
意外と厳格だなと俺は思ったが、実は一部身分証なしで売買をする店もあるらしい。
そもそも、ギルドの会員証自体が外部の人間には作り放題という抜け穴も存在していた。
そのおかげで俺も、簡単に会員証が作れて万々歳なわけだが。
俺は門番に入街税銅貨一枚を支払ってから、ブライヒブルクへと足を踏み入れた。
この入街税は、街に入る際には必ず支払わなければいけないそうだ。
銅貨一枚なのでそれほどの金額でもないが、定期的に出入りしている人には結構負担になるかも。
ちなみにこの世界の通貨制度であったが、これはリンガイア大陸ではすべて統一されている。
ヘルムート王国とアーカート神聖帝国では貨幣のデザインが違っていたが、条約によって使われている金・銀・銅などの量が統一されていたので、別にどちらを使っても問題にはならなかった。
あとは、貨幣の種類と価値であったが、お金の単位はセントが採用されている。
ただ、貨幣経済に触れる機会が数ヵ月に一度やって来る商隊から売り買いすることくらいしかなく、普段は物々交換で済ませてしまう我がバウマイスター騎士爵領では、滅多に耳に入らないワードではある。
銅貨一枚で一セント、銅貨十枚で銅板一枚で十セント、銅板十枚で銀貨一枚で百セント、銀貨十枚で銀板一枚で千セント、銀板十枚で金貨一枚で一万セント、金貨十枚で金板一枚で十万セント、金板十枚で白金貨一枚で百万セント、白金貨十枚で白金板一枚で1千万セントとなっていた。
銅貨一枚でリンゴが一個買え、街の出入りの際に支払う入街税も同額なので、一セントは日本円に換算すると百円くらいの価値だと思えばわかりやすい。
「商業ギルドへようこそ。会員証の発行ですね。必用事項をこの書類にお願いします」
門番のお兄さんに教えてもらった商業ギルドがある大きな建物へと入ると、そこには様々な用件で訪れた人たちでごった返していた。
会員証発行窓口と書かれた窓口で座る若いお姉さんに話しかけると、彼女は口調は丁寧ながらもマニュアルに沿った対応で俺に書類を書かせる。
とはいえこの書類、書くのは名前と出身地と年齢くらいであった。
年齢は普通に書き、住所はここから少し離れた寒村の名前を適当に、名前はヴェンデリンのみで姓を持たない平民の子供の振りをすることにした。
虚偽記載ばかりであったが、この程度の虚偽では問題にはならないらしい。
中には、平気で名前すら偽る人もいるようなのだ。
「初回の会員証発行は無料です。ですが、再発行には再発行手数料として銀貨一枚がかかりますので失くさないように注意してください。それと、バザーで品物を売る際には、常駐の責任者に位置の指定を受け、品物が売れた際には売り上げの一割を納めるように。ルール違反には、厳しい処置が待っているので悪しからず」
どこまでも事務的な受付のお姉さんの元を辞した俺は、バザーなるものが行われている区画へと向かった。
受け付けのお姉さんの説明どおりに、街のメインストリートに繋がる少し細い路地に入ると、そこでは数百人もの老若男女が道の端でゴザを広げて様々な品を売っていた。
中には俺とさして年の違わない子供たちもいて、なるほど俺が商業ギルドの会員証を求めても、受付のお姉さんは特に驚きもしなかったはずだ。
「坊主、お父さんの手伝いなのか?」
バザーを仕切るギルド職員の中年男性に話しかけると、彼は俺が親が狩った獲物を売りに来た孝行息子だと思ったようで、優しい声を返してきた。
「自分で罠を仕掛けて獲りました」
別に魔法が使える事実を公表する必要もないので、俺は自分が住んでいる村の近くで罠を仕掛けてウサギを獲ったのだと説明した。
よく見ると、他にも同じように罠でウサギや鴨を獲って売っている子供の姿も確認できた。
ホロホロ鳥は……獲るのが難しいので視界の中には売っている人を確認できないな。
「へえ、小さいのに腕がいいんだな。あそこの空いている場所で売るといい。ウサギの毛皮と肉か。常に足りない状態だから、すぐに売れるだろうさ。今の相場は、肉と毛皮で一羽銅板五枚くらいかな?」
日本円で、五千円くらい。
確かに、指定された場所に行く途中で他にも狩ったウサギの毛皮と肉を売っている人を見たが、値札はみんな銅板五枚からプラマイ銅貨五枚くらいであった。
つまり、四千五百円から五千五百円くらいだ。
俺は売却に時間をかけたくなかったので、標準価格である銅板五枚を売価に設定し、持参したゴザの上に四羽のウサギを並べる。
すると、すぐに声をかけてくる男性がいた。
見た目はいかにも商人風の、四十歳前後の男性であった。
「お父さんのお手伝いかな?」
「いえ、自分で罠を仕掛けて獲りました」
「ほう、その若さでいい腕をしているんだね。肉も新鮮だし、毛皮のなめし方もいい」
血抜きも、解体も、皮のなめしも。
プロの最高級品には劣るものの、魔法を使えばそこそこの品質でできるから当然といえば当然であった。
その魔法を習得する手間と、獲物にトドメを刺し解体することへの抵抗感の方が難題であったほどなのだから。
前世では、肉はスーパーなどでパック詰めしたものしか買ったことがないので、当然と言えよう。
特に困ったのが、血や内臓を抜く工程であった。
アレは、元現代人にはそう簡単に慣れるものではないとだけ言っておこう。
「全部貰おうかな。また売りに来てくれると嬉しいな」
「ありがとうございます」
ウサギは全部で銀貨二枚で売れ、すぐに売り上げの一割の銅板二枚をギルド職員に納める。
「早く売れてよかったな。この後はどうするんだ?」
「父に頼まれて、お米を買って来るようにと」
「米の相場は、十キロで銅板五枚くらいかな? 産地とか、品種とかでもかなり違うけど」
「それは知らなかったです。ありがとうございます(日本とそう相場は変わらないのかな?)」
俺はギルド職員にお礼を言い、近くの米屋で十キロ銅板五枚の米を買ってから家へと瞬間移動で戻るのであった。
勿論、早く買った米を炊くためであった。
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