第22話 ボッチを極める

「おい、あの子は確か……」


「お館様の八男で、名前は確か……ヴェンデリン様だったような……」


「なにをしているのかな?」


「さあ? うちのような村では、子供でも貴重な労働力なんだがな。噂によると、あまり働き者の気質は持っていないらしい」


「お館様のお子だからなぁ。迷惑にさえならなければ問題ないべ」


「そうだな。触らぬ神になんとやらだ」


 長男クルトと次男ヘルマンが結婚し、他の兄さんたちが家を出てから一ヵ月。

 俺は一人、領内のまだ開墾の予定すら立っていない平原を走り抜けていた。

 途中、農作業に向かう農民たちが俺の噂話をしてるのが聞こえる。


 その内容は、『家の手伝いもしない、我が侭な末っ子』というのはとっくに理解している。

 いや、敢えてそうなるように父やクルト兄さんが噂を流していたのだ。

 わずか六歳の子供に酷い噂をと思う人は多いだろうが、もしここで俺が魔法を駆使して、農地の開墾や用水路を素早く整備したりするとする。

 すでに上級の魔法すらほぼマスターした俺からすれば、農地の開墾や用水路の掘削などあっという間に終えてしまうであろう。

 使える人間が少ない分、高位の魔法使いとは優れた能力を発揮するものなのだ。

 とはいえ、父たちは俺の魔法使いとしての実力を正確に把握しているとは言い難いので、手伝いを頼むかどうかの判断できずにいる状態なわけだが。

 一応父たちには、『一人で森に入ってホロホロ鳥を狩れるくらいの、身体能力を上げる魔法の使い手』くらいに認識されるようにしている。

 それと、ようやく昼の間は自由に外に出ても良いという許可を得ていた。

 外に出れば、多少自由に動いても問題はないはずだ。


 なぜなら、このバウマイスター騎士爵領はとにかく広い。

 その中で父たちが認識している領域は、北部と西部の山脈の麓にある人口八百人が住んでいる三つの村と、その人口が食べていける程度の農地や森など。

 それだけであった。


 しかし実際には、東部や南部の未開開発地域や、それに付随した魔の森と、その先にある海岸や海。

 バウマイスター騎士爵領の領地や権利は、実は開発さえ出来れば南方随一の大貴族となれる可能性を秘めていた。

 秘めているのと、それを実際にできるのかどうかには、大きな隔たりが存在していたが。 

 父に言わせると、特に海が惜しいようだ。

 魔の森の前に、多くの野生動物が跳梁跋扈する南の未開地を突破できなければ開発すら困難なわけで。

 ただ他に手を出せる貴族は皆無であり、よそに取られる心配だけはなかった。

 開発できれば大量の塩や魚産物が手に入り、製塩や漁師の仕事があれば移住者にも期待できるはず。

 港を作って、貿易や海運と夢は広がる一方だ。

 ところが実際バウマイスター騎士爵領は、領地が海に面している癖に塩は山を越えて来た隊商から買うのが常だ。

 値段も、わざわざ山を越えて来ている商人にしては良心的だが、手間賃分はやはり割高になってしまう。

 うちのスープが薄塩味なのは、このせいなのだ。


 とまあ、我がバウマイスター騎士爵領の実情はこんな所であったが、俺はとりあえずは行動範囲を広げるために動いていた。

 朝、日課になっている剣の訓練を軽く行い、朝食後に昼食代わりの小さな黒パンを二個貰ってから家を出る。

 ちなみに、これまでの森での狩猟と採集物の提出は免除されていた。

 人口に比例した農地と用水路建設がひと段落したので、借り出されていた人たちに狩りをする余裕ができたからだ。

 我が家も、父と長兄クルトが交代で森に狩猟と採集に行くようになっている。

 さすがに、六歳の子供が獲って来るホロホロ鳥だけにメインディッシュを任せるほど、二人にプライドがないわけでもないようだ。

 とはいえ、ホロホロ鳥はプロの狩人でも難しい獲物である。

 獲れない日の方が多いので、俺は帰りに二羽か三羽の草原ウサギをお土産にすることにしていた。

 なにしろ、バウマイスター騎士爵領南部には未開の森や草原が多い。

 それしかないとも言え、帰りにいくらでも獲物を獲ることが可能であった。


「さて、今日こそは魔の森を拝むぞ」


 現在俺が集中的に訓練を行っている魔法は、『飛翔』と『瞬間移動』の二つであった。

 『飛翔は』、前の世界では漫画やゲームで御馴染みの魔法だ。


 某RPGの○ーラや、その漫画にもあった○ベルーラ。

 あとは、○ラゴンボールにもあった武○術に当たる魔法である。

 

 両方とも、魔法自体はすぐに使えるようになっていた。 

 最初にあまりよく考えないで『飛翔』のスピードを上げた結果、息が詰りかけたのはいい思い出であったが、それは自分の体を空気の膜で防御するようになってからは発生していない。

 スピードも、高速道路を走る車並には出ているので、これも特に問題はないであろう。

 さらに、一度覚えたポイントには『瞬間移動』ですぐに可能となった。

 あまりに順調なので、海まで到達するのはあっという間という思いが頭の中に浮かんだのだが、実際にはまだ魔の森に到着していなかった。

 なぜなら、俺には人が住んでいる地域以外ろくに地図すらなく、しかもその広さが北海道にも匹敵するバウマイスター騎士爵領内を自在に『瞬間移動』できるようにと、未開地の地図を作成しながらこの三週間をすごしていたからだ。

 三週間もの努力の結果、未開地のほぼ全域、魔の森の広さが北海道の四分の一ほどの大きさであったので、残り四分の三に千箇所近いポイントを置くことに成功していた。

 ポイントとはいっても、なにか標識などを設置したわけではなく、『瞬間移動』の際に安全に着地可能な場所を自作している詳細な地図に書き込み、そこに番号を振っているだけに過ぎない。

 あとは、その番号と大体の位置を頭に思い浮かべながら『瞬間移動』を使えばそのポイントに無事に到着する。

 多少位置がズレることもあったが、あとの細かい移動は『飛翔』で十分であった。

 しかし、この三週間でわかったことであったが、この未開地は宝の山だ。

 開墾可能な土地は多いし、治水工事は不可欠だが河川が多くて水には困らない。

 点在する林や森は様々な産物の宝庫だし、鉄、銅、金、銀、各種宝石、ミスリル、オリハルコンの鉱石を産出する鉱山すら複数存在していた。

 開発さえできれば、バウマイスター騎士爵領は侯爵領にジョブチェンジどころか、独立した小王国の建国すら可能であろう。

 ただそれは、現時点では夢物語であった。

 王国はまだ中央部の開発すら半分も終わらせておらず、南部辺境にも多くの大小様々な貴族たちが配置されていたが、彼らも自領に開発可能な未開地を多数抱えていたからだ。

 ようするに、このバウマイスター騎士爵領の未開地に送る人間や資金が不足していたのだ。

 この地の開発が始まるのは、多分数百年も先であろう。

 というわけで俺は、無人の未開地で自由にウサギを狩ったり、魚を獲ってから焼いて食べたり、新しい魔法の練習場として利用していた。

 特に高威力の上級攻撃魔法練習には、この誰もいない未開地は格好のポイントとも言えた。

 あとは、土系統の特殊魔法の練習であろう。

 金の鉱山で、適当に集めた鉱石や砂金から純粋な金の成分だけ取り出して金のインゴットを作る。

 師匠が『抽出』と『再結合』と呼んでいて、魔道具の研究者なるためには覚えておいた方がいい魔法だと聞いた。

 職人系の仕事には、今のところあまり興味はないけど。

 他にも上級魔法として、銀に魔力を添加してミスリルを生成するというものもある。

 使用する魔力に比して出来上がるミスリルの量は少なかったが、大量に魔力を使うので、魔力量を増やす練習には格好の魔法ではあった。


 なお、俺よりも先にこの未開地どころか魔の森に到達した先代ブライヒレーダー辺境伯とその軍勢と、我がバウマイスター騎士爵家諸侯軍だが、彼らはただ魔の森までの最短距離を移動のみしたらしい。

 せめて鉱山の一つくらい見つけてくれたら、彼らも無茶をしなかった……そんなわけないか。

 よくよく考えると、こんな辺鄙な未開地に採掘者を大量に送るのは難しいし、目先の魔の森産の素材などに目が眩んで無視されたのであろうと容易に予想できた。


「暗い森だな……。なんか出そうな気配が……」


 今日、ついに魔の森をその視界におさめることに成功した。

 昼なのに外からでもわかるほど不気味な薄暗い森で、耳には不気味な鳥の鳴き声や、聞いたこともないような魔物の叫び声や悲鳴なども聞こる。

 どう考えても、六歳の子供が一人で入っていいような場所には見えなかった。


「まあ、成人するまで入るつもりはないけど」


 いくら魔法が使えても、その身体能力を強化できるとしても。

 この程度の実力で油断して魔の森に入っても、今の俺だと死んでしまう可能性があったからだ。

 もしかしたら大丈夫かもしれないが、それを自分の命をチップに試すつもりは俺にはなかった。


 この世界は、ゲームではない。

 一度死んでも、コンティニューするというわけにはいかないのだ。


 もう少し大きくなってから剣や他の武芸の訓練を始め、それがある程度形になって成人してからにしよう。

 その前準備のために、俺は『瞬間移動』でここに来れるようにしているのだから。


 あの師匠ですら、魔の森の魔物の群れには勝てずに命を落としている。

 慎重に慎重を重ねても、それはすぎたとは言わないと俺は思っていた。


「とはいえ、海に行くのを諦めたわけではない」


 それから一週間、俺は『飛翔』と『探知』を駆使して魔の森の上空を探っていた。

 まずは、魔の森が一番薄くて海に近い地点を探り、その進路上に飛行可能な手強い魔物がないかを探るのだ。

 そこに竜などがいればアウトだが、いなければ『飛翔』で全力で飛べば海に辿り着くことも可能であろう。

 一週間の捜索の結果、どうにか『飛翔』で海まで飛び越えられそうな魔の森が薄い地点を発見することに成功する。

 幸いにして、魔物は魔の森からは絶対に一歩も出ないし、『飛翔』で全速力を出せば竜よりは少し速く飛べる。


「海には、美味しいお魚さんがいるんだ! それと、自前の塩!」


 いい加減、薄い塩味の食事には飽きていた。

 醤油や味噌は不可能にしても、せめてもう少し味の濃い食事を。

 この魔の森を飛び越えれば、そこには大量の塩が眠っているのだ。

 でなくて、含んでいるのだと。


「『飛翔!』 マックススピードで! いざ、海へと!」


 久しぶりに燃えて来た俺は、多くの魔力を燃やして『飛翔』で魔の森を超高高度・超高速で飛び越える。

 そして数分後、俺は無事に海へと到着していた。


「やったぁーーー! 海だぁ!」


 そこは、まったく人の手が入っていない綺麗な砂浜と透明度の高い海水でのみ構成された海であった。

 しかもこの海岸と海は、魔物の領域からは外れているので『探知』を使っても魔物らしき存在は察知できなかった。

 海中に大型の魚類らしき反応があるが、多分これは鮫かなにかであろう。

 浅瀬で遊んでいる限りは、俺に害を与える存在ではなかった。

 

「まずは、飯だな」


 俺は、急いで自作の釣り道具を作成し、砂浜近くにある岩場で昼食用に貰った黒パンを餌に釣りを始める。

 するとここの魚は擦れていないらしく、釣り経験の少ない俺でも簡単に釣り上げることができた。

 前世で自炊をしていたおかげで、つたないながらも魚も捌けたので、すぐにサバに似たこの魚が食えるのかを『鑑定』で確認してから、念のために『毒消し』もかけ、火で焼いて食べてみることにする。

 味付けは海水だけであったが、久しぶりの海の焼き魚に俺は舌鼓を打っていた。

 バウマイスター騎士爵家だと、たまに用水路で獲れた鮒や鯉モドキが食卓に上がるのだが、これがとにかく泥臭くて不味かったのだ。

 一回食べて以来、俺は二度と食卓にあがっても口にしなかったほどだ。


「あとは、貝とかエビにカニだな」


 岩場では他にも、カキやサザエやアワビに似た貝や、食べられる大型のエビやカニなどが簡単に獲れた。

 それらも串に刺してから火で焼くと、懐かしくて美味しい匂いが漂ってくる。


「美味ぇ!」


 それらを全力で頬張りながら、俺は久々の海の幸を心から堪能するのであった。

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