第8話 魔法の存在

「魔法かい?」


「はい、魔法です」


 本を読み始めたところで昼食の時間となってしまい、俺は断腸の思いで屋敷の食堂へと向かっていた。

 人間にとって食事は楽しいはずなんだけどメニューが……俺の想像は当たり、昼食のメニューは朝と同じく黒パンと塩だけで味付けをした野菜と細切れ肉のスープであった。

 それでもこの世界では飯が食えるだけ幸せと考え直し、食事を口に運んでいく。

 ひととおり食事を食べ終った俺は、隣の席に座るエーリッヒ兄さんに魔法について尋ねた。

 ちなみに、両親や上二人の兄たちは新しく広げる開墾地の相談で忙しいらしく、俺のことなど気にも留めていないようだ。


「魔法は、父上の書斎に大体の本が置いているよ。魔法の修練に使う水晶玉もある」


 この世界では、特に魔法技術が世間から秘匿されているということもないらしい。

 実際にそれらの詳しい書籍類が、魔法とは縁遠そうな父の書斎に置かれていたのだから。


「水晶玉もそうだけど、他の魔法関連の書籍も、他の分野の書籍に比べると格安で流通しているのさ」


 その理由は簡単で、魔法の才能がある人間が極端に少ないからだそうだ。

 しかも、魔法の才能には遺伝性がない。

 いきなり農民の子に天才的な魔力を持つ子供が生まれる可能性も高く、平民にも魔法関連の書籍が手に入り易い環境を整え、自分に魔法の才能がある事実を知らずに人生を終えるのをなくそうとしているのだそうだ。

 ちなみに、その助成はヘルムート王国が行っている。

 優秀な魔法使いとは、それだけ国家に大きな利をもたらす存在だからであろう。 


「どんな人間にも微弱な魔力が存在する。でも、その程度の魔力では魔法は使えないんだよ。魔法が使える人間は千人に一人と言われている」

 しかもその中の大半が、火種が出せる、一日にコップ一杯程度の水を出せるなど。

 大した魔法は使えないそうだ。


「魔物を焼ける『ファイヤーボール』を出せる魔法使いなら、王族や貴族が挙って高給で雇うだろうね。そんな人は滅多にいないけど」


 そこまで行くと数千人に一人くらいなので、なかなか見つからないのであろう。

 この大陸に住む人間の数は約五千万人との本からの知識なので、それなりの魔法が使える人間は、大凡一万から二万人……はいない計算になるのだから。


「他にも……」


 魔法使いには、いくつかの傾向があるらしい。

 火の玉、氷の矢、岩の棘、カマイタチなどの攻撃魔法の使い手に。

 攻撃力、防御力、敏捷性、対魔法防御などを嵩上げして肉弾戦で戦う者。

 遠く離れた人間に通信を送ったり、会話をしたり、高速で目的地まで移動したりと、戦闘以外の要素で活躍をする者。

 そして最後に、鉱石から高純度の金属を精製し、魔力を貯め込む魔晶石を使用した、便利な魔道具の作成を得意とする者など。

 後者に行けば行くほどその人数は少なく、極論すれば稼げる存在になれるらしい。


「魔法ですか。夢が広がりますね」


「まあ、そうだね……」


 俺の発言に、兄エーリッヒは微妙な笑みを浮かべていた。

 まさに夢見る子供そのものだと思われたのだろうが、さすがに中身は二十五歳なので、そこまで夢を見ているわけではない。

 ただこういう様子を見せておけば、この家の大人たちも俺を微笑ましく見てくれるであろうという、一種の計算からそうしていたのだから。


「僕も、ヴェルくらいの頃には毎日魔法の練習をしていたのを思い出すよ」


 昔を思い出すように、エーリッヒ兄さんは話をする。

 それと、『ヴェル』とは俺の略称というかあだ名のようなものであるらしい。

 ヴェンデリンを、どう縮めるとヴェルになるのかは不明であったが、そこは欧米風なのだと思うことにしよう。


「エーリッヒ兄さん、早速魔法の練習をしてみようと思います」


「魔法を使えるようになったらいいね」


 素早く食事を終えた俺は魔法を練習する名目で急ぎ書斎へと向かうが、言葉をかけてくれたのはエーリッヒ兄さんだけであった。

 他の家族は、狩猟だの、釣りだの、弓の訓練をいつやるかとか、新しい開墾地の話に夢中で、俺に関心など持っていなかったのだ。

 役立たずの子供なのに最低限食べさせてくれているし、過酷な労働を課すわけでもないので酷い家族ではないのだが、今はただ早く独り立ちしたいと願うのみであった。

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