第7話 エーリッヒ・フォン・ベンノ・バウマイスター
「エーリッヒ、えらく熱心ではないか」
「僕は王都で下級官吏の試験を受けるので、そのための勉強ですから」
「そうか。しかし下級官吏の試験は難しいと聞くぞ」
「ですから、ちゃんと勉強しないといけないんですよ」
書斎で勉強をしていると、今日もクルト兄さんがやって来た。
会話の内容は毎回同じだ。
まずはクルト兄さんが、熱心に勉強する僕を褒め称える。
続けて僕が、下級官吏の試験勉強ですとクルト兄さんに答える。
これはもう、お互いに確認作業のようなものだ。
どうしてこんな面倒くさいことをしているのかといえば、すべてとは言わないが、大半が名主であるクラウスのせいだろう。
彼は、僕が領主になることを望んでいるからね。
しかも、時おり嫌らしい搦め手で責め立ててくる。
去年の、わざと計算間違いをして提出した徴税報告書。
僕も知らんぷりをしていればよかったのだけど、つい見逃せなくて間違いを指摘したら、クラウスは僕を褒め称え、それがわからなかったクルト兄さんは渋い顔をしていた。
父も父で、どうして僕にそんなものを見せたのか。
父は計算なんてできないはずだけど……クラウスの態度でなにかおかしいと勘づいたのかもしれない。
クルト兄さん泰然自若としていればよかったのに、以後クルト兄さんは僕が気になって仕方ないらしい。
五男である僕がバウマイスター騎士爵家の家督を継ぐなんてあり得ないから心配しないでいいし、僕としてもここに残っていてもねぇ……。
書斎の本はすべて読んでしまったし、ずっと田舎育ちなので王都に対する憧れもあった。
下級官吏になって王都で生活するというのは、僕自身の強い希望でもあったのだ。
「今日はなにを読もうかな?」
「ヴェンデリン、今日も読書かい? 熱心だね」
「本を読むのが好きですから」
「ヴェンデリンと僕くらいか。この書斎の中に入るのは」
バウマイスター騎士爵家が書斎を持つのは、領民たちに対する見栄みたいなものだからね。
本は高価なので、それをこれだけ沢山持っていることを領民たちに見せつける。
とはいえ、バウマイスター騎士爵領の人たちはそんなことほとんど気にしてないけど。
こんな田舎の領地では、本を読む習慣すら育たないのだから。
他の貴族たちに対する見栄……もないかな。
なにしろ、バウマイスター騎士爵家領は他の貴族たちとの交流なんてほとんどないのだから。
それに以前、商隊の人が教えてくれた。
うちの寄親であるブライヒレーダー辺境伯家は、蔵書量が十万冊を超える図書館を持っており、それは領民たちにも開放されているそうだ。
王都にも同じような施設が複数あって、うちの蔵書量くらいだと見栄も張れないのだから。
「ヴェンデリンは大きくなったらなにになりたいのかな?」
「僕もエーリッヒ兄さんのように、王都で下級官吏を目指します」
「夢が叶うといいね」
「はい」
ヴェンデリンは、まだ五歳になったばかりだというのに賢くてしっかりした子だ。
僕とタイプが似ているから、将来無事にこの領地を出て下級官吏の試験に受かることを願うよ。
「おっと、僕もちゃんと勉強しないと」
成人したヴェンデリンの面倒を見られるよう、僕がちゃんと下級官吏の試験に合格しないと。
ほぼ落ちることはないと思うけど、油断は禁物だ。
しっかりと勉強しなければ。
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