第4話 辺境最南端貧乏貴族家

「……」


 あの睡眠学習とでも言おうか、夢の中でヴェンデリンの情報を得た俺はその後すぐに目を醒まし、同じく目が覚めた他の兄弟たちと共に屋敷の食堂で朝食を食べていた。

 屋敷とはいえ、そこは貧乏下級貴族。

 それなりの部屋数はあったし、書斎や食料や金品・武具などをしまう倉庫などもあったが、俺の感覚でいえば、せいぜいで豪農の家に毛が生えた程度でしかない。

 実際にこの家で個人の部屋が貰えるのは、当主アルトゥル四十五歳と、正妻ヨハンナ四十四歳の他には、長男クルト二十五歳に、次男ヘルマン二十三歳だけであった。

 残りの俺も含めた四人の兄弟は、一つの部屋に押し込められていたのだ。

 三男パウル十九歳、四男ヘルムート十七歳、五男エーリッヒ十六歳。

 まさに、部屋住みの悲哀という奴であった。

 昔の時代小説などによくあった設定だ。

 なお、妾であるレイラ三十一歳は普段は実家である名主の家の別邸に、六男ヴァルター十四歳、七男カール十三歳、長女アグネス十一歳、次女コローナ十歳と一緒に住んでいた。

 名前だけはドイツ貴族風で立派なのだが、実際はこんな程度かと思うのはどこの世も同じであろう。

 昨日の夢からの情報であったが、これだけの大人数で住めるほど屋敷の部屋が多くなかったのと、本妻と妾が仲が悪いのはいつの世でも一緒という事情かららしい。

 それに妾の子たちは、本妻の子たちのように貴族としての教育を受ける必要がない。

 身分が違うということで、向こうの子供たちとはあまり交流はないようだ。

 記憶の中のヴェンデリンも、彼らとは数度顔を合わせたくらいだ。

 領内の有力者である名主の跡取息子たちと没交渉な当主やその妻というのも考えものだが、別に俺が継ぐわけでもないので関係ない。

 あとは屋敷を維持する使用人たちであったが、先代から仕えている執事のアーベル七十一歳と、メイドも四名いるが、これは若い子にするとまたあの家庭計画ゼロの父アルトゥルが孕ませてしまう可能性があるので、全員が農家のお婆さんばかり選ばれていた。

 他にも、戦時に諸侯軍を指揮する従士たちなどもいるのだが、みんな普段は村の中で農夫や職人、猟師、鍛治師などとして働いているので屋敷にはおらず、たまに呼び出されて訓練するくらいだそうだ。


 こんな辺境の貧乏村で、兵農分離とかは夢物語でしかないようだ。


 有事の際に、忠誠を誓った主家のために兵を出す。

 そのために狭いとはいえ領地を貰っているのだが、肝心の戦争とやらはここ二百年以上も発生していないらしい。

 そもそも、この現当主アルトゥル・フォン・ベンノ・バウマイスターが治めるバウマイスター騎士爵領は、主家であるヘルムート王国領の南端にある。

 現在ヘルムート王国の仮想敵国は、王国のあるリンガイア大陸をほぼ南北で二分しているアーカート神聖帝国だけである。

 さらにこの両国は、ヘルムート王国は南方未開発領域に、アーカート神聖帝国は北方の未開発領域の開発に資金と労力を多く費やしていた。

 つまり、両者共に戦争などしている余裕がない、必要性を感じていなかったのだ。

 それでも今から二百年前くらいまでは、数年に一度は諸侯軍の召集があったらしい。

 だが、無駄に人、金、食料、物資を消費して損ばかりであるという理由から、国境線を確定して停戦条約を結んでしまっていた。

 その後両国間で貿易も始まってしまったので、今では極一部の強硬派を除いて、戦争などという言葉を口にする者たちはいなくなってしまったそうだ。

 どうやら、戦争にだけは借り出されないで済むらしい。

 その部分では、ラッキーとも言える。


「あなた、いかがなされましたか?」


 黒パンに野菜と肉の細切れの入った、塩だけで味付けしたスープ。

 なんとも味気ない食事であったが、朝から肉が食えるのは貴族の証であるらしい。


「(肉……辛うじて……細く切りすぎだろう……)」


 貴族は一日三食、農民は一日二食。

 パンとスープのメニューに、身分差はあまり存在しないらしい。

 ボソボソと硬い黒パンではなく柔らかい白パンであり、そこに、ジャム、バター、チーズ、紅茶などがつく。

 もしくは、スープの具が貧しいか豪華になるくらい。


 農村と都市部、他にも地域によっても大分差はあるようだが、俺が聞いている範囲ではそういうことのようであった。

 それが事実なのかは、外の地域に行ってみないとわからないのだが。

 ただ残念なお知らせであったが、我がバウマイスター騎士爵領はかなり貧しい方であるらしい。


「冒険者ギルド支部の設置だが、見事に断られてしまった」


「まあ、お仕事ならいくらでもありましょうに」


「もっと開けていて、交通の便もいい、同じように稼げるポイントならいくらでもあるそうだ」


 我が新しい父アルトゥルは、半分ほど残ったスープ皿の前で苦虫を噛み潰したような表情をしていた。

 前に、この新しい世界には魔法が存在することが確認されたが、今度は冒険ギルドまで存在する事実も確認された。

 魔法があるということは、これは魔物のような生物も存在していて、これを狩って生活の糧にする冒険者も存在するのではないかと、俺は予想していたのだ。


「うちの領内の魔物は手強いからな……」


「父上、ここは一度軍を召集してある程度を一気に狩らないと」


「クルト、それはできんのだ。ブライヒレーダー辺境伯殿の二の舞はゴメンだからな」


 長男で跡取り息子のクルト兄さんが、『領内で軍を集めて一気に討伐しては?』と進言したが、それは父アルトゥルによって退けられてしまった。


「あの……、父上?」


「なんだ? ヴェンデリン。スープのお替りなら無いぞ」


 昨日の夢の情報によると、俺は八男で現在数えで六歳。

 しかも、一つ上の七男とは七歳も年が離れている。

 食事の席も一番端であったし、家が貧乏なのであろう。

 ただ質問をしただけなのに、スープのお替りを無心したと思われるところが、この家が貧乏である証拠とも言えた。


「いえ、スープのお替りの話ではなくて、ブライヒレーダー辺境伯様が魔物の討伐軍を出した件についてです」


「ああ、数年前に一部の利権を条件にバウマイスター騎士爵領内の魔物の討伐をお願いしたのだが……」


 相当の利権を条件に、断腸の思いでお願いしたらしいのだが、下手に大軍で魔物の領域に攻めたために向こうを無駄に刺激してしまい、ブライヒレーダー辺境伯の二千人の軍勢は哀れ壊滅的な打撃を受けたそうだ。

 直後にブライヒレーダー辺境伯は代替わりをし、新しい当主の最初の仕事が、壊滅した諸侯軍の建て直しだったらしいので、相当に大損害だったようだ。


「新しいブライヒレーダー辺境伯殿に言われたよ。『他領の利権を貰うなど、貴族としては相応しくないので……』とな。ようするに、二度と我がバウマイスター騎士爵領内の魔物たちとは関わらないということだな」


 どうやら俺は、とんでもない魔境で成人までを過ごさなければいけないようであった。

 そう思うと、口に入れたスープが途端に不味く感じられるのであった。


 実際、少量の塩でしか味付けされていないので、あまり美味しいものではなかったのだが。

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