第5話 バウマイスター騎士爵領

「我がバウマイスター騎士爵領は、実はその領域の広さでいえば、大公領に匹敵するほどの広さを誇るんだよ」


 朝食後、俺は同腹では一つ上の兄であるエーリッヒから、自分の実家であるバウマイスター騎士爵領の実情について説明を受けていた。

 六歳の子供が急にこんな難しい質問をするのでおかしいと思われるかもしれなかったが、新しい両親も含め、他の兄弟や使用人たちも特に違和感を覚えていないようだ。

 どうせ俺は、この温和で知的な顔立ちをした少年五男エーリッヒよりも十歳も年下な、味噌っかす扱いの八男なので、今まであまり注目もされていなかったのであろう。


 味噌っかす扱いなのも、時としては非常に助かることもあるようだ。


「では、すべてを開発すれば父上は……」


「開発できたら……そうだねぇ……辺境伯は堅いだろうね。開発できたらだけど」


 ただ兄エーリッヒの口調は鈍く、あくまでももし開発できたらと付け加えるのを忘れなかった。

 俺の新しい故郷であるバウマイスター騎士爵領は、一応は東部と南部が海に面している。

 だが、我々が辛うじて開いている土地との間には、広大な未開地と森が広がっているそうた。

 内外の人たちから『魔の森』と呼ばれるこの森には、様々な素材や魔石、食材や薬草に、鉱物や宝石などを産出する場所もあり、開発できれば莫大な富をもたらすはずであった。


 だが、同時にこの森は魔物の宝庫でもある。

 魔物とは、発生のメカニズムは不明であったが、野生動物が巨大、凶暴化したり、明らかに自然の生態系から一脱したような生き物のことを指す。

 彼らは繁殖力が旺盛で、その強さは最弱のものでも普通の人間では歯が立たない。

 その代わり、魔物を倒すと手に入る毛皮や牙などは高価な素材となり、同じく体内からは魔石も獲れ、肉なども美味で高級なものが多かった。

 だからこそ、魔物の討伐を専門とする冒険者たちや、彼らを支援、管理する冒険者ギルドが存在するわけだが、問題なのはその冒険者ギルドにすら支部設置を断られるほど、このバウマイスター騎士領が辺境にあるという事実であろう。


「確かに、魔の森は強い冒険者にとっては実入りが大きいのかもしれない。けれど、あのくらいの魔物の巣は、大陸中に何千箇所も存在していてね……」


 リンガイア大陸には、このような魔物の住まう領域というのが大小何千箇所も存在しているらしい。

 それは、荒野だったり、平原だったり、川や湖沼だったり、うちのように森だったりと。

 とにかく一定の領域が魔物のテリトリーとなっていて、そこに侵入する人間や他の動物たちを見つけると排除してしまう。

 先程、父アルトゥルが話していたブライヒレーダー辺境伯家諸侯軍の悲惨な最期は、魔物の縄張り意識を軽視した結果のようであった。


「ブライヒレーダー辺境伯軍の最期に関しては、あれは父上も先代ブライヒレーダー辺境伯も焦り過ぎたというのが……。あとは、中央にある王宮側の判断もかな?」


 だが、単独や少人数でこっそりと魔物の領域に侵入し、その力量に合わせて小数の魔物を狩ってくる冒険者という仕事はちゃんと成立しているそうだ。

 勿論途中で命を落す者たちも多いが、危険な分実入りも大きいので、一代で財を成し、有名になって国や貴族に仕える者たちも多いと、兄エーリッヒが教えてくれた。


「ですがエーリッヒ兄さん。ならばどうして、冒険者ギルドから支部の設置を断られたのですか?」


「とても手が回らないってさ」


 そう、魔物の住まう領域は王都の近くにも複数存在しているのだ。

 彼らはなぜか自分たちのテリトリーからは一歩も出てこないのだが、逆に侵入した冒険者や軍勢には容赦をしない。

 一攫千金を求めて魔物の領域へと侵入する人間と、それを排除しようとする魔物たちとの死闘。

 そんな事情があり、いくら多くの人たちが冒険者となってもその分損耗もするので、リンガイア大陸にはいまだ中央部にも手付かずの魔物の住まう領域が多数存在している。

 当然これら領域の開発など不可能なので、ヘルムート王国もアーカート神聖帝国も、魔物の住まう領域を『大陸の痣』と呼んで悩みの種となっていたのだ。


「考えてもみるんだ。いくら辺境とはいえ、たかが騎士爵しか持たない我がバウマイスター騎士爵領が広大な領域を有するのかを」


 バウマイスター騎士領の興りは、ずっと王都で無役で燻っていた貧乏騎士がスラムなどから数十名の貧民たちを連れ、この地に農村を開いたのが始まりらしい。


「王宮は、まさかこの地に人間が農村を開けるとは思っていなかったようで、ご先祖様が村の設置に成功したと報告を受けると、すぐにバウマイスター騎士爵領の成立が認められたようだね」


 とはいえ、このバウマイスター騎士領は恐ろしいほど辺境にあり、外部との交流手段も恐ろしいほど乏しかった。


「北、西部の領域境を走る山脈の麓に開いた三つの村に、人口が約八百人。主産業は農業と僅かな狩猟、採集物のみ。あとは、少しだけだが鉄と銅が採れるのが救いかな」


 隣人には、魔の森に関わって痛い目を見たブライヒレーダー辺境伯領が西部に、北部にはうちと同じような弱小領主連合の領地が固まっているそうだ。

 ただ、その間には飛竜が群れを作って生息する山脈が走り、他にも魔物が多数生息するので、彼らとの交流は数ヶ月に一度訪れる商隊との交易のみであった。


「辛うじて、なんとか護衛付きなら通れる細い山道が存在するらしい。ただ冒険者たちによる護衛は必須だし、その分外部からの輸入品は高く付いてしまうんだ」


 さらにこんな辺鄙な村まで、しかも飛竜まで襲って来る可能性がある商隊の護衛任務は冒険者たちに人気がないそうだ。

 当然報酬は弾まないといけないので、その分商品の値段は上がるし、父アルトゥルは領主の権利ともいえる関税すら掛けられない状態にあるらしい。


「関税なんて掛けたら、ここに来る商隊なんてゼロだろうからね」


 兄エーリッヒは苦笑しながら説明を続けてくれたが、ようするに四方を魔物の住まう領域に囲まれ、その地も含めて膨大な未開地が領地として王国から認められているものの、まず開発など不可能な状態にある田舎の弱小領。


 これが、俺の新しい家であるバウマイスター騎士爵家の現実であるようであった。

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