第23話 廃部の危機

高校最後の一年が始まった。

教室の席順はまた学籍番号の通りに戻って、最前列の相馬くんの席が視界に入る。中村くんと柏崎くんが両脇を固め、後ろは高峰くん。彼らが仲良くなった所以の席順だ。

私の後ろは文佳。本当はノアだけど、背が高くて環境権の侵害となるため文佳と入れ替わって最後列に追いやられている。因みに高峰くんもノアと同じくらい身長があるけど、彼は授業に出れば大体突っ伏して寝てるしそもそもサボり魔なので害はないようだ。


「二見先輩っ」


新学期早々に教室へ駆け込んできたのは、我が天文部の貴重な後輩。


鹿野かのさん。どうしたの」


「マジですか?廃部の危機って」


「…は?」


「さっき顧問にばったり会ったら、一年…じゃなかった、二年生五人が三月末で辞めたって。先輩知らないの?部長だよね?」


「うっ…」


確かに部長は私だけど、退部するには部長を通す必要などなく、退部届は顧問に渡すだけで受理される。だからそんな事実を耳にしたのはこれが初めてだった。


「か、鹿野かのさんだって同学年でしょ。何も聞いてなかったの?」


「聞いてないし、私を含めず八人中、誰がいなくなったか見当もつかないっすね。でもその五人がどこに入ったのかだけは突き止めました」


「ほぉ…どこ?」


「男子バスケ部のマネです」




後日、鹿野かのさんの言葉が真実であることが判明した。この学校の男子バスケ部は公式の大会に出たりすることはあまりなく、辛うじてたまに他校との交流試合があるのみ。そのバスケ部になぜ五人もの新しいマネージャーを要するのか、その理由は分からない。


「あー…なんかそういえば増えたかも?マネージャー」


バスケ部の相馬くんは、曖昧に首を傾げながらそう言った。


「今うちの部、なぜか十人くらいマネがいるんだよ。ちゃんと把握しきってないけど、その天文部の子たちもいるのかなぁ」


「そんなに要る?」


「あはは、正直要らないよね。でも、これでも何十人もいる希望者から抽選で絞って入れてるみたいだよ。表向きでは言わないけど、ぶっちゃけ部員を近くで見たいからって来る子が多いみたい」


「なるほど…」


妙に納得した。何より相馬くんがいて、中村くんもいるバスケ部だ。交流試合というだけで観戦しに行く生徒も多いとか。一つの体育館をバレー部と共同で使っているため、文佳が以前文句を言っていたのを聞いた。曰く、「隣のバスケ部のファンがうるさい」と。


まぁ今更文句を言ってもどうにもならないし、彼女らを引き戻す権限はこちらにない。そもそも数年前、どこかの運動部で『部長がどうしても辞めさせてくれない』というパワハラ行為がきっかけで、部長を介さずに辞められるシステムとなったのだ。

私が今からできるのはただ一つ、この春入ってきた新入生をこの天文部へ勧誘することのみ。


「大変だね。僕にできることがあれば言って」


ありがとうと礼を述べたものの、相馬くんが今後この件に関わることはない…と、その時の私は思っていた。



♦︎



白高しらこう天文部はヤバいらしい”


“天文部ブラックって本当かな?まぁそもそも入るつもりはなかったけど…”


“白高受かったら天文入ろうって思ってたのに”


SNSのタイムラインには同じような呟きが連続していて、三つほど読んでから僕は視線を上げた。白高とはもちろん、僕たちの通うこの白石学園高等学校のこと。

いきなり僕の話を途中で遮ってスマホの画面を見せてきたのは中村だ。


「相馬の話、これのせいじゃね?」


四月も中旬を過ぎた頃、天文部に人が来ないと二見さんが嘆くのを聞いた。新入生を最低二人入れないと夏までに廃部が決まるという後がない状況に輪をかけて、仮入部に来る生徒が去年の半分もいないのだと言う。その話を二見さんから聞いたとは言わず、何となく話題に出したらこれだ。


「こんな根も葉もない噂が?」


「そう。誰かの勘違いに尾ひれがついて広まったか、あるいは悪意で故意に拡散したか…」


中村はこの学校でとてつもなく広い交友関係を築いている。学年も部活も委員会も異なり、本来なら関わりのないはずの友人が多いのは、いまどきの高校生にはありがちだがSNSでの繋がりを駆使しているためである。僕も中村のコミュニティのせいで学校中の至るところに知り合いができてしまい、他学年の知らない人から親しげに話しかけられることも多々ある。


「あんた、よくまぁこんな新入生のSNS漁ろうと思うよな」


柏崎は呆れ顔でそう口を挟んだ。


「#春から白高、ってついてるアカウント見つければ、そのフォロー欄から芋づる式に繋がれるぜ」


「聞いちゃいねぇよ。それよりどうやってその情報を?」


「フォローのついでにDMで挨拶するんだけど、そっからなんとなくやり取りが続いたりするじゃん?部活どうするのーって話になって偶然聞いたんだよ。で、検索してみれば何件も投稿されてるし」


その時背中からいきなり圧力がかかって、遅れていつものバニラ系の香水の匂いがした。振り返らなくても分かる。隣のクラスのみやこだ。


「そーま、何をそんな真剣に見てんの」


首に巻きつけてくる彼女の腕を少し緩めていると、僕より先に中村が口を開いた。


「みやはこの噂知らない?何か天文部が大変なんだってよ」


「えー?何それ。知らない」


みやこは数秒だけ中村のスマホを凝視したが、つまらなさそうに口を尖らせた。


「てか他の部活の話なんてどうでもよくなーい?」


「どうでも良くはないよ。現に天文部からうちに一気に部員が移ったせいで、向こうが廃部寸前まで追い込まれてるわけでしょ」


「ふぅん。それ、天文の部長さんに相談されたってこと?」


真後ろにいるせいで、みやこの表情はよく見えない。ただ声に不機嫌を滲ませていて、それはみやこに関して言えば別に珍しいことでも何でもないけどほんの少し、引っ掛かるところがあった。

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