第12話 所有の証
十二月に入ってしばらく経ったある日。
プレイが終わり相馬くんとたわいもない話に花を咲かせていると、とっくに日が沈んだ夜の色の窓の外が突然明るくなった。裏庭の木の枝が光り始めたのだ。
「わ、イルミネーション」
そういえば去年も中庭やら並木道やらをピカピカ光らせていたっけ。先々週にはまだなかったから、この二週間のうちに飾りつけたのだろう。
「綺麗だね。…そういえば、この二週間後はちょうどクリスマスイブだけど」
「え」
最初の頃は一ヶ月に一度のペースで行っていたプレイは、秋頃に三週間に一度になり、今では二週間ごとになった。今はちゃんと家族の目も誤魔化して抑制剤を飲むふりだけしているけれど、以前の頻度では身体がだんだん持たなくなってきていた。
私は少しくらい眠くても頭が痛くてもいい気がしたけれど、相馬くんが目敏く気づいて対処してくれた結果だ。
夏休み中は一回だけ、お互い部活がある日に合わせてこの教室で待ち合わせをした。
しかし二週間後の冬休みは、あいにく部活の予定がない…というか、恐らくその辺りになると学校自体が閉まっているはずだ。
「終業式の日と始業式の日に付き合ってもらえれば平気、だから」
「三週間空くけど…さすがに体調キツくない?今のペースでギリギリでしょ」
「それは…でも…」
「それとも、クリスマスに他に会う人がいるって?」
髪を撫でていたその手が、私の首筋から顎にかけてゆっくりなぞる。その指先の感覚に、嫌でも勝手に意識が集中してしまう。視界の端に骨張った男らしい指先がちらちら見えて、もう数ヶ月前になるけれど一度だけ、その指を咥えて舌を絡めたことを思い出した。“Lick〈舐めろ〉”のコマンドはあの一度きりだ。
「そ…相馬くんこそ、いるんじゃないの」
言いながら、今日も変わらず休み時間毎に教室にやって来ては相馬くんにじゃれついていたみやこちゃんの姿がふと脳裏に浮かんだ。
なんてったって、人気者の相馬くんだ。クリスマスという特別な日に相馬くんに会いたいなんて人は、みやこちゃんだけじゃなくて他にもたくさんいるに違いない。私なんかを優先してもらうべきではないことくらい分かる。
私は恋人ではなく、相馬くんの親切心による期間限定のパートナーでしかない。
「ないよ。彼女いないって前言わなかった?」
「それは知ってる、けど。罪悪感がすごい」
「じゃあ言うけど、僕が会いたい」
私は目を丸くし、その言葉を二度か三度頭の中で反芻させる。そうするうちにどこか聞き間違えたのかもと思い始めた。願望のあまり、耳が受け取った聴覚情報を脳が都合よく解釈するなんてのはよくあることだ。そんな願望があったことに自分でも呆れてしまうけれど。
しかし聞き返そうと思ったその瞬間に天井のスピーカーが下校を促す放送を流し始めた為、私たちは慌てて荷物をまとめて教室を飛び出す羽目になったのだった。
「いらっしゃい」
「おじゃまします…」
なんだかんだ言ってクリスマスイブ当日、結局私は相馬くんの家にお邪魔していた。相馬くんの家族は夜まで帰ってこないらしい。
付き合ってもない男の家に一人で出向くのは常識的に考えてどうなんだ、とはさすがに思ったけれど、どんなに頭を捻ってもそれ以外に方法はなかった。
気兼ねなくプレイのできる場所。加えて私はSubであることを隠している身。あいにくこの日自分の家には朝から家族がいるから、相馬くんを招こうものなら変な勘繰りをされるに決まっている。
「ふふ、僕しかいないのに緊張してんの?」
「するよ当然…」
相馬くんの家は広くて綺麗な一軒家だった。
小さな兄弟がいるのだろうか、玄関に折り畳まれたベビーカーがあり、かなり広いリビングには幼児用のジャングルジムやおもちゃの可愛らしいキッチンが置かれていた。
「散らかっててごめんね、リビングまで手が回らなくて」
床に撒かれた小さなぬいぐるみたちを拾い上げ、ソファの上に並べながら言った。
相馬くんの部屋は三階にあり、物が少ないというわけではなかったけれど綺麗に片付いていた。空調が効いて室内は程よく暖かい。
相馬くんは私を部屋の奥まで導くとすぐ、Kneel〈おすわり〉を命じた。
すとんと床に腰を下ろした私の前に、かがみ込んだ相馬くんは目の前に綺麗な赤い包装の平べったい箱を差し出す。
「メリークリスマス。いつもありがとう」
「…ありがとうは私なのに、いいの?」
私が目をぱちくりとさせると相馬くんはこくりと頷き、「今開けて、嫌だったらこの場で捨てて構わないから」と言った。
そんなことを言われるとどんな物騒なプレゼントかと思ってしまう。包装紙を剥いで、白い箱を開けると…
「カラー…!」
それはくすみのかかった落ち着いた薄紫色の、Sub用の首輪。
「たまたま見つけて、菫の色が素敵だったから」
一瞬下の名前を呼ばれでもしたのかと早とちりした心臓がバクバクと拍動した。
「二見さんにぴったりだと思って…」
言葉尻に少しだけ不安の色を滲ませてそんなことを言う相馬くんに、私は食い気味に返した。
「嬉しいよ。ありがとう。実は少し憧れてたりした」
「良かった」
「…こんなの貰っちゃったら、期間限定なんて忘れちゃいそう」
カラーを胸に抱き締めながら、そう呟いた。
いずれ高校を卒業して、再検査をして、Sub用の抑制剤を貰う。そうしたら相馬くんがこうしてプレイに付き合わなくても、きっと体調は安定する。
早くこの不安定な生活が過ぎて欲しい、と初めの頃は切実に思っていたのに…今は終わりが寂しいだなんて考えてしまう自分に気づいた。
カラーなんて貰ってしまえば、なおさらだ。
「僕は期間限定、なんて一言も言ってないけどね」
私は僅かに目を見開く。
「それとも二見さんは、パートナーにしたい…恋人にしたいDomが他にいるのかな。やだな」
冗談なのか本気なのか分からないことを言いながら、相馬くんはカラーを持った手を私の首元に回す。
カラーをつけて貰う間、相馬くんの綺麗な顔が近くて恥ずかしさに顔が熱くなった。
そのほてった首元に、ひんやりとした革の感覚はとても心地よかった。
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