第66話 太陽

聖域サンクチュアリが解かれた。


彼はアレ・・を出す気だ。


そう気づいた私は素早くバッグからサングラスを取り出し、顔に付ける。

これは特注品だ。

潜水用ゴーグルの様な形で顔に密着し、その特殊なレンズは一定レベルを超えた可視光線や紫外線をカットする機能を持っていた。


――これがなければ、この先を見る事は敵わないだろう。


薄暗かった視界が急に明るくなる。

もちろんサングラスを外したわけではない。


彼の能力――太陽ヘリオスが発動し、周囲が強烈な光で包み込まれたのだ。


「――っ!?」


その光の中、キングが迷わずアポロンに鞭を振るう姿が見えた。

普通、視界が焼ける程の光が放たれれば目が眩んで動きが止まるものだ。

だがキングはその動きを止める事無く、彼に攻撃を仕掛ける。


荒木真央の時もそうだった。

彼女も同じ状況の中、当たり前の様にアポロンと戦って見せた。

彼らには何か特殊なギフトでもあるのだろうか?


でも――


キングの鞭はアポロンの体に届く事無く、燃え上がり消滅する。

彼のギフトはただ光を放ち、目を眩ませるだけの物ではない。

むしろそちらはオマケだ。


その真価は、彼の周囲を包み込むフィールドにあった。


彼の周囲には、光を生み出す超高温のフィールドが形成されている。

それは近づく者全てを焼き尽くす、まるで小さな太陽だ。


「これこそ、アポロンの真の力よ」


アポロンは愛に目覚めたと寝言をほざき、その証である愛の聖域サンクチュアリを愛用していた。

だがその圧倒的パワーで全てを燃やし尽くすこのギフトこそが、彼の真の強さだ。


何者をも寄せ付けない彼に、近接戦を挑むのは自殺行為に等しい。

桁違いなプラーナを持ち、近接戦闘においても類稀なる強さを持っていた荒木真央ですら、彼への接近を避けた程だ。


アポロンが片手を天に翳す。

その先にいくつもの光球が生みだされる。

それはフィールドの力をコントロールして、攻撃に転化したものだ。


その威力は一撃で巨大なタンクローリーすら吹き飛ばす。

それを三発も同時に、彼はキングに向かって放った。


「――っ!?」


だがそれは空中で何かにぶつかったかの様に、突如破裂してしまう。

轟音と熱風が周囲にまき散らされ、場外にいるはずの私の服や髪が焦げた。


――一体何が?


私の知る限り、キングのギフトは髪を伸ばすというおよそ戦闘に向いていない能力だけだ。

さっきの髪を鞭にしての攻撃には確かに驚かされたが、今のは髪を使ってどうこうした様には見えない。


考えられるとしたら――


「知らないギフトを持ってるって事……」


考えてみれば、彼はあの荒木真央に勝っているのだ。

髪を弄るギフトだけな訳がない。

一般的には公開されていない、何か強力な能力を隠し持っているのだろう。


それがアポロンの攻撃をあっさり迎撃した。

キングの呼称は伊達ではなかった様だ。


よく見ると、その顔は不敵に笑っている様に見えた。

彼ほどの使い手が、アポロンの能力の強力さに気付いていないわけがない。

その上であの表情だ。

突破する自信があるのだろう。


――アポロンが負ける。


そんな考えが脳裏によぎる。


だが考えれば、それは不思議な事でもなんでもなかった。

かつて無敵に感じた彼の強さは、荒木真央の超重制圧グラビトン・エンドによって打ち砕かれている。

そしてキングは、そんな彼女に勝っているのだ。


順当に考えれば、負けるのはアポロンの方だろう。


「でも、その方がいいのよね」


相手から仕掛けられた喧嘩とは言え、問題を起こした時点で荒木真央とのアポイントはキャンセルされている。

だがアポロンはこの戦いに勝てば、きっと色々ととごねて彼女に会おうとするはずだ。


でも――彼はプライドが高い。


荒木真央をかけた勝負でキングに敗れれば、素直に引き下がってくれるはず。

ひょっとしたら、それで彼女への気持ちを断ち切ってくれる可能性すらある。


負けてくれた方が絶対にいいのだ。

そう……叶いもしない恋を追いかけ続けるぐらいなら、きっとその方がいいに決まっている。


「はぁ……最悪だわ」


自分の考えに嫌気がさしてしまう。

叶うか叶わないかなんて、やりとげなければわからない事だ。

相手があの荒木真央だろうと、努力し続ければいつか報われる日が来るかもしれない。


少なくとも、今の関係を壊す事を恐れ、何もできずにいる私がしていい否定ではなかった。


自分は何もせず、好きな相手の足が掬われる事を望む。

私はなんて醜いのか。

そんな自分が嫌になってしまう。


「彼がもし勝てたなら……その時は……」


――その時は、素直に荒木真央との仲を全力でサポートしよう。


そう覚悟を決め、私は黙って勝負の行方を見守る。

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