第67話 突撃

「不味いな、こりゃ」


アポロンの体が――正確にはその周囲が強烈な光を放ち、とてもではないが目を開けられない状態にある。


まあそれは別にいい。


気配で相手の位置や動きが分かるので、そこは些細な事だった。

問題なのは今の戦況だ。


奴は高エネルギーを放ち、俺は闘気を弾にして遠距離合戦を行っているのだが……完全に膠着こうちゃく状態に陥ってしまっている。


俺の闘気攻撃では、相手の周囲の高エネルギーフィールドは貫けない。

そしてアポロンの攻撃は容易く迎撃できる。

このまま状態を打破できなければ、まず間違いなく長期戦になるだろう。


――つまり、俺の勝ちだ。


あれだけの能力を、長時間維持する事は出来ないだろう。

それでなくともサンクチュアリで消耗しているのだ。

後10分も維持できるか怪しい所だった。


「やれやれ」


アポロンの攻撃を迎撃しながら、俺はため息を吐く。


奴は必殺の攻撃を出し惜しみしていた。

今の奴の最高の攻撃は、高エネルギーフィールドを纏っての体当たりだ――フィールドは奴の動きに合わせて動いている。


だが奴はそれを使ってこない。

それどころか、こちらが間合いを詰めれば向こうが距離を離す始末だ。


恐らく、俺を殺してしまう事を恐れているのだろう。


そう奴が考える程に、その身に纏うフィールドは強力な物だった。

実際何も考えずに受けたら、命の危険があるレベルの攻撃である事は確かだ。

奴としては、生徒を手にかける様な真似は避けたいのだろう。


その気持ちは分からなくもない。

俺だってアポロンを殺す気など更々ないからな。


だが、それは俺にとって屈辱的な行動だった。

死なない様に手加減するという事は、俺の事を自分より下だと思っている何よりの証拠だからだ。


「突っ込むか」


相手の必殺技を受けるのは、まあ嫌いじゃない。

全力と全力のぶつかり合いは大好物だ。

だが出し惜しみしている相手の必殺技に突っ込むなんて馬鹿な真似をするのは、流石に初めての事だ。


――これで玉砕したら、死ぬほど格好悪いだろうな。


思わず苦笑する。

けど、舐められたまま時間切れの勝利なんてありえない。


そんなスッキリしない勝敗のために、俺はアポロンに喧嘩を売った訳ではないのだ。

戦うからには、白黒ハッキリつけさせて貰う。


「小細工は……まあなしだな」


魔法での強化も少し考えたが、止めておく。

閃光で周囲の奴らは目を瞑っているとはいえ、アポロンには俺の姿が見えている。


かなりアホっぽいが、相手は仮にもギリシアの偉いさんだ。

出来れば魔法を見せるのは避けたかった。


荒木の時の様に、武舞台を叩き割って煙幕を上げる手もある。

それなら奴に見られず、強化魔法を使えるだろう。

だがこの手を使うと、後でどえらい弁済を請求される可能性があった。


――喧嘩を売れとは頼まれたが、武舞台を壊していいとまでは言われてないからな。


という事で、大金を請求されたら敵わんので強化魔法は無しだ。

まあだが大丈夫だろう。


荒木真央の超重制圧グラビトン・エンドと比べれば、奴の身に纏うフィールドの方がパワーでは劣る。

それに俺自身のプラーナも、あの時よりずっと上がっていた。


ギリ行けるはずだ。


「アポロン!今からてめーに突っ込むぜ!」


「な!貴様正気か!?」


黙って突っ込んだ場合、相手がフィールドを消してしまう可能性がある。

それでは意味がない。

だから宣言した上で、受けざるを得ないよう相手を挑発する。


「大した愛のパワーだが。俺の愛の方が上だ!」


「なんだと!?」


「俺の大いなる愛の力に!お前のしょぼい愛の力が打ち砕かれるのが怖けりゃ、ひっこめてもいいんだぜ!そのギフトをよ!」


「ふざけるな!俺の彼女への愛は何物にも負けん!」


アポロンが吠える。

顔は見えないが、きっと怒りの形相をしている事だろう。


これで奴がギフトをひっこめる事はない。

あとはそれをぶち破って勝つだけだ。


「なら見せてみな!てめーの荒木真央への愛を!」


言葉と同時に駆ける。

アポロンからの飛び道具はもう飛んでこない。

フルパワーで俺を受け止めてくれる気の様だ。


そう来なくっちゃな。


「一撃で決める!」


流石にあの中で、殴る蹴るの格闘で立ち回るのは御免したい。

接触と同時に奴を無力化し、ギフトを止める。


――そのためには、一撃必殺あるのみ。


「我が愛の力!受けるがいい!」


アポロンもこちらへと突っ込んで来た。

俺は迷わず奴のフィールド内へと突入する。


「ぐっ……」


全身を燃える様な熱と痛みが襲う。

思ったよりきつい。


だがそんな物に構っていたのでは負ける。

痛みを無視し、俺は一気に奴との間合いを詰めた。


「ぬぅん!」


アポロンが俺を近づけまいと拳を振るう。

だが遅い。

サンクチュアリの強化も無ければ、プラーナのすべてをフィールドのパワーに注いでいる拳など欠伸がでる。


俺はその拳を躱し、自らの拳を奴の腹部へと叩き込んだ。


「ぐぅぅぅぅぅ……」


完璧な手ごたえ。

だが驚いたことに、奴は俺の渾身の一撃を堪えてしまった。


やるじゃねぇかと称えたい所だったが、それどころではない。

俺もいっぱいいっぱいだ。


「おおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」


雄叫びと共に、もう一撃を奴の顔面に放つ。

これに耐えられたら、俺の負けだ。


「がぁっ!!」


奴も限界だったのだろう。

アポロンは踏ん張る事が出来ずに豪快に吹き飛び、場外まで飛んで行った。


「はぁ……はぁ……きっつ……」


痛みから解放され、大きく息を吸う。

流石に死ぬ程ではないが、今の一瞬だけで全身がボロボロだ。

膝を着きたくなる誘惑に堪え、俺は拳を高々と天に突きあげた。


「あっちは……大丈夫そうだな」


アポロンの方を見ると、秘書の女性に抱えられながらアメリの回復を受けていた。

手加減する余裕なんてなかったので、全力で攻撃を加えちまったが、まああの様子なら大丈夫そうだ。


アポロンの次は俺もと言いたいところだが、引率者を喧嘩でぼこぼこにしてる訳だし、流石に無理か。


「アレに突っ込むなんて、無茶するわね」


急にひんやりとした風が体に纏わりつき、怪我と熱で火照った体を冷ましてくれる。

氷部のギフトだ。


「見えてたのか?」


「感知よ」


そういえば氷部は微細な冷気の結晶をばら撒く事で、周囲の様子を探る事が出来たな。

その能力を使って、俺とアポロンの戦いの流れを把握していたのだろう。


「この変態ロリコンが!」


「うぉっ!?」


いきなり背後から蹴り飛ばされる。

危うく顔面から地面にダイブする所だ。


振り返ると理沙が立っていた。

俺を蹴り飛ばした犯人だ。


「誰がロリコンだ。誰が」


変態呼ばわりとは裏腹に、彼女の顔は爽やかな物だった。

勝負の理由やアポロンとの会話の流れ的に、俺が荒木に惚れていると勘違いされてもおかしくはないシチュエーションだったが、理沙は特に誤解してはいない様だ。


「ははは、分かってるって。どうせ相手を本気にさせるための挑発だったんだろ」


俺の事がよくわかってる。

流石理沙だ。


でも――


「分かってんなら蹴るなよな」


今は冗談抜きできつい状態だ。

せっかく勝ったのに、理沙のキックでおねんねとか締まらないので勘弁願いたい。


「悪い悪い。でもお前ならそれぐらい余裕だろ」


アポロンの必殺技に突っ込んだせいで、どこからどう見ても今の俺はボロボロの筈なんだが……こいつは俺をなんだと思ってるんだ?


「1日待ってあげるから。明日、朝一で風紀委員に出頭しなさい。いいわね」


「ああ、わかった」


風紀委員長の目の前で私闘をした訳だからな。

本来なら即しょっ引かれる所なのだろうが、怪我をしていたので氷部は気を利かしてくれた様だ。


まあ回復魔法さえ使えば時間をあける必要もないんだが……

あまり短時間で回復してしまったら違和感があるだろうし、ここは素直に好意を受け取っておくとしよう。


取り敢えず今日はゆっくりと休み。

反省室行は明日からだ。

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