第46話 グラビトン・エンド

「では、ゆくぞ」


宣言と同時に、能力ギフトで生み出した無数の弾幕を鏡竜也に放つ。

そして私自身は重力をコントロールして上空へと上昇する。


「ふむ」


弾幕をばら撒いた程度では、奴を仕留める事は出来ないだろう。

駄目押しの一撃で、度肝を抜いてやる事にする。

わざわざ上空に退避したのは、今から仕掛ける攻撃が武舞台そのものを消し去るからだ。


私は左手では引き続き重力弾を放ち続け、同時に右手を掲げて頭上に超重力を発生させる。


「考えれば考える程、不思議な物じゃな」


ギフトと呼ばれる能力。

魔力を持たず、魔法の使えないこの時代の人間は特殊な能力を扱う。


原理が全く分からないこの力。

転生した私は、生まれながらにして二つの能力を有していた。


一つは重力操作。


もう一つは――


「ふむ、これぐらいで良いか」


弾幕を止める。

掲げた右手の上には、超重力の塊が形成されていた。


どうやってこんな物が成立しているのか、私自身にもまるで分からない。

だが攻撃として仕えるのならば、細かい事は考えないくてもいいだろう。


「――っ!?マジかよ……」


弾幕が止んだ事で此方の様子に気づき、鏡竜也が目を見開いた。

奴ならばこれの威力を一目で見抜くだろう。

そして、以前戦った時よりも弱くなっている現在の奴では、この一撃には決して耐えられない事も。


私は今から、これを武舞台に落とす。

奴の逃げ場はその外にしかない。

そして外に逃げれば、場外で私の勝ちだ。


「どうした?逃げぬのか?」


殺し合いなら話にならぬ結末ではあるが、これはルールの有る試合だ。

状況を利用して相手を倒すのも、立派な戦略である。

奴も文句は言うまい。


「必要ねぇさ」


鏡は口の端を吊り上げ、不敵に笑う。

なんとまあ、可愛げのない顔だ事。


「ほう?受ければ死ぬぞ?それが分からぬほど愚かではあるまい?」


何か手でもあるのだろうか?

そんな事を考えていると、奴が唐突に地面に向かって拳を叩き込んだ。

粉塵が巻き上がり、奴の姿を覆い尽くしてしまう。


まさか穴でも掘って逃げる気か?

そんな冗談めかした事を考えたが、直ぐに奴の狙いに気づいた。


「ふむ……随分とこすい手を使う物じゃな」


だがそうでなくてはという思いが胸から溢れ出し、自然と笑みが零れた。


「折角じゃ、今のあ奴の全力を叩き潰してやるとしようかの」


今この瞬間に超重力を叩き込んでやれば、恐らくこの試合は終わるだろう。

だが敢えて、私は鏡竜也に時間を与え待ってやる事にした。


――肉体に完璧な強化魔法をかける時間を。


「しかし、煙幕とは考えた物じゃな」


魔法の存在しないこの世界で、衆人環視の中堂々と魔法を使うのはリスクが高い。

知られる事に害は有っても、利などはほぼないと言っていいだろう。

そんな物を、命のやり取りでもない闘祭で使うなど本来なら正気の沙汰では無い。


だが奴は地面を砕き、砂煙を煙幕代わりにする事でそれをクリアしている。

先程の接近戦で見せた関節外しといい。

あの手この手と、本当に人間という生き物はよく考える物だと感心させられる。


「どれ、もう少しパワーを上げるかの」


鏡竜也の使う魔法の効果は、かつて奴の仲間であった女エルフがかけていた物より数段劣るだろう。

だがプラーナによる強化を含めて考えれば、かつてと同等クラスまで肉体のレベルが上がる可能性は十分にあった。


その場合、いまの威力では少々心許ない。


右手を通し、能力ギフトにプラーナを送り込む。

超重力はその威力を増し、更に黒く変色していく。


「籠め過ぎたか?いや、これぐらいが丁度よいな」


それはほぼフルパワーに近い状態だった。


だが問題ないだろう。

そう私は確信している。

この程度で死んでしまう様な相手なら、かつての戦いで私が敗北する事など無かった筈だ。


「何で攻撃しなかったんだ?」


煙幕が晴れ、鏡が姿を現す。

奴は私が動かなかった事を、不思議そうに尋ねて来た。


「何か小細工を弄している様だったのでな」


「分かってて待っててくれるなんて、随分優しいんだな」


「くくく、優しい?それは違うぞ。支配者とは、圧倒的な強さで下々しもじもを屈服させるものじゃ。貴様の小細工ごと、その希望を踏み潰してくれようぞ」


「そいつは楽しみだ」


鏡は本当に楽しそうに笑う。

それを見て、かつての戦いを思い出した。


あの時も――奴はギリギリの命のせめぎ合いにも拘らず、常に不敵に笑っていた事を。


「ふ」


間違いなく奴は戦闘狂だろう。

まあ……そういう私も大差なくはあるが。


「死なぬ様、死ぬ気で足掻くがよい」


腕を振り下ろし、頭上の重力球を武舞台目掛けて放つ。

ゆっくりと落ちて来るそれを、奴は腕を組んで待ち構えた。


「全てを蹂躙せよ!超重制圧グラビトン・エンド!!」


奴に触れた瞬間、私は力を籠め重力の塊を加速させた。

それは瞬く間に奴を、武舞台を飲み込み黒く染め上げる。


ミシミシと悲鳴の様な音が響き。

その圧倒的なパワーは、鏡竜也ごと武舞台を無慈悲に押し潰していく。


「うむうむ、上出来じゃぞ」


その巨大な力の塊が半分程地面に飲み込まれた所で、すっと音も無く、それは消滅する。

武舞台の有った場所は半球型に抉れ、その中心では鏡が膝をついていた。


奴は見事に耐えきって見せたのだ。

その事に賞賛の言葉を送り、私はゆっくりと下降する。


「近づくのは危険じゃな」


少し離れた場所へと着地する。

鏡はボロボロでピクリとも動かない。

だが、それでも近づくのは危険だと私の本能が告げていた。


「どれ」


重力弾を生み出し、試しに一発飛ばしてみる。

それを奴は交差した腕で防ぐ。

その動きは緩慢であったが、一瞬見えたその瞳からは強い闘志が感じられた。


やはり警戒して正解だった様だ。


「悪いが。降参せぬのなら、遠くからちまちま削らせて貰うぞ」


大技を叩き込んだ方がスカッとするだろうが、先程の一撃で疲れたのでやめておく。それに強烈な一撃を叩き込んで、万一死ぬような事があれば不味い。

奴には、いずれ私のために働いて貰うつもりなのだから。


「いいや、接近戦をやらせて貰う」


鏡が交差していた腕を下げ、顔を上げた。

その口元は不敵に歪んでいる。

まるで自らの勝利を確信しているかの様に。


「まだ何か手で……むっ?」


その時、違和感を感じて気づいた。

鏡竜也の髪の一部が長く伸び、それが地面に吸い込まれる様に消えている事に。

そして奴の片手はその髪の房を握っていた。


「一体何を!?」


答えは足元からやって来た。

突如地面から黒い何かが生え、私の足に絡みつく。

よく見ればそれは髪の毛だった。


「しまっ!?」


奴が掴んでいた髪の房を勢い良く引っ張る。

それは芋の根でも引きずり出すかの様に奴の手元から地面を抉り、私の足元へと続く。


「あらよっと!」


咄嗟に足首に絡みついたそれを切ろうとするが、だが一瞬遅かった。

私の体や足に絡まった毛によって強く引き寄せられ、宙を舞う。


「くっ!」


それでもなんとか足に巻き付いた毛を手刀で切り払う。

そして体を捻って何とか着地を――


「もう遅い!」


私のすぐ前に奴の顔が迫る。

咄嗟に手でガードしようとするが間に合わない。

奴の拳が私の腹部に突き刺さった。


「ぐ……ぁ……」


衝撃で肺から空気が逃げ出し、息がつまってしまう。

そこに容赦なく奴の回し蹴りが顔面にヒットする。

更に、目がちかちかしてふらついている所に下からの蹴りでかち上げられ、私の体は高々と宙に舞った。


こちらは幼い少女の体だと言うのに、鏡竜也の攻撃には一切容赦がない。


「ぐ!調子に乗るな!」


ジャンプで追って来る鏡に重力弾を放つ。

だが奴はダメージなどお構いなしに突っ込んで私の横にならび、振り上げて組んだ両手で、私の体を上空から地面に向かって叩き落とした。


「………………ぅっ……く」


地面に突き刺さった痛みに、一瞬意識が飛んでしまう。

目を開けると、奴が上空から真っすぐ此方に向かって突っ込んでくるのが見えた。

それを躱すために体を起こそうとする。


が――動かない。


このままでは確実に負ける。

そう悟った私は一瞬迷う。

もう一つの能力を使うかどうかを……だが私は使わない事を選択する。


もう一つの能力は、あまり衆人環視の前で使いたくはない能力だったからだ。

これが命のやり取りなら、迷わず使っていただろう。

だが此方に突っ込んで来る鏡には、殺意を感じられない。


所詮は試合。

ならば素直に勝ちを譲ってやるとしよう。


だが……このまま何もせずにやられるのはやはり癪だな。


よくよく考えると、今回負けると連敗・・だった。

それは腹が立つので、少し嫌がらせをしてやる事にする。


「くくく」


私は力を振り絞って重力弾を生み出し、鏡に打ち出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る