第35話 槍使い
「ふっ!」
静謐な空気を引き裂き。
早朝の道場で一心不乱に槍を振るう。
「今のままじゃ、100%金剛が負けるわね」
そう告げて来たのは千堂貴美子教諭だった。
彼女が言うには、ブースターという違法薬物で出鱈目に能力を強化した四条を鏡が倒したそうだ。
グラウンドが3日間ほど使用不能だったのは、その戦いの影響だったらしい。
「はぁっ!」
その時見た強さ、それは明らかに今の俺では届かないレベルだと彼女は言う。
適当な言動が多い千堂先生の言葉を鵜呑みにする気はないが、さりとて無視できる内容でも無かった。
「いいさ。相手が強ければ強い程。壁が高ければ高い程、倒し甲斐があるという物だ」
今届かないのであれば、届くだけの力を手に入れれば良い。
武の道は生涯を通じて紡がれる。
今日よりも明日。
明日よりも明後日。
それが金剛流の在り方だ。
「まあ、もう破門された身ではあるんだけどな」
金剛の家は古くから続く剣術の家系だった。
もはや時代の遺物に等しい生業ではあるが、それでも先祖代々の技術を今でも守り伝えている。
その為、物心ついた頃にはもう俺は剣を握っていた。
只ひたすらその道を究める為だけの修練の日々。
それは充実した日々ではあったが、だが同時に俺は違和感を感じ続けていた。
何かが違うと。
そしてその答えは
武具生成――それは武器や防具を生み出すギフト。
能力としては、下位に当たる能力だ。
だがその能力は、長年感じていた俺の疑念を見事に吹き飛ばしてくれた。
――「……槍?」――
今でも思い出す。
学園に入った最初の日、何気なしに能力を使って産み出したのが槍だった。
別に槍を想像して武器を生成したわけではない。
漠然と「武器を」と思い、生み出されたのが槍だったのだ。
何故剣ではなく槍?
そう疑問に思いながらも、手にした槍を強く握り構えた瞬間、それは確信に変わる。
これこそが自分が極める道なのだと。
思えば無意識化で求めた答えを、本能的に導き出していたのだろう。
その事を祖父に伝えたら、その日のうちに金剛流を破門されてしまった訳だ……
まあ尤も、それは祖父の優しさだ。
家業の事など気にせず、自らの道を突き進めと言う。
「槍に持ち替えた以上、金剛流は名乗れない。だがその魂まで捨てたつもりはない」
俺は全ての意識を穂先に集中し、渾身の一撃を突きこんだ。
空気を引き裂き、音速を超えた槍の衝撃が前方の壁を吹き飛ばす。
「ふぅ……」
「ふぅ……じゃないでしょーが!」
振り返ると、千堂先生が後ろに立っている。
訓練に集中していたとはいえ、彼女の気配に全く気付けなかった。
案外、この先生は油断ならないのかもしれない。
「何道場を滅茶苦茶にしてくれてんのよ。工事で授業の場所が変わったら、サボり辛くなっちゃうでしょ。まったく」
「すいません。つい夢中になってしまって」
文句の理由はあれだが、道場の壁を潰したのは確かに問題行動だったので素直に謝る。
「なーに笑顔で返してるのよ。でもその様子じゃ、鏡ちゃんに勝つ算段が付いたみたいね」
「分かりません。けどこの一月、出来る限りの努力はしました。後はアイツに全てをぶつけるだけです」
「青春してるわねー。ま、負けたら先生のこの豊満な胸で泣かせてあげるから。盛大にやられてらっしゃい」
そう言うと、千堂先生はその大きな胸の膨らみを両手でボインボインと揺らして見せた。
教師としての品格を微塵も感じさせない行動に、軽くめまいを覚える。
本当に下品な人だ。
「遠慮しておきますよ。負けた時の事は考えても仕方ありませんし。仮に負けたとしても泣いてる暇なんて有りませんから」
「ストイックねぇ」
まあ俺は予選が免除されているので、実際は三日後からではあるが。
「先生がだらしなさすぎるだけですよ」
俺は肩を竦め、道場を後にして事務室へと向かう。
壁を壊してしまったその報告の為に。
さて、新しく編み出した技。
手応えは悪くはなかったが、それが
対戦が楽しみだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます