第34話 二人だけの秘密
「たまには顔をだせよな」
授業が終わり、着替えて寮に向かおうとすると急に理沙に声をかけられる。
因みに今日の午後の授業は格闘技だった訳だが、当然の如く俺は千堂先生に指導を押し付けられていた。
あの先生、マジでやる気なくて困るわ。
金剛がいるときは金剛に授業を押し付けているらしいし、普通の教師だったらもうとっくに首になっている事だろう。
彼女がまだ教師で居続けられるのは、国が能力者には色々と裁定が甘いからに他ならない。
まあ千堂先生の場合、それも計算に入れた上でサボってるんだろうけど。
ほんと、厄介な人だ。
「急にどうしたんだ?」
「どうしたも何も、竜也全然顔出さねーじゃん」
「ああ。まあ闘祭に向けて、ちょっと特訓をな」
プラーナを極める事を優先している俺は、他の事はできるだけ生活から省き、今は一心不乱に訓練に励んでいる。
戦うからには勝ちたいからな……というか、あいつにだけは絶対に負けたくない。
今思い出してもムカつく、荒木真央が最後に見せたあの余裕の笑顔。
俺は無性にあの顔をへこませたくて仕方なかった。
そんな大人げない思いから、自然と俺の訓練には熱が入っているという訳だ。
「ふーん。あんま根を詰めてもあれだし、たまには顔出せって。シロも会いたがってるから」
そういうと理沙は俺の腕を取って引っ張り出す。
強引な奴だ。
「ヒューヒュー、お暑いね」
腕を掴まれ理沙に引っ張られる俺を、丁度着替え終わって更衣室から出て来た泰三が茶化して来た。
小学生かよこいつは。
「なっ!そんなんじゃねーよ!」
顔を真っ赤にして理沙がその言葉に反応する。
アホの言う事など一々真に受けるあたり、彼女もまだまだ子供だ。
「はいはい。馬鹿な事やってないで、原田君はさっさと部活に行きなさい」
委員長が泰三の背後から耳を掴み、無理やり引っ張っていく。
泰三の奴が「いだだだだ」と喚いているが容赦なしだ。
その委員長が道場の出口付近で急に足を止め、振り返った。
「あ、そうそう理沙。学生としての一線はちゃんと踏まえる様に」
「だから違うっての!」
学生としての一線?
委員長は何の話をしているのだろうか?
「ったく。ほら、行くぞ」
「へいへい」
宇佐美待ちしている岡部に軽く手を振り、俺も道場から出る。
というか引っ張り出されたと言う方が正解か。
結局、最後まで理沙に手を引っ張られて連れていかれてしまった。
別に捕まえてなくても逃げやしないってのに。
「よお」
檻の中で横たわっているシロ――狼に声をかけた。
此方に気づいた子狼達が、檻の縁に駆けて来て尻尾を振る。
俺は優しい人間だから動物に好かれやすい。
というのは勿論嘘で――こいつらのお目当ては理沙の方だ。
「ははは、寂しかったか」
「きゃんきゃん!」
「あははは、こらこら」
扉を開けると子狼達が飛び出し、理沙に纏わり付く。
俺になど見向きもしない。
ま、殆ど顔を出してないのだ。
当然っちゃ当然か。
「随分デカくなったなぁ」
生まれた時は理沙が三匹纏めて余裕で抱き上げられるぐらい小さかったが、もうそれはかなりきつそうなぐらい大きくなっている。
健康に育っている証拠だ。
「やんちゃ盛りで世話が大変なんだぜ」
「みたいだな」
さり気無く一匹の頭に手を伸ばすと、ガブリと噛まれてしまう。
まあ本気で噛まれたわけではないが、触んなぼけという強い意思だけはヒシヒシと伝わって来た。
「全然顔を出さないからそうなるんだよ」
「肝に銘じておくよ」
といっても、大会までは訓練に集中したいから結局顔はあんまり出せないけどな。
俺がこいつらに好かれる様になる日は遠そうだ。
「シロの体調はいいのか」
「ああ。出産後は飯もよく食って元気になったよ」
「母は強しって奴だな」
俺が魔法で回復させたとはいえ、番を失った精神的な衰弱はそれだけで何とかなる物では無い。
生まれて来た子供達が、きっとシロの生きる意志に繋がったのだろう。
大した物だ。
「なあ竜也。シロを助けてくれたあの力って、何だったんだ?やっぱ聞いちゃまずいか?」
「んー……いやまあ別に構わないんだが」
理沙は人に言いふらす様な真似は絶対しない。
その確信はあった。
だけど……
「言っても絶対に信じないと思うぜ?」
「何言ってんだよ。あたしが竜也の言葉を疑う訳ないだろ」
「ホントかよ。嘘くせぇな」
「すっ……あ、いや。シ……シロの恩人の言葉をあたしが疑う訳ないだろ!」
冗談で言ったのだが、怒らせてしまった様だ。
理沙は声を荒げて俺に背を向けてしまった。
「悪い悪い。お詫びに話すから、怒るなよ」
「べ、別に怒ってないよ」
「そうか?まあいいや。実はさ、俺一回死んで異世界に行ってるんだよな」
「へ?」
女神の力によって転生した事。
その際チート能力を手に入れ、向こうの世界で強くなって魔王を倒して帰って来た事を素直に話す。
理沙はその話を笑う事無く、真剣な表情で最後まで聞いてくれた。
これが泰三辺りなら、途中で茶々が入りまくっていた事だろう。
「マジで?」
「マジ話。信じる?」
「……うん。信じるよ」
理沙は俺の目を真っすぐに見つめ、にっこりと微笑んだ。
うん、やっぱり彼女は素直で良い子だ。
良い子過ぎて、将来宗教とかに騙されるんじゃないかと心配になるぐらいに。
「他には言うなよ」
「泰三とかは知ってるの?」
「あんな歩くスピーカーに言う訳ないだろ。速攻で校内に広まっちまうわ」
「それは言えてる。あいつなら速攻新聞部に売り込みそう」
「だろ?」
お互い顔を見合わせて笑う。
実際あいつもそんな事はしないだろうけど――奴の存在は小ネタには持ってこいだった。
「ま、今んところ理沙にしか話してないから頼むぜ」
「へへ、2人っきりの秘密……かぁ」
「ん?どうかしたか?」
理沙が急に俯いた。
何故か首筋が真っ赤だ。
気になって顔を覗き込もうとすると――
「あいだぁ!?」
子狼達に、いきなり足を噛まれてしまった。
しかも今度のは本気だ。
子供とは言え狼だ、流石にこれは痛いぞ。
「あ、あたし。ジュース買って来るわ!」
「え?この状況で!?」
理沙はこっちを振り返りもせずに走って行ってしまった。
足を本気でガジガジされてる俺を置いて。
「おいおい、俺以外なら冗談抜きで大怪我ものだぞ?それほったらかして行くなよな」
無理やり引っぺがすと、子犬の顎や歯に影響が出てしまうかもしれない。
仕方がないので理沙が戻って来るまでの間、俺は小狼達の成すがままに待つ事になる。
お陰で制服のズボンが一つ駄目になってしまった。
全く困ったもんだ。
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