天空獣医師について

(天空都市群グングニル・中央島南西地区沿岸部:排水パイプ内)




 俺の怪我が治る?




 まさか。ありえない。




 あのキーロとかいうやつ、かなりのペテン師だ。




 さて、あの苦学生のことは一旦、閑話休題にしよう。




 そして少し『天空獣医師』という職業について説明しよう。




 今後の物語にかなり密接に関わってくることだから、詳細な説明の時間を割いても、差し支えないはずだ。






 『天空獣医師』。略して天獣師。




 簡潔にいえば、アニマ―ガス専門の医療関係者だ。




 アニマ―ガス専門の医者、という表現が、最もピンとくるかもしれない。




 アニマ―ガスは、変身前が人間、変身後が飛行能力のある人間以外の生物になる。




 この双方の形態を視ることができるのが、天空獣医師である。




 つまり、変身前の医者としての技術と知識、変身後の獣医師としての技術と知識、この両方をもった天空都市隋一の医療スペシャリスト。




 更に、高度な天空術を使う患者(この場合はアニマ―ガスのことだ)のために、最上級天空術の知見すら持っている。




 それが、天空獣医師である。




 無論、医者と獣医師、さらには高度な天空術に対する知識をもったこの専門職は、医者や獣医師をはじめとするあらゆる医療関係者よりも、格式高い存在である。






 まあ、当然ではあるだろう。医師免許と獣医師免許、そして最上級天空術の知識と腕まであるのだ。






 そこらへんのエリートとは訳が違う。頂点の中の頂点。理系職のゆるぎないトップである。




 理系職どころか、ワイバーンタイプのアニマ―ガス、高級官僚・政治家と並んで、天空都市ヒエラルキーのトップだろう。






 いわば、皆が上流階級の祖先を持つ天空人の中でも、際立って優秀な存在ということになる。






 この職業は天空世界独自の専門職だが、その数は多くない。






 患者であるアニマ―ガスの数が少ないし、学べる大学の学部学科も、非常に限られている。




 それに、天空獣医師の質を確保するため、天獣師でつくる全天空都市天空獣師協会(※略して天獣会)が、まず学部の新設を認めない。




 そのため、俺のいる天空都市群グングニルでは、中央島にあるグングニル大学にしか、天空獣医師の免許をとれる学部はない。




 その定員は四十名。




 グングニルの総人口は約百万人で、平均寿命は約百歳ほど。




 少子高齢化などの人口問題は、先人たちの偉大な英知により克服され、各年代層に満遍なく人口が分布しているため、毎年大学入試の試験(これをバカロレアという。ローマ好きの天空都市で、何故かフランス語の名称だ。なんでも、初代文部科学大臣がフランス系の移民だったとか)を受けるのは、浪人生などを含めて約一万五千人。




 その中で、上位四十位までに入らなければ、天空獣医師になることはできない。




 四十位以下の成績優良者が、グングニル大学の天空獣医学部同学科に入ったことはない。




 四十位以上になれば、皆、天空獣医学部に入るからだ。




 皆が憧れ、尊敬し、社会の屋台骨を担う存在。




 それが、天空獣医師である。




 こう言う風に説明すると、なんだか俺が手放しで天獣師を褒めているようだが、人の価値なんて職業だけで決まるもんじゃない。




 持っている能力と、それを社会に還元しようとする思い。




 この掛け算によって、人の価値は決まると、俺は思っている。




 天獣師の中にも、出世欲の塊みたいな奴はいるし(俺も人のことは言えないが)、天獣師じゃなくても立派な人物だっている。




 無論、ほとんどの天獣師は、人格的にも優れた先生が多いことは、事実だ。




 特に、俺の怪我を視てくれた天獣会の会長殿なんて、道徳的にも技量的にも抜きん出た存在だった。




 俺はあんまり学がないし、知識人よりは競技人のほうを好きになりやすい。




 それでも、天獣会の現会長殿は立派な人物だといえる。




 彼の名前は、クラウン・サーマルカドラといって、元インペリアルリーグの七帝でもあり、俺がプロになるきっかけを作った選手でもあるのだが……。




 まあ、この話はまた今度にしよう。




 いずれにせよ、天獣師が社会的に大きな影響力を持っていて、かつ難関の試練を潜り抜けなければなることのできない職業だと、分かってくれればうれしい。








 それにしても、あのキーロとかいう薄幸女、天空獣医師志望だとかいってたな。




 たぶん、未来のお医者さんごっことして、俺をからかってるんだろう。




 いくら精密なサーチ技術を持ってたって、天獣会の会長が匙を投げた怪我を直せるはずがない。




 クラウンは、グングニル一の天空獣医師だ。




 その彼が無理といった怪我を、まだ大学にすら入学していない子供が、どうこうできるものか。




 創作話も、ここまでくると馬鹿馬鹿しい。




 笑えてくるね。






 ……閑話休題は、これくらいにしよう。






 物語の続きを、楽しんでくれ。

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