第一右翼支柱筋剥離
(天空都市群グングニル・中央島セントラル街タワーマンション最上階:ザザの部屋)
先にも触れたように、俺は人間以外に変身できるアニマ―ガスである。
俺には、もう一つの姿があるのだ。
その姿とは、飛竜ワイバーンである。
アニマ―ガスは、ワイバーンだけに変身するわけではない。
鳥に変身するアニマ―ガスもいれば、コウモリに変身する奴だっているし、古代の翼竜になる奴だっている。
それらアニマ―ガスの中でも稀有かつ飛行力に恵まれているのが、ワイバーンタイプの姿になれるアニマ―ガスだ。
ワイバーンタイプのアニマ―ガスは貴重で、アニマ―ガス全体の3%にも満たない。
一番多い、アニマ―ガスはバードタイプで、実に九割がそうである。残りの7%が、コウモリや翼竜といった代わりダネタイプだ。
ワイバーンタイプが他のタイプよりも優れている理由は、二つある。
一つ目は、巨躯であること。他のタイプの変身後のサイズが平均翼長5メートルなのに対して、ワイバーンタイプは25メートル。規格が段違いなのだ。
二つ目は、世界に現存する生物とは違った特殊能力を持っていること。炎を吐く、水を操る、落雷を落とす、冷気を発生させる(※俺はこれだ)……etc。この有無は、サイズの格差よりも露骨である。
さて、このような差が、先に触れた『天空闘竜』で、どれだけの力量差になるか、聡明な読者の諸君にならば、分かるはずである。
読者諸君の予想は、大方あたっている。『天空闘竜』で上位のランカーは、皆、ワイバーンタイプのアニマ―ガスだ。
特に、最上位リーグの「インペリアルリーグ」に所属する七名の選手は、全員ワイバーンタイプのアニマ―ガスである。多少、体色や操る特殊能力に違いはあるが……。
無論、もとインペリアルリーガー(※最上位リーグに所属する選手のことを、こう呼ぶ)だった俺も、ワイバーンタイプのアニマ―ガスだ。
変身後の俺の姿は、絶対零度の冷気を操るホワイト・ワイバーン。全てを氷結ブレスで凍らせ、沈黙させる『氷息帝』(※上位七名には、慣例として「〇〇帝」というあだ名がつけられる。だいたい、ファンクラブやメディアが考えるものだ)だった。
だったのだが…………。
三か月前の怪我で、俺は引退を余儀なくされちまった。
『第一右翼支柱筋剥離』。
くだいて説明するならば、一組目の翼の右側、その付け根の筋肉がもともと接着していた場所からベリッと剥がれてしまったのである。ベリッと、とは言っているが、そのときは信じられない激痛に襲われた。一言も口を聞けなかったし、身動きも取れなかった。
この怪我の厄介なところは、一度剥離してしまうと、クセになってしまうところだ。
剥がれた箇所は、剥離を経験していない箇所よりも接着が脆くなる。いわば、身体に残された爆弾だ。
今は、剥離した部分が一応繋がりつつあるが、激しい運動をすればまた剥がれちまうだろう。
極限まで肉体を酷使する空の決闘など、できるわけもない。
俺の選手生命は、絶望的だった。俺の専属ドクターだった「天空獣医師」(※アニマ―ガス専門の医師のこと。あとで、詳しい説明があるだろう)も、完全な治癒は無理だと匙を投げた。
俺は信じたくなかった。でも、俺の専属ドクターは、泣く子も黙る「天空獣医師会」の会長である。天空都市一番の権威にそう宣告されれば、納得するしかなかった。
そう。短い事実だ。
――――俺の怪我は、治らない。二度と、『天空闘竜』の選手としてプレーすることは、できない。
『天空闘竜』は、俺にとって全てだった。青春、両親の残した遺産、他の夢を生きる道……全てを犠牲にして掴んだ唯一の生きがいだった。
だが、それが奪われた。不運と表現するほかない、怪我によって。
もうどうでもいいと思えた。
そして、この世界には、たとえ地上界だろうと、天上界だろうと、他人の不幸を飯のタネにする奴らがいる。
マスコミだ。メディアの記者数人が、俺の選手生命の終焉を、ハイエナのように嗅ぎつけた。
俺の怪我がマスコミのリークによって表沙汰になったとき、スポンサーや競技団体、政治家、果てはファンまで、俺のもとを離れて行った。
一瞬だった。潮が引くよりも早い。
世間に認められるのには長い時間がかかったが、世間に見限られるのは一瞬で済んだ。
皮肉な話だ。酒びたりにもなりたくなる。
俺に残ったのは、スターの転落を面白おかしく記事にしたい下卑た週刊誌の取材申し込みと、僅かな貯金と知り合いだけ。
まったく、どん底もいいところだ。
俺は、これからどうすればいい?
ともかくは、今いる場所を立ち退かなければならない。もう億ションの家賃を払える身分ではないのだ。
リビングに戻って、さっきの目覚まし時計を見る。
AM11:30。三十分経っていた。トイレにそれだけこもっていたことになる。
AM12:00に引っ越し業者がくる。荷物をまとめなくては。
そして、、新しい住居を探さねばならない。
……これまでの栄光とはかけ離れた、月明りすらあたらぬ暗闇の余生を過ごす新居を。
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