裏SF創作講座 梗概集
フジ・ナカハラ
2020 第2回 小説つばる「新人SF作家特集号」の依頼
それは、どことなく失礼な依頼だった。それでも新人作家である大川サトミに引き受けないという選択肢はない。サトミは皮肉を書きたいのをグッとこらえ、AIが自動生成した当たり障りのない文面を返した。
しかし、サトミはデビューしたばかりとはいえ、これまで発表した作品がどれもヒットしており、多忙を極めていた。採用されるかわからない梗概にかける時間はない。
いかにしていい感じの梗概をでっち上げようか。しばらく考えたところで、サトミは自身が講師を務める小説講座を思い出した。そうだ、これをそのまま課題にすればいい。デビューしたときの練習だとかいえば、生徒は喜んで書くだろう。その中で一番面白いものを直して、私が書いたことにする。講座では、私が書いたものにそっくりだといって褒めちぎっておけば、まぬけな生徒は気づくまい。クローズドな講座だから、私さえ黙っていれば誰にもバレない。サトミはそのアイデアを実行に移した。
そうして提出された梗概の中に一編、ずば抜けて面白いものがあった。それはあまりによくできていて、サトミのプロとしての自信を揺るがすほどだった。そして同時に、ライバル作家の作風や文体にもよく似ていた。
その梗概を書いた生徒は、中原フジコといった。フジコは毎回リモートで講座に参加しており、まだ一度も姿を見せていない。発言を求めても、機材の不調だといってビデオや音声は切ったままチャットで話すだけである。
サトミはもしかして、と思った。ライバル作家が講座に潜り込んで私を罠にかけようとしているのではないか。ライバル作家も同じ依頼を受けてすでにこの梗概を提出しており、もし私がこれを提出すれば盗作だという気なのではないか。
サトミは、自らの手で新しい梗概を書き始めた。罠を恐れたわけではない。もしこれがライバル作家の書いたものならば、負けるわけにはいかないと思ったからだ。サトミは怒涛の勢いで梗概を書き上げた。
後日、稲松から掲載するとの連絡があった。サトミはライバル作家はどうかと尋ねたが、そもそも依頼していないという。
サトミはフジコの正体を問い詰める。はじめフジコはごまかそうとしたが、ライバル作家の名前を出すと「先生」なる人物が現れた。ただ、その先生がライバル作家というわけではなかった。
「私はただの研究者です。対話AIが専門ですが、趣味で小説を書くAIを開発しています。フジコはその成果物です。XX先生のところにはフジコ改善のご協力を仰ぎに伺ったのですが、何やらご自身の作品で行き詰まっていたらしく、逆にフジコの力を貸すことになりました。大川先生の講座では、同じことにならないよう正体を隠して参加させたのです」
サトミは愕然とした。あの梗概はAIが書いたものだったのだ。そして、ライバル作家はそのAIに作品を書かせているという。たしかに、最近はメールの自動返信など、チューリングテストを突破するようなAIはざらにある。しかし、すでに小説まで書いているとは……。
「……ところで、相談なんですが」とサトミは切り出した。
## アピール文
課題それ自体が架空の依頼というフィクションであり、物語のきっかけにできそうだったので、ある作家がその依頼を受けるところからはじまる話を書きました。また、課題の依頼文をただ使うだけでなく、依頼を受けた作家がそれを作中の講座でも課題にする、という入れ子構造になっています。実際、小川先生は似たような依頼を受けたことがあったから、この課題を思いついたのではないでしょうか。
はじめは作中の生徒も私と同じように入れ子構造の梗概を提出し、その梗概の中でも生徒が同じ梗概を書き、というループものを考えたのですが、特にSFというわけでもないなと思い、このようなオチになりました。
AIの書いた小説が星新一賞の一次審査を通過して4年経ちますが、まだまだAIが小説を書くのは難しいようです。しかし、1200字の梗概ならそう遠くない未来に書けるようになるかもしれません。これは、そんな少し未来の話です。
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