未来警察〜つぐないの弾丸〜

鈴木KAZ

1.

「あのビルか・・・」

「応援を要請しました」

「こういう案件はスピード勝負だ。

 応援が来る頃にはもぬけの殻だぞ」


新宿の小さなオフィスビルの脇に2名の警官が到着した。

巨大なビルに全社員が集まるワークスタイルがなくなってから数十年が経った今では、ひとつのビルに大小さまざまな企業がひしめき合っているのが当たり前になっている。

【木の葉を隠すなら森の中】と言うが、このビルの12階にある一室が「死の商人」と呼ばれる男の仕事場になっているとは誰も気が付くことがなかった。


「非常階段で行くぞ」

「え、マジすか」

「ああいうヤツは用心深いんだ。

 エレベーターなんて「今から行きますよ」と言ってるようなもんだ」

そう言いながらベテランの警官は眼鏡のつるの部分を指でさすりながらつぶやいた。

「監視カメラスキャン」

監視カメラの赤外線が見えるように声で指示をしたのだ。

このハイテク眼鏡は現場で働く警官の標準装備である。少し太めのフレームの片隅に小さな旭日章(警察のマーク)がキラリと光っている。





新宿をテリトリーとする反社会勢力はひとつやふたつではなかった。そして組織同士の抗争からチンピラの小競り合いまで、なくなることのない火種に油を注ぐのが「死の商人」、つまり武器の調達屋である。

武器といっても刃物や拳銃は今や骨とう品であった。小型爆弾にドローン兵器、コンピューターのハッキング装置まで、国家間の戦争で使われるような最新の装備がおもちゃのように手に入るのだ。一歩路地裏に足を踏み入れれば、そこはすでに紛争地域なのである。





「ハァハァ、藤原さんおいくつでしたっけ?」

「まだ50前だ」

(さすが体力バカ…)

「なんか言ったか?」

「いえ、何も!」

ベテランのカンの鋭さを侮ってはならない。


12階の非常ドアが見えたあたりでベテラン警官は足を止め、注意深く辺りを見回した。その後ろで、若手はひざに手をついて肩で息をしている。

「ハァハァ……」

ベテランが人差し指を立てて沈黙をうながしながらわずかにドアを開けた。

通路の両脇には様々な会社のオフィスが並んでいる。

「ピピッ」

赤外線の光は人間の目には見えないが、ハイテク眼鏡を通すとすべてのオフィスの入り口がカメラで監視されているのが手に取るように分かる。こうなると目的のオフィスまで気づかれずにたどり着くのは困難だ。


何食わぬ顔でスタスタと目的の事務所前にたどり着くと、若手の警官が防刃チョッキのポケットから取り出したハッキング装置を入り口ドアの鍵部分に押し当てた。

「ピピピピ…」

時刻は21時過ぎ。部屋の中から残業中らしからぬ慌ただしい音が聞こえる。感づかれているということだ。


「ウィーン」

開きかけた自動ドアをこじ開けるようにして2名の警官が押し入った。

「動くな!」

窓際の大きなデスクで男がひとり、中腰でわき目もふらずノートパソコンを操作している。

「手を上げろ!」

若手の警官が銃を構えて叫んだ。


「タン!」

男は最後にキーを強く叩くと姿勢を戻しながらゆっくり両手を挙げた。

ベテラン警官は 男の表情から既に隠蔽工作が完了したことを感じとっていたが、これは想定内であった。


「逮捕状が出ている」

ベテランが容疑者に向けているのは銃ではなく懐中電灯であった。

男の目の前に立体映像で1枚の書類が浮かび上がっている。ハイテク懐中電灯で逮捕状を見せているのだ。

「心当たりがありませんな」

男は自分の逮捕状に顔だけは向けていたが、目元を見ればロクに目を通してないことがわかる。


「小山、」

ベテランがアゴで合図をすると、若手警官は右手で銃を構えたまま、左手で懐中電灯を取り出して男に向けた。赤い光が網目状の模様を両手を挙げた男の顔に映し出す。

<被疑者を確認しました>

ハイテク懐中電灯は顔を識別して身元の確認までこなすのだ。



「戸田幸次郎。間違いないな?

 おとなしく署まで来てもらえるか?」

「なんだ?

 おとなしくしないとハチの巣ってことか?

 怖ぇな」

「いつの時代の話をしてんだ。

 こいつは「アト弾」ってんだ。お前こういうの詳しいんだろ?」

ベテラン警官は腰から取り出した拳銃をかざして戸田に見せた。

若手が構えているものと同じで、安全レバーのとなりにデジカメのようなダイヤルがついている。

全身をマヒさせる弾丸や、手足の自由だけを奪う弾丸などいつくかの効果を切り替えて発射できる特別な銃だ。そしてアト弾と呼ばれているのは「アトーンメント=贖罪」から名付けられた弾丸である。

いずれも標的に当たった瞬間、脳神経に作用する特定の電磁パルスを発生させるという特殊な弾丸なのだ。


「そいつを食らうと「ごめんなさい」って謝っちまうんだよな?

 税金でくだらねえもん作りやがって。

 ま、オレみたいに虫も殺さない一般市民には効果ないぜ」

戸田は両手を挙げたまま口角の端を上げてニヤリと笑って見せた。


相手は死の商人と呼ばれている武器の専門家だ、よからぬ企みがあるに違いない。

「小山…」

ベテラン警官は若手警官の銃を下ろさせ、自分の拳銃を戸田に向けて構えた。





「ガタン!」

次の瞬間戸田が左腕を下ろして身構える姿勢を取った。

「くそっ!」

「パン!」

乾いた銃声が小さな事務所に響くとともに、ベテラン警官がうずくまった。

「うぐっ…」

「藤原さん!」

「へっへっ」

戸田は左腕に透明なシールドを装着していた。

これは特殊な磁場を発生させ、弾丸をそのまま跳ね返すことができる。

ベテラン警官の発射したアト弾はまっすぐそのまま自分に命中してしまったのだ。


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