06.これがキス、抱っこ? ※微

 食事で汚れた手を拭いてもらい、毛布を巻いた僕はうとうとと前後に揺れる。眠いけど、今寝たらいなくなっちゃう。だから必死で目を擦った。


 毛布から腕を出され、それを人間の首に回される。直後にぐらりと傾いたから、怖くてしがみついた。腕に力を込めて引き寄せると、顔が近づいて焦ってしまう。


 ちゅっと頬に何か触れた。温かくて気持ちよくて、もっと欲しい。瞬きしてから、頬に指先で触れてみた。特に何もくっついてないけど……見上げると、額にちゅっと同じ音がして人間の唇がぶつかる。


「嫌か?」


 首を横に振る。もっと欲しい。でも欲しいと言ったら怒られるかも知れない。迷って、お返ししたら喜んでもらえるんじゃないかと思った。僕がされて嬉しいなら、僕がしてあげたら喜んでくれる。


 頬の手をまた首に回して、腕の中で伸びをした。届かなくて、顎のところに触る。ちゅっと音がしないけど、方法が間違ってるのかな。驚いた顔をする人間を見つめると、頭をぐりぐりされた。気持ちいい、この人間が触れる場所はみんな気持ちいい。


 もう一度試してみようと身を伸ばしたのと、人間が屈んだのが同時だった。唇と唇が触れて、柔らかさにうっとり目を閉じる。自分の唇は触っても何ともないのに、人間の唇は少し甘い。もっと……甘いのが欲しい。噛みついたら痛いだろうから、舐めてみよう。


 舌を動かすと、すぐにぐにゃりとした何かが口の中に広がった。甘くて気持ちよくて、目を閉じてしまったから、何が起きたのか分からないけど。


「っ、ごめん」


 困ったような顔でそう言われて、いけないことだったの? と混乱した。もっと欲しいなんて思った僕がいけないんだ。鼻の奥がつんとして顔を毛布に押し付ける。柔らかくて暖かい毛布は大好きなのに、甘い唇と違うのが悲しかった。


「もう、しない……ごめ、なさい」


 降ろされちゃうのかな、僕を置いていなくなる。そう思ったから謝ろうと必死で口を開く。普段話さないから、言葉を探しながら頭はぐちゃぐちゃだった。


「泣かせちゃったか」


 前が見えなくなって目が熱くなる。零れた涙を、ぺろっと舐められた。びっくりして次の言葉を忘れてしまう。人間は赤い髪をくしゃくしゃと指でかき回して、ひとつ大きな息を吐いた。


「気持ち悪かった?」


「ううん」


 首を横に振って違うと示す。


「じゃあ、またキスしていい?」


「キス……何?」


 知らない言葉だ。キス……聞いたことがないけど、頷いたら連れてってくれる?


 ドキドキしながら青い目に手を伸ばす。目の近くを撫でて、頬に触れた。僕より温かくて、少しざりざりする。


「これがキス」


 そう言って、また唇が触った。僕の唇に押し当てて、舌がぺろっと舐める。甘い……少し開くと、分厚い舌が入り込んだ。さっきは目を閉じたからよくわからなかったけど、口の中に僕のじゃない舌がある。舌で追いかけると逃げられて、引っ込めると追いかけられた。


 最後にくちゅっと濡れた音がして離れると、唇が冷たくなる。


「もっと」


 お爺ちゃんに甘い食べ物を貰った時に教えてもらった言葉で、たくさん欲しいと強請る。両手で抱き着いた首を引っ張って、僕は顔を近づけた。


 音を立ててちゅっとキスされて、少し足りないけど満足する。たくさん欲しがるのは悪いことだって聞いた。ここで我慢しないと。


「さっさとここを出よう」


 機嫌がよくなった人間は、僕を持ったまま出ていく。きっとこれが『抱っこ』だ。絵本でみた包むのより近くて、胸がじんと痺れた。ずっとこうしていたいな。すりっと人間の首に頭を寄せるけれど、叩かれることはなくて……僕は初めて神殿の外を見た。

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