03.温かく柔らかくて、少し硬い

 振り向いた目が、灯りでキラキラ輝いた。綺麗だなぁ……じっと覗き込んでしまう。下から覗き込んで首を傾けた。なんだっけ、絵本の子がつけてる首のやつみたい。


「お前、綺麗な顔してるな」


 言われて、声がすごく近いことに驚いた。じりじりと近づいてしまったらしく、少し動けば触ってしまいそう。きっと怒られる。そう思って慌てて後ろに転がった。手元の箱ががしゃんと音を立てた。


「ん、何だそれ」


 思い出した。この飲み物と柔らかいのを食べていいよ。身振り手振りで食べるように促す。声を出して話せばいいんだろうけど、怖がらせるのは嫌だった。あと少しでいいから、一緒にいてよ。


 ずずっと箱を押しやって青い目の人と箱の中身を交互に見つめる。わかってほしい。食べていいから、冷たい水が降らなくなるまでここにいて。


「飯か。スープとパン……これはお前のだろ」


 スープとパン、どっちがどっち? 飯って何? お前のだという部分はわかった。僕の食べ物だから、食べていい。誰も怒ったりしないよ。


「くれるのか?」


 何度も頷けば、苦笑いしてまた手が伸びた。期待してしまう。また触ってくれるの? あの温かい言葉もくれる? 僕は何度でも欲しい。


「ありがとう、一緒に食べよっか。ほら、こい」


 手招きされて、僕は動けなくなる。近くに行ったら叩くの? どうして……温かい言葉くれたのに、殴るの? 震えながら首を横に振った。それでも手が伸ばされたから、蹲って頭を手で包んだ。


 怖い、痛いの嫌い。分かんない。どうしたらいいの。


 ふわりと柔らかく頭に触れた手が温かくて、痛くないから顔をあげる。少しだけ。そうしたら笑っていた。嫌われたんじゃないのかな。


「怖くないぞ」


 僕のこと怖くないの? 期待がまた膨らむ。もしかしたら、絵本みたいにしてくれるかも。僕を両手で包んでくれる? 毛布みたいに柔らかく、温かいといいな。僕は毛布好きだから。


 手足についた硬い鱗みたいなのを外して、人間は僕に近づいた。箱を跨いで、僕に手を触れる。温かい手に顔がくしゃっとした。気持ちいい。嬉しい。なんか、鼻と目から出そう。


「ちょっと待ってろ」


 僕から離れるから、慌てて手を伸ばそうとした。でも怒られちゃう。叩かれると嫌だから、右手を左手で握った。少し離れたベッドの足元にあった柔らかい布を引っ張って、人間は戻ってきた。それを硬い床に敷いて、上に座る。


 両足を複雑そうに組み合わせて、真ん中に凹みを作る座り方。初めて見た。驚いた僕に人間が触れて、ふわっとする。気付いたら凹みに僕がいた。上を見ると、人間の顔がある。下には柔らかい布、そして人間の足だ。


 僕、人間の足に乗っかってる! どうしよう。でも人間は僕を殴らない。触ってるのに、気持ち悪いって言わない。あれは言われると胸がぎゅっとなる。だから嫌い。


「一緒に食べようぜ。お前、話せないの?」


 首をかしげる人間の言葉を、よく考えてみる。一緒はわかる、食べるのもわかる。話せないって何? 僕は何も言わないけど、それは怒られるからで……声出してもいいの?


「はな、せる」


 1人で声を出したことはある。話そうとして殴られたり、追い払われたこともあった。怖いけど、この人間ならそんな痛いことしない。そう思って、俯いて自分の手を見ながら声をだした。


「話せたならよかった。まさか喉を潰されてるかと心配したぞ」


 ひどい扱いだからな。こんなのあり得ないと知らない言葉を口にしながら、人間は箱から飲み物を取り出した。


 丸めた足を両手で包んだ僕は、後ろに触る人間の温かさに嬉しくなる。人間ってやっぱり温かくて柔らかくて、少し硬いんだ。僕と一緒だね。


「んっと……嘘だろ、食器もないのかよ」


 困ったような声と顔に、僕は気付いた。この人間は食べ方を知らないんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る